NHK BS4Kで毎週水曜に放送されている連続ドラマが見逃せない。特に40代後半〜50代のオーディオビジュアルファンの中には、『ウルトラQ』や『刑事コロンボ』のために4K受信システムを構築した人も多いはずだ。今回はそんな日本特撮の歴史的名作がいかにして4Kレストアされたのか、円谷プロにうかがってお話を聞いた。対応いただいたのは円谷プロダクション・製作本部エグゼクティブマネージャー隠田雅浩さんと、『ウルトラQ』江戸川由利子役の桜井浩子さんのおふたり。インタビュアーは『ウルトラQ』ファン代表として竹之内円さんにお願いした。(編集部)
――NHK BS4Kで放送されている『ウルトラQ』の画質が素晴らしいですね。2011年のBSプレミアムでのHD(ハイビジョン)放送やその後のカラライズ版も拝見してきましたが、今回の4K版はやっぱり次元が違います。
そこで今回は、円谷プロダクションさんにお邪魔して、4K版『ウルトラQ』制作についてお話をうかがいたいと思います。
隠田 今回の4K『ウルトラQ』で制作統括を担当した、円谷プロの隠田です。お褒めいただき、ありがとうございます。
――隠田さんはBS4Kドキュメンタリー番組の『誰も見たことがない“ウルトラQ”』にも出演されていましたね。
隠田 あの時はまさに4Kグレーディングの方針が決まった、貴重な日でした。桜井さんもあの場所に居てくれましたし。
桜井 私は気になったことをお話しただけですよ。今日も4Kの技術的なことは隠田君にお任せしますから、よろしくお願いしますね(笑)。
竹之内 まさにキーマンおふたりのお話を聞けると言うことで、とても楽しみです。まずは今回、BS4Kで本作がオンエアされることになったきっかけから教えてください。
隠田 そもそもはNHKさんからお話をいただき、フィルムメディアで、しかもモノクロの作品をよくぞ選んでくださいました、という気持ちでした。
竹之内 とおっしゃいますと、やはりモノクロ作品の4K化は難しいということでしょうか?
隠田 そういうわけではないんですよ。情報量や解像度という意味では、撮り下ろしの、現在、撮影現場で使用されているような4Kカメラで撮ったものが望まれるのではないかと考えていたんです。しかし今回は、過去のフィルム資産で、しかもモノクロ作品が選ばれました。じゃあそこにどんな意味があるのか? を考えたんです。
その答えのひとつがHDR(ハイ・ダイナミックレンジ)でした。モノクロですから、輝度情報しかない。でも、だからこそオンエアでのHDRの効果は一目瞭然になります。もちろんカラー作品はさらに情報量が多いのでさらに多くのことが示せますが、逆に言うとモノクロ表現の中でHDRで何ができるのか? は、凄くチャレンジングな領域だと思ったんです。
――確かに、現在放送されているHDR番組は4Kカメラで撮ったものが中心のように思います。
隠田 もうひとつ、『ウルトラQ』が選ばれた理由としては、50年以上前に作られた、当時のその中身、作品そのものに価値があるからだと思います。自社作品のことをこんな風にいうのはなんですが(笑)。
竹之内 確かに円谷プロの作品は、どれも4Kで観たいというファンは多いでしょう。それだけ作品として求められていますし。
隠田 ありがたいことです。ただ、私自身も子供の頃にテレビで観ていた世代として言うと、原版に手をつけるというのは、凄く怖かったですね。フィルムの扱いという物理的な怖さがひとつありますし、もうひとつテクニカルな怖さもあります。
――テクニカルな怖さというと、どんなことだったのでしょう?
隠田 円谷プロの作品は、ストーリーももちろんですが、演じている方々、写っているもの、造形や美術などのすべてを、総合的に融合させた映像としてご家庭に送り届けてきました。
当時はテレビもブラウン管ですし、視聴環境や家庭で起きていることなども、いま現在とはすべて違います。そんな環境で『ウルトラQ』をご覧いただいていたわけです。それらをひっくるめて、今の時代に、4Kという新しいメディアに置き換えてもう一度届けるということの重み、重責感がとにかく強かったですね。
竹之内 単純に今の技術で新しくするのではなく、作品が持つ時代背景まで含めて、リマスターしようということですか。それは深いテーマですね。
隠田 私は『ウルトラQ』のHD版やカラライズ版も担当していますが、その時も作品に対する畏敬の念が強く、簡単には手がつけられないなと感じていました。やるからには全責任を背負ってやるんだという覚悟が必要でしたね。
こういったことは、本来は撮影監督にやってもらうべきことですし、映像業界においてはそれ以外の立場の人がやるのはタブーだと思っています。ただ、いかんせん半世紀以上前の作品だということと、テレビシリーズなので誰かひとりに任せられるものでもありません。
結局は円谷プロが会社として責任を持って、どんな4K作品として届けていくのか、というマインドでやるしかないだろうという思いから、私が担当しました。
これを世の中に出したときに、アンチテーゼを投げられる方もいっぱいいると思います。そもそも4K化なんてやるべきではないという意見もあるでしょう。特に『ウルトラQ』のような原点に近い作品、円谷プロの初期の作品については、そういった思いが常について回っています。
竹之内 しかし一方で、ファンとして上質な画像で『ウルトラQ』を観たいという人も多いはずです。今日ここにも2人いますからね(笑)。
隠田 そう言ってもらえると安心します。
――放送マスターとしては、今回新しく作り直しているのですよね。その際にも今おっしゃったようなことまで考えていたのですか?
隠田 先達の皆さん、特に当時制作に関わった撮影スタッフの考えがどうだったのかは悩みました。円谷プロとしては、これまでにも様々な記録メディアの変遷に応じたマスターが残っています。『ウルトラQ』でいえば、16mmの縮小フィルムからテレシネした素材や、1インチテープ、ベーカムなどです。これらは、当時の先達がその時の最善を考えて作られていると思いますので、4K化の際にも、それらやHD用マスターを参照しながら絵を整えるということをやっています。
竹之内 その流れで順調に進んだのですか?
隠田 今回のテレシネやカラーグレーディング(色補正)は東映ラボ・テックさんにお願いしていますが、最初に作ってもらった4K/HDRマスターを観たときに、違和感があったんです。その時に感じたのは、解像度というよりも、HDRによる従来的な映像との見え方の差が大きいということでした。
HDRを採用するということは、ダイナミックレンジがこれまでとまったく違う表現ができるということです。だから従来のマスター(SDR)と印象が違って当然でしょう。しかし『ウルトラQ』はもともとテレビの番組として放送していたものがオリジナルなので、フィルムがオリジナルというのも、違うと思うんです。
オリジナルネガが持つフィルムでいうラチチュード、カーブ特性は、当時のテレビではスペック的に表現しきれなかった。それを踏まえて画づくりされているはずですが、今ではそれがクリアされています。それをどう捉えるかが、今回の4K/HDR化のポイントでした。
そこで、桜井さんを始め当時の監督や技術の方々をお呼びして、いろいろな意見を聞いてみたいと思ったのです。その様子を4Kの特番『だれも見たことがない”ウルトラQ”』でも紹介していただきました。
――番組の中では、飯島敏宏監督や桜井さんから、画面が明るくなりすぎているといった指摘がありましたが。
隠田 結果的には私が持っていた懸念と、皆さんがおっしゃっていたことは一致していました。番組では対立軸のように受け取られる印象もありまましたが、実は自分の思いを皆さんと意見交換しながら、追認している作業も多かったのです。
例えば以前カラライズ化したときに、第9話「クモ男爵」をどう表現するかもたいへん難儀しました。本編では、館の中に入っていく、踏み入れる時のドキドキ感を含めてモノクロの中で語られています。それをカラー化すると、情報量が一気に増えるんです。そうすると扉を開けて館に入った瞬間のミステリー感がなくなっちゃったんです。
技術として、カラー化やHD化をしたら当時見えなかったものが出てくるわけで、それは意味があると思うのです。しかし作品のミステリー感までなくしてはいけない。カラライズ化の時もそこで自問自答して、結果的には情報を必要以上には見えなくしました。
――カラーの効果を抑えたということでしょうか?
隠田 色味もそうですし、暗部表現の調整もして、扉を開けるときも視聴者の視点に立って、知らないところに入っていく緊張感をグレーディングに反映させたという感じですね。
ここに何かが潜んでいるかもしれないとか、一体誰が住んでいるんだろう?といったこと、それは役者の方々が当時演じていた心理だろうし、そんな演出があったんじゃないかと想像していくわけです。
誰が住んでいるかわからない館に迷い込んだ不安感を画面に演出するときに、どんなライティングをしていたのか、レンズの絞りはどうだったのか、パンニングするにしても見えないところから見えるところに徐々に移動していくんだろうとか、自分で撮影現場の様子を推測するように努力をしていました。
竹之内 当時の演出意図を映像から読み解いていったわけですね。
隠田 そうなります。実は先ほどの4K試写会で、そんな悩みがあるんですと皆さんに相談したら、中野稔さん(光学撮影技師)が同じ思いを語られて、「それでいいんじゃない」というお言葉をいただきました。
ただし、メディアや技術が進化していくときに、往々にして本来の演出意図や作品の意図を超えてしまうことがあります。それは本質的には正しい姿ではないんじゃないかということは指摘していただきました。
その意味で、4K試写をご覧いただいた飯島監督や中野さん、稲垣涌三さん(撮影技師)も、当初の4K映像が当時の思いを表現できているかについては、違和感があったそうです。
――それが、隠田さんの思いと皆さんの感想が一致したポイントだったわけですね。
隠田 それがわかったことは、プロジェクトを進めていく上での判断の拠り所になりましたし、4K化に対してひとつの指針が立てられました。皆さんに背中を押してもらえたのがあの日だったんです。
当初はHDRを初めて円谷プロのコンテンツで採用するのであれば、より技術をアピールするべきではないのかという声もありました。それは何かというと、より見えるようにする、より明るくする、という方向でした。
しかし試写会での皆さんの指摘を踏まえて、それだけではないと考えるようになったんです。HDRではダイナミックレンジの高輝度の改善が取り沙汰されることが多いと思うんですが、それも大切だとは思いつつ、逆に黒の表現を極めようと考えました。
『ウルトラQ』はもともとミステリー、SF志向の作風です。その中で陰影の“陰”の部分は絵を構成するうえで凄く大事になっていると思っています。HDRで全体に明るくなりすぎたために、絵が醸し出す雰囲気が違う方向になってしまうのは避けようと思ったわけです。
具体的には、画面の中で黒が締めている部分の情報量を増やしてみようと考えました。そこで、グレーダーさんにその意図を伝えて、敢えて黒の表現を豊かにするというコンセプトでやっています。
※その2(5月15日公開)に続く (まとめ・StereoSound ONLINE 泉 哲也)
『ULTRAMAN ARCHIVES』プロジェクト ビデオグラム第3弾! 『ウルトラ Q』Episode 14 「東京氷河期」 Blu-ray&DVD セットが、6月19日に発売決定
株式会社円谷プロダクションは同社が進めている、『ULTRAMAN ARCHIVES』プロジェクトの第3弾作品として、“ULTRAMAN ARCHIVES『ウルトラQ』Episode 14「東京氷河期」”のBlu-ray&DVDセットを、6月19日(水)に発売、4月19日(金)より予約受付を開始することになった。
今回のパッケージには、HDリマスターモノクロ版と、2011年にカラーライズされた『総天然色ウルトラQ』を収録。さらに、当時のスタッフ・キャストによる証言や記録、各界識者の評論も収録されている。
また一般販売に先立ち、来る6月15日(土)に、イオンシネマ板橋で開催される『ULTRAMAN ARCHIVES』Premium Theater 第3弾 ウルトラQ「東京氷河期」上映会&スペシャルトークイベント会場にて先行販売を実施。特典として、スペシャルトークゲストの一人・片桐 仁氏のサイン入りビジュアルシートが付いてくるそうだ。
ULTRAMAN ARCHIVES『ウルトラQ』Episode 14「東京氷河期」Blu-ray&DVD
●発売日:2019年6月19日(水)
●予約受付開始日:2019年4月19日(金)※一部店舗では予約受付開始日が異なる場合があり
●価格:¥4,800(税別)
●品番:PCXE-50892
●発売元:円谷プロダクション●販売元:ポニーキャニオン
●収録内容:本編(カラー・モノクロ)およびプレミアムトーク
●仕様:Blu-ray&DVDセット商品 ※Blu-rayとDVDには同一内容を収録致します。
<本編仕様>
Blu-ray ●本編:25分/COLOR・MONO/4:3(1080p)/リニアPCM(ステレオ・モノラル)
●特典:Premium Talk 60分(予定)/COLOR/16:9(1080i)/リニアPCM(ステレオ)
DVD ●本編:25分/COLOR・MONO/MPEG-2/ドルビーデジタル(ステレオ・モノラル)
●特典:Premium Talk 60分(予定)/COLOR/MPEG-2/ドルビーデジタル(ステレオ)