ロンドンに拠点があるヴァルテレは元ROKSAN(ロクサン)創設者の一員だったトラジ・モグハダム氏が主宰している。
このMYSTIC MCは自社の高級ベルトドライブ式プレーヤーMG-1 PKGと組み合わせるべく開発したMCカートリッジだ。機械的な精度を訴求しているのは開発者の技術思想なのだろう。ボディはアルミ合金からの削り出しであり、ヘッドシェルとの機械的な結合を高めるべく3点ネジ留めに対応している。磁気回路は、サマリウム・コバルト磁石と純銅線のクロスコイルで形成される。針先は独自設計の楕円型であり、広帯域と0.5mVの高出力を得ている。
それと組み合わせるべきフォノイコライザーがPHONO-1 MKⅡだ。半導体回路であり、電源部と信号部の2枚基板のみの簡素な構成。イコライザー部はシールドカバーで覆われている。そして底部にはゲイン設定、負荷抵抗、負荷容量のきめ細かい設定ができるディップスイッチが顔をのぞかせている。また裏面には、接地を「ハード/ソフト/リフト」の3種設定できるグラウンド切替えスイッチを装備。
内面をえぐり出すようなヴァイオリンの濃縮された表情も克明
まずMCカートリッジMYSTIC MCは、エアータイトの昇圧トランスATH3s経由で試聴室常設のプリアンプATC5のMM入力にて試聴。これは力強さや鮮度感を強調せずに、内側からじわりと音の構成要素が充溢して形を成す趣向。ピアソラの「エル・タンゴ」など、現代的なハイエナジー志向のカートリッジではかえって表情が細るようなところの鳴りっぷりが自然体だ。ベースの簡潔なフレーズに魂魄がよく乗っている。さらに内面をえぐり出すようなヴァイオリンの濃縮された表情も克明。ケルテス指揮の「ハーリ・ヤーノシュ」は、華やかさはほどほどだが分離も音場感も良好。芝居気たっぷりのフレーズがよく染み通るし、金管楽器の咆哮とて安光りしない。
表現域が広く、高密度にして開放的な鳴りっぷり
次にPHONO-1 MKⅡと組み合わせる。入力条件は輸入元推奨のゲイン56.4dB、負荷抵抗1.45kΩとした。同社純正らしくさすがに表現域が広く、高密度にして開放的な鳴りっぷりだ。管球王国試聴室ではアームケーブルのアース線は「ケース」ではなく、アンプ基板に導かれる「シグナル」端子に接続するのが正解だった。
各種のディスクで躍動感と音像の3次元定位が表出。鮮烈な描写と内声の充実が両立する境地をたやすく提示し、しかも大きなスケールで音楽の時空を構成する。「エル・タンゴ」の濃い情調と前衛風の音遊び、「ハーリ・ヤーノシュ」の戯画風の過剰演技と一抹の侘びしさなどディスクの値打ちを高める風格に感動ひとしお。そして中森明菜の『歌姫』(SSAR‐054)では、当時の鮮度と分離感を重視した整音傾向と思いきや、個々のパートの実像感に加えてフレーズやリズムに弾力感があり、声は意外なほど大人びたというか、詩の心をよく含んで染み入る。〈歌〉の在りか、在り方を知りぬいた上で現代的な表現域を与えた完成度の高い歌の世界を堪能できた。