オーディオ市場においてアジア地域が占める比重が近年急速に高まり、なかでもハイエンド機器の動きが好調だと聞く。その背景を探るために、2025年9月、中国北京、中国香港のオーディオファンを訪ねるツアーに出かけた。昨年の取材と同様、中国香港を拠点に複数の店舗を展開するオーディオショップ「オーディオ・エキゾティクス」の協力を得て、今回は北京と香港で愛好家4名のリスニングルームを訪問し、音楽とオーディオをテーマにたっぷり語っていただいた。
訪問した4名は全員がオーディオ・エキゾティクスの顧客で、同社を率いるクリス・レオン氏のオーディオ哲学に共感し、同氏のアドバイスを参考にして製品選びと音のチューニングを進めてきたという共通点がある。特にノイズ対策の内容はほぼ同様であり、ノウハウを共有。その意図を理解しておくと、彼らが目指す音のイメージを把握しやすいので、記事のなかで具体的に紹介していく。

Audio Exotics
Founder
Chris Leung(クリス・レオン)
香港に3店舗、シンガポールに1店舗を持つオーディオショップ「Audio Exotics」のオーナー。米国コロンビア大学で統計学を、ニューヨーク大学で経済学の修士号を取得し、銀行業界で25年間、中国マクロ専門とするエコノミストとして活躍。ピアニストのラン・ラン(Lang Lang)、中国香港フィルハーモニー管弦楽団へのスポンサーシップ等の文化的活動でも名が知られるほか、中国香港の人気歌手、俳優であるアーロン・クオックとも親交が深い。「Audio Exotics」の様子は、本誌 Stereo Sound 231号(2024年夏)に掲載。
中国北京
オペラを愛するレックス・チャン氏
最初に訪れた北京のレックス・チャン氏のリスニングルームは、部屋というよりスタジオと呼びたくなる広大なオーディオ専用室だ。ひときわ目を引く巨大なスピーカーはドイツ・ゲーベル(Göbel)社の「Divin Majestic」で、1本あたり約600kgと超重量級。クリス氏のショウルームであるDivin Labにあるものと同じモデルだが、この部屋ではボードの上に設置されている。Divin Majesticの重さは単位面積あたりの床の耐荷重を超えてしまうため、重量を分散させるためにカスタム仕様でメーカーに発注したとのこと。特注もいとわず気に入ったスピーカーを諦めないこだわりの強さは、レックス氏のオーディオ熱の証だ。

Rex Chan(レックス・チャン)氏
音楽への愛情はオーディオ以上かもしれない。クラシック、とりわけオペラを愛するレックス氏のメインソースはアナログLPレコードで、2000枚を超えるライブラリーを3台のターンテーブルを使い分けながら日々楽しんでいる。テクダスのエアフォースTwoで再生した愛聴盤『モーツァルト:ソプラノとオーケストラのためのアリア集』は、リタ・シュトライヒの力強く澄んだ高音を忠実に再現するだけでなく、驚くほど自然なサウンドステージが目の前に展開。巨大スピーカーの姿を視界から追いやることはできないが、ほどなく歌に強く引き込まれ、脳内では巨大なスピーカーの存在は消える。声のイメージは自然で音色にも誇張がなく、ストレスとは無縁のなめらかさ。カラスの「柳の歌」、シュヴァルツコップの歌曲という具合に連続して名ソプラノの歌唱に浸り、時間が止まったかと思うほど濃密な空気に満たされた。音を聴くための音源を集めるのではなく、あくまで音楽が主役。「好きな演奏家、好きな作品を聴き継いでいくなか、試行錯誤を経て最良のオーディオと出会った」。その真摯な姿勢が、レックス氏のオーディオ観の基盤なのだ。
レックス・チャン氏が愛用しているスピーカーはGöbel(ゲーベル/ドイツ)の「Divin Majestic」。型番に含まれるDivinはシリーズ名であるが、「Audio Exotics」の旗艦店「Divin Lab」(中国香港)を由来とするもの。ショップオーナーであるクリス・レオン氏がゲーベルに特注したシリーズであり、本機「Divin Majestic」はシリーズの最上級モデル。18インチ口径ウーファーを2基、8インチ口径ミッドレンジを2基、AMTトゥイーターを1基の、計5基のユニットで構成される大型システムである。その大きさは高さ226cm、奥行き114cmもあり、重さはなんと530kg。床の耐荷重をオーバーするため、特注でオーディオボードを制作しての設置になったという。
スピーカーの後方には、Arya Audio(イギリス)の「AirBlade Signature」トゥイーターを後ろ向きに設置。水平方向180度の指向性を持つ本機に、3.5kHz以上の帯域をサポートさせている。その後方に見えるサブウーファーはGöbelの「Divin Sovereign」だ。ルームチューニングにも一切の抜かりがなく、部屋の各所には、日本音響エンジニアリングの「AGS」「ANKH」や、PSI Audioのアクティヴ・バストラップの「AVAA」などが設置されている。
Divin Majesticと同時にサブウーファーも鳴っているのだが、 ミュンシュ指揮ボストン響の“オルガン付き”を聴く限り、どの音域からサブウーファー領域に移行したのか気付かない。周波数は既知なので想像はできるが、音色を頼りに聴覚で判断しようとしても、あまりに自然なつながりなので境界がわからないのだ。
クリス氏のノイズ対策観「ノイズ・ミティゲーション」について
ここでオーディオ・エキゾティクスのクリス氏が独自に見出した体系的なノイズ対策の中身を紹介しておこう。いずれも旗艦店のDivin Labで彼が自ら音を確認しながら導入したもので、本誌 Stereo Sound 231号の訪問記事でもその概要を紹介した。
オーディオシステムに影響を与えるノイズを原因ごとに分類し、それぞれのノイズを低減する最適な技術と製品を吟味することが起点だ。種類が異なるノイズ間の相互作用も考慮し、包括的にノイズの影響を最小化する戦略も考えるという。
この一連のプロセスをクリス氏は「ノイズ・ミティゲーション(Noise Mitigation)」と呼ぶ。ミティゲーションは緩和、最小化などを意味する環境用語で、人間の経済活動などによって生じた環境への負の影響を緩和し、最小化するという意味で使われることが多い。「オーディオシステムのノイズを完璧に取り除くことはできないが、軽減し、緩和することはできる」(クリス氏)という意味を込めて彼が名付けた独自の概念だ。
ノイズは次の6種類に分類される。
① 機械ノイズ
② グラウンドノイズ
③ AC(電源)ノイズ
④ RF(高周波)ノイズ
⑤ EM(電磁)ノイズ
⑥ 室内音響ノイズ
機械ノイズには振動を遮断するウェルフロート製品、グラウンドノイズにはTripoint AudioのTroy、ACノイズはPranaWireのフィルターといった具合に要因ごとにノイズ対策製品を使用するが、環境によっては同じ種類のノイズに複数の製品を組み合せて対策することもある。また、電磁ノイズ対策で磁場を安定させた後にACノイズフィルターを通してフィルターの負荷を減らすなど、種類が異なるノイズ対策を併用して相乗効果を狙う場合もあるという。ちなみにレックス氏のリスニングルームでは室内音響ノイズを緩和する日本音響エンジニアリングのAGSを含め、10種類以上のノイズ対策製品を用いてノイズの最小化を実現している。それぞれのノイズにどのノイズ対策機器を使うかは主にクリス氏が決めるが、レックス氏も積極的に関わるという。
「ときには私も参加して新しいノイズ緩和のアイデアを具体化することもあります。私の経験では、高価なケーブルを買うだけでは解決できないし、規模の大きなシステムに追加するノイズ対策アイテムは数が少ないほうが良いこともあります。シンプルが大事です」

リスニングポイント左手にソース/前段機器を集中して配置。デジタルディスク再生にはエソテリック「K01Xs」を、ファイル再生にはAPLの「NSP-GR」デジタルファイルプレーヤー/ミュージックサーバー、マージング・テクノロジーズの「NADAC」に強化電源の「NADAC POWER」とクロックジェネレーターの「NADAC CLOCK」を組み合せて使用。アナログディスク再生はテクニクス「SP10R」、テクダス「Air Force Two」、「Air Force Ⅲ Premium」という3種類のターンテーブル(プレーヤー)を使い分けておられる。フォノイコライザーも複数モデルを併用され、EMT「JPA 66 Mk3」、ソウルノート「E2」、ターレス・トーンアーム「Magnifier」などがラインナップ。取材時は主にテクニクス「SP10R」とソウルノート「E2」の組合せでお聴かせいただいた。プリアンプはJMF Audio(フランス)の「PRS 1.5」である。なお、ほぼすべての機器がウェルフロートのインシュレーターを介して、アルテサニア・オーディオ製のラックに設置されるなど、振動対策にも抜かりがない。

「Divin Majestic」を駆動するのは、Stellavoxのモノーラル型パワーアンプ「IDEM」。回路は無帰還構成で、幅18cm・高さ42cm・奥行き38cmと比較的小型機ながら、8Ω負荷時に200Wの出力を確保。JMF Audioの電源フィルター「PCD 302」とPranaWire(アメリカ)の仮想アースによる、電源ノイズ対策が施されている。
試行錯誤を繰り返し、楽しみながらいい音を目指す
レックス氏のオーディオ歴はまだ10年ほどとそう長くはない。短期間でここまで大規模なシステムを構築できた背景には、小さな部屋で小規模なオーディオを楽しんでいたときの経験が生きているそうだ。試行錯誤を繰り返すなかでクリス氏と出会い、経験を積んだクリス氏の知見を信頼して同じスピーカーを選び、同じノイズ対策を導入する。多くの知識を得たいまも良い音への挑戦は終っていないが、音を追い込むプロセスそのものを楽しみたいと今後の抱負を語ってくれた。

中国香港 01
エネルギッシュでマッシヴな音のハン・レン氏

中国香港 01 ハン・レン邸
北京から香港に移動し、ハン・レン氏のリスニングルームを訪れた。スピーカーはゲーベルのDivin Marquisで、Arya Audioの180度分散スーパートゥイーター「Air Blade V2」を組み合せている。レックス氏はAir Bladeをメインスピーカー後方で壁に向けて設置していたが、ハン氏は正面に向けている点が異なる。部屋の音響特性や再生する音楽によって最適な設置方法が変るので、柔軟に使い分けると良いそうだ。

Hang Leung(ハン・レン) 氏
香港北部の大埔のマンションにご家族とお住まいのハン・レン氏。オーディオ機器はリビングの共有スペースに置かれている。主な音楽ソースはRoonを用いてのデジタルファイル、ストリーミングと、アナログディスク。ロックのほか日本の音楽もお好きだそうで、スリー・ブラインド・マイスなどのジャズ、五輪真弓などの歌謡曲もお聴かせいただいた。
エレクトロニクス系も重量級スピーカーに負けない存在感があり、システム全体から重厚な雰囲気が漂う。Pink Faun(オランダ)の『ウルトラ2.16デュアル』ミュージックサーバー/ストリーマー、JMFオーディオ(フランス)のSACDトランスポート、Hartvig Audio(デンマーク)のバッテリー駆動ターンテーブルと、ソースコンポーネント3製品をラック最上部に整然と配置し、ドイツのSynästec Audioのアンプを組み合せているが、どれも日本ではあまりなじみのない製品で、興味深い。
振動対策としてバベルを含む複数のウェルフロート製品を使っているが、これもクリス氏のアドバイスに従って導入したもので、その効果の大きさに満足しているという。ディスクトランスポートが宙に浮いて見えるのはバベルで支えているからで、隣に設置したターンテーブルとのコントラストが鮮やかだ。
レン氏愛用のGöbel「Divin Marquis」。Divinシリーズの上から3番目のモデルとなる本機は、AMT型トゥイーターに、8インチのミッドレンジと12インチのウーファーを組み合せた3ウェイのバスレフ型。天板の上には、Arya Audioの180度分散スーパートゥイーター「AirBlade V2」が載せられているが、北京のレックス・チャン氏とは異なる向きで設置されているのが興味深い。パワーアンプは、Synästec Audioのステレオ機「Saxum」で、その出力は250W(8Ω)で重量は130kg。パワーアンプの上には、Pink Faun(オランダ)のミュージックサーバー「Ultra 2.16 Ultra server」と、デジタルファイルトランスポートの「Ultra 2.16 Ultra Streamer」があり、取材時は主にRoonで再生。左チャンネルのスピーカーの右前方に見える木製仕上げの筐体は、Hartvig Audio(デンマーク)のターンテーブル「Hartvig Signature Turntable」のバッテリー式電源部だ。

ラックの上段に設置された2つのソース機器。左はJMF AudioのSACD/CD/Blu-ray Audioトランスポートの「DMT3.7 Transport」。右がHartvig Audioのターンテーブル「Hartvig Signature Turntable」で、ターレスの「Statement」トーンアームとトップウイングの「朱雀」フォノカートリッジを装着。フォノイコライザーはロバート・コーダの「MC1」である。
最初にジャズのビッグバンドをいきなり大音量で再生し始めたので、周囲への音漏れが心配になる。ハン氏にその点を指摘すると、「家族からは毎日音が大きすぎると言われています……」と悩みを明かす。日本の都市と香港、どちらも人口密度が高く、オーディオファンは共通の悩みを抱えているのだ。とはいえ基本的な防音性能を確保した建築ということもあり、近隣への音漏れはあまり気にしていない様子だった。
ジャズ、ヴォーカルいずれも実在感のある音像が定位し、キックドラムより上の音域では低音が刻むリズムにブレがない。ステージとの距離の近さやマッシヴなベースもインパクトがある。ハン氏が好んで聴くロックやジャズとの親和性が高い音であることは間違いない。いっぽう、40Hz以下で使っているサブウーファーのレスポンスをもう少し改善すると演奏の一体感が出てくるのでは? と率直に感想を話すと、「クリスにも同じことを言われた」と語るハン氏。だが、スロープやクロスオーバー周波数を変えると、エネルギッシュでマッシヴな低音など、このシステムの長所がいまひとつ伝わりにくくなる。ところが、クリス氏の提案でグラウンドケーブルを変えたところ、エネルギーを維持したまま低音の速さが改善。ケーブルを介した不要振動の影響が低音に及んでいたようだ。
一番好きな曲を再生して欲しいと声をかけると、遠慮がちにレディオヘッドの音源を選びながら、やがて満足気な表情が浮かんだ。「ライヴ会場で音に包まれ、ステージと一体になる感覚を味わいたい」という、彼が求めるサウンドに一歩近付いたのだ。不要振動でエネルギーが逃げると音圧に頼りたくなるのもわかるが、これからはそれも必要なさそうだ。

>後編に続く
※2025年12月12日(金)10時公開
Audio Exotics' First Documentary - 藝聚人和 (Art brings Friendship)
www.youtube.com





