老舗ポストプロダクションのグロービジョンが信濃町スタジオをリニューアル、新たにイマーシブオーディオ(DTS:X/ドルビーアトモス)のミックスにも対応したスタジオとしてオープンした。新スタジオのハードウェア構成についてはHiVi編集部によるリポート(関連リンク参照)をお読みいただくとして、ここではグロービジョンがイマーシブオーディオの制作に対応する狙いや、スタジオの今後の展開についてどのように考えているのかについて、詳しいお話をうかがった。(取材・まとめ・写真:泉 哲也)

画像: JR信濃町駅近くにある、グロービジョン信濃町スタジオ

JR信濃町駅近くにある、グロービジョン信濃町スタジオ

 グロービジョンは1963年に創業し、多くのアニメーションや映画の吹き替えといった録音スタジオ業務やビデオ編集スタジオ業務を手掛けてきた。昨年放送開始55周年を迎えた『サザエさん』については、放送第1回からグロービジョン信濃町スタジオで音声を収録していたそうで、今回の改装に合わせて同社・九段スタジオに変更になっているが、それでもこれだけ長い期間ひとつの作品を同じスタジオで収録しているのは世界でも例がないだろう。

 そんなグロービジョンは、信濃町スタジオと九段スタジオのふたつを運営しており、九段スタジオでも早くからイマーシブオーディオの収録に取り組んでいた。Stereo Sound ONLINEでも2015年の九段スタジオオープンの際に堀切日出晴さんによるリポートをお届けしている(現在は公開終了)。

 今回は信濃町スタジオもイマーシブオーディオのミックスに対応したわけで、最新の音響制作に対するグロービジョンの取り組みには目を見張る物がある。そこで、グロービジョン株式会社 代表取締役社長 川島誠一さん、技術本部 音響技術部 一課 課長 兼 技術管理部 安部雅博さん、取締役 営業制作本部 本部長 松田尚子さんの3名に、その点について詳しくお話をうかがってみた。またDTS:Xシステムの導入をサポートしたXperi株式会社 DTSジャパンオフィス 津司紀子さんにも同席いただいている。

“最高の音” と “快適さ” を両立した信濃町スタジオ

画像: 信濃町スタジオのロビー。打ち合わせや撮影など様々な用途で使用可能で、かつゆったりくつろげる空間に仕上げられています

信濃町スタジオのロビー。打ち合わせや撮影など様々な用途で使用可能で、かつゆったりくつろげる空間に仕上げられています

――今日はよろしくお願いします。まずは改めてグロービジョンさんの業務内容から教えていただけますでしょうか。

川島 弊社のビジネスとしては、洋画の日本語版制作とアニメの音響制作がメインになります。KADOKAWAグループの一員でもありますので、グループ内の音響制作、アニメの音響制作を担いたいと思っています。九段スタジオでもその両方を手掛けているわけですが、今回さらなる成長を遂げるためにも、スタジオの拡充が必要だと考えました。

 そこで信濃町のビルをフルリノベーションして、アニメ音響制作の分野を伸ばすためにスタジオを作ったわけです。もちろん洋画吹き替えの制作もできますがアニメの音響制作に向けても色々な工夫をしたつもりです。アニメ制作会社の皆さんには、ぜひこのスタジオを使っていただきたいと思っております。

―― “工夫” とおっしゃられたのは、具体的にはどういう点になるのでしょう?

川島 録音スタジオですので、最高の音という点が第一になります。イマーシブオーディオについては、DTS:Xもそうですし、ドルビーアトモスでもミックス可能な環境を提供するということで7.1.4に対応した「Studio1」を、さらにアニメや吹き替え音声の収録も可能なアフレコブース、オーディオブックやゲームのセリフ収録用の「Studio2」を作りました。

 それに加えて、制作のしやすさ、使い勝手のよさも重視しています。というのも、音響はアニメ制作の最後の工程で、プロデューサーさん、監督さん、演出さんなどたくさんのスタッフが集まる場所でもあります。そこで現場での最終調整が行われることも多いので、収録の現場やコントロールルームにそれなりの広さがあって多くの方が立ち会えることが大事ですし、長時間座っていても疲れないという空間も必要です。

 また最近はリモートで参加される方もいらっしゃいますので、天井に話者を自動追尾するシーリングマイクを仕込んで、スタジオで喋っている人の声をピンポイントで拾っています。それにより、ストレスなくリモート参加の人とスタジオの中の人がコミュニケーションを取れるようになっています。

画像: DTS:Xとドルビーアトモスのミックスに対応したStudio1

DTS:Xとドルビーアトモスのミックスに対応したStudio1

――最近はリモートの需要も増えているのでしょうか?

川島 ずっとスタジオにはいられないけれど、状況は確認したいといった要望も結構あります。またスタジオの横には、落ち着いて電話をできるスペースも準備しました。

 さらに、キャストやスタッフの皆さんがコーヒーを飲んで快適に過ごしたり、落ち着いて話し合える空間も重要だと思って、ロビーは広めに設計しました。最近は、音響制作スタジオで取材に対応することも結構あるんです。そういったときに作品のポスターをバックにして写真を撮れる、そんな場所にしたいと考えました。写真映えするような棚やステンドグラス風の窓も作っています。

――音響制作の品質、作業効率はもちろん、現場の人の気持ちまで和らぐような空間になっているんですね。ちなみに今回、イマーシブオーディオの制作ができる部屋も作られたわけですが、マルチチャンネルでの制作は配信作品が中心ですか?

川島 メインとなる業務は、ほとんどがステレオか5.1chです。それ以上のチャンネルを使う作品は全体の1割もないかもしれません。ただ、我々としては最高峰のスタジオを目指している以上、あらゆるフォーマットに対応できるということが重要だと考えました。それもあり、Studio1ではDTS:Xとドルビーアトモスの両方に対応したのです。

――グロービジョンさんとしては、ふたつめのDTS:X/ドルビーアトモス対応スタジオになるそうですが、信濃町スタジオはホーム用ということですね?

川島 九段スタジオにはシネマ用のスタジオがあります。ですので、今回でシネマとホームの両方を準備できました。

津司 現時点でDTS:Xのシネマとホームの両方のスタジオをお持ちなのは、国内ではグロービジョンさんだけになります。

画像: 7.1.4構成のStudio1。スピーカーはBWVのH−7で、サブウーファーには同じくBWVのS-5を4本使用

7.1.4構成のStudio1。スピーカーはBWVのH−7で、サブウーファーには同じくBWVのS-5を4本使用

――Studio1は最高の音を目指したとのお話でしたが、そこでのシステム選びはどのように進められたのでしょう?

安部 スピーカーについては、イースタンサウンドファクトリーの佐藤社長からBWVスピーカーを使っている109シネマズプレミアム新宿の音を聴かせてもらう機会があったんです。その時にセリフなどもじっくり確認させてもらったんですが、凄くナチュラルでこれはいいスピーカーだなと思いました。

 しばらくして今回のプロジェクトが立ち上がった時に、20Hzぐらいまで出せるスピーカーでマルチチャンネルを組みたいという提案をしたんです。音の方向としてはBWVが好みでしたので、まず「H5」で検討しました。でもH5のサイズでは天井に設置できませんでした。すると佐藤さんが、ひと回り小さなスピーカーとして「H7」を新たに設計してくれたので、Studio1に導入しました。

――トップスピーカーまでH7で揃えたとのことですが、イマーシブオーディオのミックス作業を行うのであれば、全チャンネル同一スピーカーが理想なのでしょうか?

安部 もともと、イマーシブをやるのであれば全チャンを同じスピーカー、ユニットにしたいという思いはありました。今回はエンクロージャーの形こそ違いますが、スピーカーとしてはすべてH7で統一しています。

 ただ、1基で32kgありますから、取り付けはたいへんでした。設置方法も防振吊りで、金具はビルの駆体に取り付けてあるのでH7自体は部屋とは完全にセパレートしています。

――細かい点まで考えられているんですね。でもこれだけの機材となると、予算的にもたいへんですよね。よく決断されましたね。

川島 今回は、とにかくいいものを作ってくれということで、安部に任せました(笑)。安部のスタジオに対する探求心を信頼していますので、そういう人間が情熱を持ってやるのが間違いないだろうと。結果も良かったですよ。ご覧いただければわかると思いますが、素晴らしいスタジオになったと思います。

画像: こちらはリアサイド。フロアーの7チャンネルは壁埋め込みで、トップスピーカーは駆体から吊り下げ設置されている。サイドとトップスピーカーはエンクロージャーの形は違うが、ユニット構成は同一だ

こちらはリアサイド。フロアーの7チャンネルは壁埋め込みで、トップスピーカーは駆体から吊り下げ設置されている。サイドとトップスピーカーはエンクロージャーの形は違うが、ユニット構成は同一だ

――先程DTS:Xなどでのイマーシブオーディオの制作数はまだ少ないとのお話でしたが、せっかくこういった場所を作ったのであれば、映像ファンとしても活用していってもらいたいと思います。これからアニメスタジオさんにどのようにアピールしていこうとお考えなのでしょうか?

川島 まずは、最高の作品ができますよ、ということを言えるか言えないかは大きいと思います。弊社では最高のものを作れますという点にフォーカスしていきます。コンテンツとしてすべてのフォーマットでいいものが作れるということですね。

――今日はDTS ジャパンオフィスの津司さんにも同席していただいていますが、安部さんとして、これからDTS:Xで作業をしていく際にこんなことを試してみたいとかいったお考えはありますか?

安部 信濃町スタジオは、2月に稼働したばかりなので、DTS:Xのミックス作業はまだできていないんです。DTS:Xのプラグインの使い方なども、これから勉強していこうと思っているとこところです。

津司 DTS:Xのプラグインも先日インストールしていただいた段階で、これから具体的な操作方法についてご説明していきたいと思っています。トレーラーのセッションもお渡しし、少しずつ皆さんに慣れていただきたいと思っているところです。

 九段スタジオにはシネマ用のDTS:Xを入れていただきましたが、DTS:Xのミキシングツールとしてはシネマ用もホーム用も同じもので、ミキシングの段階ではほとんど同じようにお使いいただくことができます。最終的な出力でシネマ用、ホーム用のファイルを選んで書き出す機能が付いています。またヘッドフォン用ファイルの書き出し機能もあります。

 劇場だけでなく、ホーム用としてパッケージ/配信で使える音声ファイルを書き出す、さらに
DTS Headphone:Xのような特典で使える音声までひとつのマスターから作り出せるのもDTS:Xの強みだと思います。そういう利便性、フレキシビリティを制作の方にもご理解いただき、活用していただけたらと思っています。

画像: リモートでの立ち会いも快適に行えるよう、天井には話している人を自動追尾するシーリングマイクも設置されている(写真右上)。写真のスピーカーはトップリアの左チャンネル

リモートでの立ち会いも快適に行えるよう、天井には話している人を自動追尾するシーリングマイクも設置されている(写真右上)。写真のスピーカーはトップリアの左チャンネル

――DTS:X音声は、配信のIMAX Enhancedで採用されていますが、今後日本での展開はどのように予測されているのでしょう?

津司 日本国内での展開はなかなか進んでいない状況ですが、日本のコンテンツを世界に配信したいという野望はずっと持っています(笑)。IMAX Enhancedはシネマの体験をホームに持ってこようというコンセプトなので、IMAXシアターで上映している作品であれば、スムーズに家庭に届けることができます。

 マスターとしては画も音もIMAXマスターがすでにあるので、それをホーム用に変換したり、DTS:Xのフォーマットに乗せることでIMAX Enhancedとして家庭に届けられると考えています。そこについては日本での展開も狙っていますので、ぜひグロービジョンさんもIMAX Enhancedに対応いただけると嬉しいですね。

川島 それは面白い、ぜひやりたいですね。劇場での邦画IMAX作品も増えていますしね。

津司 今のところIMAXマスターを作るには、画も音も一旦ハリウッドに持って行ってマスタリング作業を行う必要があるんですが、今後、作品数が増えていけば音は日本でやりましょう、といった展開も十分考えられるでしょう。

 現在はSony Pictures CoreとDisney+でIMAX Enhancedを展開していますが、まだ日本のコンテンツは配信されていません。でもグローバルでのサービスなので、これから日本作品が配信されていく可能性は高いと思います。

川島 音響制作と一緒に、そういった取り組みも進められるといいですね。

津司 IMAX Enhancedの配信は日本でも始まったばかりですから、今後コンテンツの充実に合わせて制作環境も変化していくだろうと考えていますし、日本でのコンテンツ制作も実現させたいと思います。

川島 その際には、グロービジョンをお使いください(笑)。DTS:Xについてもシネマとホームの両方がありますから、そういった局面が来ても問題ありません。

津司 劇場用の音声をDTS:Xでミキシングしていただければ、IABフォーマットのDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)を使ってドルビーアトモス用の劇場でも上映できますし、その後IMAXシアター用に変換する、配信用にIMAX Enhancedに変換するといった作業も親和性は高くなります。そのためには安部さんを始めとするエンジニアの皆さんにDTS:Xのツールに慣れていただかなくてはいけませんから、できる限りサポートさせていただきます。

画像: ミキシングコンソールはSolid State LogicのSystem T S500で、DAWにはPro Tools Ultimate HDX2を2台準備している。DTS:Xとドルビーアトモスのプラグインもインストール済み

ミキシングコンソールはSolid State LogicのSystem T S500で、DAWにはPro Tools Ultimate HDX2を2台準備している。DTS:Xとドルビーアトモスのプラグインもインストール済み

――安部さんはDTS:Xの音の特長をどのように感じられていますか?

安部 劇場でのDTS:Xをじっくり体験したことはないんですが、DVDやブルーレイのDTSサウンドは解像度が高く、マスター音源に忠実という印象があります。

津司 映画のイマーシブで目指しているところはどのフォーマットも同じで、その空間の音をどこまで自然に、リアルに感じてもらえるかだと思うんです。イマーシブというと、どうしても音数が多くて、激しいアクションの表現が得意といったイメージがあると思います。DTS:Xもそういった作品は得意ですが、逆に凄く静かなシーンとか、小さな音や繊細な音の表現もできますので、空間の演出として様々な活用が可能になっています。

 制作者のイメージ通りの音場を表現する手段として、イマーシブオーディオを使っていただくのは有効だと思っています。またDTSの音って太いよね、力強いよねという風に言っていただけることもありますので、そういった魅力もあるのかなと思っています。

安部 そういえば、先日同じ曲をDTS:Xとドルビーアトモスで収録したデモディスクをいただいたんです。それをStudio1で聴き比べてみたんですが、確かにDTS:Xの方が音が太かったですね。

――ロスレス圧縮でも、フォーマットによって音に違いがあったと。

安部 つい先週、気がついたんです(笑)。普段はPro Toolsのレンダラーで出力した音を聴いているので、どのフォーマットであっても音に違いはないんです。でもディスクに記録したら、どのフォーマットを使うかによって音が変わるんだなぁと再認識しました。ロスレス圧縮だから音に違いはでないだろうと思いこんでいたんですが、切り替えたら音の印象が違ったので、驚きました。マスターを聴いたことがないので、どれがオリジナルに近いのかは判断できませんが……。

川島 面白いですね。なぜそんな違いが出てくるんでしょう?

津司 ロスレス圧縮であっても弊社とドルビーさんでアルゴリズムが異なりますので、そういったところに起因しているのではないかと考えているんですが……。

画像: Studio1の隣には、20人ほどが入れるアフレコ用ブースも準備されている。建物自体がスタジオ用に造られているので、天井高にも余裕があるのが特長とのこと

Studio1の隣には、20人ほどが入れるアフレコ用ブースも準備されている。建物自体がスタジオ用に造られているので、天井高にも余裕があるのが特長とのこと

――では最後に、今後のグロービジョンさんの目指す方向、展開についてお聞かせください。

川島 KADOKAWAグループとしては、ゲームとかアニメ関連で成長戦略を描いているという部分もありますので、弊社もその一員としてアニメ制作の音響パートを担う、そこを伸ばしていくことを考えています。信濃町スタジオを含めて順調に稼働していけば、さらに音響制作を増やしていくといった拡大戦略を取りたいと思います。

 まずはここを、日本で一番いいアニメ音響制作のスタジオだと皆さんに言ってもらえるようなスタジオにしたいと思っています。入れ物はできましたので、今後はそれをしっかり運用していって、多くの方に使っていただく段階に入ろうと思っているところです。

繊細なディテイルから大迫力の太い音まで、最高品質の音が体験できる

 インタビュー後に、Studio1でマルチチャンネルの音を体験させてもらった。安部さんからお話のあったデモディスクで、DTS:Xとドルビーアトモスの音声トラックを切り替えてもらうと、確かに印象が違う。

 前者は全体的にクリーンですっきりした方向で、トップスピーカーを含めて正確なディテイル再現を狙っているように感じる。これに対しDTS:Xは音場全体の密度があがり、腰の座った緻密な音が体験できた。同じマスターを使ったであろうディスクでこういった違いが聴き取れるのも、Studio1のパフォーマンスの高さだろう。

 続いてUHDブルーレイ『アポロ13』から打ち上げシーンを再生してもらった。こちらはDTS:X収録で、最終チェックを読み上げるエド・ハリスの声にも厚みがあるし、そこからのカウントダウンも緊迫感が凄い。ロケットの噴射も、キレがありつつ、重さを伴った低音が面で押し寄せてくる。この太い音はDTS:Xならではで、映画の魅力が音でもアップしている。

 最近の映画興行収入を見ても分かる通り、アニメ作品は大きな人気と注目を集めている。ホームシアターファンとしてはそれらもイマーシブオーディオで楽しみたいし、そのための音響制作環境の充実にも期待したい。今回の信濃町スタジオのオープンはその大きな後押しになると期待できるわけで、グロービジョンの今後の取組には要注目だ。

画像: インタビューに対応いただいた皆さん。写真右からグロービジョン株式会社 技術本部 音響技術部 一課 課長 兼 技術管理部 安部雅博さん、代表取締役社長 川島誠一さん、取締役 営業制作本部 本部長 松田尚子さん。左端がDTS:Xシステムの導入をサポートしたXperi株式会社 DTS ジャパンオフィス 津司紀子さん

インタビューに対応いただいた皆さん。写真右からグロービジョン株式会社 技術本部 音響技術部 一課 課長 兼 技術管理部 安部雅博さん、代表取締役社長 川島誠一さん、取締役 営業制作本部 本部長 松田尚子さん。左端がDTS:Xシステムの導入をサポートしたXperi株式会社 DTS ジャパンオフィス 津司紀子さん

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