7月6日〜7日に開催された「アストロデザインプライベートショー」では、8Kを含めた様々な技術的提案が行われていた。同社は8K関連を中心にした放送機器関連のブランドとしても知られているが、近年はそれ以外にも他社と協業した新分野への取り組みにも積極的だ。以下ではそれらの展示内容とともに、麻倉怜士さんによる同社代表取締役社長 鈴木茂昭さんへのインタビューをお届けする。(StereoSound ONLINE編集部)
麻倉 さて8K以外にも稲妻が撮れるカメラも展示されていましたが、あれにはびっくりしました。あんなことが可能なんですね。
鈴木 超高速マルチフレーミングカメラの「HC-4503」ですね。これは従来とはまったく違う考え方のカメラで、光を捉えるポイントセンサーを活用した技術です。近畿大学大学院工学研究科の江藤剛治教授の考案したセンサーを使って、弊社がカメラとして仕上げました。
ただし撮影はできるんですが、今の伝送技術ではリアルタイムで信号を外部に取り出せないのです。そこでセンサーの中にメモリーを入れて、そこに映像を貯めています。そのため撮影できるフレーム数が限定されます。最初のモデルは10フレームほどでしたが、それでは足りないということで、
最高10ナノ秒周期で連続40枚まで保存できるようになりました。
麻倉 これは研究者向けの製品なのでしょうか?
鈴木 研究者向けというわけではありませんが(笑)、ほぼカスタムメイドです。ただ、放電現象を研究している方からは使ってみたいというお問い合わせはいただいています。
麻倉 確かに研究者にとっては貴重なカメラでしょうね。こんなものを作ってくれるのはアストロデザインだけですよ(笑)。御社は、常にそういった所に目をつけて、世界最先端を走ってきた会社ですよね。それを続けているのが素晴らしい。
鈴木 技術開発とは、本来そうでなくてはいけないと思っています。
麻倉 今回は楽器の位置に合わせて定位を変えるサウンドバーの「S3Rスピーカーシステム」や、32chアンプ「PA-1853」などのオーディオ機器の展示も行われていて、ここも興味深かったです。
鈴木 映像だけでは、人間の五感に対しては足りないということはわかっているわけで、音の技術はやるべきだと思っていました。絵と音の両方が揃っていないと、技術としても意味がない。
物理の現象を理解して、それを使って何かに対応するようなものを電子回路で実現する、それがエレクトロニクスです。弊社のエンジニアはみんなそういう技術を身につけているので、映像回路だけに限定する必要はないんです。
エレクトロニクスは絵も音もできて当然ですから、アストロデザインとして本来やらなくてはいけない分野だったんです。それが世の中の役に立つもので、ニーズがあるなら当然取り組むべきだと思っています。
麻倉 8Kカメラを開発したのも、その一環だったのですか? あの時は測定機器メーカーがカメラを作るのかと驚きました。
鈴木 昔のカメラと今のカメラは全然違うんです。昔のカメラはすべて光学でしたが、今のカメラはセンサーの後は全部電子回路です。レンズやセンサーは供給メーカーから調達できますから、電子回路が作れればカメラが作れることになります。
麻倉 そこはまさに得意な分野ですね。だから8Kカメラを作った?
鈴木 8Kカメラ開発は、NHKからの要望がきっかけでした。2002年の技研公開で初めて8Kスーパーハイビジョンの映像が一般公開されたんですが、それに対していい反応があって、NHK内でも評判になったそうです。
その後2005年に愛知万博が開催され、NHKとしてスーパーハイビジョンを展示することが決まったんです。しかし技研公開での展示機器はプロトタイプで、数日ならともかく半年間連続で8Kを表示するのは難しかったそうです。そこで新たに作り直すことになり、弊社にも開発を協力して欲しいという依頼がありました。
麻倉 開発には苦労したんですか?
鈴木 2Kの16倍の信号をまとめなきゃいけないので、そこでの信号処理はたいへんでした。当時で50万円くらいしたFPGAを使って、回路を仕上げていったのです。でもまあなんとかうまくいって、万博も無事終了しました。
麻倉 そこからカメラの開発をスタートしたと。
鈴木 実はその前から、シンセビジョンというNHKのビデオ合成用システム開発もお手伝いしていました。これはクロマキーで撮影した人物を別のカメラで撮影した背景映像に合成するものでした。その際にカメラのズームや雲台の動きをセンシングして、背景映像の画角などをそれに合わせてリアルタイムで変えていくのです。
最初はNTSC用でしたが、2Kでも使いたいということになった。しかし背景映像はクロマキー用のカメラよりも高い画素数を持っていないといけないため、4K解像度が必要になったのです。
麻倉 それはいつ頃のお話ですか?
鈴木 1990年代後半です。ちょうどその頃にNHK技研でも4Kセンサーを使ったカメラを開発していて、これを使ってシンセビジョンの背景を合成することができました。
麻倉 NHK初の4Kカメラが合成用だったとは知りませんでした。その意味では、高解像度映像のターニングポイントにはいつもアストロデザインが絡んでいたのですね。
鈴木 8Kの開発も、その流れに乗っていたといえるかもしれません。
麻倉 話が逸れましたが、アストロデザインとしては、電子回路であれば映像でもオーディオでも開発できるということですね。
鈴木 先程も申し上げたように、エレクトロニクスとは本来そういうものだと考えています。
麻倉 私は32chアンプにも期待しています。NHK 4K/8K放送は22.2ch音声も放送はされているのに、現状では22.2chで家庭で楽しめる機器がまったくない。国内のテレビメーカーは22.2chに対応する気はないでしょうから、アストロデザインからこのような製品が出てきたことは、とても素晴らしいアプローチだと思いました。
鈴木 ありがとうございます。今後はオーディオファンの皆さんにも使っていただけるような展開も考えたいと思っています。
麻倉 意外なところでは、スペクトラテックという会社が脳機能測定装置の展示を行っていました。
鈴木 あれは私の友人の研究で、LEDセンサーで脳の反応を測るというものです。そもそも脳波は凄く微弱な電流なので、電極を付けたとしても、通常の環境では測定が難しいんです。周辺に色々な電界が存在しているので、影響を受けてしまって測れないといいます。
スペクトラテックのシステムでは頭蓋骨内側の血流量の変化を赤外線LEDで測定します。LEDの波長は頭蓋骨を通り抜けることができるとかで、戻ってきた信号を高感度レセプターで捉えて、そこから血液中の物質のピークがわかるということです。
そこで、美味しいものを食べた時や、リラックスしている時の脳の反応をこのシステムで調べていくと、脳のどの部分が感情に影響しているかもわかってくるそうです。
麻倉 その結果を詳しく分析したら、色々な製品開発に役立ちますね。
鈴木 既に、色々な会社で使われ始めているようですよ。麻倉さんの専門分野で言えば、ハイエンドオーディオや4K/8K映像を見聞きした時に脳がどんな反応をしているかなどを測定したら、面白そうですよね。口ではAのスピーカーの方がいいと言っているのに、脳を測ったらBの方がリラックスしていた、なんてこともあるかもしれません。
麻倉 頭で理性的に感じていることと、脳が感覚的に捉えていることが違うということもありえますからね。でもそうなったらAV評論家はいらなくなるかも(笑)。
鈴木 これを使うことで、自分がどんな音や絵が好みなのかを客観的に判断できるかもしれませんね。
麻倉 面白い研究ですね。先程の32chアンプもそうだし、脳機能測定にしても、本当に多方面に研究分野を広げていることが、今年のプライベートショウでもよくわかりました。
鈴木 今回は沢山の外部の方に協力してもらいましたが、彼らはもの凄くニッチというか、面白いことが好きだからやっている人たちなんです。だからこそ、一緒にいると新しいことが起きそうで、今回もお声がけしています。
麻倉 アストロデザインのスローガン、キャッチフレーズはあるんですか?
鈴木 最近あまり発表していませんでしたが、「State of the artElectronics is our business.」という謳い文句を掲げていました。
麻倉 なるほど、いい言葉です。そこでは映像とかオーディオといった概念は無いんですね。今後の8Kの展開も含めて、予測しない方に進んでいけそうですね。
鈴木 先のことを予測しようとしても、簡単にはできませんからね(笑)。
麻倉 そういう意味では、今回の展示は今まで以上に新しいことが増えていますし、まだまだ面白くなっていきそうだなという気がしてきました。今年も素敵なお話をありがとうございました。