ターンテーブルに始まり、カートリッジやトーンアームに何を選ぶかなど、アナログレコード再生には様々な楽しみがある。フォノアンプ/フォノイコライザーの交換もそのひとつで、音質にも大きな影響があるといわれている。そんなフォノアンプの注目機が、SOtM(ソム)の「sPQ-100PS」だ。このモデルはMM型とMC型に加え、様々なEQ(イコライジング)カーブを切り替えて再生できるのが特長。そんなsPQ-100PSを使った試聴イベントが、昨年末の12月23日(土)にオーディオユニオン御茶ノ水アクセサリー館で開催されたので、以下で詳細をお届けする。講師の潮晴男さんは実は……。
StereoSound ONLINEの連載「アナログ道楽」は、潮晴男さんが自身の50年近いアナログ再生の経験を活かし、アナログレコード再生の楽しさを広く伝えていこうという企画だ。連載開始以来オーディオファンの注目を集め、毎回多くの方からアクセスをいただいている。
潮さんはその第4回でsPQ-100PSを取材し、EQカーブ切り替え機能が気に入って、後日自宅に導入したという。今回のイベントは、連載取材時やその後の自宅試聴でEQカーブを切り替えることで印象が変わったLPを集め、レコードファンと一緒にその変化を楽しんでみようというものだ。
会場となったオーディオユニオン御茶ノ水アクセサリー館には、担当の久埜(くの)明宏さんが選んだシステムが準備され、それらを使ったレコード再生が行われた。ラインナップは以下の通りで、さらにルナケーブル製インターコネクトケーブルやAETの電源ケーブルを加えて、 “アクセサリー館らしいチューニング(ドーピング?)” を行っている。
<試聴会の主な再生システム>
●ターンテーブル:アコースティックソリッド Solid Machine Small R
●カートリッジ:オルトフォン CG25 Di Mk2(モノーラル用)、ミューテック RM-KAGAYAKI《耀》(ステレオ用)
●フォノアンプ:SOtM sPQ-100PS
●プリメインアンプ:ハイファイローズ RA180(ブリッジ駆動)
●スピーカーシステム:リビングボイス R25 Anniversary + KITHIT HIT-ST1 宙(スーパートゥイーター)、Qアコースティック Concept300
●クリーン電源ユニット:アイソテック V5 SIGMAS
最初にこれらの製品の特長や選択理由が久埜さんから解説され、続いてブライトーンの福林羊一さんからsPQ-100PSの特長が紹介された。ちなみにSOtMはもともとPC関係のパーツを製造していたメーカーで、PCオーディオの分野で注目を集めたという。
そこからネットワークプレーヤーやオーディオスイッチ(ハブ)などを発売するようになり、今回、初のアナログ製品としてsPQ-100PSをリリースしたという。そこには、 “アナログの音をよくしなければ、デジタルの音もよくならない” というこだわりがあったそうだ。
しかもsPQ-100PSは、「BASS TURNOVERFREQUENCY」(低音部の補正)と「HIGH FREQUENCY ROLL-OFF」(高域のフィルター特性)、「BASS BOOST LEVEL」(低域の強調レベル)の3つを、天板に設けられたスイッチで各4段階に切り替え可能で、その組み合わせによって「RIAA」や「Columbia LP」「TELDEC」など9種類のEQカーブが再現できるようになっている。当日の試聴会でもそこがポイントになったわけだ。
●フォノイコライザー:SOtM sPQ-100PS ¥275,000(税込)
<設定できる主な項目>
●MM/MCカ−トリッジの選択
●入力インピーダンス・容量選択
●ベースブーストレベル選択
●ベースターンオーバー周波数選択
●高周波ロールオフ周波数選択
●トータルゲイン選択
●接続端子:アース端子付きアナログ入力(RCA)、アナログ出力(RCA)
●信号レベル/インピーダンスMM入力
信号レベル:3mVac〜10mVac @ 1kHz
推奨インピーダンス:47kΩ
推奨静電容量:100pF〜330pF
周波数応答:20Hz〜20kHz
MC入力
信号レベル:0.1mVac〜1mVac @ 1kHz
推奨インピーダンス:15Ω〜500Ω
周波数応答:20Hz〜20kHz
●寸法/質量:W106×H48×D245mm(両ユニットとも)/合計3kg未満
そしていよいよ潮さんが登場し、試聴会がスタートした。潮さんはまず、ブランド名のSOtMとは “Soul Of the Music” の略で、創業者も子供の頃からアナログレコードに親しんでいたことがsPQ-100PSの開発につながったようだと紹介した。
そして、フォノイコライザーでEQカーブが切り替えられるメリットについて以下のように説明してくれた。
「そもそも、レコード再生にどうしてフォノアンプが必要かというと、皆さんもご存知のようにレコードの盤面には音溝が刻まれていますが、低音をそのまま記録すると溝の幅が広くなるため、収録時間が短くなってしまいます。それでは商品としても困るので、1kHzを境に低域レベルを下げ、高域レベルを上げて記録して、再生時に等価回路でフラットに戻すという処理を加えています。
この際にどんなEQカーブでレコードに記録するかがポイントで、LPレコードが誕生した1948年当時は、レコード会社がそれぞれ独自のカーブを使っていました。そのため、当時のアンプにはターンオーバーやロールオフのスイッチが沢山並んでいて、自分で調整できるようになっていたのです。
それではユーザーもたいへんなので、1954年に米国レコード工業会(Recording Industry Association Of America)がRIAAカーブを制定し、以後はそれが使われるようになったのです。しかし僕も知らなかったのですが、RIAAカーブ制定以降も独自のEQカーブを使って制作されたレコードがあったようなのです。
EQカーブについては、ジャケットに表記がないことが多いので断言はできませんが、僕自身これまで何も疑わずにRIAAカーブで鳴らしていたレコードを他のEQカーブで聴き直してみたら、印象ががらりと変わったんです。今日は皆さんにもそれを体験してもらいたいと思います。特に60〜70年代のジャズやロックが好きな人は必聴です」(潮さん)
そしてまず、sPQ-100PSの基本的な音質を体験してもらおうと、潮さん自身がプロデュースした『エトレーヌ/情家みえ』のレコードを再生した。このレコードはRIAAカーブでカッティングされているので、sPQ-100PSはもちろんRIAAにセットした。
「このディスクはアナログマスターテープからカッティングしており、しかも一発録りで、後編集を加えていません。そのスタジオ収録時のサウンドが、ストレートに再現されていたと思います。
実は初めてsPQ-100PSを見た時は、こんな小さい製品だからなぁと期待していなかったんですが、音を聴いたら意外とまっとうというか(笑)、小細工をしていない生成りの音を上手に鳴らしていました。これなら使えると思い、自宅に導入したわけです」(潮さん)
システムの最後のチューニング(ドーピング?)で悩んだら、
オーディオユニオン御茶ノ水アクセサリー館に相談を!
●住所:東京都千代田区神田駿河台2-2-1 4F
●電話番号:03(3295)3103、FAX 03(3294)6141
続いて弊社から発売中のLP『鬼太鼓座:富岳百景・抄録 アナログマスター・ダイレクトカット』も再生してもらった。なおイベントの第1部でこのディスクを再生したところ、R25 Anniversaryのウーファーでビリ付きが発生したため、ここからスピーカーをConcept300に交換している。
「このレコードは76cmマスターテープからダイレクトにカッティングを行った、贅沢な一枚です。ふくよかな音が収録されていて、ある意味とても厳しいソースですね。もちろんフォノアンプにも厳しいし、アンプ、スピーカーにも厳しい。今日はSIDE A 2曲目の『三国』(みくに)を聴いていただきましたが、低音がお腹に響いてきました。アナログレコードにはこれだけの低音が記録できるんですよ。
sPQ-100PSは、こういったレコードを再生しても音が痩せないのがいい。これだけの低音を引き出してくれるカートリッジやフォノイコライザーはなかなかありません。安心して使える製品だと思います」(潮さん)
そしてここから、いよいよ今日の本題であるEQカーブの違いによる音の変化の検証に入った。
まず潮さんのコレクションから1950年代のモノーラルレコード、プラターズ『スモーク・ゲッツ・イン・ユア・アイズ』と、チェット・ベイカーの1956年収録盤『Chet Baker & Crew』をチョイス。さらにここでは、カートリッジもモノーラル用のCG25 Di Mk2に交換している。最初にRIAAカーブ、次にColumbia LPカーブに切り替えて比較を行った。
「音に違いがあるのがおわかりいただけたでしょうか。EQカーブを変えると、モノーラルなのに、奥行感が出てくるように感じられたと思います。ここが不思議なところなんですよね。
もともとColumbia LPカーブはRIAAカーブのベースになったとも言われています。この後コロムビアのレコードを聴いていただきますが、どうも1970年代まで自社のカーブを使ってカッティングをしていたんじゃないかと思われる節があるんです。
しかも同じタイトルなのに、アメリカでプレスした盤と日本プレスでEQカーブが違うケースもあるようで、実際に聴いてみないとわからないことも多いんです。そこが困るところでもあり、面白いところでもあると思いますが……」(潮さん)
といって潮さんが取り出したのは、サンタナ『SANTANA』のオリジナル盤と2016年プレスの重量盤。SIDE A 2曲目の「Evil Ways」を、2016年盤をRIAAカーブで、次にオリジナル版をRIAAカーブ→Columbia LPカーブの順番で再生した(カートリッジはRM-KAGAYAKI《耀》に交換)。
「いかがでしたか。僕もこのレコードをずっとRIAAカーブで聴いていたんですが、結構高域がきつくて、ある意味修行だなぁと思っていました(笑)。でもColumbia LPカーブにしてみたら、高域の落ち着きも出てきたし、音場がすっと広がったんです。僕の推測ですが、多分こっちがもともとの音だったんじゃないかと思います」(潮さん)
さらに同じくサンタナのヒットアルバム『天の守護神』のアメリカ盤をRIAA→Columbia LPカーブの順番で再生したが、こちらは音の変化がもっとわかりやすく、「どうですか。EQカーブを変えることで音場感まで変化するというのは、僕にとっても発見だったし、今までずっとRIAAカーブで聴いていたのがもったいなかったなぁと感じたくらいです。これを体験してから、このレコードはどっちが本来の音だったのかと想像しながら楽しんでいます」とのことだった。
最後に、ジャニス・ジョプリンの『PEARL』からSIDE A 1曲目の「Move Over」を、RIAA→Columbia LPカーブの順番で再生。
「EQカーブを切り替えると、これまでマスキングされていた音が出てくる、こんな音入ってたかな? と驚かされることが多々ありました。それが奥行感や立体感の再現につながっているのではないかと思います。今まで繰り返し聴いてきたアルバムから、こんな風に新しい発見があるというのも、アナログレコードの楽しみではないでしょうか」という潮さんの見解も語られた。
もちろんこの変化は、どちらが正しいと言った具合に単純に断言はできない。今回の試聴会に参加してくれた中にも、「Columbia LPにすると聴きやすくなるけれど、音場が横に広がっているようにも感じました。RIAAカーブの方が、縦方向の拡がりが出てくるんじゃないかな。僕はそんな印象でした」といった感想を話してくれる人もいた。
それを踏まえて潮さんから、「ステレオレコードはRIAAカーブで記録されているはずだから、それに忠実に再生するのが正しい、という意見もあるのは知っています。でも実際にこんな風に音が変わるのも事実なわけです。
大切なのはそれぞれの音を自分の耳で確認することじゃないでしょうか。そのうえで好みのEQカーブで再生すればいい。場合によってはトーンコントロールなども加えて微調整するといいでしょう。
それが趣味のオーディオとしての正しいアプローチではないかと思っています。sPQ-100PSはその楽しみを手軽に実現し、自分の好きな音を探す術を提供してくれる、魅力的なフォノアンプだと思います。アンプ内蔵のフォノイコをお使いの方や、色々なレコードの楽しみを体験したいという方はぜひ手にとって下さい」という提案があり、イベントは終了になった。(取材・文:泉 哲也)
熱心なオーディオ愛好家にもインタビュー。“EQカーブを切り替えると、
スペックでは表現しにくいところに差が出てくるように感じました”
今回のイベント第一部に参加してくれたjive9821さんは、レビューサイトのZIGSOWでオーディオ関係の記事を投稿しているオーディオ愛好家とのこと。以前からオーディオユニオン御茶ノ水アクセサリー館のイベントにはよく足を運んでいるそうで、今回はお兄さんと一緒に、最新のフォノアンプの実力を体験したいと思って参加してくれたという。
おふたりとも子供の頃からレコードに触れていたとかで、今でもLPを楽しんでいるそうだ(最近はレコードをD/A変換してDAP等で楽しむことが多いとのこと)。
試聴会の感想をうかがうと、「EQカーブを切り替えると、音場全体、空間に影響が出るのかなという気がしました。特に空間表現や質感といった、スペックでは表現しにくいところに差が出てくるように感じたのです。また潮さんがお持ちになったレコードで、RIAAカーブだときつい音に聴こえたのも驚きました。わが家でもRIAAカーブで聴いていて、高域がきついと感じるレコードもあるんです。それらをColumbia LPカーブで聴いてみたいと思いました」とのことだった。