初のラインアレイとして導入したLR7 システム
東京・江戸川橋のPaddy Field(パディー・フィールド)は、演劇を専門に手がける舞台音響の会社だ。フリーランスの舞台音響として、長らく演劇の世界に関わってきた田中亮大氏が2019年に設立した会社で、現在は女性スタッフと2名体制で様々な現場をこなしているという。
「手がけている仕事の9割は演劇で、あとは朗読劇やダンスが少しあるくらいです。しかし昨年から続くコロナ禍で、なかなか上演できない状況が続いていることもあり、無観客上演用映像の音声処理やMAなども手がけるようになりました。クライアントとなるのは舞台の興行団体、劇団やプロデュース・カンパニーで、演劇の場合は稽古にも付かなければなりませんので、ほとんどの公演は劇場付きの音響さんではなく、我々のような外部の舞台音響家が担当しています」(田中氏)
そんなPaddy Fieldは今年7月、新しいメイン・スピーカーとしてAlcons Audioのラインアレイ、LR SeriesのLR7 システムを導入した。同社にとっては、このLR7 システムが初のラインアレイになるという。
「それまではポイントソースのスピーカーをメインに運用していたのですが、手がける会場の規模感が少しずつ大きくなってきていたこともあり、法人化する直前、2018年くらいからラインアレイの導入を検討し始めました。一般的にラインアレイというと12インチのモデルが主流だと思うのですが、我々が手がけているのは演劇ですので、舞台上で目立たないコンパクトなものがいいなと思ったんです。そしていくつかのメーカーからデモ機をお借りして試してみたところ、コンパクトな6インチのモデルは、フラッグシップ・モデルと比べると音質的に理想のイメージからかけ離れている印象で……。低域に関してはサイズが小さいので仕方ないのですが、高域の伸びがどのメーカーもイマイチで、納得できる音質のものがありませんでした。そんなときにご紹介いただいたのがAlcons AudioのLR Seriesで、『pro-ribbon』というリボン・ドライバーの構造に興味を持ち、これはぜひ試聴してみたいと思ったんです」(田中氏)
田中氏は昨年7月、大阪市立阿倍野区民センターで開催されたAlcons Audioの試聴会に足を運び、LR7 システムを体感。他社のコンパクト・ラインアレイとは異なる高域の伸びと質感に驚いたという。
「その試聴会では、セッティングの問題からかスピーカーが台の上に載っていたので、低域は少し不満が残る感じだったのですが、高域の伸びが本当に素晴らしかったんです。『pro-ribbon』というドライバーの構造によるものなのか、これまで聴いたコンパクト・ラインアレイとはまるで違う高域だなと。6インチくらいのラインアレイですと、大きな音を出せば出すほど耳に痛いサウンドになってしまうのですが、LR7 システムはかなり音量を出しても耳にツンとこないサウンドで。なおかつ音量感や音圧感も十分で、これは本当に素晴らしいなというのがそのときの印象でした。
それで自分の現場でも試してみたいと思い、昨年10月に新宿の紀伊國屋ホールの公演でデモ機を使わせていただいたんです。LR7 システムに加えて、2ウェイ・スピーカーのVR12/90とVR8、計3モデルをお借りして、主にLR7 システムを使用したのですが、大阪の試聴会のときとは違う印象の低域で。会場の鳴り具合もあったと思うのですが、まったく異論がないくらい低域がきれいに伸びていて、高域ももちろん十分。LR7 システムの出音をもの凄く気に入ってしまい、導入を決めました」(田中氏)
音の粒が綺麗に聴こえる自然に音を拡声できる
Paddy Fieldが導入したのは、パッシブ・ネットワークを内蔵したマイクロ・サイズの2ウェイ・ラインアレイ LR7 システムで、6/2対向の構成。4ch仕様のClass-Dパワー・アンプ、ALC Sentinelも合わせて導入され、ステージ・ボックスとはAES/EBUでデジタル接続しているという。
「紀伊國屋ホールで試したときは5/2対向の構成だったのですが、7月に予定していた現場が500人くらいの少し大きめの会場だったので、1本追加して6/2対向の構成で導入しました。ALC Sentinelはコンパクトなだけでなく、AES/EBUで受けられるのがいいですね。ラインアレイを導入したと言っても、システム的には複雑になったどころか、逆にシンプルになったくらいです。また、スピーカーに関しては運搬用にケースも導入しました。ハイエースで運搬するのであればケースは不要だと思うのですが、演劇は大道具や照明機材なども混載して運搬するので、保護用にケースが必要かなと」(田中氏)
Paddy Fieldが導入したAlcons Audio LR7 システム。パッシブ・ネットワークを内蔵したマイクロ・サイズの2ウェイ・ラインアレイ・システム
DSPコントローラーを内蔵した4ch仕様のClass-Dパワー・アンプ、ALC Sentinel
これまで2つの大きな現場で使用したというPaddy FieldのLR7 システム。田中氏は音質はもちろんのこと、その遠達性能や指向性コントロール性能に大変満足していると語る。
「演劇や朗読劇では言葉の明瞭度が重要になりますが、それも凄く良い感じでした。俳優さんのピン・マイクとしてDPA 4061を使用した舞台があったのですが、4061って高域が少し誇張されるマイクだと思うんですけど、とてもフラットなサウンドで。そのまま喋っていただいただけで、EQをしなくても台詞がニュートラルに届くという印象がありましたね。また、ラインアレイはポイントソースと比べると音が前に来るというイメージがあると思うのですが、LR7 システムはこれまでのラインアレイとは違うような音で、いわゆる“ラインアレイくささ”をほとんど感じません。販売元のイースペックさんの指示に従って、低域はローボックスに負担をかけるような使い方をしたのも大きかったのかもしれませんね。80Hz以下とか100Hz以下の帯域は、できるだけローボックスに負担させた方が、個人的に気に入る音質になることが多いです。
遠達性能に関しては、当たり前ですがポイントソースとはまるで違います。これまでポイントソースのスピーカーを使うときは、会場によっては“ディレイ・スピーカーを仕込んでおいた方が良かったかな”と思うことがあったのですが、LR7 システムを使い始めてからはディレイ・スピーカーの必要性を感じたことがありません。仕事が1つ減ったような感じです(笑)。ディレイ・スピーカーを使うと、客席の途中でシュッと音が変わる部分があって、それがとても気になっていたのですが、LR7 システムではそんな心配も無くなりました。LR7 システムを使用した最初の現場は少し広い会場だったので、6/2対向のシステムを持って行ったのですが、遠達性能はもちろんのこと、出力的にもかなり余裕があるなという印象でした。朗読劇のような音楽をガンガンかける必要のない演目であれば、500人よりも大きなキャパの会場にも対応できるかもしれませんね。2番目に使用したのは、舞台上で水や土を使う現場で、導入したての機材を汚してしまうのは嫌だなと思い、そのときは他社のスピーカーと組み合わせて使用したんです。LR7 システムはハイボックスを4発、プロセにのみ使って。でも実際に鳴らしてみると、プロセのLR7 システムだけで十分で、他のスピーカーは必要ないという印象でした」(田中氏)
可搬性/セッティングの容易さも申し分なく、また田中氏は、LR7 システムの無垢なデザインも非常に気に入っているとのことだ。
「私は体が大きいのですが、もう一人のスタッフは小柄な女性で、それもあって12インチの導入は難しいなと思っていたのですが、LR7 システムは女性一人でも頑張ればハイ・ボックスを3ユニット一度に持ち運ぶことができます。サイズが小さいので、筐体にハンドルは付いていないんですけど、グローブを着用すればまったく問題ありませんね。筐体の塗装がしっかりしていることもあり、滑ることなく運搬できます。それと気に入っているのがデザインで、メーカー的に“これで大丈夫なのかな?”と思うくらい主張のない外観なんです。背面にマークは入っているものの、前面にはロゴなどの主張するものが何もなく、黒いグリルがあるだけ。演劇で使う私的にはとてもありがたいデザインですね」(田中氏)
演劇では大道具などと一緒に音響機器が運搬されるため、専用のケースもオーダー
Paddy Fieldのメイン・スピーカーとして活躍するLR7 システム。田中氏は近い将来、18インチのサブ・ウーファーも導入したいと語る。
「Alcons Audioのラインアレイは、ガンガン前に音を押し出すタイプではなく、一つ一つの音の粒が綺麗に聴こえる、自然に音を拡声する目的に適したスピーカーだなと思っています。まさに演劇向きのスピーカーですね。弊社ではLR7 システムを導入しましたが、よりコンパクトなVR5という製品もあるくらいで、他社とは一味違う製品ラインナップも魅力です。音の明瞭度が本当に高いので、クラシック音楽とかにも合うサウンドだと思います」(田中氏)
取材協力:合同会社Paddy Field、イースペック株式会社
Alcons Audio製品に関する問い合わせ
イースペック株式会社
https://e-spec.co.jp/
Tel:06-6636-0372