映画やドラマ、音楽のコンサート、スポーツ中継、ドキュメンタリーなど、選りすぐりのコンテンツを放送している有料衛星放送局、「WOWOW」。開局30周年を迎えた今年は、動画配信サービス『WOWOWオンデマンド』を立ち上げ、新4K8K衛星放送『WOWOW 4K』スタートさせるなど、これまで以上に新しい取り組みを積極的に行っている。そんな「WOWOW」は先頃、東京・辰巳の放送センターにあるBサブを約15年ぶりに全面改修。映像機器は4Kで生中継できるシステムへと入れ替えられ、音響面では「Neumann」の「KH」シリーズの導入により7.1.4chのモニター環境が構築されるなど、これからの時代のコンテンツ制作を見据えたサブへと刷新された。そこで本誌では、株式会社WOWOW 技術局 制作技術部 エンジニアの戸田佳宏氏に、新しいBサブのコンセプトと導入機材の選定理由について話を伺ってみることにした。

3月1日に『WOWOW 4K』がスタート

─── 本誌で「WOWOW」さんを取材させていただくのは、2018年暮れの試写室以来になるのですが(編註:記事は2019年2月号に掲載)、現在放送の中継収録で使用するスタジオは何部屋稼働しているのでしょうか。

画像: 株式会社WOWOW 技術局 制作技術部 エンジニア、戸田佳宏氏

株式会社WOWOW 技術局 制作技術部 エンジニア、戸田佳宏氏

戸田 この辰巳の放送センターには、サブはA~Cの3部屋あります。昔はA~Bの2部屋でしたが、2011年に番組数の増加に対応するべくCサブを開設しました。また、最近は動画配信サービスの『WOWOWオンデマンド』だけで配信するという番組も増えてきたため、簡易的なスタジオである配信用サブも3部屋稼働しています。

 A~Cサブは、基本的にはスポーツ中継のコメント録りやスポーツ情報番組で使用しています。Aスタジオが一番広く、サッカーの『リーガダイジェスト!』や『エキサイトマッチ~世界プロボクシング』の放送をしています。

画像: 3月1日に『WOWOW 4K』がスタート
画像: 主にコメンタリー収録などで使用されるBサブのブース

主にコメンタリー収録などで使用されるBサブのブース

─── 現在の5.1chサラウンド・コンテンツの割合はどれくらいですか。

戸田 映画は5.1chで、『グラミー賞』や『アカデミー賞』の授賞式なども5.1chで放送していますが、それ以外のコンテンツに関しては基本ステレオです。スポーツに関しては、ステレオもしくは複数言語対応のデュアル・ステレオで、音楽や舞台に関しては5.1chのコンテンツは年に数作品程度です。5.1chの方が音の情報量は多いのですが、何でも5.1chで作ればいいというものではないと思っています。

─── 近年、「WOWOW」さんが特に注力しているコンテンツをおしえてください。

戸田 映画やドラマは多くのファンの方がいらっしゃるので、それは引き続き大きな柱ですが、テニスやゴルフといったスポーツ番組も多くの方に人気があります。世界で活躍する日本人選手が増えているので、視聴者の皆さんの関心がとても高く、昨秋開催された『LPGA女子ゴルフツアー』では、渋野日向子選手、畑岡奈紗選手専用のカメラを用意して配信しました。スペインサッカー ラ・リーガも毎週放送しており、ラグビーは『スーパーラグビー』を新たに放送するなど力を入れています。トップ・スポーツはすべて追いかけるというのが、「WOWOW」のスタンスです。

─── お話に出た動画配信サービスの『WOWOWオンデマンド』は、大きな話題になっています。

戸田 「WOWOW」の衛星放送は、『WOWOWプライム』、『WOWOWライブ』、『WOWOWシネマ』と3チャンネルありますが、番組編成の決定には入念な調整を要します。少しでも多くのコンテンツを少しでも早くお届けするべく、音楽のライブ番組などでは、動画配信サービスの『WOWOWオンデマンド』でライブ配信し、BSでは後で放送するというケースも増えています。

─── 制作するコンテンツの数が増えているということでしょうか。

戸田 はい。それを見越して配信用サブを3部屋開設したのですが、それでも作業が集中してしまうときは、スケジュールの調整が大変です。

─── 日本でも定額制動画配信サービスが定着しましたが、そういったサービスやYouTubeに対して、「WOWOW」さんの強みというと何になりますか。

戸田 多様なジャンルの一流なコンテンツを取り揃えていることに尽きると思います。コンテンツをただお届けするのではなく、我々は番組のクオリティ、ブランド、中身、すべてにおいて一流を追求しています。

─── この記事が掲載されるプロサウンドが刊行される頃には、4K8K放送の新チャンネル『WOWOW 4K』がスタートします(編註:2021年3月1日スタート)。

戸田 ピュア4Kの放送は、ドラマや映画からスタートしており、スポーツ中継も積極的に取り組んでいきたいと考えています。左旋という電波の方式なので、新4K衛星放送に対応した環境が必要になるのですが、ケーブル・テレビでご覧の方はそのまま視聴することができます。

 

Neumann KHシリーズで7.1.4chのモニター・システムを構築

─── 今回、Bサブをリニューアルされた狙いをおしえてください。

戸田 前回リニューアルしたのが2003年で、約15年ぶりのリニューアルになるのですが、一番は老朽化した機材の更新と、『WOWOW 4K』への対応です。映像機材は4Kで生中継できるシステムに刷新しました。音に関して、以前のシステムはパッチのしやすさやコンソールの入力数がオペレーターや制作のリクエストに追いついていない部分がありましたので、コンテンツが増加している現状を踏まえ、あらゆる業務に対応できるシステムにしようと考えました。また、将来への布石で、イマーシブ・オーディオへの対応も最初から考えていたことのひとつです。機材に関しては、以前のものは何も残してないと言っていいくらい、すべて入れ替えました。

─── 新しいBサブにお邪魔して、まず目を惹くのが、7.1.4chのモニター・システムです。先ほど、映画や特別な番組以外、基本はステレオとおっしゃっていましたが、今回7.1.4chのモニター・システムを構築された理由をおしえてください。

戸田 正直、放送オンリーのコンテンツを制作するのであれば、ステレオ/5.1chのモニター・システムがあれば十分です。しかし、他社さんも含めて動画配信のプラットフォームがどんどん成長している今、新しいフォーマットをトライできるモニター環境を整備しておいた方がいいのではないかと思い導入しました。放送ではない動画配信のみのコンテンツであれば、放送規格に縛られずにミックスできる。「WOWOW」ではここ数年、イマーシブ・オーディオをどうお客さまに届けるかを模索しています。イマーシブ・オーディオをリアルタイムに制作する取り組みとして、『楽天ジャパンオープンテニス』の映画館へのDolby Atmos生配信や、サッカーのエキシビション・マッチを試写室でリモート・プロダクション・ミックスを行うトライアルを実施しました。また、これは生中継ではありませんが、映画館での上映用に、UVERworldのライブをDolby Atmosでミックスするといったことも行いました。7.1.4chに対応したスタジオがあれば、そういったトライもすぐに行うことができます。現状、イマーシブ・オーディオでミックスする機会はそれほど多くはありませんが、このタイミングでスタジオをリニューアルするのであれば、7.1.4chに対応させた方がいいだろうと社内で一致しました。この辰巳の放送センターで7.1.4chに対応した部屋は試写室以来で、普通のスタジオではこれが初めてになります。

画像: 新たに導入された「Neumann」のモニター・スピーカー「KH」シリーズ

新たに導入された「Neumann」のモニター・スピーカー「KH」シリーズ

画像: フロントのLCRは3ウェイの「KH 310」

フロントのLCRは3ウェイの「KH 310」

画像: サイド・スピーカーは2ウェイの「KH 120」

サイド・スピーカーは2ウェイの「KH 120」

画像: ハイト・スピーカーはDSP内蔵の2ウェイ「KH 80 DSP」

ハイト・スピーカーはDSP内蔵の2ウェイ「KH 80 DSP」

画像: 「KH」シリーズについて、仕事で使うリファレンス・スピーカーとして、良い意味でクセが無いのがいいと語る戸田氏

「KH」シリーズについて、仕事で使うリファレンス・スピーカーとして、良い意味でクセが無いのがいいと語る戸田氏

─── ハイト・スピーカーを設置するのに合わせて、部屋の内装にも手を入れたのですか。

戸田 7.1.4ch対応のサブ構築が初めてだったので、「日本音響エンジニアリング」さんにお願いし、イマーシブ・オーディオをしっかり聴ける環境を設計いただきました。また、更新前にはなかったコンソールを囲むような壁を作り、ミックス作業に集中できる環境を整えています。

─── モニター・スピーカーとしては「Neumann」の「KH」シリーズが導入されています。今の時代、多くの選択肢があったと思うのですが、どのように選定したのですか。

戸田 以前、各メーカー/代理店さんにご協力いただいて、試写室でモニター・スピーカーの試聴会を実施しました。数少ないサブ全面改修で、あらためてスピーカーを比較検討するいい機会でした。様々な機種をじっくり聴いてみたいという個人的な興味もありました。8ブランドのモニター・スピーカーを2サイズ用意していただき、スタッフ4~5人が集まって試聴しました。サブで作業するのはスポーツ中継がメインになるので、テニスの試合などを流して、音楽のライブでもチェックしました。あらためて聴き比べると、本当におもしろいくらいにブランドごとに“味”があるんです。

─── その中で「Neumann」の「KH」シリーズを選定した決め手となったのは?

戸田 作業していて一番音が分かりやすく、良い意味で個性が無い、クセが少ないのが良いなと思いました。ここは個人のスタジオではありませんし、いろいろな方が作業するスタジオですから、できるだけクセの無いモニター・スピーカーがいいと考えていました。気持ちよく聴けるモニター・スピーカーではなく、作業のリファレンスとして使えるモニター・スピーカーを導入したいと思ったんです。その点、「Neumann」の「KH」シリーズは、一番分かりやすく、決して派手な音ではありませんが、皆で意見を揃えられるモニター・スピーカーだなと思いました。普通、モニター・スピーカーを皆で試聴すると、人によって意見が違うものですが、「KH」シリーズはそういうバラつきがありませんでした。また、長時間聴いていても聴き疲れしないというのも、サブで使うモニター・スピーカーとして良いなと思いました。

─── 試聴する前、「KH」シリーズについてはどのような印象でしたか。

戸田 展示会で見て、ずっと興味がありました。我々の中で「Neumann」と言えば、「U87 Ai」のイメージが強く、良い音で録れるマイクのメーカーという印象があります。正直、モニター・スピーカーからは程遠いイメージでしたが、だからこそ「KH」シリーズの音には凄く興味がありました。

─── システム構成についておしえてください。

戸田 フロントのLCRが3ウェイの「KH 310」、サイド・スピーカーが2ウェイの「KH 120」、ハイト・スピーカーがDSP内蔵の2ウェイ「KH 80 DSP」、サブ・ウーファーが「KH 810」という7.1.4chの構成です。

ゼンハイザージャパン 真野 モニター・スピーカーの選定に関わられた「WOWOW」さんの担当者の方から、“スペースが限られているので、できる範囲で部屋を窮屈にしたくない”というお話があり、フロントは「KH 310」、サイドに「KH 120」、ハイトに「KH 810」という3タイプの製品を組み合わせた構成になりました。この構成は、最初「Neumann」の推奨ではありませんでしたので、本社に問い合わせたところ問題ないとの回答でした。フロント・センターの「KH 310」の向きについても確認しましたが、“重要なのはツイーターの位置で、ツイーターがセンターになるように設置すれば、どちらの向きでも問題ない”という回答でした。

戸田 それほど広くないこのスタジオに合うサイズ感のモニター・スピーカーを探すと、意外と選択肢がありません。それも「KH 」シリーズを選定したポイントになりました。

画像1: Neumann KHシリーズで7.1.4chのモニター・システムを構築

─── セッティングについておしえてください。

戸田 すべてフラットで使用しています。「KH 80 DSP」の内蔵DSPも使用しておらず、最終的な補正は「BSS Soundweb London」で行っています。スピーカーの感度は4段階で切り替えられるのですが、一番低い94dBuに設定しています。

─── フロントのLCRは、少し前のめりになっているようです。

戸田 はい。各モニター・スピーカーが等距離になるように、前のめりにセッティングしてあります。

─── 「KH」シリーズの外観については、どのような印象ですか。

戸田 音と一緒で、主張しない感じがいいと思っています。ツイーターのデザインなどは派手ではないのですが、しっかり鳴ってくれそうな印象です。

─── 実際に作業されて、「KH」シリーズのサウンドについてはいかがですか。

戸田 直感的な音で、とても聴きやすいモニター・スピーカーという印象です。それでいて、他社のスピーカーを使っているサブから移動しても、キャラクターが大きく変わるわけではありません。最終的に、これまでと同じ音量感で、同じような仕上がりになるので、とても使いやすいなと思っています。

画像2: Neumann KHシリーズで7.1.4chのモニター・システムを構築
画像: 7.1.4chのモニター・システムが構築された

7.1.4chのモニター・システムが構築された

─── このサブで一番多いというスポーツ中継はどうですか。

戸田 スポーツ中継では、会場の音とコメンタリーのバランスがとても重要になります。「KH」シリーズは、会場の音とコメンタリーの前後感が感覚的に分かる印象です。スタジオでは良いバランスだと思っても、テレビで聴くとコメンタリーが埋もれてしまっているということがあるのですが、ここで作業すればテレビで聴いても問題のないバランスに仕上げられるのではないかと感じています。コメンタリーの音量がしっかり判断できるモニター・スピーカーだと思います。

─── 他のスタッフの方は何かおっしゃっていますか?

戸田 皆、聴きやすい音と言っています。これでは仕事にならないという人はいません。たくさんの人が作業するスタジオなので、それは良かったなと思っています。

 

4K放送に完全対応できる体制が整った

─── Bサブの新しいコンソールには、「LAWO」の「mc²56」が導入されています。

戸田 音質の良さはもちろんですが、メインで作業するのがスポーツ中継ですので、その使い勝手を重視して選定しました。AUX系統のルーティングなどが素早く柔軟にできて、なおかつ7.1.4chのパンナーをコンソールの機能として持っているというのも選定ポイントでした。内部でのシグナル・ルーティングには、メーカーごとにいろいろな考え方があるのですが、「LAWO」が最も柔軟な印象だったので、最終的に「mc²56」を選定しました。決して安価なコンソールではありませんが、検討した中では「LAWO」が一番、費用対効果のバランスが良いと感じました。

画像: 新しいコンソールとして導入された「LAWO」の「mc²56」

新しいコンソールとして導入された「LAWO」の「mc²56」

画像: スタジオ後方のマシン・ルーム

スタジオ後方のマシン・ルーム

画像: マシン・ルームのラックに収納された「mc²56」のプロセッサー。DSPカード7枚が装着されたパワフルな仕様

マシン・ルームのラックに収納された「mc²56」のプロセッサー。DSPカード7枚が装着されたパワフルな仕様

─── サーフェースは32フェーダー仕様です。

戸田 スペースと操作性のバランスをとり32フェーダー仕様にしました。また、「mc²56」は内部のDSPボードの枚数によって捌けるチャンネル数が変わってくるのですが、ここでは予備を含めて7枚装着し、そのうちの6枚を使用して288chのDSP信号を処理できるようにしてあります。4K放送が始まることによってチャンネルの数が増えますし、スポーツ中継は英語の副音声などもありますから、標準で60ch程度の入力を立ち上げています。複数言語の5.1chを放送するデュアル・サラウンドにも対応できるように設計しています。

─── 新しいBサブの使用感はいかがですか?

戸田 モニター・スピーカー、コンソール、内装、いずれにおいてもとても満足しています。これで4K放送に完全対応できる体制が整ったのではないかと思います。昨年、緊急事態宣言の後にテニス中継があったのですが、会場にはできるだけ人を出さないようにしてほしいという話があり、現場にはステージ・ボックスだけを設置して、このサブでリモートプロダクションによる会場音とコメンタリーの全ミックスを行いました。そのときの使用感も良く、32フェーダーの「mc²56」があれば、まったく問題なく試合の音を作れることが分かりました。「KH」シリーズも凄く作業がしやすいサウンドですし、これから様々なコンテンツ制作にチャレンジしていきたいと思っています。

─── 本日はお忙しい中、ありがとうございました。

取材協力:株式会社WOWOW、ゼンハイザージャパン株式会社  写真:八島崇

 

画像: 4K放送に完全対応できる体制が整った

 

Neumann KHシリーズに関する問い合わせ
ゼンハイザージャパン株式会社
https://ja-jp.neumann.com/

 

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