レコード再生においては、多くの要素が音に影響を与える。フォノカートリッジ、トーンアーム、ターンテーブルと、どれもおろそかにすることはできないが、もうひとつ忘れてはならないのは、そこからピックアップされた信号を正確にデコードするフォノアンプの存在である。
昨今はAVアンプにもフォノイコライザーが内蔵されているので、レコード再生に関してそれほど不便を感じることはないだろう。しかしCD全盛期にはライン入力しか持っていないアンプも多く、レコードを再生するには別途フォノアンプが必要だった。そうしたことを考えれば、便利な時代になったわけだが、果たしてそれでアナログレコード本来の持ち味が引き出せるのか……。ここでは単体フォノアンプによる音質改善効用を、フェーズメーションの新製品「EA-220」を使って確認してみたい。
フェーズメーション「EA-220」の、潮さん&齋藤さんによる試聴インプレッションはこちら ↓ ↓
その前に、前回の記事とダブる部分もあるが、少しだけフォノイコライザーの役割について触れておこう。フォノイコライザーは1kHzを中心に高域はレベルを高く、低域は振幅が大きくなるのでレベルを低くしてカッティングしたレコードの音溝から、元通りのフラットな信号を取り出すための等価回路のことである。
1954年にアメリカレコード協会(Recording Industry Association of America)が規格化したイコライザーカーブ(RIAAカーブ)が現在の基準になっている。それ以前から等価回路は存在したが、各社各様で拵えていたため、それを一本化したものがRIAAカーブというわけだ。
RIAAカーブを作り出す回路は大きく分けてCR型とNF型の2種類に分けられる。CR型は抵抗とコンデンサーで定数を決定し、NF型は回路内でフィードバックをかけてイコライジングカーブを作り出す。CR型はシンプルな構成なのでクリアネスの高いサウンドを再現し、NF型はS/Nが高く、エネルギー感のあるサウンドを再現するという風に、音色についてもそれぞれに特徴を持っている。ただ、NF型の方が作りやすいことから、メーカー製のフォノイコライザーはほとんどがこのタイプである。
フォノアンプ:フェーズメーション EA-220 ¥121,000(税込)
●形式:MM/MC無帰還型フォノアンプ
●入力様式:MM、MC
●入力感度:2.5mV、0.12mV
●入力インピーダンス:47kΩ、470Ω
●利得:38dB、64dB
●入力換算雑音:-120dBV、-140dBV
●定格出力電圧:200mV(1kHz)
●リアカーブ偏差:±0.5dB(20〜20kHz)
●消費電力:2W(100VAC 50/60Hz)
●寸法/質量:W220×H57×D228mm/2.6kg
フェーズメーションが、採用例の少ないCR型のフォノアンプにこだわるのは透明感のあるクリアーな音を求めてのことだが、シンプルな作りだけにごまかしがきかず、パーツにも気を配らなければならない。そのため本機には抵抗値の誤差が少なく温度変化にも強い、1%グレードの金属皮膜抵抗と高品位なフィルムコンデンサーが使われている。
また同社では管球式/トランジスターを問わず、一貫して負帰還をかけないフォノアンプを開発してきた。その理由は、負帰還をかけると時間軸の遅延が発生し、相互変調歪の要因となるからだ。負帰還をかけない無帰還アンプは補正回路を必要としないが、それだけに入念な回路設計と精度の高いパーツが要求されるため、エントリークラスの製品はコスト面からも高いハードルを乗り越えなくてはならないのである。
EA-220は10年のロングランを誇った「EA-200」の後継機である。基本となる回路に大きな変更がないのは、それだけ完成度が高かったということだ。増幅部は無帰還動作に加え、ディスクリートで構成したトランジスターで組み上げて信号の純化に努めているし、デュアルモノーラル構成のレイアウトにより、左右チャンネルの信号の均質化と、セパレーションを確保している。
さらに基本性能を高めるため、トップカバーに銅メッキを施したシールド処理に加えて漏れ磁束吸収材を追加し、ローレベルの表現力を高めることに成功した。フォノアンプは微小レベルの信号を扱うため、地味ではあるがこうした方法はかなりの効果を発揮する。
加えて、コンパクトなサイズながら電源回路も本格的な作りがなされている。Rコアを使った低漏洩磁束型の電源トランスとノイズの少ない整流ダイオードを用いているほか、低雑音のツェナーダイオードを配してL/Rチャンネルごとに独立給電し、相互の干渉を排除する工夫も施された。
接続端子はアンバランス入出力(RCA)が各1系統だが、MC型のカートリッジ用にヘッドアンプが搭載されているので、MM/MC型ともにダイレクトに接続可能だ(フロントパネルに切り替えスイッチを装備)。MC型カートリッジの負荷抵抗は幅広い製品に対応するため470Ωに固定されているが、入力感度を0.12mVに設定することでローインピーダンスのMC型でも出力不足になることはない。
試聴は同社のMC型カートリッジ「PP-200」と組み合わせて行なった。また今回は僕の試聴室にフェーズメーションの齋藤英示(ひでき)さんをお招きして、彼の愛聴盤も聴いてもらっている。
最初は僕がその昔よく聴いていたダイアー・ストレイツのデビューアルバムで、1978年にリリースされた米国のワーナーブラザース盤から、大ヒットした「悲しきサルタン」を選んだ。切れがよく鮮度感にあふれたサウンドを聴くことができたが、これには少しばかり驚いた。というのも別の機会にEA-220を取材した時のまったりとした印象とかなり違っていたからだ。しかし、聴き込むほどにこれが本来の実力であることがわかった。マーク・ノップラーのリードギターの音色もストレートに描き出すし、独得の声のニュアンスも良く伝える。
続けてアン・バートンのアルバム『ミス・アン・バートン』から「いそしぎ」を聴いたが、PP-200ならではのヴォーカルの表現力の豊かさとフォーカス感の取れた音を、EA-220はしっかり描き出していた。この音なら内蔵フォノイコライザーからのグレードアップに申し分ないパフォーマンスである。
それではと、齋藤さんが持参してくれたレコードからイ・ムジチ合奏団の名演奏『四季』の「冬」を聴く。意外なチョイスに少し戸惑ったが、バイオリンとチェロとビオラの合奏が冬景色を感じさせるクールなトーンながら、クリアネスを感じさせる表現力に二人とも感心した。
次に登場したのが、この季節にぴったりのプロプリウス・レーベル『カンターテ・ドミノ』の、マニア垂涎の初版レコード(ジャケットが白バック!)である。1976年にストックホルムのオスカル教会で収録された響きがとても豊かな作品だが、その場の雰囲気を漂わせるサウンドを実にていねいに描き出す。
続いて出てきたのはジョン・ウィリアムズが指揮を執ったウィーン・フィルのライヴ・アルバムだ。彼の楽曲がずらりと並ぶこのライブ盤はブルーレイでよく観ていたが、LPレコードは初体験。齋藤さんはその中から「帝国のマーチ」を選んだ。2020年の収録ということもあるが、ブルーレイのロスレス音声に負けない躍動感あふれるサウンドに、顔を見合わせてしまった。
PP-200とEA-220の組み合わせで、ヴォーカル曲を聴いてみようということで、『ベスト・オーディオファイル・ヴォイセス』から、齋藤さんのお気入りだというジーナ・ロドウィック「PERHAPS LOVE」を聴いてみたが、この曲からもフレッシュで定位感に優れたヴォーカルを聴きとることができた。齋藤さんにとっては普段とは異なる試聴環境だが、傍らで見ている限り、自身が設計したフォノアンプの出来栄えに満足している様子がうかがえる。
せっかくの機会なので、カートリッジをPP-200の上位機種である「PP-300」と「PP-500」に付け替えて試聴してみた。
PP-300はPP-200のストレートでフレッシュな感じとは一味違う、ふくよかで温かみを感じさせるサウンドを、そしてPP-500は空間再現力に優れた、見通しのいいサウンドを聴かせてくれた。
PP-300もPP-500も、EA-220より上位モデルのフォノアンプと組み合わせた方がバランスは取れると思うが、EA-220もそれぞれのカートリッジの持ち味を正確に伝える優れた製品であることは確認できた。AVアンプやプリメインアンプのフォノイコライザーの音に不満のあるユーザーにとって、EA-220は間違いなくグレードアップを約束してくれる一台になると思う。