冬の乾燥した空気の中では、余計な水分や不純物が減少しイルミネーションが最もクリアに美しく見えるようになる。冬季に数えきれないほどのイルミネーションスポットが日本各地に出没するのはそのためだ。令和最初の冬も数百万単位以上の電球数を駆使した光と音のエンターテインメントショーが至るところで繰り広げられるなか、東京の人気イルミネーションランキングで常にトップに上がる「TOKYO MEGA ILLUMI2019-2020」が昨年10月5日から約6ヶ月間に渡って「大井競馬場」で開催された。大きく2つに分けられたエリアで様々な演出テーマに合わせたショーが展開するスタイルで、このうち「タイムトラベルエリア」で催された「虹色に輝く光の大噴水ショー」に「Bose ShowMatch」スピーカーシステムが採用された。長期間かつ野外、そして競馬場ならではの施工条件に厳しさも数多あったと聞く。早速「虹色に輝く光の大噴水ショー」におけるシステムプランニングおよび施工までを担当された札幌のPAカンパニー「株式会社音響スタッフ」の湯浅俊幸氏に導入の経緯と実際をうかがった。
画像: 「和太鼓三味線・天地雷鳴」と「ホルスト惑星・木星」がサウンドテーマとなった「虹色に輝く光の大噴水ショー」©︎TOKYO MEGA ILLUMI

「和太鼓三味線・天地雷鳴」と「ホルスト惑星・木星」がサウンドテーマとなった「虹色に輝く光の大噴水ショー」©︎TOKYO MEGA ILLUMI

創立から40年余、PA/スタジオ業務をまわす老舗会社「音響スタッフ」

PS まず札幌を拠点に活動なさっている「音響スタッフ」さんについて少し教えてください。

湯浅 創立は1978年、会社組織として立ち上がったのが1983年になります。元々はレコーディングスタジオから始まっていまして、今でも本社内と、もうひとつ少し離れたところに同規模のスタジオが稼働しています。

PS どういったスタジオですか。

湯浅 本社内(札幌市東区)にある「ヒットスタジオ」、札幌市北区にある「ムジークスタジオ」共に「ProTools HDX」をメインに多くのアナログ、デジタル機材を取り揃えて、レコーディング、ミキシング、マスタリング、MA等、あらゆるスタジオワークに対応できるようにしています。北海道出身の3人組ロックバンド、Galileo Galilei(ガリレオ・ガリレイ)さんにもデビュー当初から長いこと弊社で制作いただきました。

PS 技術スタッフは何名ぐらいいらっしゃるのですか。

湯浅 PAに6人、スタジオに2人、ホテルへの派遣スタッフが1人の計9名です。

PS これまでPA部門ではどのような現場を手がけられましたか。

湯浅 ほとんど道内になりますが、岩見沢市で開催されている野外フェスティバル『JOIN ALIVE』では毎年New WaltzステージのPAを担当しています。2018年に北海道命名150年を記念して実施されたイベント「北海道150周年」では、音響機材の全サポートとシステムプランニング、チューニング等で参加させていただきました。また随分と前になりますが2007年に開催された「世界ノルディック札幌大会」の音響も弊社が担当しました。あとは各放送局関連のイベントや、ライヴハウスの施工など幅広く活動しています。

PS PAカンパニーが多く存在する札幌において「音響スタッフ」さんならではのPRポイントは何でしょうか。

湯浅 弊社社長の山本(弘)がいつも口にするのは“悪いもの(音)を世に出してはならない”と。スタートがレコーディングだったこともあり、緻密さが求められるレコーディングやミキシングの手腕はもちろん、機材選定に際しても相当に厳しい基準を持っています。そのポリシーがそのままPA業務に引き継がれています。

湯浅俊幸氏

PS 最近はPA機材の性能も上がり、スタジオ制作と同等のクオリティが求められるようになりましたね。湯浅さんがPAの仕事を目指すようになったキッカケを教えてください。

湯浅 我が家がちょっと変わっていまして、父親を筆頭に親戚のほとんどが料理人という環境に生まれました。かたや叔母が大の音楽好きで私も小さい頃からよくクラシックコンサート等に連れて行かれていました。料理人という職人気質と、音楽の世界の両方を肌で感じながら育ったわけです。中学を卒業するまでは父親の道を継いで料理人になろうと思っていましたが、当時から松田聖子からKISSまでジャンルを問わずとにかく音楽が好きで、徐々に気持ちがオーディオに向いていきました。高校時代は放送部でミキサーやオープンデッキの操作を経験したりして、卒業のタイミングで料理学校か音響の専門学校かで悩んだのですが、やはり機械いじりの楽しさが勝ってしまったんでしょうね(笑) 東京の「東放学園」への入学を決めました。それで1年の夏休み前、求人情報が掲示されている中に「札幌」の文字を見かけました。それが札幌 のPA会社でした。

PS 東京での就職は考えなかったのですか。

湯浅 何となく札幌と見えてしまったもので…故郷で頑張るのも良いかなと。それが後に札幌の会社に就職するキッカケとなりました。その会社で約20年間経験を積ませていただいて、今に至ります。

ShowMatch 選定の理由

PS では、「大井競馬場」で開催された「TOKYO MEGA ILLUMI」(以下、東京イルミ)についておうかがいしていきます。今年の同イベントにおいて湯浅さんはどういったお立場で携われたのでしょうか。

湯浅 「虹色に輝く光の大噴水ショー」にレーザーシステムを納入した会社と私共に元々お付き合いがあり、そちらの社長から「東京イルミの音をどうするか」といった相談があったことから始まっています。イルミネーションの規模を考えると既存のトランペットスピーカーで賄うのはあまりに勿体ないと音楽制作担当の方とも意見が一致し、急遽こちらにお話をいただいた次第です。

PS それはどのタイミングで?

湯浅 納品の約1ヶ月半くらい前でしょうか。最初の下見が7月23日でその一週間前に最初の連絡をいただきました。

PS 「東京イルミ」の初日は10月5日でしたね。

湯浅 はい。その前にプレス発表があり、これに向けて工事が始まったのが9月2日でした。

PS そこまで時間のないなかプランニングが進められていったわけですね。場内で流すサウンドはどういったものだったのですか。

湯浅 音楽制作の方からの要望としては、レースで競走馬が疾走する“馬場”のセンター部分「タイムトラベルエリア」で展開される噴水のレーザーショーに合わせたBGMと効果音を、ある程度の音圧とクオリティをもって再生したいと。

「ShowMatch」設置の様子(写真上:赤丸がスピーカーシステムの位置)。撮影のため「大井競馬場」を訪れた日も東京は結構な降水量があった

PS そういった条件下で「Bose」を選ばれた理由は?

湯浅 そうですね、「RoomMatch」は別件で納入経験もありましたし「ShowMatch」のサウンドも聴いていました。加えて、ちょうど「ArenaMatch」が発表されたタイミングでもあったため、真っ先に選択肢に挙がったのが「Bose」でした。他にも候補はあったのですが、音のクオリティと予算、何より1ヶ月半しかないという納期、これらすべての条件に合致したのが「Bose」のスピーカーシステムと素早いサポート対応でした。これなら心配していた施工も短時間で確実に進められるだろうと直感しました。今になってすごく不思議だったなと思い返すのは、最初の下見が急遽決まったにも関わらず「Bose」の担当者を含む関連スタッフのスケジュールが全員7月23日にピタリと合ったんです。だから各方面との打ち合わせ、確認作業が集中して1日で済んだ。あの瞬間「この仕事は絶対うまくいくな」と。

PS そういった不思議な偶然から働く勘ってありますよね。そうして導入が決まったのが…

湯浅 「ShowMatch」です。

PS 分散配置されたのですか。

湯浅 実を言うと「大井競馬場」はいろいろと制約が多く、それこそスピーカーの設置場所やスピーカーの向きにも細かい指示がありました。いくつかプランを考えたのですが、最終的にはシンプルに3/1構成の「ShowMatch」をL-R設置としました。上から「SM5」が2台、「SM10」が1台、最下段にサブウーファーの「SMS118」が1台という構成で、馬場の内側にある「TOKYO CITY KEIBA」という文字のオブジェの両外側に設置しました。大型ビジョンモニター付近にタワーアレイを組んだり、客席近くのフェンスに数台並べるといったプランも考えましたが、競馬場側からの設置条件と照らし合わせていくなかで消去法的にこの形に落ち着きました。

PS 各スピーカーシステムはほぼ正面を向いているように見えるのですが、カバーエリアはどのように想定なさったのでしょうか。

湯浅 座席は右スタンド席と左スタンド席に分かれていて、その中央に立ち見となるフラットなエリア(平場)があります。右スタンド席を例にしますと間口が約100mほど、最後方席で高さが約4.7mありましたので、本音を言えばもう少しアレイ数を増やしたかったのですが、上層階にガラス張りの客席があってその反射も懸念されました。さらにスタンド席の裏側には一般の居住マンションや厩舎があり、そちらへは音が飛ばないようにするために今回はこの設置数で、あとは「SM5/SM10」の水平/垂直方向の指向角度をうまく制御することで諸々の問題点を回避するようにしました。

右スタンド席を狙う上手スピーカーシステム

PS 具体的にどのような設定でしたか。

湯浅 ガラスの反射を避けるためにウェーブガイドは敢えて狭い70°を選び、あとは垂直の角度で調整しています。上手側のスピーカーは「Bose」からいただいたプラン通りで良かったのですが、下手側のスピーカーは少し反射が気になって予定より1°ずつ下に向けるようにしました。

雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ

PS 「ShowMatch」は約6ヶ月に渡って野外設置されたわけですが、どういった防水対策をされましたか。

湯浅 「ShowMatch」は防水等級IP4だと聞いていましたので念のためグリスタイプの防水スプレーを全面に吹き付けたり、コネクターや正面ネットの淵をコーキング材で固めるなどの養生をしていました。

PS 2019年は9月はじめに台風15号、10月9日に19号という大型台風が立て続けに関東を直撃し、甚大な被害が各地で相次ぎましたね。

湯浅 はい。ちょうど15号が東京に上陸する前々日が私の大井入りの日だったんです。ある程度まで設置して音を確認した後、ホテルに戻って様子を見ていました。とにかく横殴りのひどい雨でハラハラして過ごしましたが翌日、競馬場に行ってみたらスピーカーに何ら変化はなく、音も何事もなかったように出まして…はい! 豪雨テストクリア!!と(笑)

PS 非常に過酷なフィールドテストができましたね(笑) 強風や浸水による被害はなかったのでしょうか。

湯浅 スピーカーは、特製の架台をコンクリート基礎にアンカーで固定し、架台とスピーカーもボルトで固定していましたのでスピーカー自体が倒れたり破損はありませんでしたが、会場内の大型イルミネーションが倒れたりとなかなかの被害状況でした。19号の時は札幌に戻っていましたが、どこからも特に連絡がありませんでしたので、ああ、大丈夫だったんだなと。

PS 台風19号は、42年ぶりに「令和元年東日本台風」と命名されるほどの超絶規模で、世界中から注目されていましたね。

湯浅 そうですね、せっかくですから何ひとつ問題のなかった「ShowMatch」の荒天における潜在能力の高さを世界中の音響さんに知っていただきたいですね(笑)

パワーアンプとの相性

PS パワーアンプはどの辺りに設置されたのですか。

湯浅 上手スピーカーからほど近い場所にプレハブ小屋を建てていただき、その中に「Powersoft X4 DSP+D」(以下、X4)を2台収納しています。下手スピーカーまで150mぐらいの距離です。ハイインピーダンス出力の方が無難かとも思える距離でしたがアンプ自体のスペックが非常に高くパワーもあるため、ずっとローインピーダンス出力で稼働しています。

画像: 音源再生システムは、「ローランドAR200」オーディオレコーダーとコンパクトフラッシュメモリーカード、小型ミキサーで構成

音源再生システムは、「ローランドAR200」オーディオレコーダーとコンパクトフラッシュメモリーカード、小型ミキサーで構成

専用のプレハブに置かれたパワーアンプ「Powersoft X4 DSP+D」。今後の増設に備えラックに余裕を持たせているとのこと

パワーアンプのあるプレハブ小屋、赤丸の位置が上手のスピーカーシステム、その奥に見えるのが左スタンド席

PS 「ShowMatch」と「Powersoft」との相性と言いますか、出音にどのような印象を持たれましたか。

湯浅 素晴らしかったですね。「ShowMatch」の仕上がり自体もちろん素晴らしいのですが、「X4 DSP+D」の完成度も相当に高いものでした。相性という意味では「X4」が持つ豊富なパラメーターとの組み合わせ、マッチングによって実現しているように思いますね。「Powersoft」で「ShowMatch」をドライブした際にレスポンスが良くなるようパラメーター部を「Powersoft」社と共同開発していると聞いて、なるほどと納得がいきました。

PS お互いの良い部分を引き出し合えるわけですね。

湯浅 「Bose」が求める音を「X4」がきちんと理解している、そういう設計になっている点が優秀な出音の理由だと思いますね。弊社でも「X4」を2台所有していますがファンが多いですよ。フロントパネルにボタンが5つだけというシンプルさも良いですね。操作に迷いが出にくいです(笑)

東京イルミの未来形

PS 「TOKYO MEGA ILLUMI 2019-2020」は3月末で終了しますね。

湯浅 今年は「東京オリンピック」がありますので一旦撤去するか、次回までそのままにしておくのか、もしかしたら期間延長になるかもしれません。2020-2021も続投させていただけるなら、システムのパワーアップは考えていきたいです。

画像: 「タイムトラベルエリア」に隣接する「トゥインクル・メガトゥリーエリア」でも美しいイルミネーションが夜を彩る(写真左:江戸桜トンネル/写真上:オーロラの森)©TOKYO MEGA ILLUMI

「タイムトラベルエリア」に隣接する「トゥインクル・メガトゥリーエリア」でも美しいイルミネーションが夜を彩る(写真左:江戸桜トンネル/写真上:オーロラの森)©TOKYO MEGA ILLUMI

画像: 東京イルミの未来形

PS 次回に向けて具体的なアイデアは既にあるのですか。

湯浅 まだ予算も組まれていませんし、最終的に「大井競馬場」さんのご意向に添ったプランでなければなりませんので、あくまで理想の範囲ですが、「タイムトラベルエリア」に設置するスピーカーの本数は増やしたいですね。今回も大型ビジョンモニターの周辺に8モジュールずつくらいのタワーアレイにサブウーファーを数本組んで95dB確保する、というプランを当初考えましたが、これを拡張していく方向でしょうか。小型のスピーカーを分散させたり、それこそ常設のトランペットスピーカーも併せて活用できないだろうか等、広範囲に渡るトータル的なサウンド構築を目指したいですね。長い開催期間かつ野外という環境で完全常設でもなければ短期の仮設でもない、ここの捉え方が微妙で悩ましいところですが。

PS やはりまた「Bose」のスピーカーシステムで?

湯浅 諸々を考えるとやはりそうなりますね。スピーカー自体の能力はもちろん、「Bose」から提案されるシステムプランの信頼度の高さやサポートの一環にある可聴化システム「Auditioner」はとても頼りになる存在です。特に今回のような時間のない現場では、プラン上の仮想音場を実際に聴いてイメージを確認でき、クライアントにもプレゼンしやすくなります。ヘッドフォンモニターより実際の出音により近い再生環境で試聴できますから、音源の作り手にとっても嬉しい情報源になると思います。次回はぜひ「ArenaMatch」を使ったタワープランも試してみたいですね。

PS 今日はお忙しいなか貴重なお話をありがとうございました。

取材協力:株式会社音響スタッフ、大井競馬場、ボーズ合同会社  撮影:中山 健

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