9月初旬、朝の気温が下がって少し過ごしやすくなった自宅で、僕は試聴室に設置された3つのオーディオ機器を讃美な眼差しで眺めていた。シルバーのヘアライン仕上げのカッシーナのラックに並ぶブラックカラーのオーディオ機器は抜群の存在感がある。センスの良いプロダクトデザイナーがデザインしたであろうことが分かる細部の造形が美しい。
当ステレオサウンドONLINEでレビューを続けている「aune audio」からミドルクラス・Sシリーズに属すヘッドホンDACアンプ「S9c Pro」が登場したのだ。今回は同シリーズのラインナップとして発売されるヘッドホンアンプ「S17 Pro」、およびオーディオ・クロックジェネレーターの「SC1」も組み合わせて徹底レビューしたい。
aune audioは、2004年に中国で設立されたオーディオメーカーで、設立当初は同国のプロフェッショナル市場に向けたコストパフォーマンスの高いオーディオ機材で信頼を得て、その勢いを駆ってコンシュマー市場に参入した。現在のラインナップはポータブルDACアンプの「BU2」「BU1」「B1s」、小型DAC「X8 18th anniversary Edition」、イヤホンの「JASPER」など多くのモデルがある。
まずは「S9c Pro」を紹介したい。シャーシサイズは幅288×奥行211×厚63mmで、aune audioとしては本格的なサイズ感。とは言っても標準的な430mmのオーディオ製品からすれば手頃なサイズであり、オーディオラックからデスクトップ環境まで、設置性は高い。
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ヘッドホンDACアンプ
「S9c Pro」
¥109,500(税込) 9月16日発売
aune audioのミドルライン・Sシリーズに属するヘッドホンDACアンプ。幅288㎜というハーフコンポサイズで、デスクトップ環境から、ホームオーディオまで幅広く対応する性能を持っているのが特徴。入力端子はUSB Type-B、デジタル音声入力(光・同軸、AES)と多彩に装備する。フロントにはヘッドホン用出力端子として、4.4㎜バランス、6.35㎜ヘッドホンジャック、4pin-XLRを備えている。
筐体サイズのアップが生きるのは入出力インターフェイスの充実だ。入力端子は、USB Type-B、および同軸デジタル、光TOS、AESを搭載、スマホ等とワイヤレスで接続できるBluetooth接続機能(aptX HD、LDACをサポート)に加えて、出力端子はRCA及びXLRのアナログ音声出力を装備、10MHzのクロック入力も搭載する。フロントパネルには6.35mmシングルエンド、および4pinXLR&4.4㎜のバランスヘッドホンアウトを装備する。D/Aコンバーターとしての対応レゾリューションも高く、USB入力では768kHz/32bitのPCM、及び22.4MHz(DSD512)に対応する。
そして注目はaune audioの上位モデルとしての充実した高音質対策だ。まず注目はDACチップ。「S9c Pro」はESSテクノロジー社の、1チップ2チャンネルの出力を持つ「ES9018S」の正統進化版チップ「ES9068AS」を2機搭載し、クロック同期モードで稼働させている。さらに新世代のDACチップを搭載するだけではなく、チップの性能を引き出すために電源供給方法の最適化や、独自のアルゴリズムによる2つのフィルターモード(スタンダード/ピュア)を備えるなど、随所に高音質化のための手法が盛り込まれている。
クロック周りも充実している。「S9c Pro」では、同社第2世代となる超低ジッターの「PLLコア技術」を搭載。通常、USBとXMOSはそれぞれ2つの発振機からクロック信号を取り出すが、超低ジッターのPLLコア技術を活かす形でUSB、XMOSとDACチップのクロック信号の供給を共通化できたという。また10MHzのクロック入力も搭載しており、同シリーズの「SC1」を始め、高品位なオーディオ・クロックジェネレーターと組み合わせることも可能だ。
ヘッドホンアンプ周りの音質対策については、フルディスクリートアンプ回路を内蔵し、各チャンネルにツインJFET(接合型電界効果トランジスタ)パーツを搭載するほか、50Wのトロイダル低リップルアナログリニアトランスと23,900μFコンデンサアレイを組み合わせることで、最大5Wもの出力と、7.71μV、THD+N:0.00058%(1.78Vrms /1KHz 0dB)という低ノイズフロアを実現。組み合わせるヘッドホンを、強力なドライブ力を以て、低ノイズフロアで駆動させることができる。
次いで、組み合わせたヘッドホンアンプの「S17 Pro」、およびオーディオ・クロックジェネレーター「SC1」についても解説したい。
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ヘッドホンアンプ
「S17 Pro」
¥99,900(税込) 9月16日発売
まず、「S17 Pro」は、フロントパネルに4ピンのXLRバランス、4.4mmバランス、6.35mmシングルエンドの3つのヘッドホン端子を備えるヘッドホンアンプだ。「S9c Pro」と同じデザインを持つ。リアパネルにはRCA及びXLRのライン入力および出力を装備し、D/Aコンバーター回路を持たない本格志向のヘッドホンアンプだが、本体内には合計16個ものJFET出力トランジスタが搭載され、最終出力段では、2ペアの出力トランジスタを並列駆動させている。
電源部は50W低リップルのトロイダルトランスが用いられ、ヘッドホンアンプ部はクラスAで動作し、各チャンネルの静止電流は100mA/200mAをギャランティする。入力インピーダンスが高く真空管のような豊かでまろやかなサウンドを実現するJFETトランジスタと組み合わせることで、強力かつ歪みのない音を狙っている。ボリューム回路部はJRC社製のR2R電子ボリュームチップと専用オペアンプを組み合わせるなど、単体のヘッドホンアンプとして充実した内容を誇っている。
また、A級動作による温度上昇に対応するため、トランジスタ上のヒートシンクと底部のヒートプレートを組み合わせ、シャーシ全体が冷却システムを形成するほか、内部の温度が69℃に達すると100mAでの電流動作が自動的に50mAに切り替わるなど、安全性にも充分配慮されていることが嬉しい。
「SC1」は2端子2系統、合計4系統の10MHzクロック(同期)信号を出力するオーディオ・クロックジェネレーター。大手クロックメーカーとコラボレーションした特注のOCXO(水晶発振器)の搭載が目玉で、200fs(BW 1Hz~1MHz)以下のジッター値を実現。さらに低ノイズのOCXO電源専用電源を用いて駆動されている。また、ペアとなるそれぞれ1系統の移送同期精度は0.00001°未満を達成したことにより、例えばトランスポートとD/Aコンバーターなどをペアとした時に、精密なクロック精度を実現したことも特徴だ。昨今、高ビットレート/サンプリング周波数を持つ高分解能のハイレゾファイルの登場により、再注目されるクロック製品だが、「SC1」の持つ実質剛健な設計には感心した。
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オーディオ・クロックジェネレーター
「SC1」
¥99,900(税込) 9月16日発売
「S9c Pro」単体でも、ソースに忠実でディテイルをしっかりと再現したサウンドが楽しめる。コスパは相当に高い!
試聴のために「S9c Pro」を開封した。台形のブラックのシャーシ、黒系のオーディオ製品は時に無骨になり過ぎてしまうのだが、フロントパネルからサイドパネルまでの造形に手抜きがなく、少し明度を落とした文字のレタリングやボリュームノブと表示部のサイズのバランスなど、ズバリ言うがデザイン品質は相当高い。
ここでは筆者所有のカクテルオーディオの「X50」をネットワークトランスポートとして利用、SAEC社製のUSBケーブルで「S9c Pro」と接続した。ヘッドホンはゼンハイザー「HD 800 S」をバランス接続で使う。
まずは女性ボーカルのDSDファイル、ダイアナ・パントンのアルバム『Blue』から「Yesterday」を再生した。最初に感じ取ったのは、高分解能なサウンドとソースに忠実な質感表現だ。帯域バランスはフラット傾向で、ボーカルの距離感は近すぎず遠すぎず適切な表現。派手な音ではなくソースに忠実かつディテイルがしっかりしていることに感心する。J-Popはどうだろうか? 音圧が高く混濁しやすいYOASOBIの「アイドル」(FLAC)だが、1つ1つの音がバックミュージックに埋もれず、HD 800 Sのインピーダンスは300Ωあり、決して鳴らしやすいヘッドホンではないのだが、音量は稼げているし、強烈なバスドラムも膨らまずディテイルもしっかりしている。また、音場の広がりもソースに忠実で、「S9c Pro」の価格を考えるとコストパフォーマンスはかなり高い印象。
参考程度に同社のスタンダードなDAC/ヘッドホンアンプ「X1s GT」と聴き比べてみたのだが、ソースに忠実なサウンド傾向は同様ながら、低音域の立体感や中~高音域のディテイル表現、音場の広さなど全ての点で「S9c Pro」がオーバーオールしている。もちろん価格的には差異があり、X1s GTのコストパフォーマンスも充分に素晴らしいものなのだが……。
「S17 Pro」と「SC1」を組み合わせると、クリアネスやディテイルの再現性が各段に向上。3台セットがベスト
次にヘッドホンアンプの「S17 Pro」を投入した。「S9c Pro」とはXLRバランスケーブルで接続可能であり、このあたりに上位シリーズのアドバンテージを感じる。この状態でダイアナ・パントンを再生したが、結論からいえばぜひ皆さんに聴いてほしいと思える、魅力的なサウンドが楽しめた。そのように感じた理由は2点ある。1点目はオーディオ的な再生能力の違いで、「S9c Pro」単体でもバックミュージックに対してボーカルの距離感が適切だったが、カメラ用語で譬えるなら高性能なマクロレンズを使ったような精密なフォーカス感が出てくるし、低域の立体感や音場の広さもさらに向上する。そして2点目、これが「S17 Pro」投入の最大のアドバンテージだと思うが、全体域の音の歪み感が減少するのだ。1つ1つの音の粒子が明瞭かつ適度な密度を持って頭内定位するので、音楽により没頭できるような安定感あるサウンドに変化する。もし僕が「S9c Pro」を購入するなら、将来お金を貯めてでも「S17 Pro」を追加すると思う。2台を組み合わせても、決して手が届かない価格にはならないのが本当に嬉しい。
ちなみに、音量可変や入力切り替えができる付属リモコンは金属(アルミ製)のスティック状の形状で、四隅のアールの付け方やヘアライン加工された丸いボタンまでデザイン品質が高い。
最後はオーディオ・クロック「SC1」も投入し、「S9c Pro」に良質な10MHzクロック信号を入力する。接続は、「SC1」付属のBNCケーブルで行なうが、そのケーブルが少し短く、ベストな位置に機材を設置できなかったのが本取材での唯一の不満点。しかし、音質については今回のハイライトとなったことは言うまでもないだろう。まず確認できたのは、全体域、特に中~高音域のフォーカスが上がることだ、ダイアナ・パントンではバックミュージックに対するボーカルの立体感が上がるし、頭内中央から耳までにかけての弦楽四重奏の楽器の配置がより明快に定位する。YOASOBIでは混濁しやすい多くの楽器のディテイルがより浮かび上がる。帯域バランスには変化を及ぼさず、ひたすらディテイルを上げてくれる。この手のクロックの試聴では時折、使用時の効果がわかりづらいものもある、しかし「SC1」ではその効果をしっかりと聞き取ることができた。
自宅のオーディオシステムに組み込んでも、分解能の高いサウンドが楽しめた
3つの機種を合わせたHD 800 Sの音はかなり良質で満足する試聴となったのだが、ここで1つ欲が出た。「SC1」でクロックを入れた「S9c Pro」のサウンドを、自宅のスピーカーシステムで聴きたくなったのだ。編集部からは依頼されていなかったが、スピーカー再生においてもヘッドホン再生においても、ソース機器にどれだけ音色を求めるのかは人によって異なるだろうが、アキュレイトな音の方向を持つ「S9c Pro」は、自宅システムとの相性が良さそうだと思った。
パス・ラボラトリーズのプリアンプ「ALEPH P」と「S9c Pro」をバランス接続。パワーアンプはコード・エレクトロニクスの「Ultima 5」を使い、JBLのスピーカー「L100 Classic 75」を駆動した。結果から話すと満足するサウンドを出すことができた。音色的な癖を感じない基本的なサウンドキャラクターで分解能が高く、サウンドステージの前後の奥行もある。数々のDACを試してきた自分からしても、「S9c Pro」の音質的なコストパフォーマンスは高い。
いかがだったろうか? 「S9c Pro」の入出力のインターフェイス、および音質対策の内容から読み解けることは、パソコン、ネットワークトランスポート、スマホなど多様化するソース機器との組み合わせにおいて、ワイヤード(有線)、ワイヤレス(無線)を問わず高品質な接続が可能な対応力の高さ、そして、入力された信号をaune audio史上最上のオーディオ回路によって磨き上げ、バランス/アンバランスのヘッドホンを強力にドライブする性能を持った製品である、ということだ。「S17 Pro」や「SC1」を追加することで、さらなる音質向上を図れる楽しみもある。
何よりも、手に入れやすい価格を実現している事実は注目に値するだろう。以前も書いたが、かつては、中国やアジアのオーディオ製品に良いイメージを持っていなかった。しかし、改めてラックの上に置かれる精密な面持ちの3台を見て僕は、価格、音質対策、デザイン、開発スピードの速さなど、見逃せないような製品が増えているという巷の意見は、傾聴に値すると思った。特にaune audioの場合は、音を真面目に作っているところが好きだ。僕は同社の今後の動きにもっと注視していこうと思う。