オリンピックの最中にテロが起きてしまった! とんでもない実話だ。
1972年8月26日に開催されたミュンヘン・オリンピック、そのエンディングまであと1週間を切った9月5日、パレスチナ武装組織「黒い九月」が、イスラエル選手団9名を人質にとったのだ。
私は仕事柄「世相」と「ジャズがどうなっていたか」が結びついて頭の中に入っている。ミュンヘン・オリンピックの1週間前まで同地では「ジャズ・ナウ! オリンピック・ゲームズ」というフェスティバルが行なわれていた。この催しで初めてチック・コリアとゲイリー・バートンがデュオ(二重奏)で演奏し、それを聴いて感銘を受けたレコード・プロデューサーのマンフレート・アイヒャーがアルバム制作を打診、チックとゲイリーが次にヨーロッパにやってきたときに録音されたのが不滅の名盤とされる『クリスタル・サイレンス』である。
いっぽう日本では昭和30年代に絶大な人気を誇ったドラマー、白木秀雄が8月末に変わり果てた姿で発見された。私はとある要件のため数日間を費やして白木について探求したことがあるが、遺体が発見されて間もなく出た週刊誌のメイン記事はほぼ「オリンピック開幕」、関係者への取材など深掘り記事が載った時期の週刊誌のメイン記事はほぼ「テロ」であったことを思い出す――。だがこの「黒い九月」にまつわる事件に関しては、英語ではテロではなくmassacre(殺戮)という用語を使うことが多いようだ。不特定多数を狙ったものではないからだろう。
このテロ・殺戮に関してはすでにスティーブン・スピルバーグ監督の『ミュンヘン』がある。ではこの『セプテンバー5』はいかに、何を、どう描いたのか。これがすこぶる興味深かった。主役となるのは、武装組織でも、被害者でも、選手でもない。アメリカからミュンヘンに競技をテレビ中継するために出張してきた放送局の面々である。いちおうドイツ語をしゃべれるスタッフは近くにいるものの、基本的にはスポーツを中継するだけだから、言語の壁など大した問題でもなかろう、というぐらいは思っていたかもしれないが、結果的に「テロにまつわる報道・中継」を半ばアメリカ代表として母国に送信する役割を担わざるをえなくなったのだから、気持ちは針のムシロだったのではないか。逃げ出したいという気持ち、「伝えなければ」という職業意識や報道陣としてのプライドがないまぜになって、だが犯人側も放送を見ていて……90数分がとんでもなく早く過ぎる。第81回ヴェネツィア映画祭で大絶賛されたというのも納得だ。監督ティム・フェールバウム、出演ピーター・サースガード、ジョン・マガロ、ベン・チャップリン、レオニー・ベネシュほか。
映画『セプテンバー5』
2025年2月14日(金)公開
監督・脚本:ティム・フェールバウム
出演:ジョン・マガロ、ピーター・サースガード、レオニー・ベネシュ ほか
全米公開:2024年11月29日
原題:SEPTEMBER 5
配給:東和ピクチャーズ
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