春風のように気持ちよく、心あたたまる作品に出会った。学びには限りがないこと、そしてその面白さに取りつかれたら人生に光がさすことを改めて教わったような気分だ。
お金持ちのエリート子息が通う名門校になんとか入学できたものの、他の生徒とは家柄も違うし、成績も冴えない。そんな男子高校生が、とあることをきっかけに、ニコリともしない夜間警備員と親しくなっていく。そして、いろんな過程を経て、数学を教わるようになる。警備員の数学の講座は、学校の先生のそれとはまったく違っていた。公式をただ暗記のために覚えさせるのではなく、より根本的な、私の解釈したところでは「数学の中にひそむ人間性をとことんまで提示する」教え方である。あれこれ考えて問から解を導き出してゆく「過程」が面白いのだ、と。だから男子高校生は数学の面白さに開眼し、どんどん前のめりになって学び、成績も目覚ましく上昇する。それが学校の先生にして見たら不思議だし、面白くない。君は不正をしているのではないか、というわけだ。
個人的には、その警備員がJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」を愛聴しているところにも多大な興味を抱いた。バッハといえば音楽の父であり、つまるところ音楽は数学だ。あるとき、数の美しさを示すために、警備員はおんぼろのピアノで、円周率をもとにした曲を演奏する。3.14~という数字をハ調のキーに置き換えて「ミ ドファ~」という感じで鍵盤をおさえてゆく。私はその音の並びに、同じような発想で生まれたのであろうチック・コリアの「メイトリックス」や小山彰太の「円周率」を思い出し、さらにうれしくなった。
物語が進むにつれて警備員の過去が明らかになり、さらに南北の政治情勢も入り込んでくるのだが、最後の最後まで「誠実でいることの強さ」をしっかり描き出してくれた内容には胸のすく思いがした。チョークを持って黒板に向かって解いてゆく姿を、黒板側から(黒板が見る者の目のかわりになるように)捉えたカメラ・ワークも特筆したい。警備員役はベテランのチェ・ミンシク、男子高校生役はキム・ドンフィ、監督はパク・ドンフン。
映画『不思議の国の数学者』
4月28日(金)より シネマート新宿ほか全国ロードショー
監督:パク・ドンフン
脚本:イ・ヨンジェ
出演:チェ・ミンシク、キム・ドンフィ、パク・ビョンウン、パク・ヘジュン、チョ・ユンソ
2022年/韓国/117分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/日本語字幕:朴澤蓉子
英題:IN OUR PRIME /映倫【G】区分
配給:クロックワークス
(C)2022 SHOWBOX AND JOYRABBIT INC. ALL RIGHTS RESERVED.