WOWOWは先日、同社の新しい音声中継車のお披露目を行った。音声中継車とは、スポーツやライブなどの会場に行って、生中継・収録などを行う際の音声部門を担当する車両のことだ。放送局の音声副調整室と同様に、ミキシングのための調整卓やモニタリング環境も備えている。
今回導入された「MOBILE RECORDING STUDIO」は、長さ10.87×幅2.945(拡幅時3.75)×高さ3.57mというサイズで、メタリックグレー+ブラックの車体にはクジラのペインティングがなされている。


新型音声中継車
この中にRoom-A/Bというふたつの調整室を備えており、それぞれ7.1.4と5.1.4のイマーシブサラウンド音声の制作・モニタリング環境を備えているのが最大の特長だ(どちらもチャンネルベース)。さらにすべてのチャンネルで96kHzのサンプリングレートに対応しており、ハイレゾ・イマーシブ音源の制作が可能という。
WOWOWは近年、放送での中継以外にも、WOWOWオンデマンドを始めとする配信用の音声を制作することが増えているようだ。さらに数々のライブや舞台の収録(イマーシブコンテンツも多数あり)を手掛けてきた実績もある。
今回の新型中継車の導入は、そういった新しい状況に対応するという狙いもあるのだろう。放送の場合、サラウンドは最大5.1chまでだが、配信であれば7.1.4や5.1.4といったコンテンツも扱えるし、それらが楽しめるテレビやサウンドバーも増えていることから、視聴者からのニーズがあると判断したのではないだろうか。

Room-Bを拡幅した状態。1mほど広がることで、内部でも2〜3人揃って作業ができるようになる
音声中継車としてユニークなのは、上記の通りふたつの調整室を作るためにRoom-B部分に拡幅機構を設けていること。車体の中央やや前寄り部分がせり出してくることで、3〜4名のスタッフが作業できる空間が確保できるようになっている。
音声信号の流れとしては、スタジアムやステージ近くに置かれたスタージボックスでマイクからの信号を集約し、光ケーブルで音声中継車に伝送される。必要に応じてステージボッスを増やすことで、最大288チャンネルの音声に対応するそうだ。
音声中継車側ではその信号を受け取り、Room-Aでは7.1.4、Room-Bでは5.1.4や2chステレオといった具合に別々のミックスが行える。その際は両方の部屋で同じ信号を受け取ってもいいし、Room-Aでは144本のマイクの信号を、Room-Bは残りの信号といった具合に、入力から分けて自由にアサインすることもできるそうだ。つまり、フェスなどのふたつのステージを同時にイマーシブにミックスして配信できるということで、この夏、大活躍するのかもしれない。
7.1.4のイマーシブ環境を備えたRoom-A

車体の後ろ半分に位置するRoom-A。正面にはL/C/Rスピーカー、その下のラック内にサブウーファーが配置されている。家庭環境を再現するためにサウンドバーも準備する。フェーダー数は64

サラウンド、サラウンドバックスピーカーを壁面に設置

天井にも4基のトップスピーカーが取り付けられている
調整卓はどちらの部屋もSolid State Logic製で、DanteによるIPベースのシステムが構成されている。これはライブのPA現場でもIP伝送が使われることが増えてきていることと、効率のよさを考慮しての決定だという。音声信号は48kHzで192ch、96kHzでは92chが扱える。
音声中継車には、ミックス作業を行うためのモニター環境も整備されている。Room-Aはムジークエレクトロニクガイザインの7.1.4環境で、L.C/Rスピーカーは「RL933K」、サラウンド/サラウンドバック/トップには「RL906」を使用。さらに一般的なリビングでどのように聴かれているかを確認するためのサウンドバーも準備されている。一方のRoom-Bには、ジェネレックの「8331AP」をフロアーチャンネルに、トップスピーカーには「8010A」が配置されている。
別の環境でドルビーアトモスにミックスした楽曲を、Room-Aで体験させてもらった。男性グループがダンスをしながら歌っている内容で、ヴォーカルは中央に定位しつつ、楽器や掛け声が上下左右の様々な場所から響いてくる。チャンネルベースということもあってか音源位置が明瞭で、ミックスの狙いを把握しやすいモニター環境が実現できていると感じた次第だ。
5.1.4に対応したRoom-B

Room-Bは、32チャンネルのフェーダーを備えている。スピーカーはミキシングスタジオなどでの採用例が多いジェネレック

天井には、ジェネレックの小型スピーカーが4基埋め込まれている

音源の録音も可能。そのためのProToolsや、SSDマルチトラックレコーダーはRoom-Bに集約されている
先に書いた通り、配信サービスを通じて様々なライブ作品をイマーシブオーディオで楽しむスタイルは身近なものになってきている。しかしそのためには、ライブなどをリアルタイムでイマーシブオーディオにミックスできる送出環境が求められる。
7.1.4や5.1.4環境で、しかもハイレゾクォリティのイマーシブを生み出してくれるWOWOWの新型音声中継車は、その大きな戦力になるだろう。なお配信に際してはドルビーアトモスやAURO-3Dといった音声圧縮が使われるが、その部分はプロバイダー側の作業になるとのことで、WOWOW側では圧縮前のイマーシブ音声を送り出すところまでを受け持つとのことだった。(取材・文・撮影:泉 哲也)

ライブなどのステージ近くに設置して、音声中継車に信号を送るステージボックス。1台で32チャンネルを処理できるそうで、収録の規模に応じて必要な台数を持っていくとのこと。ちなみに音声中継車には搭載できないので、別途車を準備するそうです

ステージボックスからの音声信号は光ケーブルで音声中継車に送られる

車体の後部には、25kVAの発電機と無停電電源も搭載され、短時間であれば停電等にも対応できる

音声中継車について解説してくれた、WOWOW コンテンツ技術ユニットの戸田佳宏さん。新型音声中継車のニックネームを募集中だそうです