§17 オープンイヤー形ヘッドホンとは?

 最近のヘッドホン市場では、耳の周辺が完全に開放されたタイプのヘッドホンが増えています。特にTWSイヤホンと呼ばれるカテゴリーで、カフ形、イヤハンガー形などの多くの製品が発売されてきています。また「オープンイヤー形」という呼称が定着してきている印象でもあります。

 今回の本連載では、この「オープンイヤー形」の歴史を含め、ヘッドホン形態の中での位置づけや、その音響、あるいは装着性の観点からの評価や、それによって得られる体験価値への期待などについて思うところをお話したいと思います。

1)オープンイヤー形の歴史と分類

 ヘッドホンの起源において、もともとすべて密閉形だったものが、開放形方向への開発が進んだきっかけとなった主要な製品をいくつかピックアップして紹介します。

 最初は、1968年にドイツのSennheiser(ゼンハイザー)社が発売した「HD414」です。これは、初の「オープンエア形」と称した製品で、ウレタンフォームのイヤパッドの採用によってドライバーと耳の間に通気を設けた、画期的な音響構造のヘッドホンでした。

画像: ゼンハイザー 「HD414」

ゼンハイザー 「HD414」

 次にご紹介したいのが、1971年にスイスのJecklin(ジェクリン)社が発売した「Jecklin Float」です。文字通り、ハウジング部が頭から浮いたアーチ状の構造を持った製品ですが、音響的には初の本格的な開放形ヘッドホンに当たり、「ヘッドスピーカー」と称していました。初代モデルは静電形で、後にダイナミック形の製品も追加されています。音は「耳穴だけなく耳の周りの頭全体で受けるため、人間の自然な聴覚が得られた」と好評を博していました。

画像: ジェクリン 「Jecklin Float」

ジェクリン 「Jecklin Float」

 日本でも、1976年頃Napolex(ナポレックス)社から発売された「CTX-1(Crystalex)」が、開放音響を採用したダイナミック形の製品でした。リング状のイヤパッドからハウジング部が完全に浮いている構造で、開放度がひじょうに高く、「フルオープンエアタイプ」という呼称とともに、透明感のある音場や、分離と定位のクリアさを訴求していました。

画像: ナポレックス 「CTX-1(Crystalex)」※カタログより抜粋

ナポレックス 「CTX-1(Crystalex)」※カタログより抜粋

 では、このようにヘッドホンの音響構造が密閉から完全開放までの幅のある中で、規格分類上ではどのような感じになっているのでしょうか。

 国際標準規格のIEC60268-7や、日本のIEC準拠標準JEITA RC-8140Cで、実は「密閉形」「開放形」などの音響分類を規定した本文中には「完全開放」に類する記載がなく、説明図の一部に「イヤスピーカ」として参考図が載っているだけなのです。

「ヘッドホンの音響分類」

・合成皮革など通気性のないイヤパッドを有するタイプは「密閉形」”Closed”
・多孔質材料の通気性のイヤパッドを有するタイプは「開放形」”Open”
・耳周辺に何も障害物がないタイプは「イヤスピーカ」”EarLoudspeaker”

画像: ヘッドホン市場で注目を集める、“オープンイヤー形” は、どんな特長をもっているのだろう? その歴史から振り返る【ヘッドホンについて知っておきたい◯◯なこと 17】

 つまり、今でいう「オープンイヤー形」は、国際標準上ではスピーカーの一つの形態であって、まだヘッドホンとしての分類には至ってない状況が確認されます。

 ヘッドホンという製品の分類方法でいうと、「ドライバーの形式」や「装着スタイル」に加えて「音響構造」の分類もあるわけですが、カタログ表記上では3つの分類を全部記載するのはあまりにも煩雑なのと、製品の技術進化が標準改定より圧倒的に速いので、結果的に市場の製品上では自由な表現を用いることが通例になっているのではないかと思います。

2)オープンイヤー形の特徴

 私がソニーでのヘッドホン設計時代に「フルオープンエア型」と称するヘッドホン「MDR-F1」を開発した時の経緯を踏まえて、このタイプの特徴についてお話したいと思います。

画像: ソニー 「MDR-F1」(1997年発売) フルオープンエア形ヘッドホン

ソニー 「MDR-F1」(1997年発売) フルオープンエア形ヘッドホン

 1988年末に「MDR-R10」を開発、市場導入していく中で、その量感豊かな存在感の強さの表現としては満足していたのですが、一部のお客様、特に女性の方が装着した時に似つかわしくないという印象が私にはありました。そういったユーザーの方に、もっと優しく寛いだ感覚で楽しんでいただける製品を開発したいという思いがでてきたのです。

MDR-R10開発に関する連載はこちら

 そこで最初に、新たな機種開発で実現したい体験をいくつか言語化してみました。

・女性にも似合うものにしたい
・肩肘張らずに自由な姿勢
・羽毛のように軽いタッチ
・柔軟な機構
・フィット感が良い
・精巧で美しい

 そんなゴールを夢想した時に、共通する言葉はすべて “F” の頭文字で現わされると気づいて、機種名にはFを入れようと決めていたんです。

画像: MDR-F1 製品コンセプトとなったキーワード

MDR-F1 製品コンセプトとなったキーワード

 製品開発の手がかりとしてひとつの参考にしたのが、当時自社内で保管していたNapolex社のフルオープンエア形のヘッドホンサンプルで、このタイプを真似しつつ自社製のドライバーを実装して試作していきました。しかし、やはり装着の快適さや音の開放感は魅力として実感しつつも、想定通りその低音域の再生には苦戦したのです。

 音響的には、密閉形のヘッドホンであれば低音は密閉された耳周辺の空間に圧力として再現されるのですが、そこがスカスカに開放されたこのタイプでは圧力が抜けてしまって、低域の特性が大きくロールオフしてしまいます。

 そこでこれを改善すべく、ドライバーとしては低域の振幅が得やすい構造にし、またドライバー背面構造も通気抵抗を最低限にする工夫とともに、新たに「アコースティック・ベース・レンズ」と称する音響構造を開発しました。

 これは、ドライバーの前面グリルに通気抵抗部材を配してその中央部分に穴を開ける構造です。通気抵抗素材は相対的に低音よりも高音を通しやすい特性を持っているので、低音を耳穴に近いエリアに集中させることができます。この構造によって低音域の再生は大幅に改善することができたのです。

画像: アコースティック・ベース・レンズの機能

アコースティック・ベース・レンズの機能

 また、フルオープンエア形の音の特徴としては、音像定位感が頭外まで広がる印象が得られる点も重要だと思います。

 この原因としては、トーンバランス的に高音域が素直に伸びる傾向がある点や、周囲の空間に音がこもらずに耳にまで届くので、それと再生音がブレンドされることで両音場の連続した印象が得られる点、などが想定されるかと思います。

 装着感の特徴としては、耳が開放されることで耳介に与える疲労感が無い点や、蒸れない快適さもありますが、もうひとつ得られた利点は軽量化しやすい点でした。

 フルオープンエア型ヘッドホンでは、密閉式のヘッドホンのように筐体表面を壁で覆う必要がありません。そこで、MDR-F1ではヘッドバンドやハウジングといった構造体全体を線状の部品で構成した「ワイヤフレーム機構」を採用しました。さらに、骨組みとしては軽量高剛性なマグネシウム合金を、ヘッドバンドには軽量でしなやかな超ジュラルミンなどの特殊金属を大幅に使用して、大幅な軽量化を図ったのです。

 結果的に、質量200gと、MDR-R10の半分の重量までスリム化できて、快適な装着感が実現できたと思います。

3)コミュケーションに最適なオープンイヤー形

 近年のヘッドホン市場では、ノイズキャンセリング機能で外界との音を遮断して音楽に集中できる使い方が可能になる一方で、ヘッドホンを装着したままでも周辺の音を聞ける安心感や、周囲の人と会話できる利便性も求められるようになってきていると思います。

画像: ソニー 「XEA20」

ソニー 「XEA20」

 私自身が設計に携わったTWS製品で、2018年発売の「XEA20」(XperiaEar Duo)もそういったコミュニケーション用途の追求の中で、完全開放の音響構造を採用し、「オープンイヤー」という名称で訴求しました。

 それ以降のここ数年では、ネックバンド形や耳掛け形、あるいはイヤカフ形の装着スタイルで「オープンイヤー形」という名称とともに開放音響を訴求する機種は急増してきています。

近年登場している、各社のオープンイヤー形モデル 最近は、様々なブランドからオープンイヤー形のヘッドホン/イヤホンが発売されている。その多くがBluetooth対応製品だが、AE形やネックバンド形、イヤハンガー形、最近注目を集めているイヤカフ形など、色々な装着スタイルのものがあるので、使い方によって製品を選び分けるのもいいだろう。

画像: nwm nwm ONE ¥39,600(税込)

nwm nwm ONE ¥39,600(税込)

画像: Shokz OPENRUN PRO 2 ¥27,880(税込)

Shokz OPENRUN PRO 2 ¥27,880(税込)

画像: JBL ENDURANCE ZONE ¥18,150(税込)

JBL ENDURANCE ZONE ¥18,150(税込)

画像: BEATS Powerbeats Pro 2 ¥39,800(税込)

BEATS Powerbeats Pro 2 ¥39,800(税込)

画像: Bose Ultra Open Earbuds ¥39,600(税込)

Bose Ultra Open Earbuds ¥39,600(税込)

 ヘッドホンというと、今までは一人で音楽を楽しむためにあったものが、近年ではBluetoothによるハンズフリー通話までが重要な機能になってきていて、コミュニケーションのための重要なアイテムにもなってきているのだと思います。それは、周囲にいる人々や環境の音を聞くことに限らず、リモート会議や、今後でいうとAuracastによる限定エリアでの放送を受け取る機能への発展へと、さらなる多角的なコミュニケーション手段の拡張にも期待が膨らんでいます。

 思い起こすと、1979年発売の初代ウォークマンでは、内蔵マイクと、“Hot Line” と称したトークスイッチがあり、ヘッドホンジャックはふたつ付いていました。

 ヘッドホンジャックの記載は途中から “A” と “B” に変更されましたが、初回ロットでは “GUYS &DOLLS” だったのです。つまり、この機能は、新しいウォークマンに2台のヘッドホンをつないで、恋人たち二人で音楽を楽しんでほしいという願いがこもっていたのだと思います。

 初代ウォークマンで具現化された機能。一緒の曲をヘッドホンで聴きながら「いいよね、この曲」なんて、Hotなコミュニケーションをとることで音楽も更に楽しくなる。

 そんな体験が半世紀に近い時を超えて、今のオープンイヤー形で改めて実現できていることが、私にはとても微笑ましく思えます。

初代ウォークマン「TPS-L2」のヘッドホン端子

画像: TPS-L2の初期ロットでは、ふたつのヘッドホンジャックにこのような表記がされていた

TPS-L2の初期ロットでは、ふたつのヘッドホンジャックにこのような表記がされていた

画像: 初期ロット以降は”A" ”B” に変更された

初期ロット以降は”A" ”B” に変更された

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