すさまじい作品だ。1986年に英国で制作されたアニメーションで、作者は「スノーマン」や「さむがりやのサンタ」でも知られるレイモンド・ブリッグズ。これだけなら別に「すさまじい」という気持ちは湧いてこないと思うが、これが「核爆弾が落ちてくる」ストーリーであり、しかも監督のジミー・T・ムラカミが長崎に住む親戚を原爆で亡くしているとなると(しかも彼は日系アメリカ人である)、被爆国に生まれたこちらにとっては、話が違う。作品がぐっと多層的に、巨大化して目前に迫ってくる感じだ。
主人公は自然たっぷりの、イギリスの片田舎に住む老夫婦。夫には従軍経験があるものの、勝ってきたのでどこかで「戦争はかっこいいもの、人々を鼓舞するもの」という考えを持っているようだ。「新たな戦争が始まり、核爆弾が落ちてくる」とラジオ放送があったので、実に素朴なシェルターを作り始める。もちろん知識として日本に原爆が落とされたことを知ってはいるが、皮膚が垂れ下がった子供たちの写真や、熱で変形した小銭や瓶、人が溶けてその影だけが刻まれた階段、服が張り付いた皮膚、真っ黒な爪がひとつの指からだけ何十センチも伸び続ける人などの写真を見たことはないに違いない。先の戦争の頃はヴェラ・リン(デイムの称号を得たジャズ~ポップス歌手)が人気だったね、などと会話しながら、のんびりしたものだ。果たしてラジオの報告は現実のものとなり、あたりは瓦礫に。だが老夫婦は生き延びて、やっぱり素朴に、毎日のことにあたる。その先に訪れたものは……。
デヴィッド・ボウイが主題歌、ロジャー・ウォーターズ(ピンク・フロイド)がサウンドトラックを担当。今回の公開にあたっては、今は亡き名優ふたり、森繁久彌と加藤治子が夫婦役の声を担当した日本語ヴァージョン(監督:大島渚)が復刻されている。ボウイの声と森繁の声が一つの映画の中にあるのだ。
映画『風が吹くとき』(日本語吹替版)
8月2日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
<声の出演(カッコ内は日本語吹替版)>
ジム:ジョン・ミルズ(森繁久彌) ヒルダ:ペギー・アシュクロフト(加藤治子) ロン(田中秀幸) アナウンサー(高井正憲)
<スタッフ>原作・脚本:レイモンド・ブリッグズ 監督:ジミー・T・ムラカミ 音楽:ロジャー・ウォーターズ 主題歌:デヴィッド・ボウイ「When The Wind Blows」 日本語版監督:大島渚 製作:ジョン・コーツ 製作総指揮:イエイン・ハーヴェイ アニメーション:リチャード・フォードリー 美術・レイアウトデザイン:エロル・ブライアント 技術:ピーター・ターナー プロダクション・コーディネーター:アン・ゴドール 特殊効果:スティーブン・ウェストン
原題「When the Wind Blows」
提供:コンテンツ・ポテンシャル
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:チャイルド・フィルム
配給協力・宣伝:プレイタイム
1986年/イギリス/カラー/85分/1:1.33(スタンダード)/ステレオ
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