いちばんの魅力はもちろんサウンドなのだが、その姿形を見ただけで思わず欲しくなってしまう。そんな気持ちにさせてくれるヘッドホンが、LB-Acousticsの「MYSPHERE 3」だ。
そもそも、ヘッドホンと呼んでいいのかさえ分からない特徴的なスタイルを、MYSPHERE 3は持ち合わせている。アルミとステンレスで構成された細身のヘッドバンドからステーが伸び、その先にサウンドフレームと呼ばれる40mm口径ドライバー搭載の薄型ユニットを固定。イヤーパッドはなく、まさに宙に浮く小型スピーカーのごとくレイアウトされていている。
当然ながら、一般的なヘッドホンとは異なり装着時の耳廻りにかかる圧迫は皆無で、なによりも音場表現がヘッドホンにはない自然さを持ち合わせている。そう、まるで超近距離で高品位な小型スピーカーを聴いているかのような、異次元のリスニング空間をもたらしてくれるのだ。
オープン型ヘッドホン
LB-Acoustics MYSPHERE 3
¥540,000(税別)……MYSPHERE 3.1またはMYSPHERE 3.2どちらかを指定
¥700,000(税別)……ふたつのサウンドフレームが同梱
¥250,000(税別)……サウンドフレーム単体
●使用ドライバー:40×40mmダイナミック型
●振動板:角型、グラスフォーム使用
●トランスデューサータイプ:ダイナミック型
●感度:96dB/m/W(RMS = 115 dB SPL/V eff.)
●最大入力電力:60mW
●定格インピーダンス:15Ω(MYSPHERE 3.1)または110Ω(MYSPHERE 3.2)
●再生周波数帯域:20Hz〜40kHz(-10dB)
●振動板:角型、グラスフォーム使用
●メンブレン保持範囲:4mm
●質量:345g(ケーブル除く)
“ヘッドバンドにスピーカーユニットを固定して自然な音場を作り上げる”という考え方は(ヘッドホンとして)かなり特殊であるものの、過去に例がないわけではない。たとえばAKGの「K1000」がそうだ。モニターヘッドホンの名機「K701」シリーズの元祖となるK1000は、ヘッドバンドの左右に、宙に浮くようにドライバーを配置し、それまでのヘッドホンでは経験することのできなかった、自然な音響空間を生み出すことに成功している。
このMYSPHERE 3も、同じく“ヘッドバンドタイプの超小型スピーカー”というスタイルを実現したもの。しかも、ユニットの角度を調整できるなど、両者の製品コンセプトにはどことなく共通する印象が見られる。などと考えていたらやはりそのとおりで、調べてみるとMYSPHERE 3は、K1000のコンセプト構築と開発の指揮を行なった2人のエンジニア、Helmut Ryback氏とHeinz Renner氏が生み出した製品なのだという。
当然ながら、MYSPHERE 3は現代版K1000という範疇には収まらない、幾多の進化が盛り込まれている。まず、サウンドフレーム(スピーカーユニット部)は、角度調整だけでなく上下にもスライドでき、ベストなサウンドポジションに変更することが可能。
また、サウンドフレームは15Ωの「MYSPHERE 3.1」、110Ωの「MYSPHERE 3.2」という2タイプのインピーダンス特性を持つユニットが用意され、好みや機材の環境に合わせてベストなバリエーションを選択することができる。
しかも、サウンドフレームはヘッドバンドとマグネットで固定されており、簡単に取り外しや交換ができるようになっている。この構造を活かし2ペアのサウンドフレームが付属するバリエーションも用意されている(値段も9万円お得)。
開放型ハウジングを採用するので屋外で聴くことはまずないだろうが、据え置きのヘッドホンアンプで聴く場合はMYSPHERE 3.2、DAP(デジタルオーディオプレーヤー)やポタアン(ポータブルヘッドホンアンプ)ではMYSPHERE 3.1といったように、機器に合わせてアクティブに使い分けることもできる。
このようにMYSPHERE 3は、K1000とはコンセプトを同じにしながらも、全く別の存在といってもよいほど進化した製品に仕上がっている。
ちなみに、LB-Acousticsというブランド名を知っているヘッドホン好き、オーディオ好きは少ないだろう。それもそのはず、同社はオーストリア・ウィーンに本拠を置く音響測定器を得意とするメーカーで、ヘッドホンを手がけたのは本機が初めて。Helmut Ryback氏とHeinz Renner氏が参加したことで生み出された、貴重な製品なのだ。
もちろん、MYSPHERE 3の開発にはLB-Acosticsらしさが活かされている。心理音響学をふまえた音響測定やコンピューターシミュレーションなど、徹底した音響特性の改善が行なわれていて、音質と音場、ふたつの視点で良質なサウンドが生み出されたという。
ちなみに、測定データは製品ホームページ(http://www.bright-tone.com/pages/226.html)に詳細が掲載されているので、興味のある方はぜひチェックして欲しい。図をひと目見れば、MYSPHERE 3のフラットな帯域特性やインパルス特性の優秀さが分かるはずだ。
さて、実際のサウンドはいかがなものだろう。その実力を確認するべく、ふたつのサウンドフレームが同梱された取材機と、オプションのXLR/4.4mmバランスケーブルを2週間ほど借用して、様々な機器と組み合わせて試聴してみた。
一聴して圧倒されたのが、音場表現の素晴らしさだ。左右はもちろん、奥行方向についても広大な、それでいてとても自然なサウンドフィールドが広がってくれるため、臨場感の高いサウンドに埋没できる。それでいて、デジタルで擬似的に作り上げた音場とは異なり、とてもリラックスした気分で音楽を存分に堪能できる。
まさに、一般的なヘッドホンでは得られない格別のサウンドフィールドといっていいだろう。ちなみに、MYSPHERE 3.2はある程度距離を置いた、MYSPHERE 3.1は少しヴォーカルが近寄った音場といったように、サウンドフレームによって多少表現が変わって聴こえるのもユニークだった。
なお実際の試聴では、15ΩのMYSPHERE 3.1でもそれなりに駆動力を持つDAPやポータブルヘッドホンアンプは必要。手元にあった製品では、Chord「Hugo2」やaune「BU1」、Aroma「A10」、アステル&ケルン「SP2000」などと相性がよかった。
いっぽう、110ΩのMYSPHERE 3.2は、良質なヘッドホンアンプは必須。Hugo2でもそれなりのサウンドは楽しめるが、やはり据置型のヘッドホンアンプがベストで、駆動力の高さでティアック「UD-503」と相性がよかったが、音のみずみずしさという点でFELIKS-AUDIOの真空管ヘッドホンアンプ「Euforia」とのマッチングが絶妙だった。
音色傾向については、さらに両者の違いは顕著だった。どちらもフォーカス感のしっかりしたピュア志向のサウンドだが、MYSPHERE 3.2は全帯域に渡ってフラットな解像感&抑揚表現を持ち、対してMYSPHERE 3.1はほんの少しだが中域重視へシフトしたかのような印象を覚える。
結果として、MYSPHERE 3.1はサラ・オレインも坂本真綾も、ゾクゾクするくらいリアルな歌声を楽しめるし、MYSPHERE 3.2は弦楽器もピアノも、はたまたハードロックでさえもピュアで解像感の高いサウンドが、とてもリラックスした気持ちで楽しめる。音楽ジャンル全般を聴く人だったらMYSPHERE 3.2を、ヴォーカルもの、特に女性ヴォーカルをメインに聴く人だったらあえてMYSPHERE 3.1をチョイスする、というのもよさそう。
もちろん、予算が許せばふたつのサウンドフレームがセットとなったバリエーションを選んで、楽曲や気分によって使い分けるというのが、もっとも幸せな選択かもしれない。どのバリエーションを選択するか、大いに悩まされそうだ。
大画面派にもお薦め! MYSPHERE 3で、UHDブルーレイ『ハドソン川の奇跡』を観た!
MYSPHERE 3で映画ソフトを観たらどうなのか? StereoSound ONLINE視聴室の120インチスクリーンとの組み合わせで、UHDブルーレイ『ハドソン川の奇跡』を再生してもらった。パイオニアUDP-LX800から、映像はJVC DLA-V9RにHDMIケーブルでつなぎ、音声はアナログ2ch出力をFELIKS-AUDIOのEuforiaにつないでいる。
何百回と観たはずのチャプター5、ランニング~回想シーンだが、バックに流れる女性ヴォーカルがこんなにも印象的に感じたのは初めて。少し枯れた、しっかりした太さのあるブルージーな歌声が、男の背中に漂う哀愁を強め、より印象深い映像へと昇華してくれる。いつも“なんとなく聞こえる”音楽が、こんなにも映像を印象的にしてくれるなんて、本当に驚きだ。
特に、ライブやミュージカル作品などは格別のマッチングを見せてくれそう。作品の新たなる一面を発見できそうな、映像ソフトとも相性のいいヘッドホンだ。(野村)