近年、劇場でのPLF(プレミアム・ラージ・フォーマット)による上映が注目を集めている。なかでもIMAXは、独自の画角やサラウンドによる迫力ある体験が人気で、StereoSound ONLINE読者の中にもお気に入り作品を見るならIMAXシアターを選ぶという方も多いだろう。しかしIMAXシアターについては、これまで具体的な技術の詳細が明かされることはほとんどなかった。今回そんなIMAX社へのインタビューが実現、シニア・バイス・プレジデント兼IMAXポストプロダクションの責任者であるブルース・マルコー氏に、疑問に感じていたことを直撃した。(StereoSound ONLINE・泉 哲也)
――今日はお時間をいただきありがとうございます。IMAXシアターについては、これまでよく分からなかった点もありましたので、色々うかがわせていただきたいと思っております
ブルース ブルース・マルコーと申します。IMAXコーポレーションのシニア・バイス・プレジデント兼IMAXポストプロダクションの責任者を勤めています。映画製作者と密接に連携しながら、われわれの技術を活用して、カメラプログラムと家庭用フォーマットについての製作に従事しております。
ーーStereoSound ONLINEは、映画好きの方やオーディオファンにご愛読いただいている媒体です。読者の中には、好きな作品を見る時にはIMAXシアターを選ぶという方も多いと感じています。
ブルース ありがとうございます。StereoSound ONLINE読者の皆様がIMAXを楽しんでいただいているということで、本日の質問にも最善を尽くして対応させていただきます。
ーー早速ですが、IMAX 社の誕生や現在までの変遷について教えていただけますでしょうか。
ブルース IMAX社は1967年にカナダで設立されました。元々はカナダの世界万博をきっかけに誕生し、美術館や博物館のシアターでドキュメンタリーなどを流す際の巨大スクリーンのために作られた会社になります。1.43対1のアスペクト比、70mmフィルムを15パーフォレーション分使った高品位な上映というフォーマットで展開しておりました。
IMAXの社名の由来は、映像への没入体験、映画を見る際に劇場での優れた体験を獲得するために作られたシステムということで、「Image Maximum」に由来しています。
弊社はたくさんの独自技術を開発しておりますが、そこには最大級、最大限の映像と音響を体感するという狙いがありました。だからこそ映画のフォーマットでは、スクリーンに関しても、サウンドに関しても、通常の倍の品質を目指して開発されています。
先程申し上げた通り、IMAXは当初は博物館や美術館のシアターから始まりましたが、そこから更に商用施設、ハリウッド映画等を対象に拡大していくことになりました。より巨大な映画館で使われるということで、それに特化した形で技術を発展させていったのです。
初期段階のハリウッド映画に関しては、70mmフィルムで15パーフォレーション分という規格を採用していました。その後、デジタルシネマの時代になってからも、独自のシネマ用技術を開発し、他のデジタルシネマの技術よりも優れたものとして徐々に拡大してきております。
その効果もあって、2023年9月時点ではIMAXシアターは世界中に1731スクリーン(日本は49スクリーン)、87ヵ国で展開させていただいております。
ーー私もフィルムの時代からIMAXの映像を拝見してきました。特に最近のデジタル上映になってから、日本の映画ファンが一層IMAXに注目しているように感じていますが、その理由は何だとお考えでしょうか?
ブルース いい質問をありがとうございます。われわれは映画を鑑賞する際には、その他のシステムよりも優れた環境や体験をお届けするということを第一の目的としております。だからこそ、スクリーン自体がより大きく、音響システムもよりパワフルなものとして提供しているのです。
それだけではなく、IMAXを導入している映画館については、統一感のある体験、そして高い品質水準を常に一定に保つことを最優先にしています。この “品質の保証” という点が、IMAXを評価していただいている要因のひとつだと思っております。
正確な体験を観客の皆様にお届けする。その “正確” という意味についても、映画製作者が意図していた映像と音響をそのままお届けする、提供できているという風に思っています。
映画製作者はひじょうに多くの時間と情熱をかけて、作品を完璧なものとして仕上げています。しかし残念ながら、多くの映画館ではもともとの “正しい意図” を持って表現されてない場合もあります。でもIMAXだったら、製作者が表現したかった通りに作品を表現できるということで、映画製作をIMAXに最適化していただくケースも増えています。
ーー品質を担保するということでは、製作サイドはもちろん、劇場の品質管理も重要になると思います。IMAXとして、劇場の設備や機材についてどんな風に管理しているのでしょうか?
ブルース IMAXシアターで使う機材は、すべて弊社で設計しています。これは、映像の上映システム、音響システムについても同様です。劇場そのものについても、席の配置からスクリーンの大きさまでカスタムメイドでデザインしています。ハードウェアや機材類は、すべて私たちが設計・製造して、それを現場に設置・配置するというところまで手掛けているのです。
劇場が完成し、機材のインストールも終わって、実際に運用が始まってからも、機材のキャリブレーションチェックを毎日行います。劇場内のプロジェクターやスピーカーでテストパターンを再生して、それをチェック・確認するというプロセスを準備しています。音量レベルについても、EQ(イコライザー)や透過特性のすべてが確認できるようになっています。
徹底的な検証プロセスを自動的に行い、その結果はカナダと中国にあるネットワークオペレーションセンターに送られます。そこで問題があった場合は、センターからリモートで直すこともできますし、リモートでの修正が難しい場合は、IMAX認定技術者が現場で直すことになっています。
ーーそこまで品質管理が徹底されているとは知りませんでした。IMAXシアターでは毎日同じ絵が見られると信じていいということですね。
ブルース そうですね。もちろんハードウェアなので壊れる可能性はありますが、それでも常に映画製作者がIMAXのために作った、思いの丈を込めた映像と音響を意図通りに提供することを目指しています。映画製作者にとってこれがもっとも大事なことでしょうし、観客にも重要だと思っています。
すべてのIMAXシアターが、われわれが設定している水準に対していちから設計、製造、設置を行っています。だからこそ、IMAXシアターという一定の、そして一貫性のある体験を担保できるわけです。
ーーそのIMAXシアターについて、現状は「IMAXレーザー」と「IMAXデジタル」の2種類を展開されていますが、両者の違いはどこにあるんでしょうか?
ブルース IMAXデジタル用のプロジェクターはキセノン光源を使っており、デュアルプロジェクター(2台使い)で投写しています。整合性を取るための、特殊なアライメントツールを使っていて、高輝度でハイコントラストな映像を上映することができます。
IMAXレーザー用は名前の通りレーザー光源プロジェクターで、10年ほど前に導入しました。キセノンタイプのIMAXデジタルプロジェクターは販売を完了していますので、最近のIMAXシアターでは、こちらを採用しています。
なおIMAXレーザー用プロジェクターの輝度はIMAXデジタル用と同じで、標準的な他のフォーマットのデジタルプロジェクターよりも高いスペックを備えています。さらにコントラスト比に関しては、レーザー用はキセノン光源よりも高い再現力を持っています。もちろん解像度は4K(水平4096×垂直2160画素)です。
ーーキセノンとレーザーは、光源としてどちらも映画用のDCIP3色域をカバーしていますが、それでも特性の違いはあると思います。そういったチューニングはIMAX社で行うのでしょうか。
ブルース 上映用のスペックはすべてDCIの仕様を守っています。プロジェクターの機能としてはP3の色域を超えた再現もできますが、運用上はP3に準拠するように設定しています。
ーーIMAXのシアターのプロジェクターはすべてDLP方式ですか?
ブルース はい、われわれのプロジェクターはすべてDLPチップを搭載しています。その意味ではDLP方式ですが、映像品質を拡充するための独自テクノロジーを導入しています。
ーーそれは何という技術なのでしょう?
ブルース う〜ん、この技術には特に名称をつけていません(笑)。イメージエンハンサー、略してIEと呼んでいるくらいです。
ーー次にサウンドサラウンドについてうかがいます。劇場のチャンネル数は、IMAX デジタルシアターが5.0ch、IMAXレーザーシアターが12.0chと聞いていますが、その理解でよろしいでしょうか?
ブルース その通りです。劇場の設計と機器の配置、スピーカーの位置決めには独自のメソッドを使っており、IMAXオリジナルの方式になります。もちろん基準はありますが、建物の制限等によっては、若干の微調整をすることもあります。
カナダのトロントに拠点を構えている私たちのエンジニアリング及びデザイン設計チームのスタッフが、そういった制限に応じて、設計と設置、位置出しを最適化してデザインを行います。それが先ほどお伝えした、IMAXシアターすべてにおける統一感につながってくるのです。
ーーサブウーファーについて、IMAXシアターは独立したLEFチャンネルではなく、ベースマネージメントだったと思います。これは何か理由があるのでしょうか?
ブルース おっしゃるとおり、IMAXシアターではサブ・ベースマネージメントシステムと呼ぶ方式を使っています。20〜80Hzのすべての低域については、サブウーファーで再生しています。
それもあり、他の上映方式の劇場よりも、多くの数のパワフルなサブウーファーを使っています。近年はサラウンド用のチャンネル数も増えてきていますが、それらの低域はサブウーファーに送られるようになっています。
すべてのIMAXシアターでは、20Hz〜20kHzの信号が再生できるようになっており、サブウーファーは20Hzという低い帯域まで受け持っています。とてもパワフルで歪みなく聴こえるので、クリス・ノーラン監督ように重低音を使った作品でも、お腹に響くような低音が体感できます。
ーー確かにIMAXシアターの厚みのある低音は、なかなか味わえないと思います。
ブルース IMAXをシアターでは上映時のボリュウムを必ず基準レベル(85dB)で再生するようにしています。というのも、アメリカではほとんどの劇場で音量を下げているんです。人によっては基準レベルではうるさすぎるんじゃないかと思う場合もあるようですが、その作品の音はその大きさで体験するように作られているから、われわれとしては劇場でも基準レベルで響かせるようにしています。
ーーその点については、日本の音響監督も同じことをおっしゃっていました。IMAXシアターでボリュウムの基準レベルが守られているのは素晴らしいことだと思います。
次に音作りについてうかがいます。日本ではドルビーアトモスや5.1ch、7.1chで音声マスターを製作することが多く、IMAXシアターで上映するには5.0chや12.0chへの変換が必要になると思います。その場合の変換作業は、カナダで行われるのでしょうか?
ブルース 映画によって違いはありますが、最近はドルビーなどのミックスを行う際に、同時にIMAX用のミックスを作ることも多いですね。ドルビーを先に作って、そこからIMAX の5.0chや12.0chに変換するという流れです。
日本では東宝スタジオさんの音響部門と連携しており、5.0chのIMAXフォーマットのミックスは日本国内で、できるようにしています。そのミキシング作業を行うスタジオの設備や機材もIMAXで認定・認証し、必ずそれらの指定機器が使われていることを確認しています。
ーー最近は日本の作品、特にアニメーションがIMAXで上映されることも多くなっています。その場合は映像の変換も必要だと思いますが、日本で作られたアニメーションの絵の変換作業はカナダで行われるのでしょうか?
ブルース おっしゃる通り、近年はたくさんのアニメ映画が製作されていて、IMAXで上映されていますし、アニメ以外でも日本語の作品を英語版としてIMAX上映するための作業も増えています。アニメ作品の場合はロサンゼルスで変換作業を行っており、専用のDMR(デジタル・メディア・リマスタリング)技術を使って、大型スクリーン用に映像を拡張しています。
そういった作業を行う際には、確認用に製作者向けの試写会が必要になりますが、そのためにわざわざハリウッドに来る必要はなく、データを送って日本のIMAXシアターで試写を行い、ここを変えて欲しいといった要望があったら、ロスのスタッフにコメントを送って修正できます。もちろんロスにお越しいただくに越したことはないんですが、日本にいながらでも作業はできます。
ーー個人的には、IMAXシアターの絵は自然なグレイン感、フィルムっぽいニュアンスと色のダイナミクスが魅力だと思っています。IMAXならではの絵作りで注意している点はありますか?
ブルース アスペクト比自体もシネスコサイズの倍近くなりますし、画面自体も高輝度、高精細、高コントラストになるので、フィルムのグレイン感やデジタルノイズには注意をする必要があります。その点は映画製作者には事前にお伝えしています。
IMAX社としては、映画製作側が気に入った絵を作れるように微調整が可能なツールを提供していると考えています。私たちが何を気に入っているのかではなく、映画製作者が強調したいポイントを正確に表現していただけるようにという思いから、IMAXならではの絵作りということは考えていません。
ーーIMAXシアターは、HDRは採用していないということですが、それはHDRでなくても輝度表現的に足りるという理解でよろしいでしょうか?
ブルース 面白いことに、映画製作者の間ではHDRはあまり活用されていないという事実があるんです。ドルビービジョンも、どちらかというとエステンデッドダイナミックレンジの方が表現としては合っていると思います。
IMAXレーザープロジェクターも、エクステンデッドダイナミックレンジは提供はできるんですが、映画製作者側がそれを好んでいない、そこまで輝度や色域を強調したくないという風に考えているようなのです。ハードウェアとしてHDRの再現はできるものの、映画製作者がそれを求めてないというのは面白いポイントかなと思っています。
ーー製作者の意図を活かすために充分な要素を、IMAXが提供しているという点がポイントなんですね。
ブルース 100%その通りです。
ーーさて先日、IMAX Enhancedのパッケージソフトを展開していくという発表がありました。それについてIMAX社として何か具体的な企画は進んでいますでしょうか。
ブルース 進化するホームエンターテインメント・ソリューション ”IMAX Enhanced” のことですね。われわれは、IMAX Enhancedをさらに強力なものにする新しい技術機能とストリーミング技術を追加し、家庭のみならずそれ以外の場所でももっともプレミアムな視聴体験をお届けします。日本だけでなく世界中で、IMAXのストリーミング・ソリューションは、お客様のストリーミング体験の質を最適化し、真に高められたサービスを提供します。
これは、DMRを使って家庭の映像を改善するための仕組みになります。DMR自体は劇場と同じ技術ですが、最近の家庭用テレビは、高輝度・高精細になってきているので、ノイズやグレインの低減技術が適していると考えています。
さらに、昨年買収した会社が持つエコーディング技術をIMAXのエコシステムに統合し、IMAX Enhancedの技術的能力を拡充し、家庭のみならずスクリーンにおいてももっともプレミアムな視聴体験を提供していく予定です。
●取材に協力いただいた方:
IMAXコーポレーションシニア・バイス・プレジデント 兼 IMAX ポストプロダクション部門 責任者 ブルース・マルコー(Bruce Markoe)さん
シニア・バイス・プレジデント兼IMAXポストプロダクションの責任者として2015年に入社。映画製作者と密接に連携し、IMAXカメラや新技術を活用して、没入感のあるIMAX劇場用および家庭用フォーマット向けに映画を最適化し製作することに従事する。IMAX入社以前は、マーベル・スタジオ、オーバーチュア・フィルムズ、レボリューション・スタジオ、MGMスタジオ、ルーカスフィルムのスカイウォーカー・サウンド、JHDサウンドでポストプロダクションを担当。映画芸術科学アカデミーのサウンド部門のメンバーでもあり、長年にわたり、ポストプロダクション業界および教育イベントで講演者や指導者を務める。
ーー最後に、日本のIMAXファンに向けてひと言お願いします。
ブルース ありがとうございます。先ほどもお伝えしたように、われわれも日本市場でIMAXを拡大していくことに関して、大きな期待を持っております。
より多くの日本の映画製作者と密に連携をしていきたいと思っていますし、日本の映画製作者にIMAXに最適化した形で映画を作るとはどういうことなのかを理解してもらいたいですね。IMAX用に最適化された形で映画が製作されると、観客にももっと迫力や臨場感が届けられる、これまでとは異なる特別な体験を得られるということをお伝えしていきます。
ーー今日はお時間をいただきありがとうございました。IMAXシアターについて細かくご説明いただき助かりました。これからも高品質な劇場や作品のリリースを期待しています。