NHK BS4Kで放送されている円谷プロの名作『ウルトラQ』の完成度が素晴らしい。毎週水曜にそのクォリティに感動している人は多いはずだ。StereoSound ONLINEではその高品質の秘密を探るべく、円谷プロダクション・製作本部エグゼクティブマネージャー隠田雅浩さんと、『ウルトラQ』江戸川由利子役・桜井浩子さんにインタビューを実施した。すると今回の4K化に際しては、作品映像に込められた演出意図まで考慮されていることがわかったのだった。(編集部)

――隠田さんは『ウルトラQ』のグレーディングについて、HDRを使って黒の表現を豊かにするように工夫されたとおっしゃっていましたが、具体的はどんなシーンに注力されたのでしょう?

隠田 4K版の第9話「クモ男爵」では、黒の階調はかなりしっかり再現できていると思います。闇の中に何かが潜んでいるというシーンが、今までは黒く潰れているか、逆にばっちり見えているかだったのですが、今回はその間、闇の中にちゃんとディテイルが残っていて、同じ黒でもグレーから黒の段階が豊かで、何かが潜んでいるけど正体がわからないという怖さが出てくるように頑張りました。同じ怖さを表現しているのですが、今までよりも画面から受ける恐怖感を増すことができるのではないかと考えたんです。

 「2020年の挑戦」のケムール人も、かなり苦心しているんです。ケムール人が闇の中に潜んでいて、視聴者はそのカットを観てはいるんですが、すぐには気がつかない。HDRを活用することで、その気づくタイミング、場所を最適化し、作品の楽しさをより豊かにできるんじゃないかというのが、面白いトライでもありました。

 もうひとつは『ウルトラQ』では、太陽を入れ込んだ逆光のカットも多かったんですよ。これはフィルムだから出来たことです。

 実際の映像では、逆光で、光軸が入ってくるときなどは、奥行感が凄く増しているんです。今までのSDR(スタンダード・ダイナミックレンジ)では高域側のレンジがそもそも狭いので、平面的な映像が移り変わっていくエフェクティブなものにしか見えないのですが、HDRを適用してみると、奥行のある広い空間を感じさせる効果を表現できましたし、ロケーションのよさが出てきたり、キャラクターの目の中に仕込んでいる光源の質感までよく出てきました。

――フィルム作品の4Kレストアで、制作サイドからHDRの使い方、グレーディングの方法まで指示するといった話は聞いたことがないのですが、それはNHKさんと相談したのでしょうか?

隠田 いえ、今回は僕が決めました。僕自身は2000年代初頭から、似たような技術を扱う機会も多く、馴染があったのです。

 HDR効果の使い方についても、カットごとのセオリーは結構変えています。演出効果としてサスペンスフルなシーンでは、積極的に黒の表現を入れていくようにしています。

画像: 第9話「クモ男爵」より。©TSUBURAYA PRODUCTIONS CO., LTD.

第9話「クモ男爵」より。©TSUBURAYA PRODUCTIONS CO., LTD.

竹之内 リマスターされたブルーレイでも、特撮シーンのミニチュアがわかりやすくなってしまい、時々興ざめすることがあります。

隠田 その点についても、飯島監督に教えていただいたことがあります。

 第1話「ゴメスを倒せ!」のトンネルは、当時カポックの削り出しで壁面を作っていたそうですが、仕上げていくうちに現場でほころびが出てきてしまっていたらしいんです。もちろんメンテナンスをするんですが、そのまま撮ってしまうことも多くあります。

 そんな点を演出者の皆さんはよく覚えていて、「ここはバレて欲しくなかった」という思いがあるようです。それを踏まえて、アラがわからないようにしつつ、でもよりクリアに見えるということをどう実現するか? は究極のテーマでした(笑)。その板挟みになりながら進めていきました。

――NHKドキュメンタリー『だれも見たことがない“ウルトラQ”』では、桜井さんもそのあたりについてお話しされていましたね。

桜井 あの時は、4Kの写りがとてもいいのでびっくりしていました。

 撮影当時の洞窟のセットは、べこべこの壁にラッカーを吹き付けたものなので、力を入れるとへこんでしまうんですよ(笑)。でも、当時のテレビで『ウルトラQ』の第1話を観たら、とてもよくできているなと感じたんです。

 さらにこの前、飯島監督たちと一緒に4K試写を拝見したら、ちゃんと岩が岩に見えるじゃないですか。岩の質感がとても本物らしくて、あんなに稚拙だったセットが4Kの技術で適切に処理されればこんなに質の高いものになるんだということが、本当にびっくりしたんです。

――4Kで見て、より実物感が出てきたと?

桜井 そうですね。4Kになって、より本物感が出てきた。それはよかったなと思いますね。

 あと洞窟の奥にゴメスが出てきますが、当時のオンエアで見ていてもゴメスがとても怖くて、不気味だったんです。得体の知れない怪獣で、「何、これ?」って思った。その不気味さが4Kではきちんと出ているんです。目がぎらっとするところなんて、本当に凄みがあって怖いんです(笑)。

隠田 試写の前に皆さんに「ぜひ観てください」とお願いしていた部分がまさにそこでした。ゴメスの質感、シズル感、ちょっとした艶であったりとか、生物感をぜひ観て欲しいんですとお伝えしました。あの光沢感、艶はHDRでないと出せなかったでしょうね。

桜井 あと、黒をドンと落として調整したところも不気味で、いい感じですね。同じ画面の中で、右側が明るく、左側のゴメスがいる部分が暗くなっていて、これが怖いんです。本当に不気味感がこれだけ出たら、言うことはないんじゃないかしら。俳優さんが不気味だと困るんだけど、怪獣は不気味な方がいいですよね(笑)。

 ゴメスが不気味で、セットの洞窟が実際のロケーション撮影のように見えると、そこに登場する淳ちゃん(万城目淳/演・佐原健二)や一平君(戸川一平/演・西條康彦)、由利ちゃん(江戸川由利子/演・桜井浩子)が俳優として際立つんです。特撮がいいと、俳優たちもより前面に飛び出してくるという感じが凄くしましたね。

隠田 俳優さんのフェイストーンも毎回難しいんです。もともとのコントラスト比の中で、人物のフェイストーンの基準を作りますが、そうすると余計な部分まで明るくなってしまうこともありますので、スタッフと相談しながら手を入れています。

桜井 肌色は、私のアップを基準にしていると思いますよ(笑)。そうでしょう?

隠田 はい。やはり女性が基準ということもありますから、桜井さんをリファレンスにしています。

画像: 『ウルトラQ』江戸川由利子役の桜井浩子さん。当時の撮影エピソードや現場の様子などを、とても鮮明に語っていただきました

『ウルトラQ』江戸川由利子役の桜井浩子さん。当時の撮影エピソードや現場の様子などを、とても鮮明に語っていただきました

――明るい屋外ロケのシーンと暗いシーンでも、フェイストーンの統一が取れていますよね。モノクロの芸術写真を見ているみたいで、そのあたりの気遣いが充分伝わります。

隠田 自分なりのルールも作っているんです。晴れやかな気分で演出されているシーンは、その気分を尊重しています。スカッと抜けて、本当に風光明媚な富士山や景色が楽しめるところなどですね。

 逆に見えない怖さを演出しているシーンは、もしかしたら過去にリリースしたメディアよりも暗くなっている部分もあると思います。といってもまったく見えないようにはしていません。全体に暗闇ですが、その中で表現できるもの、分かってほしいものを活かすという形でルールを作っています。

竹之内 演出家や視聴者の気持ちを汲んだグレーディングを行なっているということですね。

隠田 当たり前のことかも知れませんが、技術は表現のためにあると思っていますので、新しい技術を使うときは、いつもそれを忘れないように臨んでいます。当時のスタッフが表現してきたことを、今の技術でどうやってもう一度表現し直すかの方が大切だと思っています。

――ちなみに先週まで(インタビューは4月2日に実施)で第16話「ガラモンの逆襲」まで放送されましたが、もうグレーディング作業は終わっているんですか?

隠田 グレーディングは最終話まで終わっていますが、放送用のマスター制作は現在も作業中です。実際今回の4Kレストア版に関しては、作業を始めてかれこれ2年近くかけてきたので、作業に終わりが見えてきたのはちょっと寂しい気もしています。

桜井 隠田君は、仕事としては勿論だけど、趣味みたいなところもありますからね(笑)。

隠田 そんなことはないですよ、好きは好きですけど(笑)。私としては、さっきも申し上げた“責任”というものを強く感じていて、誰かに振ってしまうことができないんです。しかも今回はオリジナルネガから起こし直す、それもスキャニングからというのは初めてだったんです。

――ということは、これまでのパッケージではネガを使っていなかったんですか?

隠田 HD版までは、オリジナルネガからローコントラストポジフィルムを起こして、それをスキャンしていました。そうすることで、カラーを乗せやすくするとか、後のグレーディングをやりやすくすると言う狙いがあったんです。

 しかし今回は4Kなので、ネガからスキャンするしかないだろうと。ネガスキャンなら元の情報量が何倍もありますから、アレンジの方法が何倍にも広がるわけです。その意味では、何かチャレンジングなことをしようと思ったら、色々なことが可能です。

 でも、いざ新しいことをしようと思うと、誰がその責任を取り、仕上げの面倒を誰がみるのか? ということになります。今回も、ファンの方には相当厳しいご意見を頂く可能性があると思いながらやっていますし、それは周りのフタッフも同じ気持ちです。

――私の周りで4Kチューナーやレコーダーを入手して4K版『ウルトラQ』を観ている人は、みんなとても喜んでいますよ。当時のイメージをしっかり残しつつ、でも最近の50〜60インチテレビで見ても充分満足できる仕上がりだと思います。

桜井 褒めてもらえた。よかったね(笑)。

隠田 そういっていただけるだけで、涙が出そうです。モノクロ作品のグレーディングは本当に難しいですし、さらにネガからスキャンするとなると、ゼロからやり直すようなものですから。

※その3(5月22日公開)に続く (まとめ・StereoSound ONLINE 泉 哲也)

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●発行日:毎月15日更新
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画像: ©TSUBURAYA PRODUCTIONS CO., LTD.

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