ユニバーサルミュージックは、2月1日、東京有楽町のKEF MUSIC GALLERYで、「《ニーベルングの指環》2022年版リマスタリング試聴会」を開催した。
同社では指揮者のサー・ゲオルグ・ショルティが昨年、生誕110周年・没後25周年を迎えたことを記念して、ショルティが1958〜65年にかけて完成させた《ニーベルングの指環》全曲録音をSACD/CDハイブリッド盤で発売するプロジェクトを進行している。DECCA(デッカ)に保存されていたオリジナルテープから192kHz/24ビットでデジタル化し、リマスター処理を行った後にSACD用のDSDマスターを制作したという。
ディスクメディアとしてはSACD/CDハイブリット盤でリリースされ、国内盤は第一弾として《ラインの黄金》と《ヴァルキューレ》が1月11日に発売済み、《ジークフリート》が3月に、《神々の黄昏》が5月にリリースされる予定だ。また今回はドルビーアトモスでの配信も行われている。
本日開催された試聴会には、StereoSound ONLINEでもお馴染みの麻倉怜士さんと、「演奏史譚」を専門とする山崎浩太郎さんが登壇し、2022年リマスター盤SACDと1997年に発売されたリマスターCDの聴き比べ、および作品の聴きどころついての解説も行われた。
ちなみにSACDの再生環境は、SACD/CDトランスポートにマッキントッシュ「MCT450」を、プリアンプに同「C47」を使い、業務用パワーアンプでKEFのフラッグシップスピーカー「MUON」を鳴らしている。
冒頭、山崎さんから《ニーベルングの指環》についての解説が行われた。山崎さんによると本作はワーグナーが上演の予定がないまま、書き始めた作品だという。
「そもそも4部作、15時間のオペラなんてそれまで誰も考えていなかったし、上演不可能とされていました。時間も規模も巨大で、そのためにバイロイト音楽祭という上演の場まで新たに作った、そんなイノベーションを起こした作品です。
今回のSACDのマスターは、そんな作品を、レコード化を目的としたステレオによる最初の商業録音で収めたものです。ライブ録音ではなく、セッション録音で徹底的に作り込んで、しかもステレオ再生を活かした録音を行った作品として意義があると思います。音でオペラを楽しんでもらう、劇場では不可能な音の再現、音響まで作り込むことで、劇場とは違う体験をもたらしてくれます」(山崎さん)
「1958〜1965年に録音されたオリジナル・アナログマスターテープを使ってリマスター作業が行われたのは、デジタル時代になってからは初めてのことです。私は先日デッカ・クラシックス・レーベル・ディレクターのドミニク・ファイフ氏とエンジニアのフィリップ・サイニー氏に、今回のリマスターの狙いについてインタビューしました。彼らは、当時デッカ・レーベルのプロデューサーだったジョン・カルショー氏がどんな音を求めていたのかを細かく検証し、オリジナルの音に徹底的に近づこうと心がけたといいます」(麻倉さん)
そしてここから今回のSACDと1997年版CDの聴き比べがスタートした。まず麻倉さんから《ラインの黄金》《ヴァルキューレ》それぞれの聴き所が紹介され、先にCDを、続いてSACDの同じ箇所が再生された。
《ラインの黄金》前奏曲では、「コントラバスの響きから違います。またホルンの響きがCDではやや平面的に思えたのですが、SACDではそれらがちゃんと奥行を持って立体的に描き出されています」という麻倉さんの言葉を受け、山崎さんも「SACDでは遠近感が明瞭になり、8人のホルンの位置、広がりまでわかります」とその違いを紹介してくれた。
第2場での金床(アンビル)を使ったパートでは、「音の体積感が違います。収録が行われたゾフィエンザールの響き、空間を感じることができます」(麻倉さん)、「ワーグナーは18台の金床の配置まで指定していたそうですが、実際の上演では会場の制約もあってその通りに再現するのは難しかったそうです。しかしこの収録で指示通りに置いてみたら、ステレオ効果も違っていたといいます。SACDで聴くとその違いがよりわかる気がしました」(山崎さん)と、収録時の裏話にも触れていた。
《ヴァルキューレ》からは第3幕前奏曲(ヴァルキューレの騎行)を再生、おふたりから以下のようなコメントがあった。
「圧倒的なダイナミズムの違いがありましたし、ステージ感の再現も見事です。本作にはブリュンヒルデを筆頭に9人のヴァルキューレの乙女が登場しますが、その一人がステージ奥から登場してくるパートで、奥行感がしっかり再現されていました。遠近感の演出は今となってはつたないところもありますが、狙いがわかる音だったと思います」(山崎さん)
「SACDでは、ヴァルキューレの乙女たちの声が明瞭で、それぞれの舞台での立ち位置や方向性、距離感まできちんと再現されていました」(麻倉さん)
そしていよいよ第3幕第3場以降を再生。「このパートは、声がどのように再現されるかが聴き所です。CDではオケと女声の分離が甘いように感じましたが、SACDではそれらがきちんと描き分けられていて、音場全体にゆとりが感じられます」(麻倉さん)、「SACDでは、ヴァルキューレの乙女それぞれの声の違いまで聞き取れました」(山崎さん)と、今回のSACDの情報量の高さに安心した様子だった。
最後におふたりから、今回の《ニーベルングの指環》SACDについて、以下のような総括があって、試聴会は終了となった。
「1958〜1965年に録音されたオリジナル・アナログマスターテープには、天才たちの業績が収められています。スコア、録音、演奏者のすべてが素晴らしい、奇跡のような録音と言っていいでしょう。今回のSACDの音からは、そんなオリジナル・アナログマスターテープが持っている演劇性、音楽性を感じることができました。ワーグナーを心から楽しむには音質も重要だということを、改めて実感しています」(麻倉さん)
「初演当時の観客がなぜ《ラインの黄金》で喜んだのかというと、こんなに音楽でわくわくさせられるんだという体験ができたからだと思います。今日の試聴会では、そのわくわく感を共有していただけたのではないでしょうか。この後リリースが予定されている《ジークフリート》や《神々の黄昏》ではさらにオーケストレーションが複雑になっていきますから、それがSACDでどんな風に再現されるか、楽しみです」(山崎さん)