ステレオ録音初期の作品とは思えない、スケールの大きなサウンドが魅力
オーディオ評論家が名盤の名盤たる所以とともに、聴きどころを紹介するリレーコラム『名盤見聴録』。記念すべき第1回目は、山本浩司さんによる『ワーグナー:楽劇《ラインの黄金》~ニーベルングの指環 序夜』をお届けします。(Stereo Sound ONLINE 編集部)
ワーグナー:楽劇《ラインの黄金》~ニーベルングの指環 序夜
著者名/演奏者名:サー・ゲオルグ・ショルティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
型番:SSHRS-017~018
メディア:SACD(シングルレイヤー)2枚組
¥14,040(税込)
※完全限定生産。在庫僅少に付き、気になる方はお早めに⇒Stereo Sound STORE
オーディオ的スリルを味わわせてくれる超名録音盤
若いころはクラシック音楽が苦手だった。幼少期に無理やり母親にヴァイオリン教室に通わされた苦痛や中学時代の音楽教師の高圧的な振る舞いがトラウマとなり、ぼくはただひたすら「ロール・オーバー・ベートーヴェン(チャック・ベリー)」な青春を送っていたのである。
しかし、大人になってオーディオへの興味が高まり、ぼくはクラシック音楽の面白さに目覚める。なぜか? サウンドステージの「発見」によってである。
がんばって購入した英国製小型高性能スピーカーを自室で注意深くセッティングし、ステレオサウンド誌で紹介される名録音盤を再生してみる。すると、確かに眼前に置かれたL/Rスピーカーの内側、外側に広大なサウンドステージを伴って巨大なオーケストラが出現することを発見し、「視るように聴く」面白さに夢中になっていくのである。
そんなオーディオ的スリルを味わわせてくれる名録音盤の復刻に昨今ステレオサウンド社は熱心だが、そのなかでも超名録音盤としてお勧めしたいのが、ショルティ指揮ウィーン・フィルによる『ワーグナー:楽劇《ラインの黄金》~』のシングルレイヤーSACDだ(CD専用機では再生できないのでご注意を)。
リアルなサウンドステージを構築するステレオ再生のマジックを実感
ステレオLPが世界(もちろん我が国でも)で初めて発売された1958年(なんと60年前!)に録音された本作は、クラシック音楽録音の名門デッカが手がけた北欧神話に材を採ったワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』4部作の序夜に当たるもの。それを当時の名歌手を数多く集め、ウィーンのゾフィエンザールで観客を入れないセッション・レコーディングが敢行されている。
“楽劇”ってオペラってこと? と思われたアナタ、はいその通り。もう少し詳しく言うとワーグナーが始めたオペラの形式のひとつで、彼とその後継者の作品をこう呼ぶ。本作はセッション録音だが、オーケストラピットの上のステージに歌手がいる劇場に近いセットを作り、作品のイメージを忠実に再現しようとした。
スピーカーを通して眼前に繰り広げられるウィーン・フィルと各歌手たちのスリリングなやりとり、そのスケールの大きなサウンドには感嘆の声をあげるしかない。ステレオ空間にソプラノが、テノールが、バスが、指し示すことができるほどクリアーに佇立する面白さ。しかも各歌手が動き回る姿が薄気味悪いほど生々しく再現されるのだ。 2本のスピーカーがリアルなサウンドステージを構築するステレオ再生のマジックをこれほど生々しく実感させてくれるディスクはほんとうに珍しい。
本SACDには、嶋護(しま もり)さんのすばらしい解説文が添付されているが、それによると、本作で使われているミキサーはハンドメイドの6チャンネル・タイプで、それに3チャンネルをアウトボードで追加し、1チャンネルのパンポッド回路を加えただけというたいへんシンプルな構成だったという。マイクインプットの少なさから様々な特殊効果は、ほぼ録音現場でアコースティックな処理によらざるを得なかったが、録音エンジニアは創意工夫を凝らして、ワーグナーの音楽ならではのスペクタキュラーなサウンドを生み出しているわけだ。冒頭のオシレーターの正弦波を低弦楽器にミックスして、独特の揺らぎを生成しているところなど、そのアイディアの面白さに瞠目させられる。
また、このSACDに用いられたマスターは、1970年代初頭に英国デッカ本社から日本での発売元であるキングレコードに供給されたセイフティ・マスターテープ、つまりオリジナル・マスターテープから1対1でダビングされたもので、このテープを用いてデジタル音源化されるのは、初めてのことだそうだ。60年前の録音ながら、昨日録ったばかり? と思わせる本作のフレッシュなサウンドは、このテープを用いたことも大きいのだろう。
まあ何はともあれ、このSACDならではのダイナミックなサウンドをぜひ多くの方にご体験いただきたい。L/Rスピーカーの距離を十分に取り、正三角形の頂点の位置をリスニング・ポイントとする正しいステレオ・セッティングが実践できれば、「視るように聴く」オーディオの面白さを誰もが実感できるはずだ。