--『天間荘の三姉妹』の音楽について、北村龍平監督と松本晃彦さんにお話をうかがう企画の後編です。今回はサントラCDをお聞きいただきながら、劇中の音楽についてのお話をうかがいたいと思います。

※前編はこちら →  https://online.stereosound.co.jp/_ct/17584435

久保田 前編は玉置浩二さんと絢香さんが歌った主題歌について、相当に深いお話を聞かせていただきました。ここからは劇中の音楽についてお願いします。今回、北村監督から松本さんに音楽のイメージについての相談はあったんでしょうか?

松本晃彦さんが紡ぎ出す、美しい室内管弦楽。映画に寄り添った珠玉のサウンドトラックCD

画像1: 『天間荘の三姉妹』のこころ震える音楽は、北村龍平監督と松本晃彦さんという盟友だからこそ生まれた成果だ。玉置浩二さんと絢香さんとの主題歌作りの驚きの顛末も!(後)

「天間荘の三姉妹」オリジナルサウンドトラック ¥3,300(税込、COCP-41929)発売元:日本コロムビア株式会社
●音楽:松本晃彦
●収録曲:1.ようこそ、天間荘へ 2.天界と地上の間にある街 3.のぞみ、 かなえ、 たまえ 4.天間荘の三姉妹 5.たまえの決心 6.たまえの仕事 7.玲子の微笑み 8.恵子とたまえ 9.現世 10.タクト 11.走馬灯 12.火事 13.一馬の天還 14.優那と玲子の旅立ち 15.震災 16.清志の謝罪 17.さまよえる魂の街 18.それでこそ私の娘 19.恵子の艶姿 20.大宴会 21.天間荘の三姉妹だ 22.愛する家族の天還 23.三ッ瀬の門 24.海斗への伝言 25.愛する大切なひとへの伝言 26.大団円

北村 そもそも僕は、(松本)晃彦さんは何でもできる音楽家だと思っているから、安心してお願いできました。当初は別の作曲家も候補に挙がっていたんですけど、晃彦さんしか無理だと思うよと。

 僕は、映画は見るだけでなく、音楽を聞くものだと思っています。そこで大事だったのは、晃彦さんとはしょっちゅう誰のライブに行ったとか、あの映画のサントラがよかったという話をしていたことです。

 そんな共通の経験があったので、今回の音楽も晃彦さんにお任せでしたが、そうは言っても僕のイメージというものもありました。そもそもこの作品は、王道な作りをしているけど、実はきわめてユニークな映画で、仮の音をつけるのも難しかったんです。

 ハリウッド的でもないし、押しつけがましい感動も嫌だった。そういうトーンではなく、でもエモーショナルな曲というと、なかなかイメージにあうものがなかったんです。唯一『博士と彼女のセオリー』のサントラがイメージに近かったので、それを仮にあててみたりもしました。

 だからといってこんな感じの曲にしてくれという訳でもないし、晃彦さんもそんな単純な人ではないこともわかっているので、その意味ではどんな音楽に仕上げてくれるか、とても楽しみでしたね。

久保田 その結果はいかがでしたか?

北村 晃彦さんは僕の予想を超えてきてくれました。例えば、一馬(高良健吾)が旅立っていくシーンの音楽(サントラのチャプター13)は、僕のイメージはあんな曲ではなかったんです。

 ここで晃彦さんが凄かったのが、僕のニーズに応える曲も作ってきていて、その上で “こんな名曲もできちゃったんだよ” と別のバージョンも持ってきたことです。聞いてみたら、僕が考えてもいなかった方向性なんだけど、確かに名曲だなぁと思って、素直にこっちで行きましょうと決めました。

映画『天間荘の三姉妹』 絶賛公開中!

画像2: 『天間荘の三姉妹』のこころ震える音楽は、北村龍平監督と松本晃彦さんという盟友だからこそ生まれた成果だ。玉置浩二さんと絢香さんとの主題歌作りの驚きの顛末も!(後)

●物語:天界と地上の間にある街、三ツ瀬。美しい海を見下ろす山の上に、老舗旅館「天間荘」がある。切り盛りするのは若女将の天間のぞみ(大島優子)だ。のぞみの妹・かなえ(門脇 麦)はイルカのトレーナー。ふたりの母親にして大女将の恵子(寺島しのぶ)は逃げた父親をいまだに恨んでいる。ある日、小川たまえ(のん)という少女が謎の女性・イズコ(柴咲コウ)に連れられて天間荘にやってきた……。

●キャスト・スタッフ:のん 門脇 麦 / 大島優子 高良健吾 山谷花純 萩原利久 平山浩行 柳葉敏郎 中村雅俊(友情出演)/三田佳子(特別出演) 永瀬正敏(友情出演)寺島しのぶ 柴咲コウ
●プロデューサー:真木太郎●監督:北村龍平●脚本:嶋田うれ葉●音楽:松本晃彦●原作:髙橋ツトム『天間荘の三姉妹-スカイハイー』(集英社 ヤングジャンプ コミックス DIGITAL刊)●配給:東映●制作プロダクション:ジェンコ●製作:『天間荘の三姉妹』製作委員会
(C)2022 髙橋ツトム/集英社/天間荘製作委員会

——本作は日常の中に溶け込んだ音楽が求められていたようにも思いますが、松本さんはどんな点に注意して作曲されたのでしょう?

松本 映画の音楽制作では、最初に監督が仮編集版を作ってくれます。既に映画の尺やカット割りは出来上がっていて、監督の思いとか、このシーンはこういう風にしたいんだっていうことを伝えてくれるような、ありものの音楽が入っているバージョンです。

 僕はそれを見て、北村監督がここはこうしたいんだという気持ち、こういうものをこのシーンで作りたいんだっていう狙いがはっきりわかりました。一番大事なのはこのシーンのここだよね、といったことがすぐに理解できたんです。

 それで、今回はチェンバーオーケストラ、室内管弦楽にしようと思ったんです。この作品は主要キャストがほぼ女性ですから派手なサウンドはいらないし、色々なことを感じられる音楽にしなきゃいけないから、室内管弦楽がぴったりだろうと。

久保田 なるほど、そうやって音楽のテイストが決まるんですね。

松本 映画には、セリフ、SE(効果音)、音楽という音の要素があります。この3つについて僕がハリウッドで学んだのが、音楽はセリフやSEを全部聞こえるように作られているということなんです。どんな映画でも、サントラがSEの邪魔をしないようになっているんです。

 例えば三姉妹の、のんさん、門脇 麦さん、大島優子さんの声はバイオリンの1番と同じレンジです。そうすると、セリフがある時はそのレンジではなく、上のレンジに行くのか、下のレンジを使うかを考えます。あるいは三田佳子さんや寺島しのぶさんは声がもうちょっと低くて、バイオリンの2番のレンジになるんです。その時は1番のレンジでメロディを奏でます。男性の場合はチェロとかヴィオラのレンジになります。

画像3: 『天間荘の三姉妹』のこころ震える音楽は、北村龍平監督と松本晃彦さんという盟友だからこそ生まれた成果だ。玉置浩二さんと絢香さんとの主題歌作りの驚きの顛末も!(後)

北村 そんなことまで考えて音楽を作っていたなんて、晃彦さんは本当に凄い。実は僕の友達で、この作品では衣擦れの音まで全部聞こえたといってきた奴がいたんです。業界人じゃないのに凄いなぁと感心しましたが、そういう理由もあったんですね。

 普通はセリフも聞かせたい、音楽もガンガン聞かせたい、ちょっと派手なシーンになるとSEも響かせたいと、ミックスの段階でかなり苦労するんです。でも今回はまったく悩みませんでした。全部の要素を盛り込んでもお互いに邪魔しないっていうのは、音楽をちゃんと考えて作ってくれているからで、本当に素晴らしいですね。

松本 音響設計でいうと、この映画は天界と地上との間にある三ツ瀬が舞台ですよね。そうすると、地上と三ツ瀬のシーンで、タイムライン(時間軸)とストーリーのロケーションを説明するのは音楽の役割だと思ったんです。

 さらに “現世録” と “走馬灯” というアイテムも登場しますが、このふたつは超常現象じゃないとおかしい。そこでこのふたつが出てくるシーンでは、5.1chスピーカーを使った立体空間で音楽を聞かせることにしました。普段はフロント3chで音場を作ることが多いのですが、超常現象感を表す時は、5.1chで音を回転させて客席まで包み込むようにしました。またエコーも “たすき掛け” と言って、右後方から左前方に動かしたり、逆相にしたりといった工夫を入れています。

 逆相を使っているのは冒頭のタクシーに乗っているシーンで顕著で、あそこは物語の流れとして空間を変えなきゃいけない。そうじゃないとイズコ(柴咲コウ)が状況を説明するシーンで不安を覚えない。でも、ただ楽器が鳴っているだけではダメなので、スティーブ・ライヒみたいな木管の刻みが飛んでくるようにしています。

画像: 音楽を手がけた松本晃彦さん

音楽を手がけた松本晃彦さん

久保田 クライマックスで、のんさんが現世に戻る直前に無音になる演出はどんな効果を狙ったのでしょう?

松本 あれは北村監督のアイデアです。ふたりでスタジオに入って、最終ミックスをする前に1曲ずつ確認していきましたが、その時に、のんさんが横を向いているシーンで、全部の音を一回なくしてみたいっていう案が出てきたんです。

北村 ちょうど三ツ瀬の門を抜けるところですね。スタジオで晃彦さんとあのシーンの音を作っていく時は楽しかったなぁ。でも本当の無音じゃなくて、風の音くらいは残してあります。

松本 ハンス・ジマーのスタジオエンジニアに、映画で無音を表現する場合はどんな作業をするのか質問したことがあるんですが、本当にわかっているエンジニアは無音と言っても、うんと低いレベルの “聞こえない音” を入れるそうです。

北村 この作品のSEは柴崎憲治さんが担当してくれていますが、その “聞こえない音” が入っていたのでびっくりしました。

松本 そういえば、テーマ曲が流れている時に寺島さんがマッサージ機に座っているカットがありますが、マッサージ機の動作音にも音程があるんです。絶対音感をお持ちの方ならわかると思いますが、その音階が曲のキーにあっていたので、驚いたのです。

 偶然かと思っていたんだけど、別のシーンにもマッサージ機が出てきて、そこで “火事だ” と叫ぶんですが、その時は動作音のキーが上がっている。これは絶対狙って音を付けていますね。柴崎さんがここまでやっているんだから、SEはすべて聞こえるようにしようと考ました。

画像: 北村龍平監督

北村龍平監督

北村 音楽で一番悩んだのは「大団円」(チャプター26)でしたね。ここだけはハリウッド的なファンファーレ。晃彦さんにこのラスト3分で、“生きている人も、死んでいる人も、全員の魂を鷲掴みにして天空に舞い上がらせるように終わりたいんだ” と伝えて。最後の最後までいろんな方向性を試して試行錯誤したんですが、晃彦さんは見事に期待を超えた素晴らしい曲を書いてくれました。

松本 テーマ曲のメロディのアレンジをしても、劇中にある曲を使っても、しっくり来なかったんです。色々試した結果、ここだけは別のトーンでいいんじゃないかと思ったんです。最後にみんなハッピーになって、スカッとしなきゃいけない。

北村 映画はすごく悲しい話なんですけどね。

松本 悲しさも感じる曲で、でもここだけは室内管弦楽ではなく、ハリウッドっぽくなってもいいんじゃないかと。

北村 この曲が出てきた時に、やっぱり間違いなかった、晃彦さんはすげえなと思いました。僕が言いたいエモーションを全部わかってくれる、このシーンで表現したいことを阿吽の呼吸で分かってくれる。これがとても重要なんです。

松本 そういってもらえると、嬉しいですね。

画像4: 『天間荘の三姉妹』のこころ震える音楽は、北村龍平監督と松本晃彦さんという盟友だからこそ生まれた成果だ。玉置浩二さんと絢香さんとの主題歌作りの驚きの顛末も!(後)

北村 役者さんもみんなプロだから演技はできちゃうわけで、でもこの作品はテーマがテーマなので、そんな “空気感” を大事にしたかったんです。だから、役者さんとも撮影が始まる前に1時間でもいいからふたりで話をさせてくれとお願いして、みんなにその思いを伝えました。すると役者さんを含めて、スタッフみんなが意見を出してくれるようになって、作品作りにはそれがとてもよかったんです。

 先ほど言った通り、僕はこの映画の音楽を任せるのは晃彦さんしかいないと思っていたんですが、それは正解でしたね。映画は人と人が作る総合芸術で、クリエイターの相性は本当に大切ですからね。

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 現在はともにロサンゼルスを拠点に創作活動をしている北村監督と松本さん。おふたりはたいへんウマが合うご関係のようで、作業も多くは阿吽の呼吸で進められたようだ。もちろん押すところと引く場所で互いに間合いをはかっているようであり、その真剣勝負のやりとりもたいへんに楽しかった。

 玉置浩二 feat. 絢香の「Beautiful World」の寄せては引く美しい歌声、『天間荘の三姉妹』サウンドトラックの多彩な響きも、おふたりのお話を聞いてより味わいが深まったように思える。北村監督の女優・のんに対する深い信頼も、改めて心に響いたものだった。(久保田 明)

『天間荘の三姉妹』の主題歌に感動した方は、玉置浩二さんの他の作品にも触れてみませんか

 『天間荘の三姉妹』で絢香さんと一緒に印象的な主題歌を届けてくれた玉置浩二さん。弊社では玉置さんの数々の楽曲を、音質にこだわったディスクでラインナップしています。「安全地帯」のメジャーデビュー40周年を記念した高音質アナログレコード『安全地帯 -40thANNIVERSARYBEST-』や、ソロ活動開始35周年を記念した高音質アナログレコード『玉置浩二 LIVE 旭川市公会堂』などなど、こころ揺さぶる歌声を、ぜひお楽しみ下さい。詳しくは下記リンクをチェック!

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