NHK 4Kで毎週水曜日に放送中の『ウルトラQ』で、驚きの事実が判明した。なんと今回の放送用マスターは35mmオリジナルネガフィルムをスキャンして制作されていたのだ。これは同作としては初めてのことであり、円谷プロとNHKがどれほど4K化に真剣に取り組んでいたかがうかがえる。今回は、その取り組みについて詳しくご紹介したい。(編集部)
――先ほどのお話では、『ウルトラQ』をオリジナルネガからスキャンしたのは今回が初めてとのことでしたが、そうだとすると本作のファンにとっては大ニュースです。
隠田 ネガからスキャンして、ネガの情報量を最大限活かすのは初めてですね。その情報量をどうするかも、すごく難しかったんです。
試写会で飯島監督やキャメラマンの稲垣さんがおっしゃっていたと思うんですが、当時のブラウン管は画面自体が湾曲していて、周辺は暗くなっていた。それも含めて怖かったんだと。言われてみるとそうなんですよね。
最近のフラットテレビではそんなことがなく、画面を汚してしまうような要素がない。クリアーな分、怖さも半減しているかもしれないなぁと改めて思いました。といって絵を汚しては本末転倒ですから(笑)、じゃあこの部分をどうしたらいいのか?といったことについて、皆さんのご意見をうかがっていくようにしました。
――NHK側からもネガスキャンでやりたいという打診があったのでしょうか?
隠田 はい。事前の打ち合わせにNHKエンタープライズのプロデューサーさんも同席していただいて、意見交換をしています。そこでネガスキャンをして、グレーディングでは、黒の表現を中心に画を作っていきますといったことをお話ししました。
もちろんHDRとして白側の効果もちゃんと再現していきますということもお話ししました。というのもカットによって白ピークを出しているものもあるので、白と黒表現を際立たせるように両立させたいと説明したのです。NHKさんにもわかっていただき、それでいきましょうと快諾していただきました。
竹之内 NHKさんも、作品の魅力を引き出すにはその方法がいいとわかったのでしょう。
隠田 円谷プロとしての熱意とテクニカルな部分を信頼してもらって、やらせていただけたということでしょう。おかげで、4K版『ウルトラQ』を世に届けることができました。私だけでなく、一緒にやっているスタッフや、これまで作品にかかわってきた皆さんも、同じ気持ちだと思います。本当にありがたいことです。
桜井 試写会の時に飯島監督がおっしゃっていたのが、ゴメスのボディの質感がこんなに出てきたのは初めてだということでした。私も今まで見たことないくらいだったのでただ驚いていたんですが、飯島監督は、「それを見せることが4Kの技術かも知れないけれど、見せすぎないことも必要だ」とおっしゃったんです。なるほど、と腑に落ちました。
NHKの方々もその場にいらっしゃったのですが、隠田君や他のフタッフもそれを聞いていて、それがひとつのフックになって、その後の意思疎通もとりやすくなったんじゃないかしら。
隠田 僕は「技術は使うものであって、使われるな」とおっしゃってくれたのだと解釈しています。オリジナルの作品を作られた方が、その許容量を持って、新しい技術を包み込んでいく。これって凄いなぁと感動しました。
桜井 そうですね。そういうことだと思います。
隠田 その中で、演出意図を超えて見せすぎないようにしつつ、でも情報としては増えて、本質である怖さを損なわないのだったら、それが一番いいんじゃないか、ということを先達の皆さんと共有できたのであれば幸いです。監督が投げかけてくれたのは、多分そういうことだと思うんです。
桜井 共有できていたと思いますよ。だって、その後も、飯島監督が指摘した点を、技術スタッフの皆さんがそれに応えようとして調整に頑張っていたでしょう。
隠田 あれは面白かったですね。東映ラボ・テックの技術の皆さんは、前日までやっていたことと真逆の指摘が急に出たにもかかわらず、監督の希望に応えようとしてくれたんです。
しかもその場ですぐ修正したから、監督たちも「こんなに変わるんだ!」と驚きながらもすぐに順応されて、ディスカッションになっていきました。
桜井 飯島敏宏監督たち3人がスタジオに入って来られたときから、「今日はいつもとは違うな」という感じがしました。何より監督たちがコメントする時に、技術スタッフが目の色を変えて聞き入るんですよね。「ああ、皆さんここまで真剣なんだな」ということがよくわかりました。飯島監督たちは、あまり声のトーンも高くなくてどうしても小声になっちゃうんですけど、すごく重要なことを言ってるんですよね。それを聞き逃すまいとしている真摯な姿勢に感銘しましたね。
隠田 本当にみんな一所懸命にディスカッションに加わっていただいて、ありがたかったです。
桜井 「あら、今日はインタビューじゃなかったかな?」 という感じでした。その場でもうちょっと暗くとか、技術的なお話がドンドン飛び交って、まるで当時の仕上げの現場みたいになっちゃって。でもそれが心地よかったですね。
実は試写を見て自宅に帰った後、飯島監督から「今日は気分がよかった。こういった機会に僕たちを呼んでくれて、いい気持ちで腹蔵のない意見を言わせてもらった」という連絡があったんです。
中野さんも、彼はとてもこういった技術的な面にはうるさい人ですが、わざわざ電話してきて、「とても気分がよかった。こういうことで僕たちの、当時のスタッフの意見を聞いてもらえてありがたかった」と話してくれました。
稲垣さんからも、メールで「最高にいい感じで、言うことを聞いてもらえて、でもだからといって全部僕らの言った通りのままにやらないのがいい」と(笑)。「そういうやりとりを、若い人たちとウルトラの仕事でやりたかった。それが今回やれたので、ありがとうと伝えて欲しい」と連絡をくれました。
これは最大の賛辞だと思うんです。こんなこと、皆さんは普段言いませんからね(笑)。本当に素晴らしいと思います。
――原点を作った皆さんにリスペクトしてもらえるというのは、最高ですね。
桜井 現場でも、飯島監督たちが感想や所見を言うと、目の前ですぐに再調整してくれたんです。技術スタッフも大人だから、普通ならここまで映像に手を入れていいのか? と遠慮するところだと思うんですけど、今回はどちらも忖度なくやっていたので、それがいい感じだったんでしょう。だって、現場ってそういうものですから。
隠田 もともとあの試写はテレビ撮影の予定はなかったのですが、当日はカメラがあったので、話がしづらい感じもありました。それが申し訳なかったですね。
桜井 その割にはお三方とも、周りの様子をうかがいながらも、思うところはズバズバ言ってましたよね。でもそれが的確で、俳優の私が聞いていても凄いなと思うくらいでした。
隠田 演出の方、撮影、光学合成、俳優といろいろな立場の方もいらっしゃいましたが、それぞれの立場から、的確な意見がいただけました。
びっくりしたのは皆さんの熱意が当時のままだったことです。その場でディスカッションが始まったときに、「ああ、生の現場だな」という印象が凄くありました。多分それがなかったら、僕としても自信が持てなくなっていたと思います。
――レストアの仕事をされている皆さんにインタビューすると、制作時の関係者がいらっしゃらない作品などは、どこまで手をいれていいのかわからないというお話をよく聞きます。結果としては控えめなことしかできないケースが多いようです。でも今回はまさに当時の現場に携わった皆さんから意見をもらっているわけで、とても貴重な体験ですよね。
隠田 技術的な糸口も掴みやすくなりました。HDRのダイナミックレンジがあると、何通りもの表現ができるんですが、その中で“これでいこう”という表現を決められた日でした。
――その他に試写会で印象的だったことはありましたか?
隠田 桜井さんは当時の衣裳のことをよく覚えていて、的確に指摘してくれるんです。第1話「ゴメスを倒せ!」での千鳥格子の帽子なども、柄が見えすぎて印象がまったく違ってしまい、画面の中に占める要素としてヘビーになっていたことに気づかされました。実はあれは技術的にとても難しかったんですが、特殊な加工をして解決できました。
桜井 そうだったの? はっきり言っちゃって悪かったかな(笑)。
隠田 いえ、でも逆に今の技術ならここまでできるということもわかったんです。桜井さんのご指摘だと、帽子の模様がはっきりしすぎて、桜井さんよりも帽子に目がいってしまうと言うお話だったんです。
桜井 そう。(額を指しつつ)ここにフォーカスが合っているような見え方だったんです。
隠田 実際にはそんなことはないのですが、4Kで再現すると帽子のほうに目がいってしまうんでしょうね。
――4Kの見え方として、そこまで注意されていたとは驚きました。
隠田 衣裳に関しては桜井さんのお話にインスパイアされましたし、世界観を作られた飯島監督の言葉も重要でした。当時、撮影だったり、光学合成を担当していた皆さんも、それぞれが作品のために自分はこうやったと勝負されてきた話を生で聞けて、その絵を今の時代に、今の技術でどう伝えるか?ということに臨めたのは本当にありがたかったですね。
竹之内 質感という意味では、怪獣が作り物に見えちゃいけないから、そこも難しかったのではないでしょうか?
桜井 もともとは、人が作った物ではあるんですけどね(笑)。
隠田 怪獣の質感や表現は、全話通してこだわっています。生物感のあるキャラクターが出てきたときは、そこだけ別のグレーディングをしているんですよ。
竹之内 ということは、人物用、怪獣用など複数のグレーディングをしているんですか?
隠田 最初のうちは無意識に使い分けていたのですが、それを東映ラボ・テックの技術者の方がわかってくれて、私がオーダーを出す前に処理しておいてくれるようになりました。
また特殊効果的な部分、現実にないような効果、第11話の「バルンガ」などでも空が歪んでそこに光が差すといったシーンがありますが、そこもグレーディングに配慮しました。4KとHDRならその効果を助長できるんじゃないか、表現の幅を豊かにできるんじゃないかと考えて、1本のエピソード全体を通しての統一的なグレーディングとは別に処理をしているのです。これは普通のグレーディング作業ではタブーだと思うんですが、『ウルトラQ』ということで、敢えてお願いしています。
――東映ラボ・テックの方々も、共通の世界観ができあがっているんですね。シリーズ作品を通してそれができるのは素晴らしいと思います。
隠田 毎話毎話、作業に入る前に、東映ラボ・テックさんと弊社のスタッフで事前検証をしてきました。いくつかのカットを選んで、それを優先的にフォーカスして全体を整えてくださいというフローを作っていたんですが、一年以上そのルールに則ってやってきました。
実は、東映ラボ・テックさんの中にも円谷作品のファンが多いんです。基礎的な知識はもちろん、キャラクターのこともよく知っておられたんです。だからこそ、前もってこうしておきましたと提案してくれることがツボにはまったこともすごく多くて、それはたいへん感謝しています。
※その4(5月29日公開)に続く (まとめ・StereoSound ONLINE 泉 哲也)
円谷プロが世界中のファンに贈るファンイベント「TSUBURAYA CONVENTION 2019」の会場・日程が決定!12月14〜15日に東京ドームシティにて
円谷プロダクションでは、世界中のファンに贈るファンイベント「TSUBURAYA CONVENTION 2019」を12月14日(土)、15日(日)に東京ドームシティで開催すると発表した。
TSUBURAYA CONVENTION 2019は、「ステージ」「イベントプログラム」「グッズストア」を施設内の各種会場にて展開する。さらに、「株式会社海洋堂/ワンダーフェスティバル実行委員会」と共同で「TSUBURAYAワンフェス」も実施予定。こちらでは、事前に申請しておけば、会場にて自身の作品を展示・販売もできるそうだ。詳細は、ワンダーフェスティバル公式サイトで順次発表予定とのこと。