パラダイムの技術
新たな研究プロジェクト“ATHENA(アテナ)”に参加しその成果を製品開発に活用

 パラダイムが創業時から科学的手法を重視して設計に取り組んできたことは前編で紹介した通りだが、その思想は今日に至るまで同社の根幹を成している。

 NRCの二重盲検試験をベースにした初期の研究開発が完了した後、パラダイムのエンジニアは同じくNRCで行なわれた「ATHENA(アテナ)」と呼ばれる新たな研究プロジェクトに参加。Q値や位相、歪み、遅延などのパラメーターが及ぼす影響をどこまで聴き取ることができるか、閾値(境界値)を定義することがこのプログラムの主な研究テーマで、いずれもスピーカーの開発プロセスで欠かすことのできない重要な情報が得られる。それらの膨大な情報はATHENAに参加した複数の音響メーカーが共有できるものだが、それらの知識を自社の製品にどう活用し、具体的な成果を引き出すかは各メーカーに委ねられている。

 前述のATHENAの研究プロジェクトから生まれた具体的な成果の一つが、室内音響とリスナーの嗜好の関係、さらにDSPを用いた音響補正技術がリスナーの嗜好に与える影響を分析したことである。その成果を元に、パラダイムの上位機種で利用可能なARC(Anthem Room Correction)が誕生し、リスニングルームの音響特性を考慮した本質的な音質改善が現実のものとなった。日本で発売中のパラダイムのスピーカーではPERSONA 9HとFOUNDER 120H、サブウーファーのPERSONA SUBの3機種でARCが利用できる。

 

理想的な音響特性をもつベリリウム振動板の採用

 ここまで見てきたようにパラダイムとNRCの関係は多岐にわたっているが、同研究機関でのプロジェクトが終了したあともNRCチームから主要メンバーを社内に招き、パラダイム先進研究センター(PARC)をオタワに設立するなど、音響関連の基礎研究を継続してきた。その知見を自社製品の開発に活かした具体的な技術を、フラグシップのPERSONAシリーズを例に取りながら紹介していこう。

 PERSONAシリーズの代名詞とも言うべきベリリウム振動板はフロアー型モデルではトゥイーターとミッドレンジ、ブックシェルフ型のPERSONA Bではトゥイーターとウーファーに採用されている。創業者の一人で設計を主導するスコット・バグビーがベリリウムに着目したのは1990年代後半のことだが、リサーチの結果、バグビーは当時の生産技術や供給体制に満足がいかなかったという。その後、アメリカのマテリオン社が製造する「TRUEXTENTベリリウム」(純度99.9%)に白羽の矢を立て、2004年に発売されるSIGNATURE V2のトゥイーターに初めて搭載することになった。

 SIGNATUREシリーズの成功を受け、高剛性かつ軽量で内部損失が高いというベリリウムの理想的な音響特性をさらに活用するために、パラダイムは大口径のミッドレンジにも同素材を採用することを決断し、開発に着手する。その取組みから生まれたのが178mm口径のドライバーユニットで、PERSONAシリーズの全機種に投入された。大口径の純ベリリウムドライバーのメリットをあらためて尋ねたところ、次のような説明が返ってきた。

「ベリリウムは非常に剛性が高いので大口径でも構造上の完全性を維持することができ、たわみや歪みを生じることなく中音域を忠実に再現してディテールが向上します。また、非常に軽いので俊敏に反応し、音楽やヴォーカルの繊細なニュアンスをとらえることができます。大口径のベリリウムドライバーは周波数帯域が広く、他のドライバー間とのつながりがスムーズなので、クロスオーバーの課題が最小限になるメリットもあります」

 そのほか、歪みが少なく透明度が高いことや指向性が広いことなどをベリリウムの長所として挙げているが、これらはいずれもPERSONAシリーズの長所そのものと言ってよく、パラダイムが目指す音を特徴づけている。詳細は後で紹介しよう。

 

パラダイム独自のテクノロジー

ベリリウム振動板
米マテリオン社の純度99.9%を誇るTruextentべリリウム(ベリルという緑柱石から精製されたもの)振動板を、パラダイムのPersonaシリーズでは、トゥイーターとミッドレンジ(Persona Bではウーファー)に採用。これにより、飛躍的な応答性とスムーズな広帯域を獲得しているという。

画像1: カナダのスピーカーメーカー「パラダイム」その40年以上に及ぶ歴史と、科学的手法を重視する設計アプローチ【後編】

Persona 9H/7F/5F/3Fに採用されたミッドレンジ。17.8cmという大口径べリリウム振動板を採用している。磁気回路はネオジムマグネットによる二重構造タイプ。

画像2: カナダのスピーカーメーカー「パラダイム」その40年以上に及ぶ歴史と、科学的手法を重視する設計アプローチ【後編】

ベリリウム振動板を採用したPersonaシリーズの2.5cm径ドーム型トゥイーター。

 

 

中高域の位相を整えるPPA(音響レンズ)の採用

 パラダイムのスピーカーを象徴するもう一つの重要な技術が、PPAと呼ばれる音響レンズである。PERSONAシリーズではベリリウムドライバーに用いているが、他のシリーズでも中域や高域のドライバーに使用例があり、主に中高域の音質改善効果を狙った技術であることがわかる。

 PPAは“パーフォレイテッド・フェイズ・アライニング”の略で、文字通り位相を揃えることを目的とした開口形状に特徴がある。この開口パターンは、振動板の異なる位置で発生した音波の間で発生する位相差を打ち消す効果があり、不要な干渉を抑えて位相を揃えることができるという。音色の忠実な再現、音像定位の改善、精度の高い空間描写など、PPAがもたらす具体的な改善効果は多岐にわたっている。

 中心部から外周に向かって連続的に変化する精密な開口パターンはコンピューター・シミュレーションで構成したもので、外観の美しさや振動板を保護するグリルの役割も果たす。だが、前述の通り正確な位相再現を実現する音響レンズの効果がPPAの中心的な役割なのである。

 

PPA(Perforated Phase-Aligning)

ペルソナ・シリーズの中高域ユニット前面に設けられた、PPAと呼ばれる同社特許取得済みの音響レンズ。振動板から放射される音の位相を整え(位相差を解消し、歪みを低減する)、リニアリティや指向性を改善するほか、ベリリウム振動板の保護も兼ねている。

 

21.5cm径ウーファー

画像4: カナダのスピーカーメーカー「パラダイム」その40年以上に及ぶ歴史と、科学的手法を重視する設計アプローチ【後編】

Persona 9H、7Fに採用された21.5cm径ウーファーは、コンケーブ(凹面)型のアルミニウム振動板を採用している。磁気回路も強力で、写真ではグレーに見えるマグネットの前後に磁気ギャップを設け、その内側に、それぞれ逆方向に巻かれたボイスコイルが配されている(ノーメックス製ダンパーもダブル仕様)。同社ではこれを差動(ディファレンシャル)ドライブ方式と呼ぶが、他方式に比べて高出力が得られるほか、全音量レベルにおいて低歪率であり、高出力レベル時にも熱的・機械的な耐久性に優れるという利点を謳っている。エッジは、大振幅にも対応する特許取得済のARTタイプ(3dBの出力アップにもかかわらず歪みは1/2に低減するという)。

 

 

3次元構造と上質な仕上げがもたらす外観の美しさも特長のひとつ

 なめらかな曲面で構成した3次元構造と上質な仕上げがもたらす外観の美しさもPERSONAシリーズの特長のひとつだ。エンクロージュアの製造工程にその秘密があるのではと考えて質問したところ、次のような答えが返ってきた。

「エンクロージュアは7層の高密度ファイバーボード(HDF)で構成しますが、各層の間に粘弾性接着剤を添加して構造を強化しつつ、変形しにくい性質を確保しています。さらに、積層した各コンポーネントを1トンのプレス機で加圧して成形する際、高周波を放射して硬化剤を活性化します」

 これらの工程を経て十分な剛性を確保した後、数度の塗装を重ねることで、引き込まれるような深みのある光沢を引き出しているのだ。

 クロスオーバーネットワークの設計にも明確な基本方針が適用されるという。

「クロスオーバーネットワークが信号に与える影響をできるだけ少なくすることが基本です。ドライバーユニット間のスムーズな遷移を実現するために、ドライバーの開発時にクロスオーバーの依存度を抑えるように設計しています。各ドライバー間の重複を最小限に抑えたシンプルなクロスオーバーが私たちの好みなのです。また、高出力アンプに対応できるようにパワー耐性を高めた堅牢な設計にも特長があります」

 

パラダイムが目指す音
色付けや歪みを加えずに音楽を忠実に再現すること

 科学的手法を重視する設計アプローチは、パラダイムが追い求める理想の音を実現するうえで欠かせないものなのだろうか。NRCの研究成果を積極的に取り込むだけでなく、ATHENAなど複数の音響研究プロジェクトに参画して音質評価の数値化や重要なパラメーターの絞り込みに取り組み、さらにリスニング環境が音楽鑑賞に及ぼす影響まで客観的に分析する。その姿勢は既存のメーカーと比べても科学的手法をひときわ重視しているように見えるし、パラダイムもその重要性をアピールしている。

「私たちは、個人的な好みではなく、科学的な原則に基づいています。他のブランドとは異なり、パラダイムは主観的な《ゴールデンイヤー》の意見に頼ることはありません。その代りに、私たちの開発と設計のプロセスは、NRCで行なわれた広範な研究によって確立された再現可能な科学的アプローチに基づいています」

 パラダイムが目指す理想の音はどんな音なのかという質問への回答からも、同社の基本的な設計思想を読み取ることができる。

「パラダイムの理想の音は、一言で言えば透明性と正確さの追求です。私たちの目標は色付けや歪みを加えずに音楽を忠実に再現するスピーカーを作ることです。本質的に、オリジナルの録音に忠実なサウンドを目指しており、アーティストが意図したとおりに音楽を聴くことができるようにします。透明性と正確さにコミットすることで、スピーカーがコンテンツの導管として機能し、没入型のリスニング体験を提供することができるのです。音楽そのものが語るように、事実上透明になるほど純粋で忠実なサウンドを目指しています」

 

Paradigm
パラダイムの代表的スピーカーシステム

画像5: カナダのスピーカーメーカー「パラダイム」その40年以上に及ぶ歴史と、科学的手法を重視する設計アプローチ【後編】

Persona 7F
¥4,800,000(ペア)

●️型式:3ウェイ4スピーカー・バスレフ型
●️使用ユニット:ウーファー・21.5cmコンケーブ型×2、ミッドレンジ・17.8cmコーン型、トゥイーター・2.5cmドーム型
●クロスオーバー周波数:450Hz、2.4kHz
●️感度:92dB/2.83V/m
●インピーダンス:8Ω
●️寸法/重量:W300×H1,320×D520mm/65kg
●️備考:写真の仕上げはアリアブルー、他に各種仕上げあり

 

画像6: カナダのスピーカーメーカー「パラダイム」その40年以上に及ぶ歴史と、科学的手法を重視する設計アプローチ【後編】

Persona 3F
¥1,800,000(ペア)

●型式:3ウェイ4スピーカー・バスレフ型
●使用ユニット:ウーファー・17.8cmコンケーブ型×2、ミッドレンジ・17.8cmコーン型、トゥイーター・2.5cmドーム型
●クロスオーバー周波数:450Hz、2.4kHz
●感度:92dB/2.83V/m
●インピーダンス:8Ω
●寸法/重量:W241×H1,126×D427mm/34kg
●備考:写真の仕上げはバンタブラック、他に各種仕上げあり

 

Persona B
¥1,500,000(ペア)

●型式:2ウェイ2スピーカー・バスレフ型
●使用ユニット:ウーファー・17.8cmコーン型、トゥイーター・2.5cmドーム型
●クロスオーバー周波数:2kHz
●感度:92dB/2.83V/m
●インピーダンス:8Ω
●寸法/重量:W225×H435×D330mm/14kg
●備考:写真の仕上げはソニックシルバー、他に各種仕上げあり

●問合せ先:(株)PDN TEL. 045(340)5565

 

 

PERSONAシリーズは音楽の表現を左右する重要な要素をもらさず引き出し演奏の起伏の大きさや表情の変化を克明に描き出す

 色付けのない透明で正確な音を目指すというパラダイムの説明は、これまで筆者がPERSONAシリーズの製品を試聴したときの印象とよく一致している。特定の音域や楽器の存在を際立たせたり、エッジを利かせて粒立ちの良さを印象づけるような演出とは対極の設計なので、一聴すると強い個性が感じられず、クールな佇まいのスピーカーと感じる人が多いと思う。

 いっぽう、じっくり聴けば、リズム、旋律、音色など音楽の表現を左右する重要な要素をもらさず引き出していることがわかり、演奏の起伏の大きさや表情の変化を克明に描き出していることに気づくはずだ。分析的で冷静な表現に終始するスピーカーではなく、音源に含まれていれば驚くほどエモーショナルな表現に踏み込むこともいとわない。小型のブックシェルフ型からハイブリッド型ウーファーを内蔵する最上位機種まで、PERSONAシリーズにはそんな印象を抱いていた。

「コンテンツの導管の機能を目指す」という表現は興味深いたとえだが、要は余分なものを付け加えず、音源に含まれる情報をそのまま再現するという意味だろう。PERSONAシリーズの音を聴けば、その表現が意味することがよく理解できるはずだ。

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本記事の掲載は『ステレオサウンド No.229 2024年 WINTER』

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