2021年11月、アニメ「ガールズ&パンツァー」(以下ガルパン)のアナログレコード「ガールズ&パンツァー ORIGINAL SOUND TRACK ~LP Remaster Edition~」が発売される。今回はそのレコードのラッカー盤をステレオサウンド試聴室にお持ちいただき、マスタリングエンジニアでカッティングを監修した原田光晴氏とランティス手塚祐貴氏をお招きし、お話をお伺いした。

原田光晴氏プロフィール

1953年、静岡生まれ。株式会社バーディハウス所属のマスタリングエンジニア

1975年、東芝EMIに入社、アナログレコードのカッティングエンジニアとしてキャリアをスタート。ジャズ・レーベル「TBM」のカッティングを担当する。81年にCBSソニーに移籍、松田聖子などの作品に関わる。
89年以降はCDのマスタリングエンジニアとして活躍。ディスクラボ、ON AIR麻布スタジオ、ビクターマスタリングセンター、ビクタークリエイティブメディアで山下達郎、福山雅治の作品を手掛ける。2014年に現在所属するバーディハウスに移籍。

ランティス作品では「ラブライブ!」関連作品、「ガールズ&パンツァー」関連作品が有名。

編集部 まず、原田さんが今回のカッティングに立ち会うまでのガルパンストーリーを教えていただけますか?

原田 「ガルパン」とはTVシリーズのリマスターから携わりはじめました。そして今回のLPは、以前から発売する予定があることは聞いていたのです。そこでもし、制作するのであれば、こういう風にしてくださいと要望を出しました。

例えば片面のトータルタイムが長いとそれだけカッティングが難しく、音質も期待できないので、できれば、長くて20分以内、欲を言えば15分前後、それくらいの収録時間にまとめると、音質的にも有利になるという話を手塚さんとしていました。

手塚 以前からレコードの商品化の話はあり、試しに3月に発売したBD「交響曲ガールズ&パンツァーコンサート」の弊社ECサイト「A-on STORE」限定特典にアナログレコードを付けたところ、思いのほか好評だったので、今回本格的にレコードの商品化を進めようという話になりました。

画像: BD「交響曲ガールズ&パンツァーコンサート」のA-on STORE限定特典の10インチアナログレコード。この作品に原田氏は携わっていない。

BD「交響曲ガールズ&パンツァーコンサート」のA-on STORE限定特典の10インチアナログレコード。この作品に原田氏は携わっていない。

原田 そして、今回は結果的に3枚組のLPで、それぞれのディスクの収録時間も配慮してもらったのです。

「ガルパン」アナログレコードのカッティングへのこだわり

編集部 CDだと2枚組のものが、今回のLPでは3枚組のディスクになったということですね。

手塚 曲順はCDの収録順を割り当てているのですが、原田さんと事前に打合せをする上で、音質を担保するのであれば、片面15分以内が良いというアドバイスを貰いました。当初はLP2枚組両面仕様、CDと同じ枚数で進めていました。

しかし、ガルパンのお客さんは音質にこだわられる方が多いので、その部分を考えると原田さんからのアドバイスのとおり、片面15分程度でまとめたほうが良いだろうと、最終的にはLP3枚組の仕様としたのです。

画像: 今回のアナログレコードのベースとなったCD「TVアニメ ガールズ&パンツァー オリジナル・サウンド・トラック」(LACA9256~7)。CD2枚組で構成されているが今回のアナログレコードでは3枚組となった。

今回のアナログレコードのベースとなったCD「TVアニメ ガールズ&パンツァー オリジナル・サウンド・トラック」(LACA9256~7)。CD2枚組で構成されているが今回のアナログレコードでは3枚組となった。

編集部 それは贅沢ですね。

原田 実際に聴いてみたら、収録曲の区切りはむやみに区切ったわけではなくて、理想的な区切りだったんですよね。

片面のトータルタイムが短いということはね、溝幅を太くできるんですよ。

編集部 盤面の溝ですね。

画像: 「ガルパン」アナログレコードのカッティングは、ソニー・ミュージックスタジオのノイマンVMS70で行なった。写真上部のモニターにはアナログレコードの溝の拡大映像が見える。

「ガルパン」アナログレコードのカッティングは、ソニー・ミュージックスタジオのノイマンVMS70で行なった。写真上部のモニターにはアナログレコードの溝の拡大映像が見える。

原田 通常、レコードの溝というのは50ミクロン~70ミクロン、というのが基本で、20分を超え始めるとだんだん細くなって50ミクロンぐらいにして詰め込むんです。それを今回のアナログレコードでは90ミクロンで!と頼んだんですよ。

なぜ音溝が太いほうがいいのかというと、やはり再生時にレコード針がトレースしやすいということなんですね。トレースしやすいとそれだけトラブルも少なくなります。針飛びは少なくなるし、音質的にもメリットがあるんです。

編集部 今回のケースに限らず、LPは外周のほうが音質的に有利だと思うのですが、そこで25分ぐらい片面に入る所を15分にすることで、溝幅を多くとって、音質的にも考慮したということですね。

原田 はい、そのとおりです。

編集部 原田さんがアナログレコードの制作に携わるのって久しぶりですよね。

原田 久しぶりですね。最近も、「アナログレコードの用の音源です」と言われCDマスタリングをしたことはありますが、それはイギリスのメトロポリス・スタジオでカッティングする話だったので、アナログ盤を意識せず、通常の96kHz/24ビット精度のファイルを作っただけでした。現地のエンジニアが使用する機材に合った作業が必要ですから、その時はアナログを特に意識しなかったんです。

けれども今回は、久しぶりにアナログレコードに相応しい音源としてリマスタリングを施しました。カッティングエンジニアが手を加えなくてもいいように、カッティングを予め想定したマスタリングをはじめから行なったのです。

音源はアナログレコード用に再マスタリングしたものを採用

編集部 商品紹介にも明記してありますが、アナログレコード用に再マスタリングを原田さんが行なったのですね。

原田 そうですね。例えば、CDだとアンプで歪まない範囲だったら音質的に問題ないんです。アナログ盤の場合は外周と内周で音の違いがあり、サ行が刺さりやすいなど、その辺りを予測しないといけない。それがデジタルデータ、CDと全く違うんです。そこを見極めながら、これ以上はレベルを上げないなど、取捨選択しているのです。

編集部 CD用音源の再マスタリングは、ランティスさんのスタジオで行なったのですか?

原田 はい、ランティス、MAGIC GARDEN STUDIOの3rd Studioでやりました。今回はミックスマスターの48kHz/32ビット音源からカッティングしています。

48kHzだと44.1kHzより伸びがあるからいいと思うし、今回一番に考えたのはビット数。今回は32ビット、しかも32ビットの整数でやってるんです。24ビットと32ビットを比べると、32ビットのほうが低音の厚みが出るんですよ。なのでEQではなく、ビット数で厚みを出すことで自然な音の厚みを出そうとしました。それがカッティングにも向いている音だなと思い32ビットの音源を採用しています。

画像: 今回、原田氏が「ガルパン」アナログレコードのマスタリングを行なったランティスの地下にあるMAGIC GARDENの3rd Studio。

今回、原田氏が「ガルパン」アナログレコードのマスタリングを行なったランティスの地下にあるMAGIC GARDENの3rd Studio。

編集部 現行作品のリイシューとなるわけですが、音質的には妥協はしなかったということですね。いま、日本ではカッティングスタジオが増えていますが、なぜソニースタジオでカッティングをされたのでしょうか?

原田 さまざまなところを回って、32ビットを扱える場所だったり、こういう音にしてほしいという要求を受けてくれるところがソニー・ミュージックスタジオさんだったんです。

編集部 カッティングエンジニアの方と打合せされたことはありますか?

原田 今回はとくに音質を重視しているので、カッティングエンジニアが普段行なってるやり方ではない方法でカッティングをしてもらいました。最高に音抜けがよく、音質にこだわって欲しいと。

曲数は多いですが、カッティングエンジニアの手を煩わせることのないよう、曲ごとにレベルを調整する必要がないように仕上げました。音はいじらないで、カッティングだけに専念してもらったのです。

編集部 それは原田さんが長年LPのカッティングをされてきたからこそ、出来る技ですよね。LPカッティングの経験がない方は難しいですよね。

原田 そういうことですね。アナログレコードのカッティングの現場から32年近く離れていたわけですが、体は覚えているんですね(笑)。

編集部 カッティングはプロセスとして、デジタル・プロセスが入ってきているにせよ、現代の新しいアプローチがあるということではない訳で、今回のアナログレコードは原田さんの培ってきたノウハウがすべて生かされているということですね。

手塚 今回、原田さんと仕事をしていく中で、DISC3のB面をカッティングした後、最終曲が少しイメージと違ったので、リマスタリングをやり直すことにしました。その時に最終曲だけでなく、DISC3、B面の他のトラックのマスタリングもやり直したんですね。

原田 一番最後の曲だけやり直すと違和感が出るんです。だからその前の曲からリマスタリングし直したんです。そして全曲通して聴いても違和感がないように心がけました。レベルを下げると言ってもその曲だけ下げるのではなく、その前の曲から下げていかないと違和感が出るのでそのように修正しました。

手塚 僕は最終曲の「Enter Enter MISSION!」1曲だけリマスタリングすると思っていたんですが、ディスク全体で整える、ディスク一面でリマスタリングするということに驚きました。

原田さんに「1面全曲再生するから違和感ないか確認して」と言われ聴いたんです。で、「全然違和感ないです」と答えました。最後の一曲だけ集中して聴いてたんですが、実は「3曲前から最後の曲のために整えてます」と言われ、デジタル世代の私からすると「こんなテクニックあるんだ」と。

原田 最終曲を正しくするためには、3曲目から調整しないといけなかったんだよね。

手塚 これはデジタルしか扱っていないエンジニアにはない発想だなと。今回のパッケージがアナログレコードということもあるんですけど、トータルで考えたらアナログレコードの時代を生きてこられた方の発想はすごいな、と思いました。

原田 昔のLPなんか、外周の曲はレベル落とさずに溝を刻み、内周に行くほどレベルを下げていくというのはよくやってたんです。それをやっただけなんですけどね(笑)。

しっかりとしたオーディオ環境でもその音を確認

画像: 「ガルパン」アナログレコードのラッカー盤を集中して試聴する原田氏

「ガルパン」アナログレコードのラッカー盤を集中して試聴する原田氏

編集部 原田さんの32ビットマスターは原田さんの世界ができあがってますから、それがレコードで再現できるか、ということですね。

原田 それも少し前のハイレゾと今回マスタリングした32ビットのハイレゾは、やっぱり音が違います。ラッカー盤と比べても遜色ない出来だったので安心しました。

ラッカー盤ということもあるのですが、S/Nもいいし躍動感も違いますよね。

手塚 それと、DISC2のB面は盛り上がる曲が多くていい曲ばかりですよ。

原田 DISC1、B面6曲目の「横暴は生徒会に与えられた正当な権利です!」は、大太鼓の音が下の方までしっかり入っているのでそれも聞き所です。

何れにせよ、ラッカー盤がとても良い出来でよかった、安心して帰られます(笑)。

手塚 CDとアナログレコードの音の違いも明確にわかりました。

原田 CDかハイレゾの音源のままLPにカッティングするというのはとても難しいんです。それを正しくカッティングできるようにエンジニアが調整する。アナログレコードになったときの音をきちんと想定し、うまくバランスを取ってアナログレコードに音を刻むのがカッティングエンジニアなんですよ。

今回はCD、ハイレゾとは異なる、もっと音楽的に、歌が生きて聞こえるとか、奥行きがあるように聞こえるよう、整えていきました。

結果的にこのような装置でも考えた通りの音が出てくれたので満足です。
今日はありがとうございました。

編集部 こちらこそ今日はありがとうございました。

画像: 整ったオーディオ環境でも音を確認できご満悦な原田氏。手に持って頂いているのはラッカー盤。

整ったオーディオ環境でも音を確認できご満悦な原田氏。手に持って頂いているのはラッカー盤。

スペック

ガールズ&パンツァー ORIGINAL SOUND TRACK ~LP Remaster Edition~

画像: ガルパン初の本格アナログレコード化始動!
エンジニア原田光晴氏とその音を確認した

発売日:11月1日 予約締切:7月1日

ディスク番号:LAVZ10003

LP3枚組 33 1/3回転 ピクチャーレーベル

【収録曲】

浜口史郎

【DISC1】sideA
1.戦車道行進曲!パンツァーフォー!
2.乙女のたしなみ戦車道マーチ! 作曲:伊藤真澄
3.大洗女子学園チーム前進します!
4.戦車、乗ります!
5.学園艦は今日も勇壮に海原を進みます!
6.新しい朝の始まりです!
7.転校してきて良かったです!
8.私、モテモテで困ってます!?

【DISC1】sideB
1.戦車の知識では誰にも負けません!
2.秘めた想いに触れました!
3.おばぁに会いに行きます!
4.こんな普通の学園生活って素敵です!
5.私、いやな予感がします!
6.横暴は生徒会に与えられた正当な権利です!
7.戦車道とは女子としての道を極めることでもあります!
8.生徒会、悲壮な決意とともに進みます!
8.バレー部復活をかけて戦います!
9.私たち、精一杯頑張ります!
10.戦車を可愛くデコレーションしちゃいます!

【DISC2】sideA
1.アウトレットでお買い物します!
2.戦車喫茶に来ました!
3.スポーツニュースは今日も戦車道を報じています!
4.理由があります・・・
5.私、決めます!
6.これが友情ですね!
7.明日に備えて寝ます!
8.開会式です!
9.栄光の戦車道全国大会始まります!
10.いざ!試合にのぞみます!
11.敵戦車進軍してきます!

【DISC2】sideB
1.息を殺して待ちぶせします!
2.戦線は膠着状態です!
3.緊迫する戦況です!
4.健闘を讃え合います! 作曲・編曲:伊藤真澄
5.昨日の敵は今日の友です!
6.みんな最高の友だちです!
7.戦車道アンセムです!

【DISC3】sideA
1.それゆけ!乙女の戦車道!!Wind Orchestra ver. 作曲・編曲:伊藤真澄
2.ブリティッシュ・グレナディアーズ 作曲:不詳
3.リパブリック讃歌 作曲:STEFFE JOHN WILLIAM
4.アメリカ野砲隊マーチ 作曲:SOUSA JOHN PHILIP
5.M4シャーマン中戦車 A GO!GO!
6.パンツァー・リート 作曲:Adolf Hoffmann
7.エーリカ 作曲:NIEL HERMS

【DISC3】sideB
8.ポーリュシュカ・ポーレ 作曲:KNIPPER LEV KONSTANTINOVICH
9.カチューシャ 作曲:BLANTER MATVEJ ISAAKOVICH
10.カチューシャ Sung by カチューシャ&ノンナ
作詞:ISAKOVSKIJ MIKHAIL VASILEVICH 作曲:BLANTER MATVEJ ISAAKOVICH
歌:カチューシャ(CV.金元寿子),ノンナ(CV.上坂すみれ)
11.あんこう音頭 作詞:吉田玲子 作曲:水島努 編曲:藤井丈司 歌:佐咲紗花
12.DreamRiser (TV size) 作詞:こだまさおり 作曲:rino 編曲:h-wonder 歌:ChouCho
13.Enter Enter MISSION! (TV size)作詞:畑亜貴 作曲:矢吹香那、佐々木裕 編曲:佐々木裕
歌:あんこうチーム(西住みほ、武部沙織、五十鈴 華、秋山優花里、冷泉麻子/CV:渕上 舞、茅野愛衣、尾崎真実、中上育実、井口裕香)

ガールズ&パンツァー ORIGINAL SOUND TRACK ~LP Remaster Edition~
はこちらから購入可能です

This article is a sponsored article by
''.