§15 ヘッドホン装着スタイルの変遷(前編)

 通常のオーディオ機器は平らな台の上やラックに置かれますが、ヘッドホンは頭に装着される唯一のものです。ドライバーユニットと耳との位置関係に再生音質が影響されますし、フィットの良し悪しは長時間装用での快適さや見た目のたたずまいにもかかわるので、ヘッドホンにとって装着スタイルはとても大事な要素です。

 ヘッドホンの装着スタイルは、主に3つの要素で分類されます。一つは音響ブロックと耳との結合の仕方の分類で、工業規格上の分類用語もあるのですが、本稿では下記のような名称で説明したいと思います。

画像: §15 ヘッドホン装着スタイルの変遷(前編)

 ちなみにIEC(国際電気標準会議)の分類上で「イヤホン」とは片耳分の音響ブロックであり、「ヘッドホン」とは二つのイヤホンがヘッドバンドでつながったもの、となっています。

 二つ目の分類要素は、「ヘッドバンド」「ネックバンド」「アンダーチン」「イヤーハンガー」といった二つのイヤホンを耳や頭に保持する機構です。

 三つ目の分類要素は、「密閉形」「開放形」といった音響分類ですが、イヤホンと耳との間の気密機構にも関わる要素です。

 現在の市場を見ると、上記の三つの分類要素の組み合わせで様々な装着スタイルのヘッドホンが販売されており、更に新しい提案が出てきている印象もあります。

 今回と次回の本連載では、ヘッドホンのこのように多様な装着スタイルが、いつ頃からどんな変遷をたどって生まれてきたのか、構造が変わる元になった技術や文化背景、装着形態を具現化するデザイン的な意図や、そこに生まれた新しい体験価値などについて、私見を踏まえて紹介していきます。

 オーディオ業界全般のトレンドのお話ではありますが、近年の装着スタイル変化については私が直接かかわったソニー製のヘッドホンでの説明が多くなることはご了承ください。

①通信用からパーソナルオーディオ用に至る変化

 ヘッドホンはその起源では通信機器として発展してきましたが、そこから、特に業務として通信を行う目的で長時間使えるように、頭に装着可能な形態への進化がなされます。

 「イヤホン」の原型はというと、1891年にフランス人のメルカディエ(Ernest Mercadier)による聴診器形(Under chin Style)のものが考案されています。また「ヘッドホン」の原型は、1910年にアメリカ人ボルドウィン(Nathaniel Baldwin)が開発したいわゆるヘッドバンドを使った耳乗せ形のものが有名です。

画像: 左から、ベル研の電話機、メルカディエのイヤホン、ボルドウィンのヘッドホン「Type“C”」

左から、ベル研の電話機、メルカディエのイヤホン、ボルドウィンのヘッドホン「Type“C”」

 特に、ボルドウィンによるヘッドホンは、誕生時にすでにケーブル、ハウジング、ハンガー、スライダー、ヘッドバンド、イヤパッドという構成で、今のヘッドホンとしての基本構造をすべて持っていることが分かります。

 それ以降、ヘッドホンは通信用途から音楽鑑賞用途へと発展してきました。音質の面では大きな進歩があった時代ではありますが、装着の形態という面で見るとボルドウィンの原型からの変化は少なかったのではないでしょうか。

 ヘッドホンの大きな変換点となったのは、1979年に発売された「ウォークマン」だったと思います。

画像: ソニー「ウォークマン」 TPS-L2、および1979年6月22日プレス発表の日、代々木公園で行われたデモンストレーション(ソニー『源流』https://www.sony.com/ja/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-06.html)

ソニー「ウォークマン」 TPS-L2、および1979年6月22日プレス発表の日、代々木公園で行われたデモンストレーション(ソニー『源流』https://www.sony.com/ja/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-06.html)

 「ウォークマン」の登場は、それまではリスニングルームで音楽を聴取するためのオーディオ機器だったヘッドホンを、「いつでも、どこでも、自分の好きな曲を自由に聴ける」アイテムに進化させ、パーソナルオーディオのリスニングスタイルを生み出すことになります。

 そんな大きなムーブメントとなったウォークマンの商品開発に当たって、付属ヘッドホンの「MDR-3L2」、および同時発売の単品製品である「MDR-3」「MDR-5」の設計で、ヘッドホン意匠のデザイナーには新しい時代を象徴するような装着スタイルを実現するというこだわりがあったことを、後日聞きました。

 軽快なシェイプ、快適さが一目で分かるイヤパッドの質感、ポップな色使いなどが上げられますが、私が個人的に大きな変化点だったと思う点は、デザイナー自ら「オフセンター」と称したデザインの採用でした。

 それまでのヘッドホンでは、ハウジングの中心がヘッドバンドの中心軸上にあるシンメトリーなデザインだったのに対し、中心軸からずらした「オフセンター」デザインにすることで、よりアクティブで自由な、新しい時代に似つかわしいヘッドホンの装着スタイルを表現できたと思うのです。

画像: シンメトリーデザインの「DR-M7」(左)とオフセンターデザインの「MDR-3」(右)。どちらも1979年の発売

シンメトリーデザインの「DR-M7」(左)とオフセンターデザインの「MDR-3」(右)。どちらも1979年の発売

 その後もヘッドホンには様々な装着スタイルが生まれるとともに、人々が生活の中で自由に音楽を聴く環境を提供し続ける原動力となっていくのです。

②小型軽量の進化

 ヘッドホンの装着スタイルの変化で、次に大きなキーとしてはドライバー口径と連携した小型化の流れに注目したいと思います。話は再度遡って「ウォークマン」発売前の時代のことになります。

 かつて、ヘッドホンのドライバーはというと、口径5〜7cmの小型スピーカーユニットを転用するものが多かったのですが、実は1970年代になされた様々な素材の技術進化によって、ヘッドホン専用の新しい小型で高感度なドライバー実現の可能性が見えてきていたのです。マグネットでは従来のフェライト磁石に比して5倍以上の磁気性能を持つ希土類マグネットの発明があり、また高分子フィルムの2軸延伸技術の進化による薄膜化の進行によって軽く広帯域な再生が可能な振動板が実現できる状況になっていました。

 そして、当時ソニーの小型スピーカー開発担当の掃部さんという私の先輩が「ではいったいどのくらい小型化したら良いだろう」と思案する中で、とりあえず最初の小型化の目標にした口径はというと、それが23mmでした。これは掃部さんがテレビで観たあるシーンがきっかけだったのです。

画像: 掃部義幸さん。投野入社当時は主任技師、後にソニー(株)パーソナルエンターテインメントカンパニー プレジデントなどを歴任

掃部義幸さん。投野入社当時は主任技師、後にソニー(株)パーソナルエンターテインメントカンパニー プレジデントなどを歴任

 その番組は、東京タワー建設の歴史を紹介する内容だったのですが、高所での作業なので当時はいわゆる鳶(トビ)の職人さんが携わってらっしゃいました。そして、彼らはなぜか耳に10円玉をはめ込んでいて、これは作業環境である高所で冬季には冷風が強く吹き付ける中で、職人の鼓膜を保護する目的で装着しているということだったのです。

 掃部さんが意外に思ったのは、「10円玉は耳に装着できる」という点で、そうであればヘッドホン用ドライバーも10円玉と同じ直径23mmで作ればそのまま耳に装着できる、という風に考えたのです。

画像: 筆者の耳甲介腔に収まる10円玉と23mmドライバー

筆者の耳甲介腔に収まる10円玉と23mmドライバー

 このようにして、当初は耳甲介腔に収まる想定(後のIE装着スタイル)で23mmドライバーを試作し、さっそく数人で装着してみました。すると、実際には耳が小さめの人では装着できないことが分かり、さらなる小型化が必要ということになりました。しかし、この23mmドライバーは耳に嵌めこまなくても、耳介の上に乗せる形でも十分な音量と、とても開放的な音質が得られることが分かりました。

 こうして、23mmドライバーは耳乗せ形のヘッドホンとして良好な試作品が完成し、当時社内の別部署で開発中だった電池駆動のステレオカセットプレーヤーと最高の組み合わせであることが分かり、1979年に「ウォークマン」の製品化が実現することになったのです。

 「ウォークマン」、および小型軽量ヘッドホンは徐々にですが世の中に浸透していき、上位機種もいくつか追加されていく中で、次なる小型化進化の開発は進んでいました。そこでは、23mmドライバー開発で諦めていた、ドライバーをそのまま耳に装着するスタイルの追求がなされました。

 ドライバー口径としては、16mmが選定されました。この16mmという設定に当たっては、ヘッドホン設計者が社員の耳型を多数収集し、ドライバーが装着される耳甲介腔部分の大きさを統計的に推定する作業もなされました。それが、後日命名された「耳型職人」の誕生です。

画像: 初代耳型職人の採取した井深大氏(ソニー創業者の一人)の石膏耳型

初代耳型職人の採取した井深大氏(ソニー創業者の一人)の石膏耳型

 こうして1982年に誕生したのが、今の呼び方でいう「IE;インイヤー形」のヘッドホン、「MDR-E252」です。

 この機種では、「装着状態でも、廉価な従来製品のマグネチックイヤホンに見えてしまわないように」という願いを込めたこだわりがたくさんありました。当時のオーディオ製品としては画期的だった白黒のバリエーション展開、左チャンネルのコードを短く落とし右チャンネルにつながるコードを首周りにループ状に回す「ネックチェーン」スタイル、巻取り収納をコスメティック製品のようなエレガントさでできる「コンパクトケース」など、多くの提案が盛り込まれています。

画像: 「MDR-E252」(1982)

「MDR-E252」(1982)

 そして、MDR-3に始まったOEヘッドホンシリーズと、MDR-E252に始まったIEヘッドホンシリーズには、それぞれ、「H・AIR」「N・U・D・E」という愛称が付けられました(※日本販売のみの命名)。

 実はこれらの名称は、シリーズが提供する新しい装着スタイルを的確に表現しています。

 H・AIRでは、「髪の毛のように自然にフィットし、空気のように軽い音質」を、N・U・D・Eでは、「ヘッドバンドもイヤパッドも脱ぎ捨てて、裸のユニットが音楽を奏でる」、そんな開発者の想いが込められていたのです。

 ソニーがMDR-3の開発時から掲げてきた、ヘッドホン装着性の目標として「Zero-Fit」というキーワードがあります。より小型軽量に、そしてヘッドバンドによる側圧までもなくすことで、着けていることを感じさせないような、そんな装着性のゴールを表した言葉ですが、これは今でも実現に向けて進んでいきたい一つの方向性に違いありません。

画像: 「H・AIR」と「N・U・D・E」のロゴ(※カタログより画像を取り込み)

「H・AIR」と「N・U・D・E」のロゴ(※カタログより画像を取り込み)

 ヘッドホン専用ドライバーはその後も、マグネット性能の進化、振動板の材質や構造の改善、ボイスコイル素材の軽量化、製造技術の進化などによって、さらなる小型化の可能性が出てくる中で、実はソニーではMDR-E252発売直後の1985年には、すでに次なるデバイス候補として9mm口径のドライバーを試作していました。MDR-E252同様にIEのオープンエア形のままの条件で実用性を確認する試みでしたが、結果は散々でした。試作品評価としては、感度不足、低音不足であり、試作での良品の収率も悪かったのです。そうして、この時点では9mmのドライバーでの製品化は断念する判断となり、その試作品の存在は長く忘れ去られていました。

 しかし、その後もソニーではOEやAEスタイルのヘッドホン開発の中で密閉音響での音質追及を進め、IEスタイルでも密閉式の製品開発がいくつかなされました。ノイズキャンセルヘッドホン「MDR-NC10」(1995)や、ダイナミックドライバーを使った補聴器「TE-D10」(1996)を開発し、密閉音響での感度と低音再生の改善を実現しました。

 そうした中で、1997年には過去に試作して10年以上死蔵していた9mmドライバーのことを思い出し、早速9mmのドライバーを使った密閉式IEヘッドホンを試作してみました。結果は、過去に不足だった感度と低域再生を補い、従来のIEタイプよりも軽く、安定性に優れた装着性を実現していたのです。

 こういった経緯で開発、発売されたのが「MDR-EX70SL」(1999)です。この小型ドライバーとイヤピースの組み合わせは、今では完全ワイヤレスイヤホンや、ミュージシャン用のIEモニターでも一般的な製品スタイルになっています。

画像: 「MDR-NC10」(1995)と、イヤホン部分

「MDR-NC10」(1995)と、イヤホン部分

画像: 「TE-D10」(1996 ※カタログより画像を取り込み)と、イヤホン部分

「TE-D10」(1996 ※カタログより画像を取り込み)と、イヤホン部分

画像: 「MDR-EX70SL」(1999)

「MDR-EX70SL」(1999)

 このようにソニーにおけるドライバーの小型化は、23mmから16mm、9mmと進み、新しい装着スタイルを生み出しました。これ以降も、ソニーでは13.5mm、5mmの口径のものや、約3✕5✕2mmの箱型BAユニットなども製品化しており、このような小型化と新しい装着スタイル実現の可能性追求に終わりはないと思います。

画像: ドライバーの小型化の進化

ドライバーの小型化の進化

 今回のリポートはここまで。次回掲載予定の後編では、更に多様な発展があったヘッドホンの装着スタイルについて紹介したいと思います。

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