昨年、満を持して日本に上陸を果たした、オランダ Alcons Audio(アルコンズ・オーディオ)の業務用スピーカー・システム。独創的な設計のリボン・ドライバー『pro-ribbon』が採用された同社のスピーカー・システムは、世界中の名だたるプロフェッショナルから賞賛されており、ツアーリング/ライブPAからホールや教会などの固定設備、さらには映画のダビングステージに至るまで、さまざまな現場で活躍している。ブロードウェイの劇場や著名なコンサート・ホールへの導入例も多く、海外の記事などでAlcons Audioの名前を目にしたことがある読者もきっと多いだろう。ここ日本でも昨年の発売以来、多くの会社がAlcons Audioのスピーカー・システムを導入、現場に投入している。そこで本誌では、ユーザーに話を訊き、その実力にあらためて迫ってみることにした。第2回目となる今回ご登場いただくのは、お馴染みティースペックの橋本敏邦氏と、大阪・枚方のPA会社エスエスピーの後藤誠氏。両社ともマイクロ・サイズのラインアレイであるLR7システムを導入、小~中規模の現場用スピーカーとして活用しているという。

Part 1 ティースペック 橋本敏邦氏

画像1: Alcons Audio 導入レポート Vol.2:ティースペック/エスエスピー【PROSOUND CLOSE-UP】

有限会社ティースペックの橋本敏邦氏。1968年和歌山生まれ。1994年に独立し、1999年有限会社ティースペックを設立。和歌山を拠点としながらも全国ツアーやコンサート、イベント、テレビ、ラジオ公開収録PAなど、多岐にわたる活動を行う。2006年より専門学校の非常勤講師を初め、後進者の育成も行っている。2014年、ネットワークやデジタル・コントロールなどの最新技術の研究・実践などに積極的な取り組みを行い、Live-Deviceの事業名で製品開発販売なども開始。2021年、遠隔セッション配信を中心とした独自プラットフォーム「R-LIVE.Net」を立ち上げ、コロナ禍においても音楽サポートを止めることなく継続している。

Alcons Audioとの出会い

 Alcons Audioについては少し前より気になっていまして、海外では有名なのに、日本に入ってきていないメーカーの一つとして認識していました。実際に音を聴いたのは2018年の『Prolight+Sound』が最初で、PRGのライティング・ショーで使われていました。会場に足を踏み入れて、PRGのショーの規模に度肝を抜かれたのですが、こんな凄いショーでチョイスされているスピーカーは何なのだろうとチェックしてみると、Alcons Audioのフラッグシップ・ラインアレイ、LR28だったのです。そしてショーが始まって、ワクワクしながら音を聴いたのですが、最初の印象は「何だ、普通??」というものでした(笑)。でも、よくよく考えてみたら、あれだけの規模の会場で普通に聴こえるということ自体、凄いことなんじゃないかと。また、ショーを邪魔するような過剰な音ではないのですが、必要にして十分な音圧が出ていて、これはもしかたらもの凄くハイ・レベルなスピーカーなのではないかと思ったのです。

 それで昨年、イースペックさんの試聴会で聴かせていただきました。その時もフランクフルトで聴いた時とまったく同じ印象で、音を誇張せずに「普通に」再生してくれるのが素晴らしいなと。これは従来のPAスピーカーとはまったく違うものだと思い、すぐに導入を決めました。

リボン・ドライバー『pro-ribbon』

 Alcons Audioの一番の魅力は、リボン・ドライバー『pro-ribbon』による高域の自然さです。最初、リボン・ドライバーによって高域が凄く伸びていると思っていたので、HIが主張するようなサウンドなのかなと思ったのですが、実際にはその逆で、おとなしい印象のサウンドなんです。全帯域にわたって誇張がなく、自然でやさしい音質なのです。この音質はリボン・ドライバーによるものなので、他のスピーカーで周波数特性を揃えたとしても、聴こえ方が全然違うと思います。リボン・ドライバーだからこその音質というか。

 それと音の歪み感も無いので、入力した音の歪みがよく分かるんですよ。コンプレッション・ドライバーのスピーカーは、圧縮されるので、明るいキャラクターのいわゆる“PAっぽい音”になるのですが、Alcons Audioではそういった圧縮による歪が付加されない。最近の音楽はプラグインなどで意図的に歪みを足しているものもありますが、それがしっかり分かるスピーカーですね。例えば、Waves LV1でテープ・シミュレーター系のプラグインを使っても、従来のPAスピーカーだと音の変化がよく分からなかったのですが、Alcons Audioだとしっかり分かります。本当に色付けのないスピーカーです。

 Alcons Audioというとリボン・ドライバーが大きなウリになっていますけど、それと同じくらい優秀なのがサブ・ウーファーだと思います。普通のサブ・ウーファーは、“ド”という音を入力すると、“ドーッ”と帯が付きますけど、Alcons Audioは“ド”のまま音がしっかり止まるんです。ダンピング・ファクターが良く、制動力がもの凄くいい。もちろん、“ドーッ”と帯が付いてくれた方が迫力ありますし、PAっぽい音で好きだという方もいらっしゃると思いますが、個人的にはこのキレの良いタイトな低域はとても気に入っています。総じて、高域から低域まで、非常にバランスの取れたスピーカーという印象です。

遠達性/指向性コントロール

 遠達性に関して、カタログなどにはかなり厳しいスペックが書かれていたので、導入前はそれが一番気になっていたポイントなんです。“このクラスでこの距離ってことはないんじゃないの?”と思っていたんですが、実際には、全然問題ありませんでした。他社のラインアレイよりも優れているというぐらいよく飛んでくれる。なぜ厳しいスペックを公表しているのか分かりませんが、数字より良い印象です。

 指向性のコントロール性能も凄く良いですね。ファジーな感じが一切なく、エリア外に出たら、スッと音が無くなる。なので“この間口だったらインフィル要らないんじゃないの?”という現場も、Alcons Audioの場合は絶対にインフィルを用意しないとダメです!嬉しいですが(笑)。

導入したシステム

 弊社ではLR7を10本、12インチサブウーファーのLR7Bを4本、18インチのサブウーファー BF181mkIIを2本と、ポイント・ソースのVR12とVR8を4本ずつという構成で導入しました。実はこの構成で、小規模~中規模の現場まで、すべて対応しようと考えています。PAの仕事は、小規模現場はスタンド・スピーカー、中規模はグランドスタック、それ以上の現場は大型スピーカーをフライングさせたりして対応すると思うのですが、現場の規模に合わせてシステム自体を変えるのが面倒になってきまして(笑)。また、PAの方なら理解してくれると思うのですが、(特に地方では)打ち合わせの時とプランが変わってしまうというのもよくあることなのです。もう少し客席エリアが広くなりましたとか、32chの卓でちょうどよかったのが、急に33ch必要になったとか(笑)。それは凄くストレスを感じることなんですが、クライアントの要望にはできる限り応えたい。それなら小規模現場から中規模の現場まで同じシステムのスピーカーで、数を変えて対応するのが合理的なんじゃないかと思ったのですよ。今後は、VR8から始まって、VR12、少し大きな会場ではLR7と、中規模クラスの現場まではすべてAlcons Audioでやってしまおうという考え方です。現在、コンソールは、ほとんどの現場でWaves LV1なのですが、LV1とAlcons Audioの組み合わせによって、これまでになくシンプルで合理的かつ高品位にPAの仕事がこなせるのではないかと思っています。

 

Part 2 エスエスピー 後藤誠氏

画像2: Alcons Audio 導入レポート Vol.2:ティースペック/エスエスピー【PROSOUND CLOSE-UP】

株式会社エスエスピーの後藤誠氏。1973年大阪生まれ。1998年独立後、個人事業を経て2006年各種コンサートやイベントPA、放送技術提供業務を取扱う株式会社エスエスピーを設立。主に各国の民族音楽、特に和楽器を使った音楽、日本民謡などのPAオペレーションやレコーディングを行う傍ら、地域自治体主催音響講習会の講師を務める

Alcons Audioとの出会い

 Alcons Audioを知ったのは、2年くらい前にイースペックさんにお邪魔したときに、事務所に展示してあったんです。一番コンパクトなラインアレイのLR7が何台か置いてあったと思うんですが、「何ですか、このスピーカー?」と訊ねたら、「今度ウチで扱うんですよ」と。それが最初です。そして昨年、大阪で行われた試聴会にお手伝いで入らせてもらって、だからいきなりオペをする機会を得たんですよね。

 音を聴いた最初の印象は、「これ、ハイ鳴ってるのかな?」というものでした。でも、ピンク・ノイズとかでチェックしてみると、ちゃんと出ている。要はコンプレッション・ドライバーを搭載したスピーカーとは全然鳴り方が違うので、従来の感覚で音を突っ込んでもしっかり鳴ってくれないんですよね。リボン・ドライバーは、とにかく反応がリニアで、小さい音は小さくしか鳴らないですし、音量を上げるとそのままリニアに音が大きくなる。良くも悪くも、入力した音がそのまま出てくるんです。例えが難しいですけど、コンプレッション・ドライバーはコンポに入っているラウドネス・スイッチのような感じで、小さい音でもそれなりにローもハイも出るじゃないですか。しかしAlcons Audioでは、小さい音は小さくしか鳴ってくれないので、コンプレッション・ドライバーってまったくリニアではなかったんだということをあらためて認識しました。

 これまで仕事をしてきて、音をこれだけリニアに再生してくれるスピーカーは、Alcons Audioが初めてですね。スピーカーに限らず、卓でもマイクでも、入力した音は必ず曲がって出てくるので、それを自分で補正するクセが付いている。でもAlcons Audioは本当にフラットでナチュラルなサウンドなので、「こんなに真っ直ぐにキッチリ再生してくるスピーカーがこの世の中にあったんや」と自分的にはかなり衝撃でした。本当にビックリしたので試聴会のときに会社に電話して、「手が空いているスタッフは全員来い」と連絡したくらいです(笑)。

マイクロ・ラインアレイ LR7を導入

 もう一目惚れという感じだったので、試聴会に参加させていただいた時点で導入を決めました。弊社で導入したのは、一番コンパクトなラインアレイのLR7システムで、ハイ・ボックスは6本、水平指向角は120°と90°の2タイプあるんですけど、120°を1本だけ混ぜて。サブ・ウーファーは、標準のシステムですと12インチ・シングルのLR7Bになるんですが、もう少し大きな方がいいなと思い、BF151mkIIという15インチのウーファーを選定しました。

画像: 野外の会場に設置されたLR7システム

野外の会場に設置されたLR7システム

画像: 合わせて導入されたClass-Dパワー・アンプ、ALC Sentinel

合わせて導入されたClass-Dパワー・アンプ、ALC Sentinel

画像: 指向性制御や遠達性も非常に優れているというLR7システム

指向性制御や遠達性も非常に優れているというLR7システム

画像: マイクロ・ラインアレイ LR7を導入

 LR7を導入したのは、コンパクトで一番汎用性が高そうだなと思ったからです。こういうサイズ感のラインアレイって意外とない。軽量なので、女性一人でも余裕で積めますね。6段目は高さ的に厳しいかもしれませんが、5段くらいだったら問題なく積める。セッティングはめちゃくちゃ早く完了します。

 導入後、和楽器のコンサートなどの現場で5~6回は使ったのではないかと思います。音質は本当に素晴らしくて、自分がイメージしていた音がダイレクトに出てフィードバックされるので、本当にやりやすい。マイクをきっちり立てれば、拾った音がそのまま素直に出てくれるので。自分のオペレーションがどんどん覆されていくというか、それがショックでもあると同時に刺激的ですね。今のところポジティブな印象しかありません。

 それとリボン・ドライバーって、指向性制御が凄くしっかりしているんですよ。120°だったら120°、90°だったら90°で、ビシッと音が切れる。なのでハウリング・マージンも高く、ぼくらのようなPAエンジニアではない、普段はレコーディングをやっているようなエンジニアさんでも普通に音づくりができてしまうスピーカーだと思います。遠達性も十分で、他社製の同クラスやワン・サイズ上のものと比べてもまったく遜色ありません。

 本当に代替えが利かないスピーカーで、一度使ったらもう戻れないという印象です。日本でぜひ普及させたいので、早速触れ回ってますよ(笑)。1回聴けばみんな絶対に気に入ると思います。

取材協力:有限会社ティースペック、株式会社エスエスピー、イースペック株式会社

Alcons Audio製品に関する問い合わせ
イースペック株式会社
https://e-spec.co.jp/
Tel:06-6636-0372

 

本記事の掲載号「PROSOUND Vol.226」

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