WOWOWは、辰巳放送センターのオムニクロス・スタジオにピアニストのボブ・ジェームスさんを迎え、先に発売されたボブさんのUHDブルーレイ『Fell like makin’ live』(フィール・ライク・メイキング・ライブ!)のイマーシブオーディオ体験会を開催した。
『フィール・ライク・メイキング・ライブ!』は2022年に発売された作品で、様々なフォーマットのメディアでリリースされている。その中のUHDブルーレイにはイマーシブフォーマットのAuro-3D音声も収録されており、没入感たっぷりのサウンドも楽しめる。
実はそのAuro-3D音声はWOWOWの入交英雄さんがミックス作業を手掛けており、まさにこのオムニスタジオでチェックも行われたそうだ。ボブさんも制作時に一度ここを訪れ、作業中のサウンドを確認したことがあったというが、コロナ禍もあり最終のサウンドを聴くことはできなかったという。
今回ボブさんが来日公演の合間を縫って製品版のAuro-3Dサウンドの効果を体験することになり、日本のマスコミにもその場が開放されたというわけだ。
会場のオムニクロス・スタジオは、Auro-3Dはもちろん、ドルビーアトモス、DTS:X、22,2chといった様々なイマーシブオーディオを、各フォーマットの理想的なスピーカー配置で再生できる空間で、そのために33基のスピーカーがセットされている。
『FEEL LIKE MAKINGLIVE!/BOB JAMES TRIO』(発売元:Evolution Media Limited)
●MQA-CD ¥1,870(税込)●SACD ¥2,860(税込)●BLU-RAY + MQA-CD ¥2,640(税込)●4K ULTRA HD BLU-RAY ¥2,640(税込)●2LP/180g ¥6,050(税込)●2LP/Orange Vinyl ¥6,050(税込)
アーティスト活動60年の集大成によるセルフ・カバー作品。MQA-CDや2ch/5.1ch音声を収録したSACD、ブルーレイ、UHDブルーレイといった多くのフォーマットで発売されている。今回視聴したUHDブルーレイには、当時のレコーデイングの思い出や、自身の半生について答えた貴重なインタビューも収録。4Kカメラで撮影された高画質のライブ映像と、イマーシブ・オーディオ(Auro-3D、ドルビーアトモス)や96kHz/24ビットの2ch音声も収められている。
体験会は麻倉怜士さんの進行のもと、UHDブルーレイを使った比較試聴からスタートした。ボブさんもスクリーン正面最前列に座り、われわれと一緒に音の違いに耳を傾けていた。
『フィール・ライク・メイキング・ライブ!』には3種類の音声(96kHz/24ビット/リニアPCM/2ch、Auro-3D、ドルビーアトモス)が収録されている。まず4曲目の「トップサイド」を96kHz/24ビット/2chで、続けて7.2.4構成のAuro-3D音声に切り替えた(どちらも冒頭から再生)。
麻倉さんから2chとAuro-3Dの印象の違いについて聞かれたボブさんは、「このミックスはアメイジングだ!」と率直な感想を話してくれた。
「ふたつには明確に違いがありました。Auro-3Dは音楽が空間に満ちているし、とても自然です。私は以前CTI時代に4ch録音も試したことがありました。例えばストリングスを後ろに配置したりしたのですが、ギミックで自然ではありませんでした。でも今日のサウンドにはそんなギミックがない。素晴らしいサウンドで、空間のナチュラルさがアメイジングだったのです」(ボブさん)
続いて同じく『フィール・ライク・メイキング・ライブ!』から、Auro-3Dで「モヒート・ライド」を再生。こちらについても、ボブさんは体を揺らしながら楽しそうに音楽を聴いていた。
「私ももう83歳なので高域が聞こえにくくなってきました。演奏は問題ありませんが、やはり若い人たち、高域まですべて聴こえている人がとてもうらやましい。でも、イマーシブオーディオ再生での空間再現、感覚は充分に届いてきます。まるで脳に直接響くようで、センチメンタルでエモーショナルですね。
40年前なら、こういった空気感、高域までの再現性をミックスしたいと思ったでしょうね。そのために新しい耳が欲しい(笑)」(ボブさん)
ここから、ボブさんに向けて参加者から質問があった。
イマーシブオーディオを体験して、実際に演奏している側としてどう感じているかを問われると、「3Dオーディオの方が2chよりも音楽的なエモーションが多いですね。『フィール・ライク・メイキング・ライブ!』は発売元とも話して、ハイエンドな映像と音で収録しています。ただ、収録自体は比較的カジュアルに録音していたのです。今日、イマーシブオーディオで聞いたら演奏のディテイルが克明にわかってしまい、やりなおしたい所も出てきました。新たな録音の機会も作りたい」との返事で、ボブさん自身もAuro-3Dによるイマーシブオーディオ再生に感銘を受けた様子だった。
ではそのイマーシブオーディオのミックスはどのように行われただろうか。この点については以前麻倉さんの連載「いいもの研究所」で詳しく紹介しているのでそちらを参照いただきたいが、現場ではかなりの苦労があったという。
そもそも『フィール・ライク・メイキング・ライブ!』は2chパッケージでの企画が進んでおり、収録が終わってからイマーシブオーディオでも収録できないかという提案があったそうだ。そのため当初入交さんの手元に届いた音源は2ch用のマルチトラック素材で、そこにはイマーシブオーディオで重要な高さ方向や、部屋の反射音などの空間情報が含まれていなかった。
そこで入交さんは2chの音源をベルギーのギャラクシー・スタジオに持ち込み、スタジオ常設のジェネレック製スピーカーで再生、ギャラクシースタジオの残響音をマイクで収録して、この音を足し込むことで豊かな音の響きを再現したというわけだ。
もちろん残響音のみを拾うためには慎重なマイクセッティングが必要で、ハイト用だけでも13本もマイクを使っているそうだ。加えてその残響音をもともとの2ch音源に違和感なくミックスするために、発音のタイミングなどにも最新の注意を払った作業が行われているわけだ。
空間の響きであればデジタル的に処理できるのではないかと考える読者諸氏もいるかも知れないが、入交さんによるとデジタルで付加した音はどうしても一定の響きにしかならないなので、自然な音場を再現するのが難しいとのことだ。リアルな空間で再現された響きだからこその馴染みのよさといったものがあるのかもしれない。
ちなみに残響が収録されたギャラクシースタジオは木材が多く使われた空間だそうで、響きも柔らかい印象になっているそうだ。また部屋自体の残響時間は2.2秒ほどだが、これはで少し長いので、カーテンなどを使って1.5秒に抑えるといった細かな配慮も行われている。
『Jazz Hands/ Bob James』(発売元:Evolution Media Limited)
●MQA-CD ¥2,860(税込)●ハイブリッドSACD ¥4,070(税込)
ボブ・ジェームス名義のスタジオアルバムとしては2013年の『アローン・カレイドスコープ・バイ・ソロ・ピアノ』以来10年ぶりの発売。ゲストアーティストに、デイブ・コーズ、レニー・カストロ、リッキー・ピーターソン、DJ ・ジャジー・ジェフ、シーロー・グリーンなど豪華客演を収録。
続いて10月に発売されたボブさんの新作『jazz hands』が紹介され、9曲目の「The Secret Drawer」を2chで再生してもらった。
「3年前のパンデミックの際、われわれも多くのコンサートがキャンセルされました。私も自宅スタジオで作曲に入ったのですが、そこで色々なアイデアを考えました。その中で今回は、ノーコンセプトアルバムを選びました。ポップスだったり、R & Bといった色々な演奏スタイルを採用した、これまでと違うアルバムの作り方を試したのです。
そのため今回は、日記のように色々なスタイルの楽曲をコレクションしています。通常のCDは収録曲の順番に聴くことが多いと思いますが、『jazz hands』はどの曲からも聴ける、色々な音が入っているアルバムになっています」とのことだった。
さらに「曲の収録は別々の日に分けて行われています。中には7年前に録音したものもあります。ですので、曲によってはミュージシャン、リズムセクションのスタッフもばらばらです。まったく違うスタイル、演奏家との楽曲をすべて収めたアルバムとして楽しんでください」と、収録の裏側も披露してくれた。