現在発売中のHiVi9月号で、『劇場版 あしたのジョー2』のUHD Blu-rayに関する堀切日出晴さんのインプレッションを紹介している。その完成度に驚いた、堀切さんから本UHD Blu-rayの制作陣にインタビューしたいとのリクエストがあり、20世紀フォックス、トムス、東映ラボ・テックの3社の皆さんにお話を伺うことができた。ここでは前編に続いて、誌面に入りきれなかったインタビューの全貌を公開する。(編集部)

堀切 ここまでは、『劇場版 あしたのジョー2』のスキャニングやパラ消しに関するお話をうかがいました。驚いたことに、パナ消しや粒状性の処理などに関しては、SDRの4Kマスターとして作業が進んでいたんですね。

木田 この時点ではパッケージの予定もありませんでしたので、あくまでもアーカイブ用4K/SDRマスターとして仕上げていただきました。

堀切 ここからフォックスさんと具体的なパッケージの話になったと。

神田 正確には、トムスさんが『あしたのジョー2』を含めていくつかの作品の4Kマスターを作られていました。それについて弊社が発売したいと手を挙げて、選んでいただいたということになります。

 その後、UHDブルーレイを出す前提として、こうしたクォリティにしたいとか、こういった特典、ブックレットを付けたいといった細かな仕様に関する希望を出させていただいています。

堀切 フォックスさんとしてはUHDブルーレイで出すならHDRという希望もお持ちだったんですか?

神田 そうです。弊社はアメリカ本社の方式として、UHDブルーレイに関してはHDRでしか出さないということが決まっていました。

堀切 ということは、この段階でHDRマスターが必要になったわけですね。

木田 そうです。SDRでマスターは出来ましたが、ディスクはHDRで出さなくてはならない。どうしよう? という状態でした。一番苦労したのが、HDRをどれくらい効かせるかでしたね。絵の具で描かれた作品で、しかも演出にも関わることなので、どうしたものかと。

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堀切 当時のスタッフの監修を受けるといったことはあったんですか?

木田 いえ、社内の制作の経験者などに確認してはもらいましたが、『あしたのジョー2』のスタッフの方に観てもらったことはありません。

堀切 ちなみにHDRグレーディング時のモニターは何をお使いだったんでしょうか?

椎原 ソニーの業務用有機ELモニター「BVM-X300」です。

堀切 モニターと家庭用の大画面テレビで見比べたりもしたんですか?

椎原 トムスさんに確認をしていただくときは、55インチのHDR対応液晶テレビを使っています。

堀切 この作品は出﨑監督独得の光の演出が魅力だと思うんですが、あの透過光や入射光を見事に再現できているなぁと感心しました。SDRからの作り直しでは、ハーモニー(止め絵)の黒が浮いたり、色合いが変わってしまったりすると思うんです。

椎原 あれはマスキング処理のおかげです。

堀切 HDR用にマスキングデータを作ったんですか?

椎原 はい。この作品はマスキングがないと無理でした。

堀切 15分〜の葉子とロバートの会話シーンの入射光やバックに見える波の輝き、1時間24分〜のホセ戦のリング上の入射光など、確かにマスクがないと不可能でしょう。でもこれはたいへんな作業ですね。

椎原 SDRで仕上げたマスターの輝度を上げてHDR的にできないかを試したんですが、それだと目が疲れますし、せっかくのHDRなら効果的に使った方がいいだろうということになりました。

堀切 ということは、シーンに応じてマスキングデータを使ったり、全体に輝度を高めたりといった具合に作業を分けているんですね。

椎原 おっしゃる通りです。

木田 HDR効果に関しては、かなりメリハリを付けていると思います。

堀切 HDRグレーディングにはどれくらい時間がかかったんでしょうか?

木田 2017年5月頃からですから、半年間くらいでしょうか。

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堀切 出﨑監督の作品にはHDR的なシーンが多いから、それくらいかかりますよね。さて、今回のディスクを調べてみたら、ピーク輝度が990nits、平均でも370nits前後まであって、かなり高めでした。

椎原 そうですね。ディスクとしては高めかもしれません。その意味ではかなりトライしています。

堀切 34分〜のカーロスの目は怖いくらいでした(笑)。

椎原 そうでしたか(笑)。あそこはやりすぎかなぁと思ったりもしたんですが……。

堀切 HDRになるとフィルムとも違う絵になるし、本当にトライアルしかないですね。しかし仕上がったUHDブルーレイを観る限り、ハーモニーのタッチは背景画にちゃんと色が付いていて、その上に乗ってくる線も破綻していません。

 さらに55インチや65インチ画面で観ていると、線画のタッチが本当に素晴らしいですよね。セルに滲んだような影も出てきていて、アニメファンはこれを観たら感動でうち震えるんじゃないかと思いました。HDRで白のピークが上がっている分、黒側の再現もよくなっているように感じます。

椎原 ありがとうございます。

堀切 実はこのディスクを初めて見たときに、奥行を感じたんです。立体感というか、空間性があった。また暗部の色づきも素晴らしいと思いました。このあたりの再現性はどのように追い込んだのでしょうか?

椎原 オリジナルフィルムを尊重し、特に加工はしていません。私達もアニメ作品を4Kでスキャンするのは初めてだったので、心配していたんです。でもアリスキャンを使ったこともあり、スキャンした段階でも暗部のぎりぎりの階調まで再現できていました。

堀切 白ピークに関しても、ネガの白はデジタルよりも伸びやかさがあるように思っています。そういったところがUHDブルーレイではきちんと再現できていますね。旧作の『あしたのジョー2』を観ているのに、発見が多いんです。これは正解だったと思います。もちろんやりすぎたら拒否反応があるとは思いますが。

椎原 そこについては何度もテストを繰り返して、木田さんにもチェックしてもらいました。

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堀切 一番苦労した色再現というと、どのあたりでしょう?

木田 アニメーションのオリジナルの色は何が正しいのかという点もよく議論するんですが、ひじょうに難しいテーマです。弊社としてはある程度はラボさんが上げてきてくれたものに準じています。

椎原 『あしたのジョー2』は淡い色が多く使われているんですが、これは再現が難しいんです。UHDブルーレイではその部分の階調も豊かになっていますし、今回は光の鮮やかさの方にも注力しています。

堀切 UHDブルーレイになって、10ビット階調で再現出来るようになったわけですが、その効果が分かるシーンはどこでしょうか?

木田 やはり透過光が一番顕著でしょう。HDRとしてもとてもわかりやすい分部でもあります。

堀切 技術的な部分は抜きにして、皆さん本作のどのシーンが一番好きでしたか?

神田 僕は瞳の表現でした。これまでアニメ作品でそんな事を気にしていなかったんですが、『あしたのジョー2』を55インチや65インチで観て、アニメーターさんが目に力を入れて描いていることが分かりました。

 黒だけじゃなく様々な色を、しかも微妙な階調で描いていたりして、ここまでこだわっているんだということが、4K/HDRの大画面というこの時代の、このスペックで実感できました。

菅原 私は水面の表現ですね。葉子がロバートに会いに行ったシーンの波の光を初めて4K/HDRで見た時に、“何これ!”と驚きました。公開当時どれくらいこの美しさが再現出来ていたのかと思ったんです。

 私は今回プロダクトマネージメントを担当するに当たって、ブルーレイ版も繰り返し観ていたんですが、HDRになった時の違いには本当に感動しました。

堀切 『あしたのジョー2』はアニメとは思えないような効果を沢山つかっていますが、それが4K/HDRという味方を得て、いい方向に広がっているように思っています。

 46分からのパーティシーンでも、画面中央のホセとジョーを際立たせるために、画面周辺に薄い紫のフィルターをかけていますよね。SDRではここまでの階調感を再現できなかったのではないでしょうか。

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堀切 椎原さんのお気に入りシーンはどこでしたか?

椎原 菅原さんと同じ波のシーンだったんですが、先に言われてしまいました(笑)。

堀切 あそこはやっぱり苦労しましたか?

椎原 はい。HDRとしての光の強さも色々なパターンを試しています。ディスクに収録したものよりももっと明るいバージョンも試したんですが、それは眩しすぎるということで、今の明るさに落ち着きました。

堀切 僕がこの作品で大好きなのは、暗色の効果でもあります。これもSDRでは絶対出てこない効果ですよね。

 ちなみに鷲澤さんは今回は何を担当されたのでしょうか?

鷲澤 私は営業なので、ライセンス的な業務が中心でした。もちろん木田と一緒にチェックにも立ち会っています。

 気に入ったシーンというか、UHDブルーレイでは粒状性がなくなったこともあり、作品全体として昔の『あしたのジョー2』ではなくなりましたね。最初に見た時は古さも感じたんですが、4K/HDRになってからは、現代の作品と言ってもいいでしょう。営業的には“新しいメディアになった”と思いました。

椎原 グレーディング担当者とも話をしましたが、今回はオリジナルのセル画の質感を活かしつつ、HDRという今ある技術を使って仕上げたらディスプレイ上でどんな風に見えるかという点を考慮して作業を進めたそうです。今まで観たことのない映像をユーザーの方に届けたいという点にも気を遣いましたと言っていました。

堀切 おっしゃる通りですね。本作の制作当時にHDRという技術があったら、出﨑監督がこんな『あしたのジョー2』を作ったかもしれないわけです。これはパッケージソフトの役割として、きわめて重要です。

 では最後に、木田さんのお気に入りシーンも教えてください。

木田 特定のシーンではありませんが、HDRに関しては無理に狙ったわけではないけれど、うまくハマったかなという印象です。当初はアニメーションがHDRに向いているのかとか、演出をいじっていいのかといった意見もありましたが、結果的にうまくいったのではないかと考えています。

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堀切 実際に購入したユーザーの声はいかがでしょうか?

菅原 アニメの4Kはまだタイトルが少なく、作品としてもUHDブルーレイを買っている層にまだまだ届いてないのではないかと感じています。その意味では『あしたのジョー2』は4Kを気にしている人が選んでくれる作品としてぴったりではないかと考えていました。

 そこで今回は、ディスクの発売前にユーザーを招いて試写会も開催しました。このクォリティを事前に誰にも観てもらえないのが、勿体ないと思ったからです。

 すると、2回の試写で80名近い方が参加してくれました。参加者の中で4Kを体験したことがあるのは1名だけ。でもその人たちの感想の多くは、作品内容ではなく4Kの素晴らしさについてだったんです。これは驚きました。その後これをきっかけに4Kテレビを買ったという人もいたんです。

 つまりマイ・ファースト4Kが『あしたのジョー2』で、そのきっかけが作れたということがひじょうに誇らしかったですね。嬉しい事にこのUHDブルーレイは今でもじわじわと売れています。

 私の夢としては、お父さんが子供と一緒に楽しめるような、後世に残るパッケージになっていって欲しいと思います。お父さんが当時の話をしてもいいし、今のアニメとの違いを語りあってもいい。そうやって映画を楽しんでもらいたいですね。

堀切 『あしたのジョー2』は映画も面白いけれど、UHDブルーレイとしてもひじょうに完成度が高い、素晴らしい作品になったと思います。

 ユーザーはこのUHDブルーレイを自宅で様々な環境でご覧になると思いますが、今のような作り手の想いや狙いを知っているかどうかで、感じられることは大きく違うはずです。このUHDブルーレイには、とても大切な想いがこめられているわけですから、ぜひ多くの人に観てもらい、それを感じて欲しいですね。

菅原 はい、ぜひ!

画像6: ファン必読の、『劇場版 あしたのジョー2』UHD Blu-ray制作者インタビュー。月刊HiVi9月号に入り切れなかった全文を公開(後)

『劇場版 あしたのジョー2<4K ULTRA HD>』
(フォックスFXHB-90049)¥7,800+税
●1981年日本作品●1枚組(本編)●片面2層(66Gバイト)●本編110分●カラー(16:9/ビスタ)●映像圧縮方式:HEVC●収録音声:リニアPCM2.0ch(96kHz)※特製ブックレット(24p)封入(C)高森朝雄・ちばてつや/講談社・TMS (C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

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