伝説の英国首相チャーチルを熱演
ゲイリー・オールドマンが、ついにアカデミー賞主演男優賞を手にした。めでたい!
しかも、受賞作『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』では、英国の名首相チャーチル役を驚異的なそっくりさんぶりで演じた。この受賞に、長年にわたってゲイリーを愛してきたファンはもちろん、彼を尊敬してきた多くの映画人も「ほらね、やっぱり彼はすごいんだよ!」と、さぞや誇らしいことだろう。
えっ、私もかって? ま、まぁね。昔から彼のうまい演技と濃~い存在感には一目も二目も置いてはいたが、正直、熱狂的なファンになるというほどじゃないけど......。
クレイジーな役でファンの心をつかむ
イギリスの舞台で活動していたゲイリーが脚光を浴びたのは、パンクロックのカリスマ、シド・ヴィシャスを演じた『シド・アンド・ナンシー』(86年)。続く『プリック・アップ』(87年)ではゲイの恋人に殺される実在の劇作家ジョー・オートンを鮮烈に。
そして91年の『JFK』ではケネディ大統領の暗殺者とされるリー・ハーヴェイ・オズワルドに扮し、『蜘蛛女』(93年)では狡猾で残忍な悪女の罠に嵌って破滅するダメダメな悪徳警官。そして、この役は『レオン』(94年)へとつながる。代表作ともいえる『レオン』では、究極のサイコな刑事に扮しキレまくった演技を披露して、ファン急増……。
そう、超エキセントリックでクレイジーな悪役ならゲイリーにお・ま・か・せ! というわけだけど、ヤワな私には、そのコッテコテの演技は刺激が強すぎて、「すごい」とは思っても、観終わった後はどうも消化不良のようにゲップが出てしまうのだ。
緊張の初対面は意外な結果に
そんなゲイリーの実物と初めて会ったのは『ロスト・イン・スペース』(98年)での初来日時。「悪役のオファーばかり続いてでうんざり。たまには子供たちが観られる作品に出演したかった」と語る素顔は、意外にも子煩悩で穏やかで、少々面食らった。
しかも息子には「こんな駄作に出ちゃダメだよ」と叱られたエピソードまで披露してくれる気づかい。会うまでは気難しい芸術家肌ではないか? と緊張していたのだが、それも老婆心に終わってすっかりイイ人の印象。
そんなこともあって、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(04年)でハリーの父親的な存在となるシリウス・ブラックを演じることになった時は「ああ、子供のための作品に再チャレンジね」と納得。現に、ロンドンで再会したゲイリーは、以前よりちょっと枯れた雰囲気の、より静かな紳士になっていて「みなさんの推察通り。息子たちのために出演した。今回は、彼らも作品をすごく気に入ってくれて、クラスのヒーローになっているみたいだ。嬉しいよ」とニッコリ。
役作りへのこだわり、なりきりぶりは、ハンパじゃない。『シド・アンド・ナンシー』でジャンキーを演じた時は減量しすぎて救急車に乗った。フランシス・フォード・コッポラ監督の『ドラキュラ』(92年)でドラキュラ伯爵を演じた時には、恋する女性を演じたウィノナ・ライダーに思いあまってディープなキスをして「舌を入れるなんて、サイテー!」と激怒された。
またアカデミー賞主演男優賞候補になった秀作『裏切りのサーカス』(11年)では15ポンド(約7キロ)増量してイギリス秘密情報部の元幹部を熱演している。
聞けば、今回のオスカー受賞作でも、準備に1年をかけてチャーチルのアーカイブ映像やBBCの放送をチェック。本番前には3時間以上も特殊メイクに費やしたそうだ。
そのメイクのワザで、ゲイリーと並んで辻一弘がアカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞したのはご存知の通りだが、彼を指名したのもゲイリー。「(映画界を引退している)あなたが引き受けてくれなければ、僕はこの映画に出ることはできない」と口説いたというから、その慧眼の確かさと、功績は計り知れない。
<Me Too>に乗じて元妻にDVで告発されるが……
先に開催されたゴールデン・グローブ賞で女優たちが黒のドレスを身にまとっていた姿も記憶に新しく、ハーヴェイ・ワインスタインに端を発したセクシャルハラスメントに抗議する<Me Too>運動が巻き起こっている。
それに乗じて、ゲイリーもオスカー候補に名を連ねた時から、1997年に結婚し2001年に離婚した3番目の妻ドーニャ・フィオレンティーノに「結婚生活は悪夢のようだった」と家庭内DVで告発されている。
離婚当時、ゲイリーはDVを全面否定し、ドーニャが薬物とアルコール依存症であり母親にふさわしくないという反論を展開。泥沼裁判の結果2人の息子の親権を獲得している。つまり、その昔の話を蒸し返して、元妻は「ゲイリー・オールドマンは、オスカー受賞者にふさわしくない」と訴えていたのだが、結果は知っての通り。アカデミー協会は、彼にオスカー像を与えた。
確かに、過去には2番目の妻ユマ・サーマンとの離婚原因がゲイリーによるDVだという噂も流れたし、アルコール依存症の治療でリハビリ施設に入所していたこともある。“英雄、色を好む”ではないが、その華麗なる女性遍歴は枚挙にいとまがなく、2017年には『ウィンストン・チャーチル~』のメイクのままプロポーズしたアート・キュレーターのジゼル・シュミットと5度目の結婚している。
全身全霊を懸けて役柄にのめり込む“天才俳優”だからこその狂気と危うさ。そして、脆さと優しさ。それらを併せ持つ男=ゲイリーは女性にはたまらなく魅力的なのだろう。
ちなみに、ゲイリーの受賞直後に息子ガリバーは、母親が主張する家庭内DVは「虚偽です。私が父とずっと生きてきたということが、それ自体がじゅうぶんの証明です」と声明を発表している。
なにはともあれ、現在のゲイリー・オールドマンは、子煩悩で優しい人柄であることだけは、間違いなさそうだ。
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』作品情報
監督:ジョー・ライト
出演:ゲイリー・オールドマン/クリスティン・スコット・トーマス/リリー・ジェームズ
原題:Darkest Hour
2016年/イギリス/99分/シネスコ
配給:トランスフォーマー
3月30日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
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