実際のツアースタッフによる現場サイドの感想をお伺いしながら、レポートします。【(株)M&Hラボラトリー 三村 美照】
GSL
今回のコンサートで最も注目を浴びているのがFOHのスピーカーに採用されたd&bフラッグシップモデルのGSLです。
このモデルの特徴は何と言っても全再生帯域に渡る指向性の制御技術にあります。一般的にスピーカーの指向性は、ホーン形式のスピーカーが受け持つ高音域では上手く制御できますが、それ以下の周波数域では上手く制御できません。サブウーファーのように狭い再生レンジの低音スピーカーではエンドファイヤーやCSA、最近ではベースアレーのような特定の周波数での指向性制御は可能ですが、広い帯域を再生するフルレンジ・ラウドスピーカーの低音域では全く制御出来ていないのが現状です。
この様な状況下で登場したのが、低音域までの全帯域での指向性制御を可能にしたd&bのSLシリーズです。
このスピーカーの特徴を良く表したグラフとしてIsobar(アイソバー)と言うものがあります。(図-1)を見てください。この2つの図は横軸が周波数、縦軸が水平指向角度で、中央が0度(正面)、上が左側の180度、下が右側の180度を表しており、この“180度”とは真後ろのことです。この図の見方としては横方向水平に同じ色になっている部分は同じ指向角度と言うことになります。参考までに、それが高音域まで真っ直ぐに延びていれば定指向性と言うことですね。また上側の図の低域で+180から-180まで同じ色になっている部分がありますが、前述の通り±180度とは真後ろの事ですから前方と後方で同じ色、つまりその周波数域では指向性が無いと言うことを示しています。
さて、同図は上側が従来型のスピーカー(J8)、下側がGSL8です。Jシリーズも非常に優秀なスピーカーですが、125Hz以下を見ると同じ色が上下に広がっており指向性が全く無いことが分かります。一方下側のGSLではその周波数域でも±50°程が確保されており、特に±90°以上の部分(キャビネット後ろ半分)で音圧が大きく低下しているのが分かります。
実際に聞いてみると、客席側では十分な音量が出ているにも関わらずステージ上が非常に静かなことに驚きます。(写真-1)はステージサイドのモニター卓の横で撮った写真で、FOHスピーカーまで7m、右側にあるパーカッションまで6mといったところでしょうか。この位置でもパーカッションのコンガの生音がハッキリ聞こえます!それ程ステージ上での音圧が低いのです!
![画像: (図-1)指向特性を示すIsobar(アイソバー)上側がJ8、下側がGSL8。GSLは低音域まで指向性が制御されていることが分かる。(詳細は本文参照)(図-1)指向特性を示すIsobar(アイソバー)](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/f9fd6caa514fde1b375aa5258febd600bfbbeb47.jpg)
(図-1)指向特性を示すIsobar(アイソバー)上側がJ8、下側がGSL8。GSLは低音域まで指向性が制御されていることが分かる。(詳細は本文参照)(図-1)指向特性を示すIsobar(アイソバー)
![画像: (写真-1)写真を撮った場所はモニター卓の横辺り。この位置でFOHスピーカー(GSL)が本番音量で鳴っていても、右に見えるパーカッションのコンガの生音がハッキリ聞こえていた。それ程ステージ側は静かだった!](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/3b77760659ac4a4af9eeada80955a9ab76c6a443.jpg)
(写真-1)写真を撮った場所はモニター卓の横辺り。この位置でFOHスピーカー(GSL)が本番音量で鳴っていても、右に見えるパーカッションのコンガの生音がハッキリ聞こえていた。それ程ステージ側は静かだった!
GSLの秘密
ここからはGSLの指向性コントロールの秘密を技術的に考察してみたいと思いますが、少し難しいお話になりますので興味の無い方は次項目まで飛ばして下さい。また、d&bからは詳細な数値は公表されておりませんので、以下の説明は、この様に考えると低域まで指向性がコントロール出来るよね!という1つの方法論としてお読み下さい。
GSLで驚くのは、このキャンセリングウーファーを持った3wayのスピーカーをアンプ2chで駆動できることです。一般的に低音域でキャンセリングを行うためにはディレイが必要ですのでその為にアンプの1chを使いますが、GSLではそこに秘密があります。さて、どの様な秘密があるのでしょうか?
![画像: (図-2)GSLカットモデルによる各スピーカー間の寸法。 Midユニットとキャンセリング用ウーファー(SW)が同じ直線上にあることがミソ。(詳細は本文参照)](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/85392d7c050bf02900443f29ef958e3d8c86e774.jpg)
(図-2)GSLカットモデルによる各スピーカー間の寸法。
Midユニットとキャンセリング用ウーファー(SW)が同じ直線上にあることがミソ。(詳細は本文参照)
先ず(図-2A)を見て下さい。これはGSLのカットモデルですが、Midのユニットとキャンセリング用の12インチLFユニット(SW)の位置が一直線に揃っています。読み進むと分かりますが、実はこれが重要なポイントなのです。
次に(図-2B)を見て下さい。このカットビューに寸法を入れてみました。
(A);フロントLF(FW)とMidユニットの直線距離=約0.3m
(B);FWとSWのキャビネットに沿った距離=約0.6m
(C);フロントポートとサイドポートのキャビネットに沿った距離=約0.9m
この条件で、SWをMid-Highと同じアンプで駆動し、FWのみを別アンプで駆動することを考えます。
まず、スピーカーの前方から見た場合、(A)の値からFWに0.3m(0.9msec)のディレイを入れればMidユニットと時間的に整合出来ることが分かります。
次に後ろから見てこのディレイ時間を挿入した時にFWとSWが逆相になる周波数を計算すると、キャビネットに沿った実際の距離(B)=0.6mとディレイによる距離0.3mの合計0.9mが半波長となる周波数ですから190Hz付近と計算されます。ただ、先程のIsobarからはもう少し低い周波数では無いかと思われますので、あと少しこの距離を稼ぐ意味でFWの位相を反転させ、その逆相分(その波長の半分)をディレイで戻してやります。仮にMidのクロスオーバー周波数を200Hzとすると、その波長は1.7mですからその半分の0.85m(≒2.5msec)のディレイを追加して0.9+2.5=3.4msecをFWに掛けます。そうすると反転させたFWとMidは正相で繋がるのと同時にFWとSWの距離差は3.4msec≒1.2mとなり、この距離が半波長(=逆相)となる140Hz付近でキャンセリングが起きます。
一方、このディレイタイム設定をキャビネットの前側から見た場合は、FWに実際の距離0.6mからディレイ分1.2mを引くと-0.6mとなります。これはマイナスの値となっていますのでSWの奥にFWがある事になりますが、この距離差は140Hzでの位相差としては約-90度(=270度)となりますので2つのウーファーの音圧はプラス方向に合成されます(*1)。d&bではGSLの14インチのFWは16.8インチ相当であるとアナウンスされていますが、この合成が理由ですね。つまり、SWは後方ではキャンセリングを行いながら前方へはエネルギーを加算しているのです。
また、これと同じ様な事がバスレフポート間(C)でも発生し、後ろから見るとポート間は1.2m+0.9m=2.1mの距離差があることになりますので、これが半波長となる80Hz付近でキャンセリングが起き、前方では加算される計算になります。(実際には各ポートの共振周波数は異なると思われますので少々複雑な動作になります)
なお、同図でバスレフポートが曲がっているのが分かりますよね。これはポートの共振時にはそこを出入りする非常に強い風が発生するのですが、この風を利用してマグネットやボイスコイルを冷却するための工夫です。
更にもう1つ!FWユニットはキャビネット正面に0.85m離れて2個取り付けられています。と言う事は、正面での音圧が増えるのと同時に、この距離が半波長になる200Hz付近では横方向の音が打ち消されます。従ってこれらを纏めると、GSLの低音域では後方と側方でキャンセリングを発生させつつ前方の音圧を稼ぐことによって指向性を非常に上手くコントロールしているのです。
(*1):120度の位相差までは、2つの同じ音の合成音圧は加算されます。正弦波の場合、0度の時は波高値が2倍になり合成エネルギーとしては4倍になりますので+6dB、以下90度:+3dB、120度:±0dB、180度:-∞、240度:±0dB、270度:+3dB、360度:+6dBとなります。また、周期性の無い音(ピンクノイズや音楽等)の場合は、単純にエネルギー量が合成されることになりますので上記の半分の合成音圧となります。
モニター音量を下げられる
FOHスピーカーのステージ側への回り込み音量が圧倒的に低下したことは、ボーカルや各楽器のマイクへの回り込みが減っただけでは無く、ミュージシャンへのモニター音量、特にインイヤーモニターの音量を低下させる事にも繋がり、各演奏者自身の聴覚保護にも非常に貢献することが期待できます。この辺りのことは、後述のインタビューの中で山本氏や古川氏のコメントからも良く分かります。
![画像: モニター音量を下げられる](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/d61f7c942bc994ffeaa30c6b3719abe3b7879c42.jpg)
![画像: FOHオペレーションブース。メインコンソールはAvid VENUE S6L。一番前(矢印)が音響ブース。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/02/03/e6530ae5fefae55f38bf0e1f5bb0a5870703fa20.jpg)
FOHオペレーションブース。メインコンソールはAvid VENUE S6L。一番前(矢印)が音響ブース。
Array Processing (AP)
近年、スピーカーにおけるデジタル信号処理による制御技術は飛躍的な進歩を遂げていますが、その一つが「最適化(Adaptive)」と呼ばれる技術で、d&bではArray Processing(AP)と呼ばれています。
これは、ある目標値を定め、現状と比較してその違いを計算し、最終的にその値に向けてシステムを制御する技術ですが、自動車に搭載されているACC(Adaptive Clouse Control)もその一つです。これは皆さんもご存知のように「追従走行」の場合、まずボタンを押すと現状の車間距離を覚え、逐次現状とその値を比較し、前方の車が近づけば速度を落とし、また車間距離が空けば速度を上げて目標の車間距離を維持するように車を制御します。
スピーカーに於ける最適化でも、ACCのようなリアルタイム性はありませんが、これと同じ様なことが行われます。d&bの場合、対象のスピーカーはラインアレーになりますが、先ず目標値を設定します。この目標値は「スピーカーが対象とするカバーエリアが何処で、それを〇dB以内の音圧偏差でカバーして、更に目標の周波数特性を±△dB以内で達成する」と言う目標値です。
実際の計算はどの様に行われているかというと、まずカバーエリア内のある受音点に対して各スピーカーモジュールの位相や時間差、EQ等を調整してその目標値になるように各スピーカー用のDSPの値を計算します。しかしこの値はその受音点にしか対応していません。別の受音点では違った状態になっています。そこでその別の受音点での値を再度計算して当て嵌めると今度は元の受音点ではまた違う結果に・・・となるのですが、これでは「あちらを立てればこちらが立たず」状態になり何時まで経っても計算が終わりません。そこで計算結果にある許容範囲(tolerance)を設ける事により計算を収束させます。
ところで今、簡単に「収束させる」と書きましたが、実は前述のカバーエリア内の計算点はAPの場合20cm毎に行っていますので、アレーのモジュール数にもよりますが、もの凄い回数(数億回)の計算が行われており、しかも短時間で結果を導き出さなければなりませんので非常に高度な計算アルゴリズムが用いられています。この様な最適化を行うスピーカーメーカーは数社ありますが、各社ともこの辺りが特許になっています。
また目標値ですが、APの場合、音質優先(グローリー)とパワー優先(パワー)のどちらにプライオリティーを置くかを段階的に選択出来るスライダーがあり、前者は対象エリア内を出来るだけフラットで均一にカバー出来るように、後者は遠方の空気ロスによる高域補正を少なくしてスピーカーに対する負荷を軽減してよりパワーが出せる様な設定になります。このプライオリティーの設定は大空間になるほどその効果を発揮します。更にAPでは音質への影響が大きい温度や湿度の変化に対しても適応が可能で、バンパーには「アレーサイト」と呼ばれる傾斜角度計が設置されているのですが、この機器の付加機能として気温と湿度のリモート計測が可能になっています。
通常、リハと本番ではこれらの状況が変化し、EQ調整以外にこれらの再設定が必要になる場合も多いのですが、d&bシステムではこの再計算結果を送り込む時のDSPデータの切替時間がほんの僅かのギャップで済みますので、本番中でもMC等の時間を利用してその送り込みが可能です。因みに大型アリーナやドームクラスになると、気温変化5℃、湿度変化5%の差は特に高音域でかなりの音質差となって現れますので、コンサート中にこの再計算による補正が複数回行われるのが一般的です。
![画像: FOメインに片側 GSL8×12+GSL12×2](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/b4bea24febe4a4faa9aba3a2180ff29d174681b7.jpg)
FOメインに片側 GSL8×12+GSL12×2
アウトフィルにKSL8×6+KSL12×2
インタビュー
今回ライブの仕込みの合間を縫って、FOH担当の山本孝裕氏(MSI Japan Agency)、システムエンジニアの河本徹氏(TVS)、モニターエンジニアの古川郁也氏(MSI Japan)にお話をお伺いすることが出来ました。各氏ともその経歴をご覧頂くと分かる様に現在のライブシーンを担うトップエンジニアの方々です。(インタビュー内敬称略)
三村:では早速ですが、今回のツアーではMSIさんとして初めてd&bのGSLをFOHに用いられたと言うことで、その辺りに焦点を絞ってお話をお伺いしたいと思います。
先ずFOH担当の山本さんからお話をお伺いしたいと思うのですが、MSIさんはGSL以外にもM社さんやL社さんのハイエンドモデルをお持ちだと思うのですが、それらとの違いはどの様に感じておられますか?
山本:出音的にはどれもSランクだと思っています。L社のスピーカーに関しては語れるほどの経験がないですが、均一性に関しても各社優劣付けがたいです。M社のスピーカーは高域の飛距離に関して右に出るものはいないと思います。
GSLの好きなところは低域のスピード感です。パワーと余裕があって目に見えるような低音を再現できるように感じます。そして中低域の均一性が一番驚かされたポイントです。これはシステムエンジニアの河本さんの腕かもしれません。
三村:今回のコンサートで一番大切になさっているのはどういうところですか?
山本:髭男の楽曲はジャンルも幅広く、音数も多く緻密な構成ですが、Voの聡さんはリズム、コードの提示を非常に大事にされています。主にはドラム、ベース、ピアノ、そしてボーカルを土台として表現したいので中低域が非常に重要ですが、その部分に余裕があって表現できるのがGSLですね。その土台の上でギター、ホーンセクション、パーカッションなどが踊れるような音作りを目指しています。
また、ミックスに関して一番大事にしているのは周波数バランスです。トップボックスをフルレンジで音楽を成立させられるようなミックスを目指しています。
三村:と言うことはトップボックスの下は伸ばしっぱなしですか?
山本:はい。大きい会場ではサブウーハーに頼りすぎると色々な音をマスキングすると思っていて低音過多にならないように意識しています。またお客様はエンジニアが思っているよりも重低音を求めていないと私は感じています。今回もサブウーハーのレベルを下げてGSLの低域をしっかり鳴らすようにしています。逆にスネアドラムやピアノ、ボーカルでもお腹に響くようなミックスを目指しています。一般的なフェスではAカーブで100dB、Cカーブで115dBの基準が多いですが、自分はそこまで差が出ない様にしています。
三村:Cカーブに比べてAカーブは低音域の感度が低いですからね。
河本:今回はCで110dB辺りですね。
三村:レベルは結構気にされているのですか?
山本:マスターのメーターとAカーブは常に監視しています。卓席も毎回違いますし、体調によって聞こえが違うときもあるので習慣化しました。音量感に関してはチームやマネージャーにも都度確認するようにしています。
三村:GSLの特徴である後方のキャンセリング効果は如何ですか?
山本:私がGSLを導入したいと思った一番の理由はキャンセリングに関してです。ライブのステージ上は過酷です。常に照明に照らされ、暑さの中、PAスピーカーからの振動、回り込みの中でパフォーマンスをされています。この先長くライブを続けていく上で、何としても良い環境を作っていきたいという堀江マネージャーの呼びかけでGSL/SL-SUBを選びました。(下記「モニター環境の改善」も参照下さい)
結果は信じられないくらい静かで、シンセベースなどの重低音も気にすることなく攻められます。唯一無二だと思っています。
三村:他社にもプロセッシングしているものはありますが、何かそれらに違いを感じますか?
山本:低域の均一性が優秀だと感じています。横、斜め、後方などムラのなさに驚かされます。また、反射を処理するときにGSLはより細かく調整できると思います。それも河本さんの腕ですかね。
<チューニング・反射音処理>
三村:会場でのチューニングの確認とかはどの様にされているのですか?
山本:河本さんにザッとしたチューニングをして貰って、EQよりも先ず反射の状況やサブの状況を確認して、気になる反射音があればそれを取ってもらって、それから徐々に大きな音にしていくようなやり方をしています。
三村:反射を取るのはどの様にされているのですか?
河本:仮想の壁を作って、APでその壁を反射させないような設定にしてカットアンドトライで消して行きます。更にこのソフトではエリアを3分割して各エリア内の減衰量を個別に決められるので、ベニューを細かくするほど細かな設定が出来ます。
山本:それに関連してですが、幕張メッセや名古屋のスカイエキスポなどの展示場は床がコンクリートで、完全には消えないものの反射の収まり方が他の現場と全く違ったらしく、ライブのプロデューサーはびっくりされていましたね。
三村:M社と比較して如何ですか?
山本:M社のスピーカーの高域の飛距離はやはり凄いです。特に東京ドームの最上階での明瞭度は驚かされます。ただ細かくレベル設定ができず、アリーナの後方やバルコニーの奥への調整が難しいところがありました。以前、河本さんとGSLを使って京セラドームでディレイタワーなしの現場を経験したのですが、APの音量設定をアリーナとスタンドで近いレベルに設定すると強くコンプレッションの掛かったような感じになりました。そこでM社のスピーカーでの経験に習い、音量感を調整すると飛距離も問題なく調整出来ました。ドームでも問題なく運用出来ると思います。また、この時に感じたのはベンチからグランドに入った時の音の近さです。そこはステージから80m位離れたグランド面なのですが、その音の近さに驚きました。他社の機種では、その辺りの音圧が下がることが多いので。
<モニター環境の改善>
三村:次にモニターマンとしての古川さんにお伺いしますが、従来のスピーカーと比べてどの様な印象ですか?
古川:GSLは凄くやり易いですね!ステージ上へのLowの回り込みが極端に少なく500Hz以下のモヤッとした状態がないのでモニターの音が非常に作りやすいです。
三村:モヤッとしたというのはどの様な部分ですか?
古川:従来も同じ様にSubをステージ前に並べて使う時があり、上からも下からもLowが回って来て凄く悩まされてきたのですが、それが極端に減りましたね。
三村:スピーカーが変わったことでメンバーから何か反応はありましたか?
古川:以前はステージの床鳴りが凄くて、シンセベースの曲などでは歌えないので途中で止めて助けを求められたりした事があって、その為にピアノの下の床に鉄板を入れているのですが、今回はその様な事が全く無いですね。
![画像: ステージ前に並べられたSL-GSUB×22台。21インチユニット×3台でドライブするカーディオイドサブ。一番外側が外向きに振られている。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/4583ac224b27288c9b69272cbda75f9d9f640696.jpg)
ステージ前に並べられたSL-GSUB×22台。21インチユニット×3台でドライブするカーディオイドサブ。一番外側が外向きに振られている。
三村:床鳴りが無くなったと言うことですか?
古川:今は一切無いですね。だからメンバーとしても非常にやり易くなっていると思います。
三村:床鳴りの原因はサブでは無かったのですか?
古川:前のシステムで一度サブを切ってみたりしたのですが、FOHからの回り込みの方が多かった時もありましたね。
三村:その時のサブはクロスオーバーさせていたのですか、それともプラスサブでしたか?
古川:どちらも色々と試したのですが、何をやっても同じでした。
三村:その時は結局どうされたのですか?
古川:メンバーからはフロントが犠牲になるなら諦めると言われたのですが、結局歌えないのでフロントを少し犠牲にしました。そう言えば、今回はその様なネガティブな会話が無いですね!(笑)
三村:入力は120ch余りと言うことですが、インイヤーの出力は何ch使用されているのですか?
古川:13chです。入力に関しても、これだけ多いと特にパーカッションなんかはアクリルがあっても回り込みが凄いのですが、今回はそのインプットが邪魔されないのが良いですね。
ラックの上半分はインイヤーシステムPSM1000の送信機P-10T。今回は13波使用している。下半分はHA群。楽器によってHAが細かく使い分けられている。
三村:他にモニターとして従来と変わったことはありますか?
古川:インイヤーのレベルが下がりましたね。今まではステージ上の音圧が凄かったので、それに勝つためには音量を上げるしか無かったので、「もっと!」と言う会話になるのですが、今回はその会話自体が無いですね!
三村:耳にも優しくなったということですね。
古川:上げ過ぎると耳が辛いし上げないと聞こえないというギリギリのところでやっていたのですが、GSLになってからはそんな会話が出てこなくなりました。
山本:コロガシもしっかり聞こえてますよね。彼はたまイヤモニを外す時があるのですが、その時でも大丈夫だと思います。
<ArrayCalc、Array Processing>
三村:他に何か変わったという印象はありますか?
古川:今回のツアーではステージ上にいて会場からの反射の感じがどの会場もあまり変わらない気がします。いつもなら前の会場の福岡マリンメッセと今回の大阪城ホールでは随分感じが変わるのですが、それが今回はより少ない気がします。
三村:それはシステムエンジニア的には如何ですか?
河本:壁の反射を少なくするようにAP(アレープロセッシング)の設定を行っているので、それが上手く行っているのかなと言う感じです。
三村:APをかなりお使いになっている様ですが、実際にお使いになって随分違いますか?
河本:全く違いますね。会場が広くなればなるほどその効果があります。APを使うようになってから自分のやりたいことが出来る様になったかなと言う感じです。特にグローリーとパワーのスライダーがあるのですが、これの使い方がキモだと感じます。(グローリーとパワーは前述のAP説明文参照)
三村:今回はどの様になっているのですか?
河本:より均一に、更にハイも延ばしたいと言うことでグローリー寄りになっています。これの1ステップで随分変わるのですよね。
三村:APを行う前のArrayCalcの方は如何ですか?
河本:ベニュー(会場形状)の入力が少し大変なだけで、それが出来てしまえばアライメントまでやってくれるのでArrayCalc通りに仕込めていれば現場での修正は殆どすることがないです。実際、アライメント等はここで測りなさいと指示が出るのですが、殆どその通りになっています。あとは音を聞いて微調整するだけです。
もしその通りになっていなければベニューの入力が悪い・・・(笑)
三村:そこまで信用されているのですね。
河本:はい。本当に信頼性が高いと思います。
三村:今回のサブはどの様な設定ですか?
河本:少し狭めにしています。今回は90度の設定です。狭くすることでステージ側へのキャンセリングが更に効いていきます。
<温度湿度管理>
三村:温度や湿度に対してはどの様にされているのですか?
山本:河本さんがリアルタイムで対応してくれていて、助かっています。切り替わるときに少し音が途切れますが、曲間で対応してくれています。
河本:はい、本番中対応しています。5℃、5%変わると音が変わりますからね。
山本:去年の秋から冬にかけてのアリーナツアーで11月の末から乾燥してきて、湿度が20%を切る時があって、20%の設定を入れるとアンプにクリップが入るようになりました。
乾燥は喉やパフォーマンスにも影響があるので、サウンド面、環境面から業務用の加湿器の導入を提案し検証させてもらったことがありました。その結果、2月に湿度が40%くらいに上がってアンプのクリップも無くなり凄く音が良くなった事がありましたね。
三村:湿度20%辺りが最も空気の減衰量が大きいですからね。特に高域では。
<仕込み時間>
三村:話しは変わりますが、仕込み易さとかは如何ですか?
河本:かなり仕込み易いです。各モジュールの角度をセットして真っ直ぐな状態で吊り上げ、その後、後ろ側を絞るコンプレッションタイプなので。
三村:仕込み時間も短くて済む?
河本:普通片側1時間ほど掛かりますが、これは両側で1時間で出来ますね。
三村:仕込みが早いとバラシも早い?
河本:メチャ早いです!もう終わったの?って言われます。
三村:アンプラックは如何ですか?
河本:アンプラックも楽です。台数が少ないのと配線がイーサと電源だけなので。
それと、卓から直接アンプに繋がっていて途中に何も入ってないので、これが音の良さに繋がっているのかなとも思います。
三村:今回の電源はどの様な仕様ですか?
河本:3Φ4Wの230Vです。ラックへは5ピンのCeeFormを接続するだけです。
山本:あと、これ重要だと思うのですが、d&bってリギングの方法やアンプラックとかが共通している部分が多いので、シリーズが違っても現地さんに助けてもらう時にも問題ないですし、トラブル対応もしてもらい易いです。
河本:各金具の考え方が一貫しているのでどれも同じように使えますから。
三村:なるほど!
と言うところで時間が来てしまったようです。今回はお仕事中にも関わらず色々と参考になるご意見を有り難うございました。
![画像: ステージ下に設置されたパワーアンプラック。アンプは全部でD80×36台](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/c49756ceceafbac4184deb7a093ef28fa513f4eb.jpg)
ステージ下に設置されたパワーアンプラック。アンプは全部でD80×36台
システム
今回のシステムブロック図を(図-3)に、主要機器機材リストを(表-1)に示します。
![画像: (表-1)](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/da9cf8d4d1c4d63730fb393c5db7565def394e6b.jpg)
(表-1)
![画像: (図-3)今回のシステムブロック図](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/2e902493564e60e830de02b7f69b507f53a8d21f.jpg)
(図-3)今回のシステムブロック図
終わりに
以前、筆者はドイツのシュツトガルトにあるポルシェアリーナで行われたGSLの発表会に呼ばれたことがあり、その時は世界各地から20名ほどの音響関連のジャーナリストが招待されたのですが、デモの最後にステージに上がった時、フロント側では大音量が鳴り響いていたにも関わらず、ステージ上の静けさに全員が声を出して驚いたことを覚えています。その時、「凄いね!」と言うお互いの声が普通に聞こえて更に驚きました!・・・(笑)
インイヤーモニター全盛の中にあって、その音量を下げることを可能にしたGSLは、エンジニアのみならずアーティストにとっても多大なメリットがあると思います。更に、この様なステージ環境やモニター環境の大幅な改善はアーティスト自身のパフォーマンスの向上に繋がり、結果として来場された観客の方々の満足度の向上にも直接反映しますよね。
最後に、今回のライブを見、更にエンジニアの方々のお話を聞くことで、GSLの様なスピーカーが今後のライブサウンドの新しい方向を示しているのでは無いかと強く感じた事をお伝えして、このレポートを終わりたいと思います。
![画像1: LIVE Report:Official髭男dism「Arena Tour 2024 - Rejoice -」at 大阪城ホール with d&b GSL](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/d458a7b809c631be30a38fe34d71b91872c7e883.jpg)
山本孝裕(やまもと たかひろ) / FOHオペレーター
所属:株式会社エムエスアイジャパンエージェンシー。経験年数:13年
現在担当ミュージシャン:back number、Official髭男dism、BE:FIRST、Nissy。
![画像2: LIVE Report:Official髭男dism「Arena Tour 2024 - Rejoice -」at 大阪城ホール with d&b GSL](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/3a68330973478116869dd62bf1aaf7aca3cff427.jpg)
河本徹(かわもと とおる)/ システムエンジニア
2001年 (株)トレジャーアイランド入社
2023年 (株)TVS設立
現在d&b Soundscapeのスペシャリストとして活躍中。
![画像3: LIVE Report:Official髭男dism「Arena Tour 2024 - Rejoice -」at 大阪城ホール with d&b GSL](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/775869ae2db41340e7db0c8d642942e8ee190bb6.jpg)
古川郁也(こがわ ふみや)氏 / モニターオペレーター
所属:株式会社エムエスアイジャパン東京。経験年数:10年
現在担当ミュージシャン:Official髭男dism、Conton Candy。
![画像4: LIVE Report:Official髭男dism「Arena Tour 2024 - Rejoice -」at 大阪城ホール with d&b GSL](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783398/rc/2025/01/31/88b2910bf69c351647298a55677e45f118004e7e.jpg)
ツアークルー(サウンド)
左上から、山口氏、安田氏、北村氏、林氏、下段左から森山氏、システムエンジニア河本氏、FOHオペレーター山本氏、モニターオペレーター古川氏