ライブ配信の新しい可能性を追求できる新しいタイプの施設、BLACKBOX³
─── まずは運営会社のTHECOOについて、簡単にご紹介いただけますか。
平良 弊社は2014年1月に創業した現在8期目のスタートアップになります。もともとはオンライン・マーケティングのコンサルティング会社としてスタートしたのですが、その後YouTuberをはじめとするインフルエンサーのマーケティング業務も手がけるようになり、2017年には現在事業の柱の一つになっている『Fanicon(ファニコン)』を立ち上げました。会員制のファン・コミュニティーである『Fanicon』は、YouTuberや音楽のアーティストが簡単にコミュニティー・ファン・クラブを開設できるプラットフォームで、現在2,700以上のコミュニティーが存在します。課金制のクローズドなプラットホームというのが『Fanicon』の大きな特徴で、これによってアンチを排除し、熱心なコア・ファンだけで盛り上がれるコミュニティーを作れるようになっているんです。
─── ライブ配信事業を始められたきっかけは何だったのですか?
平良 『Fanicon』にはライブ配信機能が備わっているのですが、昨年、ACIDMANの大木伸夫さんがYouTube Liveと『Fanicon』でライブ配信を行ったんです。これは大木さんが毎年3月11日に福島県で開催しているライブで、昨年はコロナの問題があったので、初めてライブ配信でやってみようということになりまして。そのライブの打ち上げの席で大木さんから、「『Fanicon』でライブ配信をする際、チケットを販売できたらいいのに」という話があり、また同じ日に他のレーベルのスタッフからも、『Fanicon』内でチケット制ライブ配信をできないか」という話があったんです。そんな要望があるならと数日後にはチケット機能を実装したライブ配信の仕組みを開発し、それからすぐに緊急事態宣言が発令されたので、ライブ配信にかかる費用はすべて弊社で負担する『#ライブを止めるな!プロジェクト』というキャンペーンを行いました。
ライブ配信を本格的に始めて、これによって新しい音楽の表現が生まれるのではないかと凄く可能性を感じたのですが、同時にいろいろな課題もあるなと思ったんです。その一つが収益性で、ドーム・クラスのアーティストは実際のライブ以上にチケットが売れるらしいのですが、そうではないアーティストが大半なんです。中には収支がまったく合わないケースもありました。アーティストが表現したいことを、クオリティを落とさずにビジネスとして成立させるにはどうすればいいかということを考え、思い付いたのが今回の『BLACKBOX³』なんです。ライブ配信を行う上で一番ネックになるのが“場”ですから、ライブ・ハウスでもレコーディング・スタジオでもない、その2つの間にあるようなライブ配信に特化した場所を作ったらどうかなと。
─── 既存のライブ・ハウスやレコーディング・スタジオを借りるのでは、ライブ配信がビジネスとして成立しないと。
平良 既存のハコを借りると当然レンタル・フィーが発生しますし、それはライブ配信にかかる費用の中で大きな割合を占めます。それだけでなく、ライブ・ハウスでは演出は比較的自由にできるものの、音質には拘れない。一方、レコーディング・スタジオは音には拘れるけれども、自由に演出するのは難しかったりする。ライブ配信を本格的に行うには、ライブ・ハウスとレコーディング・スタジオの中間的な新しい場所が必要だと思ったんです。そういう”場”を作ることによって、せっかく始まっているおもしろいことに火を灯すことができるのではないかなと。それで以前から親しくさせていただいている音楽プロデューサーの今井了介さんに、「こんなことを考えているんですけど、どう思います?」と相談したんです。
今井 去年の春くらいから、あらゆるライブやフェスが止まってしまいました。私の周りでも夏に向けていろいろ仕込んでいたアーティストがいたのですが、何年か越しで大きなフェスへの出演がやっと決まったのにも関わらず、リリース以外の予定はすべて白紙になってしまったり……。でも、そんな状況を嘆いていても何も始まらないので、今できることをポジティブにやっていこうと思っていたときに、平良さんから連絡があったんです。お話を聞いて、ライブ配信に特化したスペースというのは凄くおもしろいアイディアだなと思いましたし、グッと引き込まれましたね。
ライブ配信をライブ・ハウスやリハーサル・スタジオを借りて行う場合、仮設でカメラを組むことになるわけですが、どんなにカメラ・アングルをキチンとしても見映えのいい映像になりづらいんです。もちろん、ドーム・クラスのアーティストであれば、コストをかけただけそれなりのものになりますけど、これからブレイクするようなミドル・クラスのアーティストですと、どうしても地味な映像になってしまう。本物のライブのような迫力は出しづらいですし、だったら演出でおもしろくしてあげたいけれども、なかなかそんなに費用はかけられない。しかしライブ配信に特化した場所があれば、映像がもう少し“映えるもの”になるのではないかなと。やっぱりビジュアルの情報量ってもの凄いんですよ。映像は冗舌ですし、楽曲をしっかりブーストしてくれるんです。
─── ライブ・ハウスとレコーディング・スタジオの中間的なスペースということ以外に、何かアイディアはありましたか?
平良 最初のキックオフのときに皆さんにお話ししたのは、ライブ配信の新しい可能性を見出せる場所にしたいということ。これまでにない新しいものを作るということで、自分でも正解は分からなかったんですが、このチームならば凄いものができそうな予感はしました。
─── 少数でも観客を収容できる施設にするアイディアはありませんでしたか?
平良 お客さんを入れる施設にしてしまうと、ライブ・ハウスに寄ってしまうと思ったんです。その制約を取り払って新しいものを作りたかったので、初めから人を収容するというアイディアはありませんでした。最初にお客さんを入れない場所にすると決めたことによって、いろいろと大胆なこと、尖ったことができたので正解だったと思っています。ただ、VIPルームは欲しいなと思っていて、そうすると専用の動線を作らなければならないので難しいかなとも思ったのですが、何とか作ることができました。スタジオを見下ろす高い場所にあるので、VIP感があって気に入っています。
スタジオグリーンバードの跡地に開設
─── ここはかつてスタジオグリーンバード(旧:テイクワンスタジオ)があった場所ですが、この物件を選ばれたのは?
平良 最初からスタジオは2つ作りたいと思っていたんです。1部屋はテクノロジーに特化したスタジオで、もう1部屋は『Tiny Desk Concert』のような配信に使えるコンパクトなスタジオ。スタジオを2部屋作るとなると150坪から200坪くらいの広さが必要で、テクノロジーに特化したスタジオの方はできるだけ天高が欲しかったんです。LEDパネルを設置したかったんですけど、3メートル程度の高さではつまらないので、4メートルくらいは欲しいなと。でも、都心ではなかなか条件に合う物件が無くて。どうしても見付からなければ、山奥にある廃校になった小学校とかでもいいと思っていたんですけど(笑)、夏前にこの物件をご紹介していただいて、広さも天高も十分だったので、もう即決という感じでしたね。
今井 個人的な話になりますが、スタジオグリーンバードはぼくのキャリアを多大に支えてくれた想い入れのあるスタジオの一つなんです。めちゃくちゃ忙しいときは、地下2階、地下1階、2階をすべて自分のセッションで埋めていたときもあるくらいでした。携帯が普及していない時代、ぼくと連絡が取れないクライアントは、まずこのスタジオに電話してくるくらい(笑)。かなり思い入れのあるスタジオなので、その場にこうして再び関われるというのは感慨深いですね。
それで施工はどうしましょうとなったときに、ぼくの方から平良さんにアコースティックエンジニアリングさんをご紹介したんです。ぼくはこれまで、東京に3件、シンガポール、ロサンゼルスと各所にスタジオを作ってきましたが、今回は明らかに新領域のスタジオでしたので、アコースティックエンジニアリングさんにお願いするのがいいのではないかと。アコースティックエンジニアリングさんに関しては、ニラジ君(編注:レコーディング・エンジニアのニラジ・カジャンチ氏)から「凄くいい」という話を以前から聞いていて、ようやく一緒に仕事をすることができました。
入交 ぼくもニラジさんから今井さんの話はずっと聞いていたので、お話しをいただいて「ぜひ!」という感じでした。すぐにオンラインで打ち合わせをさせていただいたのですが、平良さんのライブ配信に特化したスペースというコンセプトにも共感できましたしね。出張レコーディングの人たちから、「PAとは別部屋でないと本来のクオリティは出せない」という話をよく聞いていたので……。唯一心配だったのは、こんなに凄いスタジオを作って、一体1日いくらで貸し出すんだろうということ(笑)。
─── 入交さん的には、この物件はどのような印象でしたか?
入交 スタジオを作ることを前提に建てられたビルでしたので、躯体はしっかりしていましたし、天高もあるので良い物件だなと思いました。LEDパネルを設置するということで、電気が心配だったんですが、それも十分な容量がありましたしね。でも、最終的にはこれでも少し容量が不足してしまって、ビル側と交渉して何とかやりくりしました。
佐藤 家庭用のLED照明は省電力であることが売りになっていますが、今回使用したような映像用のLEDパネルはまったく省電力ではないんです(笑)。
入交 最初に頭を悩ませたのが、音響、映像、照明、配信の各オペレーターさんの作業場所です。お手本となるハコが無かったので、照明のオペレーターさんはスタジオにいた方がいいのか、それともコントロール・ルームで操作できるようにした方がいいのか。
今井 テレビ局のサブが一番近いのかもしれませんが、演出のことを考えると、サブ以上に作り込まなければならない。そこは考えどころでしたね。
佐藤 ぼくの方からも、LEDの演出と映像のオペレーションはセパレートにしない方がいいと言いました。
入交 皆さんに意見を伺って、音響、映像、照明、配信の基本的な機能は、すべてコントロール・ルームに集約させました。前方中央に音の配信卓があって、後方には照明のセクションと映像のセクションがあるという、ああいうレイアウトのコントロール・ルームは、これまで無かったのではないかと思います。
佐藤 実際のライブ配信時のスタッフの数をシミュレートすると、やはり映像チームが一番人数が多くなるだろうと。限られたスペースの中で、どういうレイアウトが最も効率がいいか考えて決めた感じです。
─── 当初の予定どおりスタジオは2部屋作られたのですか?
平良 はい。地下2階がLEDパネルを設置した『BOX STUDIO』、その上階が小規模な『BRICK STUDIO』という構成で、『BOX STUDIO』の脇にコントロール・ルームがあります。メインのスタジオは『BOX STUDIO』なのですが、『Fanicon』では音楽のアーティストだけでなく、YouTuberや芸人さんもファン・コミュニティーを持っていますので、実際にはLEDをゴリゴリ使った配信はそんなに多くないだろうと。なので、階段や控室といった場所も内装を凝って、気軽にライブ配信ができるようにしました。『BOX STUDIO』は黒と緑、『BRICK STUDIO』は赤と白が基調になっていて、ぼくの中では“大正浪漫”というか、比較的クラシックなデザインになっています。普通の配信スタジオですと、ここまで内装は凝らないと思うのですが、今回はめちゃくちゃこだわりました。
入交 『BOX STUDIO』の深緑のようなグリーンは、日本の塗料には無い色だったので、輸入塗料を使いましたね。
平良 入交さんからも確認されたんですが、今回事務所スペースはあえて作りませんでした。事務所スペースがあると、そこだけ違う感じになってしまうのが嫌だったんです。でも、今後はストレージ・スペースで事務作業をすることになるので、やっぱり事務所スペースを作ればよかったかなと思っています(笑)。
─── 今回、音響設計/施工で苦労した点は何でしたか?
入交 いろいろありますが、やはり『BOX STUDIO』のLEDパネルですね。LEDパネル自体は、これまで何件も入れたことはあったのですが、ここは壁一面ですから、吸音率をどこまで上げられるか。ロック系からアコースティック系まで、いろいろなジャンルのアーティストが利用するというお話でしたしね。LEDパネルは鏡ほどビンビンに反射するわけではないのですが、吸音材としては機能しないので、普通のライブ・ハウスよりも吸音層を厚めにしました。もともとスタジオだった物件ですので、最初は元の形を生かしてできないかという話もあったんですけど、間取りがかなり違うので、結局完全にスケルトンにしました。
齋藤 設計面で気を付けたのが遮音です。ここは地下鉄が近いですし、『BRICK STUDIO』の上は駐車場になっていますから、できるだけ広さを確保した上で、しっかり遮音しました。2つのスタジオ間のクロストークにも気を遣いましたね。
入交 天高は十分あったんですが、かなりダクトが入っていたんです。それをすべて撤去することで、さらに天高を確保することができました。あとは法的な部分ですね。前のスタジオグリーンバードでは、本物の木材が使われていたので、スプリンクラーや排煙機構が備わっていたんです。そういった設備はすべて撤去したので、防火性能の高い部材を使用する必要がありました。
取材協力:THECOO株式会社、有限会社タイニーボイスプロダクション、LSDエンジニアリング有限会社、株式会社映像センター、LightingETHNO、株式会社アコースティックエンジニアリング 写真:八島崇
※ 後編は6月8日公開
BLACKBOX³に関する問い合わせ
BLACKBOX³に関する問い合わせ:info@blackboxxx.jp
BLACKBOX³公式HP:https://blackboxxx.jp/
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