動画配信での映画鑑賞が主流になりつつある昨今。しかしホームシアターで楽しむなら、やっぱりフィジカル・メディアを選びたい。実際に、ビットレートの有利さや細かな仕様、特典などでそのメリットを感じることも多いはず。本連載では、そんなディスク・メディアをホームシアターで再生、そのインプレッションを紹介する。
第三回は山本浩司さんのホームシアターにお邪魔し、TCエンタテインメントから発売された人気作『ニュー・シネマ・パラダイス』のUHDブルーレイと『ヴィム・ヴェンダース Blu-ray BOX』(12作品)について、全作のサウンドリマスターを担当したオノ セイゲンさんにその満足度を確認していただいた。前編では『ニュー・シネマ・パラダイス』について採り上げている。(StereoSoundONLINE編集部)
『ニュー・シネマ・パラダイス 4K UHD+Blu-ray(3枚組)』
¥9,020(税込)●TCBD-1133●3枚組(UHD1枚+Blu-ray2枚)●1989年イタリア=フランス●カラー
<ディスク1の作品収録の仕様>
『インターナショナル版』●本編124分●水平3840×垂直2160画素●4Kレストアニューマスター●Dolby vision●音声:①イタリア語リニアPCM2.0chステレオ(96kHz/24ビット)②イタリア語リニアPCM5.1ch(48kHz/24ビット)③日本語ドルビーデジタル2.0chモノーラル
『完全オリジナル版』●本編174分●水平1920×垂直1080画素●音声:①イタリア語リニアPCM2.0chステレオ(96kHz/24ビット)②イタリア語リニアPCM5.1ch(48kHz/24ビット)③日本語ドルビーデジタル2.0chモノーラル④コメンタリードルビーデジタル2.0chモノーラル
(C)1989 CristaldiFilm
山本 今日はオノ セイゲンさんにわが家においでいただきました。TCエンタテインメントから発売されている『ニュー・シネマ・パラダイス』と『ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX』を一緒に楽しんでみたいと思います。
僕がセイゲンさんと初めて会ったのは1983年。キング・クリムゾンの『ライヴ・イン・ジャパン』(KING CRIMSON“Live in Japan, Three of aPerfect Pair”)のレーザーディスクの録音・ミックス作業をしているところをインタビューしました。僕たち同い年なんだけど、あの頃はお互い若かった(笑)。それ以来30年以上の付き合いなんだけど、うちに来てもらうのは初めてですね。
オノ セイゲン そんなになりますか。あの時のミックスは青山JVCスタジオで毎日、メンバーも立ち合いだったんですよね。
山本さんのシアターは以前から噂には聞いていて、オーディオビジュアルの “山本先生” がどんな部屋で映画を楽しんでいるのか、こちらは音を作ってる側だから、ついに本気のホームシアター体験ができる、と今日は思い切り楽しみにしてやって来ました。とてもゴージャスな空間ですね。
山本 いやいや、そんなこともないですが。今回のブルーレイはセイゲンさんが音のリマスタリングを手がけたということで、ぜひ一緒に観たいと思っていました。で、セイゲンさんがわざわざ来てくれるんだったら、記事にしない手はないと思い、StereoSound ONLINEに声をかけたんです。
そもそもUHDブルーレイであれブルーレイであれ、映画作品で96kHzのハイレゾ・クォリティで音声を収録することは、ほとんどないですよね。しかもパッケージソフトのために音声をリマスターするというケースは世界を見渡してもレアだと思います。
オノ セイゲン もともとは、HiViでも活躍されている山下泰司さんがイマジカTVでパッケージディスクの企画をしているときに、名画のブルーレイ化に際して音声トラックもマスタリングできないものかと相談に来たのがきっかけです。2012年11月2日に発売された『死刑台のエレベーター』と『ブリキの太鼓』が最初の作品でした。
山本 ということは今年でちょうど10年ですね。
オノ セイゲン ほんとだ、そんなになりますか。何度も繰り返して観られる高価なパッケージソフトで、さらにブルーレイはハイレゾが収録できるメディアですから、音こそできるだけよくしたいとの思いからスタートしたと聞いています。
※編集部註:オノ セイゲンさんが手がけたリマスターブルーレイはこちらで確認できます
https://saidera.co.jp/ma/BlurayDisc.html
※ワークフローになかったブルーレイの音声トラックリマスタリング話の経緯はこちら。
http://weeklyterritory.blogspot.com/2022/05/2022527.html
http://weeklyterritory.blogspot.com/2022/04/2022415.html
山本 パッケージソフトで映画の音のリマスターを10年も続けているというのは、映画文化にとっても素晴らしい貢献だと思います。
今日はこれらのディスクの制作を担当された小池さんと滝本さんにもお付き合いただいていますが、TCエンタテインメントとしては、ヴェンダースのボックスがセイゲンさんとの最初のお付き合いということになるんですか?
滝本 はい、そうなります。最初は12 作品すべてではなく、単品発売している『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の歌』『夢の涯てまでも【ディレクターズ・カット版】』『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の4作品について、音をよくしたいと考えていました。
特に『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』はSD(480p)解像度のベータカム収録ですので、画質についてはどうにもならない。せめて音はよくしたいということで、セイゲンさんにお願いしました。まずこの作品ありきで、残り3本は予算次第でということで相談したところ、なんと全12本のマスタリングもやっていただけることになったんです。
オノ セイゲン 最初、その4本もちろんやります、と返事をしたんです。そしたら、実は他にも8作品あるって言うじゃないですか。後出しじゃんけんですが、このラインナップでは断れませんでした(笑)。
山本 ヴェンダース作品だから、という事もありますよね。
オノ セイゲン そうです。ヴェンダースは僕も好きな1971〜99年作品がずらっと並んでいるし、『ニュー・シネマ・パラダイス』も受託しないという選択肢はなかった。というのも、これらの作品についても、マスタリングしなかったら将来自分がいちばん後悔するからね。10年前の『ブリキの太鼓』もそうだけど、僕の好きな作品をみんなうま〜く選んでくるんですよ(笑)。
山本 そのリマスター作業ですが、どんな点に一番気をつけているのでしょう?
オノ セイゲン まずは元のミックスをリスペクトすることです。リマスターでデフォルメはダメです。リミックスの依頼ではないですから。渡された素材を磨き上げるだけ。
作品の完成時に「こういう質感の音で出ていたはず」という音をブルーレイ=ハイレゾのパッケージで届けること。派手なギスギスした音じゃなくアナログの質感ね。映像の4Kレストアからのカラー調整と似てるんじゃないかなあ。
ヴェンダースでは、まず12作品全部をパラパラ並べて、全体を貫く音のトーナリティ、モニター基準をどう構築するかを決めました。例えば、ライ・クーダーのギターね。『パリ、テキサス』と『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』、SF大作『夢の涯てまでも』なんか、オープニングのトーキング・ヘッズから主題歌はU2、R.E.M.、パティ・スミス、エルヴィス・コステロ、デペッシュ・モードなどすごいことになってますからね。
『ベルリン・天使の詩』は、ベルリンの壁崩壊前の1987年に公開された作品でした。ニック・ケイヴが当時の西ベルリンのクラブそのままのような空間で歌っていますね。僕は当時の西ベルリン、壁の横のハンザトン・スタジオにも通ってましたから、この空気感がよくわかったんです。
壁が崩壊したのが1989年ですが、その続編『時の翼にのって』(1993年公開)では、ゴルバチョフさんを登場させ、ルー・リードが ♫Berlinafter the wall, it’s very nice. It’s paradise♫ と歌う、冷戦終結を象徴する場面としても感動的ですね。このギターの音聞いてください! これもモニター基準の大事な場面なんです。
そして12本の音色のトーナリティの基準にしたのが、白黒でモノーラルの『都会のアリス』。預かった素材は、48kHz/24ビット/WAVだったので、最新のAIも入っている技術でまず96kHz/32ビットにアップコンバートして、EMM DAC8(D/Aコンバーター)で再生、そこからは音楽のマスタリングでしか使用しないようなカスタムメイドの真空管機材とDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)のSequia 14を使用して96kHz/32ビットで仕上げました。
そもそもノイズをとってエアーを補えばいいというのは安易な発想で、スペックに合わせて高域やエアーを上げすぎたりして、明るく奥行が出てというのも違う。行き過ぎたかな、という頂上を超えたところを見つけて少しだけ戻す。この白黒作品の質感が出た時、モノーラルであることも忘れているはずです。イマーシブとか言われますが、最後は再生された質感により脳が没入感を得ると、僕は考えています。
滝本 ヴェンダース作品については、12タイトルすべてに監督本人のチェックが入りました。といっても、ヴェンダース監督からの返事はすべて一発OKで、特にここを変えてくれといった要望はなかったです。
オノ セイゲン 先方からは「専用のミックスステージで再生、ヴェンダース監督も出来上がりをひじょうに楽しんだ。彼のお気に入りのリレコーディング・ミキサーはリマスタリングが全体としてひじょうにバランスが取れていることを確認」と嬉しいメッセージも届きました。作品によりロゴのピッチなどで音がずれている部分もあったので、ここは修正しましょうと提案しました。
山本 基本的にはロゴや本編での絵と音のずれを補正していったわけですね。
オノ セイゲン 『ニュー・シネマ・パラダイス』について言うと、これまで世界中の人がもっとも観てきたインターナショナル版を新たに撮影ネガから4Kレストアし直したんだと思いますが、尺がそこでずれてしまったんでしょうね。イタリア(ヨーロッパのTV方式はPAL)から世界へ(アメリカ、日本はNTSC)、さらに吹き替えテレビ版までさまざまな変遷があったようです。
今回のインターナショナル版用に届いた音声マスターは、L/C/Rがごちゃっとなっているモノーラルっぽいステレオでした。ああ、でもこれで今までみんな観てきたんだ、ヤバいよ、そんな印象でした。
小池 最初は、インターナショナル版のリマスターだけをお願いしていたんです。でも逆にセイゲンさんから完全オリジナル版の音声マスターの方が状態がいいから、こっちを使いたいというご連絡をいただきました。
山本 セイゲンさんとしては、完全オリジナル版の音声の方がマスタリングのしがいがあると感じたわけですね。
オノ セイゲン 預かった素材はどちらも48kHz/24ビット/WAVでした。インターナショナル版だけリマスターをお願いしますということだったけど、オリジナル版の素材もあったので、まず聴き比べることから始めました。
すると、なんと! 完全オリジナル版は、L/C/Rがちゃんと分離していたんです。センターのダイアローグ、L/Rもしっかり使用して音楽を整えるといった、より映画的な使い方ができた。だから、こっちを先に仕上げるべきだと判断しました。インターナショナル版でセリフが完全一致する部分は、完全オリジナル版を差し込んじゃいましょう、と提案しました。
その時点では、僕にはトルナトーレ監督のコメンタリーの情報(完全オリジナル版に収録)は渡されてなかったんですが、見本盤が上ってきてからこの字幕④を読んで、僕の判断が正しかったことがわかって、自分でも震えるほど驚きました。仕事量的にはめちゃくちゃタイヘンだったわけですが(笑)。
そもそもこの作品はコメンタリーにあるように、最初に映画祭に出品されたのが、今回の完全オリジナル版です。ここで重要なのが、エンニオ・モリコーネ本人が、ストップウオッチで各シーンのタイムを計り、音楽の移り変わりや映像と音のテンポの一致など必要なことをメモして「オリジナル楽曲を書き下ろしたそのまま」が聴けるのは、完全オリジル版だけだということです。
そこから紆余曲折があり、インターナショナル版は、1分とか、極端な場合は数コマ単位で編集したそうなんです。セリフもひと言だけカットされていたりして、これを合わせるのには苦労しました。インターナショナル版はそういった編集により流れがコマ単位でスピードアップされていて、劇場公開向きの2時間4分版ができたわけです。
ほとんどの観客は気にもしないと思いますが、映画はもちろん監督とプロデューサーのものだとしても、ミュージシャン視点では音楽編集が惜しい。映像と音については、大きく削られているのが4ヵ所くらい、その他に完全オリジナル版になかった映像が追加されていたカットが1ヵ所あったのです。また後半にかけて、音楽のタイミングも微妙に違っていてそこははめ込めない。リップシンクを合わせるのを最優先にし、完全一致する部分をテトリスかジグソーパズルのようにはめていったんですが、細かいカットが前後入れ替えとかあって、まるで1000本ノックの世界で、泣きました(笑)。
山本 なるほど。ではここからは、その『ニュー・シネマ・パラダイス』を再生しながら、具体的なお話をうかがいましょう。
オノ セイゲン お、いよいよ山本シアターのサウンドを聴かせてもらえるんですね。噂のハイエンドシアターでどんな映像と音が体験できるのか、楽しみです。
山本 そう言われると緊張するなぁ(笑)。ここはマンションの一室をリフォームした、約25平方メートルの空間です。天井と壁の裏側は吸音材で覆って、吸音面と反射面を形成した「全帯域一律反射・一律吸音」を実現しています。これは松下電器の技術者だった石井伸一郎さんの音響理論に則った手法です。
スピーカーはJBL「K2 S9900」で、物理的にセンタースピーカーは置けないし、このスピーカーに見合うものが見つからないので、センター成分はファントム再生しています。このL/Rスピーカーの間に110インチのスクリーンを配置し、JVCの「DLA-V9R」というプロジェクターで映像を投写しています。
サラウンドL/RとサラウンドバックL/Rスピーカーはリンの「UNIK」という薄型モデルで、その他にドルビーアトモス用のトップスピーカーにもUNIK
を2ペア使っています。スクリーンの両サイドにあるMKサウンドのスピーカーはフロントハイト用で、システムとしては6.1.6環境になります。
ところで今回の『ニュー・シネマ・パラダイス』ですが、これだけ配信が普及している時代ですから、ディスクを買ってもらうためにはフィジカルで持っていたいと思わせる魅力が必要ですよね。その意味では『ニュー・シネマ・パラダイス』やヴェンダース・ボックスの箱は高級感があるし、ジャケットのデザインもしゃれている。ライナーノーツも充実していて、パッケージソフトならではの魅力が横溢していますね。
滝本 今作っているディスクは、ひょっとしたら最後のパッケージ・メディアになるんじゃないかという気持ちもあって、それに相応しいものにしたいと思っています。
オノ セイゲン ぼくがパッケージソフトにこだわっているのは、現状で96kHz/24ビット/リニアPCMが収録できるという点が重要ですね。4Kと96kHz/32ビットで映画のマスターを作っておけば、将来どんなフォーマットになったとしても対応できるでしょうし。
山本 おっしゃる通りですね。セイゲンさんが今やっていることは、ぜったい後世の財産になると思いますよ。
では、『ニュー・シネマ・パラダイス』を再生しましょう。で、このUHDブルーレイには、4K/HDRのインターナショナル版と、2K/SDRの完全オリジナル版の2種類が収録されています。先日わが家でふたつを見比べましたが、画質もかなり違いました。映像のマスターは違うものと考えていいんですか?
小池 はい、4K用と2K用はそれぞれ別のマスターです。
山本 で、先ほどのセイゲンさんのお話では、今回は完全オリジナル版の音を先にリマスターしたということでしたが、ディスクに収録された音声はどちらも2chが96kHz/24ビット/リニアPCMで、5.1chは48kHz/24ビットのリニアPCM。2chと5.1chは別々に作業したんですか?
オノ セイゲン 『ニュー・シネマ・パラダイス』は、まず完全オリジナル版の5.1chのL/C/Rを仕上げて、シーンごとに元のSL/SRの反射音を分析して最新のリバーブでリア成分を作り直し、最初に5.1chサラウンドを96KHz/32ビットで仕上げたわけです。それをUHDブルーレイの仕様に合わせて5.1chの48kHz/24ビットで収録しています。つまり96kHzKHz/32ビットからのダウンコンバートです。劇場で使うDCPに移植する際は、ぜひ96kHz/24ビットのサラウンドでやって欲しいですね(笑)。
2chの96kHz/24ビット信号は、カットごとに元のステレオのバランスと比較しながら、新たなステレオ・ミックスを作りました。5.1chよりかなりドライですね。ステレオで聴く方もかつて経験できなかったクリアーな音で楽しめると思います。まあ、初めて観る若い方々には、無意識のうちにこの音色の影響力が大きく働くはずです。
ヴェンダースBOXの素材は、明らかに5.1chとバランスの違う当時のステレオ音声が入っていました。よって、プライオリティの高いステレオは、同様に96kHz/32ビットにアップサンプリングして別に作業しました。5.1chのサラウンド成分は、やはり元のSL/SRの反射音を分析して最新のリバーブでそれを置き換えていきました。
さっき話に出ていたように、『ニュー・シネマ・パラダイス』は当初の予定ではインターナショナル版の5.1chのリマスタリングだけだったんです。いずれにせよブルーレイプレーヤー側で自動的にダウンミックスされますからと。ところがヴェンダースBOXを含めて、2000年以前の映画でそれをやるのは危険なんです。映画公開された当時のオリジナル音声がモノーラルやステレオなのに、劇場やDVDパッケージのマーケティング戦略の都合で「なんちゃって5.1ch」を製作したのが多くてね。
『真夏の夜のジャズ』なんか、MAまではモノーラル録音だったのに、L/Rの時間をずらしただけの擬似ステレオで今までみんな観てきていたんです。さらにそれを時間ずらしただけの擬似5.1chサラウンドでDVDが出ている。モノーラルに戻した時点でジャズファン、オーディオファイルの喜ぶ1960年頃のジャズの王道の音が蘇りました。しかも96kHz/24ビットで、です。
映画によっては5.1chは、フロントL/C/Rの音にそのころのデジタル・リバーブでアンビエンス成分として後ろのSL/SRとして作り出してることがほとんど。実際にホームシアター環境で聴く人の数が少ないこともあり、問題にもなっていません。『ニュー・シネマ・パラダイス』も一部を除いて、ほとんどの場面がこのやり方でした。
山本 なるほど、聞けば聞くほど興味深い。
オノ セイゲン 今回は、映写室から外の壁に映像を投写する、アブラカタブラのシーンなんかは最新のイマーシブの技術も使って、かなり難しい処理を加えているんですよ。
山本 では、そのシーンを見てみましょう。完全オリジナル版のチャプター15で、5.1ch音声を再生します。
オノ セイゲン いや〜すばらしいサウンドですね。さすが山本シアター。セリフもセンターレスとは思えない。このパワーアンプは真空管式ですか?
山本 プリアンプとパワーアンプはオクターブ(ドイツ)製で、「JubileePre」は半導体と真空管のハイブリッド、モノーブロック・パワーアンプの「MRE220」は出力菅にKT120を用いたパラレル・プッシュ構成の真空管式です。AVセンター、デノン「AVC-A110」のL/R出力をプリアンプのプロセッサー入力につないで、オーディオの2ch再生とサラウンド再生を両立しています。
オノ セイゲン それにしても映像も音もクリアーだ。UHDブルーレイはHDMIでAVセンターにつないでいるんですよね。
山本 UHDブルーレイの再生にはパナソニックの「DMR-ZR1」を使っていますが、このモデルは現状で画質・音質ともナンバーワンだと思いますよ。ちなみにこのシーンについて、具体的にどんな部分に苦労したのか教えていただけますか。
オノ セイゲン 感動的なシーンなんです。映像を窓から外に投写するのに合わせて、ぐるっと音を回すわけです。その際にフロントのL/C/Rの音は変えずに、視点が動いている感じを再現できるように、リアの音を4種類くらい整えて、切り替えながら移動させています。そうすることでとてもリアルな音場が再現できました。後ろの反射音を変えることで、フロント側の印象もまったく違ってきます。
山本 それはよくわかります。
オノ セイゲン 5.1chやイマーシブ・ミックスでは、ダイアローグやフロントの音、オブジェとなる音をEQ(イコライジング)するのは安易な発想で、オブジェクトとなる音の初期反射音にこそ音色や立体感を感じる決定的な要素があります。セリフとか音楽の置かれた空間のルームIR(部屋のインパルス応答)、つまり正しいアンビエンスをカットに合わせて作り出せば、セリフや音楽に過度なEQなどしないでも、グッと引き立たせることができるんです。
イマーシブオーディオも同じで、フロントL/C/R やオブジェクトに対していかに美味しい初期反射音を作れるか、自然なサラウンド再生はこれにかかっています。これをうまく使うと、フロント側の直接音、ヴォーカルとかサックスとかの楽器の音をEQでいじらなくても、サラウンド感は充分に再現できるようになります。
山本 我々がコンサートに行った時も、会場の反射音込みで演奏を楽しんでいるわけですからね。続いてどこを観ましょうか。
オノ セイゲン ちょうどこのシーン(チャプター16)では、新しいパラダイス座で『マンボ』が上映されていますが、この演奏シーンもリップシンクがずれていたので修正しました。
山本 劇中劇のリップシンクまで修正したんですか?
オノ セイゲン 劇中劇とはいえ、音楽シーンではノリが大事ですからね。音についてもラテンの雰囲気を感じて欲しかったので、ここだけは少し低音を出し気味に調整しています。僭越ながらオリジナルサウンドトラックよりもブルーレイの方が音がよくなっていると思います。最新の映画館でこのあたりの楽曲をかけたら、きっとこうなるだろうと狙って仕上げています。
山本 確かに、サウンドトラックにはここまでの音は入っていなかったかも。
オノ セイゲン この作品では、テーマ曲を含めてベル(鐘)の音が印象的に使われていますね。ベルって超高域成分が含まれているし、それが空間の表現にもつながります。
そもそもモリコーネの音楽と一体化している作品なので、音質がよくなることによって、映画の魅力も倍増されるはずなんです。
山本 この作品のモリコーネの音楽は、僕自身ちょっと甘ったるいじゃないかと思っていたんです。でも今回UHDブルーレイで見直して、この映画の主役はトトでもアルフレードでもなく、モリコーネの音楽だったんだと改めて思いました。まさに音質がよくなったからなのでしょう。
オノ セイゲン これでもかというくらい世界中でジャズ、クラシックのミュージシャンに一番カバーされてる曲ですね。映画は知らなくても曲は誰でも知っている。ピチカートやハーモニクス、ピアノのヴァージョン、コントラバス、エンニオ・モリコーネが書き下ろしたままのあらゆるオーケストレーションがしっかり聴き取れるのは、今のところ世界でこの完全オリジナル版ブルーレイだけです(笑)。
山本 他のシーンも観てみましょう。
オノ セイゲン では、チャプター31をお願いします。
山本 トトが帰省するシーンですね。最初は完全オリジナル版、その後同じシーンをインターナショナル版(チャプター28)で再生してみましょう。
オノ セイゲン この部屋で聴くと、それぞれの違いは確かにあるけど、どちらも音として破綻もしてない。安心しました。
山本 印象としては、完全オリジナル版の方が空間が広くて、音場が開放的ですね。
参考までに、DMR-ZR1では字幕の明るさや表示位置を調整できるんです。プロジェクターや有機ELテレビだと字幕が明るすぎて気になることもありますが、この機能を使えばそれも抑えられるし、放送などの焼き込み字幕にも有効なんですよ。
オノ セイゲン ホントですか? それは素晴らしい! 日本語字幕がないとストーリーがわからないが、ど真ん中の邪魔な位置でくっきりと目立つと気になるんですよね。ますますDMR-ZR1が気になってきました。
小池 字幕も凄いですが、このレコーダーは映像のアップコンバートが見事ですね。完全オリジナル版は2K収録ですが、プロジェクターの110インチサイズで再生しても、インターナショナル版の4Kに見劣りしません。
オノ セイゲン 僕の目には4Kと2Kの同じシーンでの画質の違いが、ぜんぜん分かりません。こりゃ凄いや。
山本 今はDMR-ZR1で2Kから4Kにアップコンバートして、それをDLA-V9Rで8K変換して投写しています。
滝本 完全オリジナル版は4Kネイティブだよと言われても、信じてしまいそう。この画質と音質を体験して、再生機器の大切さをまざまざと感じました。
オノ セイゲン プロの小池さんも滝本さんにもそう見えてるんか! もうこれからUHDブルーレイいらんのちゃう? そういう問題ちゃうか(笑)。このプレーヤーで再生した完全オリジナル版の絵と音が一番ストレスないし、ピアノの音もほんまに自然に感じました。DMR-ZR1欲しいなあ(笑)。3人で3台まとめ買いしたらちょっとくらいまけてくれへんやろか?(こういう時だけ関西弁)
山本 今のセイゲンさんや滝本さんの感想を聞いたら、DMR-ZR1を開発したエンジニアたちも泣いて喜ぶと思うよ。
オノ セイゲン 日本のハード機器の技術者はホントに真面目に画質・音質に取り組んでいるよね。
山本 そう思います。すこしでも彼らの努力、研鑽ぶりを多くのユーザーに伝えたいと思っているんですよ。さて、長くなってしまいましたが、『ニュー・シネマ・パラダイス』はこのへんで。セイゲンさん、いかがでしたか?
オノ セイゲン ひじょうによかったですよ。実は、インターナショナル版と完全オリジナル版で音の印象に違いがあったらと心配していたのですが、今日聴かせてもらったら、違いはあるけれど、インターナショナル版の音もがっかりする出来ではなかった。これにはほっとしました。ミュージシャン視点では、編集は惜しいけど(笑)。
山本 そう言ってもらって、安心しました。
オノ セイゲン いやホンマ、山本シアターのブルーレイの音は、
2年前に亡くなってしまったけどマエストロ、エンニオ・モリコーネ先生に聴いてもらいたかったなぁ。
そうそう、11月5日(土)〜6日(日)に東京・有楽町の東京国際フォーラム・ホール
Aで、エンニオ・モリコーネ『オフィシャル・コンサート・セレブレーション』(東京公演はワールド・ツアーの世界初演ワールド・プレミア)があります! しかも『ニュー・シネマ・パラダイス』「愛のテーマ」の作曲者でもある息子さんのアンドレア・モリコーネさん指揮です!! ファンにはこちらも足を運んで欲しいなぁ。
※11月1日公開の後編へ続く