❶ はじめに
ライブPA、設備音響、ポストプロダクション、マスタリングなど、本誌が取り上げているプロの現場では、音響機器だけでなく映像機器も使用されている。しかし、ひとくちに“映像機器”と言っても、ライブPAや設備音響といった「リアルタイムに作業を行う現場」と、ポストプロダクションやマスタリングなど「スタジオ作業が中心になる現場」では使用される機器は異なり、「リアルタイムに作業を行う現場」ではビデオ・スイッチャーやAVミキサーが用いられ、「スタジオ作業が中心になる現場」ではパソコンでの作業が中心になる。ライブPAや設備音響の現場ではミキシング・コンソールが、ポストプロダクションやマスタリングの現場ではDAWが作業の中心になるのと同じだ。本記事では、今後ますます音響と映像の仕事がクロスオーバーしていくであろう「リアルタイムに作業を行う現場」にフォーカスして解説していくことにする。
「リアルタイムに作業を行う現場」ではビデオ・スイッチャーやAVミキサーが使用されると述べたが、現場によって機器に求められる機能は若干異なる。以下、その違いについてまとめてみた。
1:ライブ・イベント(ライブ、企業イベントなど)
● 各種映像フォーマットへの対応
● 直感的な操作性
● オーディオのミキシング機能(※必須ではない)
2:放送(テレビ、ラジオなど)
● 放送基準の映像信号/同期信号への対応
● 高い安定性/安全性
● オーディオのミキシング機能(※必須ではない)
3:設備(公共施設、商業施設など)
● 各種映像フォーマットへの対応
● 外部機器からの制御機能
● 容易な操作性あるいは自動操作機能
4:ネット配信(YouTube Live、ニコニコ生放送など)
● 各種映像フォーマットへの対応
● 容易な操作性あるいは自動操作機能
● パソコンとの親和性の高さ
ライブ・イベントや放送は、ほとんどの場合プロのオペレーターが操作を行うが、設備やネット配信は映像機器に慣れていない人が操作を行うケースもある。ライブ・イベントや放送は「積極的に映像機器をオペレートする現場」、設備やネット配信は「積極的に映像機器をオペレートしない(したくない)現場」と言うこともできるだろう。
❷ 映像信号の基本
映像機器を扱うには、映像信号についてのある程度の理解が必要だ。映像信号は、“パラパラまんが”をイメージすると分かりやすい。
パラパラまんがを構成する要素は、以下の5つと考えることができる。
○ 1:色の表現方法
○ 2:絵の細かさ
○ 3:キャンバスの縦横比
○ 4:1秒間の絵の枚数
○ 5:絵の描き方
そしてこれらパラパラまんがを構成する5つの要素を、映像の専門用語で置き換えると以下のようになる。
○ 1:色の表現方法 = 色空間
○ 2:絵の細かさ = 解像度
○ 3:キャンバスの縦横比 = 画角
○ 4:1秒間の絵の枚数 =フレームレート
○ 5:絵の描き方 = 描画方式
それでは各要素を一つずつ説明することにしよう。
1:色空間
『色空間』とは、映像の“色”を表現する手法のことで、映像機器ではビデオ系の“YUV/YCbCr/YPbPr”、あるいはパソコン系の“RGB”という2つの方式が用いられる。YUV/YCbCr/YPbPrは、輝度信号(Y)と2つの色差信号(アナログはCb/Cr、デジタルはPb/Pr)で色を表現する方式で、ソニーのベータカムで採用されて以来、アナログ・ビデオの伝送/デジタル・ビデオの記録方式として使用されている。
一方のRGBは、光の三原色である赤(Red)、緑(Green)、青(Blue)を混合することで色を表現する方式。各数値が増すと白に近づき、逆に数値が減ると黒に近づく。こちらはパソコンのモニター・ディスプレイの表現方式として使用されている。
2:画角
3:解像度
映像の細かさと縦横の比率を決定するのが、『画角』と『解像度』だ。“ピクセル”、“1080i”、“アスペクト比”、“16:9”、“HD”といったワードを耳にしたことがある人も多いと思うが、これらはすべて『画角』と『解像度』を表す専門用語である。
『画角』と『解像度』には、“SD(Standard Definition)”、“HD(High Definition)”、“4K”という大きく3つのタイプがあり、SDよりもHD、HDよりも4Kの方が解像度が高い。HDには、“720p”と“1080i/1080p”という2種類の規格があり、最近のビデオ・カメラやテレビでは1080i/1080pの方が主流だ。4Kに関しても、テレビ放送やディスプレイなどで採用されている“4K UHD”と、映画やシネマ・カメラなどで採用されている“DCI 4K”という2種類の規格があり、DCI 4Kの方が画角が大きく、縦横の比率も少し違っている。
以下、『画角』と『解像度』関連の覚えておきたい知識として、“アスペクト比”、“オーバー・スキャン/アンダー・スキャン”、“パソコン画面の画角/解像度”の3つについて説明しておこう。
『画角』と『解像度』の覚えておきたい知識
その1:アスペクト比
映像の縦横の比率のことを“アスペクト比”と呼び、SDの4:3と、HD/4Kの16:9という2種類の比率が一般的である。4:3は昔のブラウン管テレビ、16:9は現在の液晶テレビをイメージすると分かりやすいだろう。このアスペクト比だが、ビデオ信号とそれを映し出すモニターが必ずしも同じとは限らない。そこで用いられるのが“アスペクト比変換”と呼ばれる映像処理で、“レターボックス”、“クロップ”、“スクイーズ”という3つの方式が代表的だ。レターボックスは、上下あるいは左右に余白を作って縦横の比率をキープする方式、クロップは余白を作らずに上下あるいは左右をカットする方式、スクイーズは縦横の比率を無視して映像をすべて収めてしまう方式。例えばテレビで、昔の番組を放送する際によく用いられているのがレターボックス(サイド・パネルとも言う)である。
『画角』と『解像度』の覚えておきたい知識
その2:オーバー・スキャン/アンダー・スキャン
テレビ放送がアナログだった時代に、映像以外の情報を画面に表示させないために定義されたのが、“オーバー・スキャン/アンダー・スキャン”という方式である。昔のブラウン管テレビは表示領域が曖昧だったため、画面すべてをコンテンツに使用してしまうと、周囲が欠けてしまうことがあった。それを回避するのがオーバー・スキャン/アンダー・スキャンで、オーバー・スキャンは通常は表示されない周囲の余白、アンダー・スキャンはその内側のコンテンツ部分(どんな受信機でも確実に表示される部分)となる。
ただ、コンテンツによってはオーバー・スキャン部分を映像として使用しているものもあり、もし画面の周囲が欠けてしまっている場合は、オーバー・スキャン/アンダー・スキャンの設定を確認するといいだろう。民生用機器では普通、オーバー・スキャン/アンダー・スキャンの設定は変えられないが、業務用機器では設定を変えられるものが多い。
『画角』と『解像度』の覚えておきたい知識
その3:パソコン画面の画角/解像度
ビデオ機器の画角/解像度は、アナログ時代のなごりで720pや1080iなど、縦方向の走査線の本数で表すのが一般的だが、パソコン画面の画角/解像度は縦横のピクセル数で表すのが一般的になっている。ピクセルというのは、画面上に表示される色情報の最小単位(画素)のことで、例えばSDの場合は640×480となる。
この縦横のピクセル数に関しては、業界標準化団体のVESA(Video Electronics Standards Association)が策定したものだけでなく、メーカーが独自に定めたものも多数存在し、それぞれに“VGA”や“WUXGA”といった呼称が付けられている。主なものは以下のとおりだ(括弧内はアスペクト比)。
● VGA/SD:640×480(4:3)
● SVGA:800×600(4:3)
● XGA:1024×768(4:3)
● HD:1280×720(16:9)
● UXGA:1600×900(4:3)
● FHD:1920×1080(16:9)
● WUXGA:1920×1200(16:10)
このようにビデオ機器と違って、パソコン画面の画角/解像度は非常にバリエーションが多いのがポイントだ。中には4:3や16:9ではない、16:10といったアスペクト比のものもある。
実際にビデオ機器を取り扱う際に気を付けなければならないのが、現場では異なるアスペクト比の機材が混在するということである。例えばDVDプレーヤーは16:9、ビデオ再生用パソコンは5:4、プレゼン用パソコンは4:3など、異なるアスペクト比の映像信号を切り替えなければならないということがよくあるのだ。そういった場合、先述のアスペクト比変換を行うわけだが、何も考えずに作業すると、表示させたい画角の上下が欠けてしまったりといったトラブルが発生する。映像の縦横比率=アスペクト比という概念は音には無いものなので、常に意識しておいた方がいいだろう。
4:フレームレート
単位時間あたりの静止画の数(コマ数)を表すのが、“フレームレート”だ。フレームレートが細かくなればなるほど、映像の動きは滑らかになる。音でいうサンプリング・レートをイメージすれば分かりやすいだろう。通常は1秒あたりの数値で表し、単位はfps(frames per second)が一般的だ。フレームレートもアスペクト比同様、様々なフレーム数が存在する。主なものは以下のとおりだ。
● 60fps:主にパソコンの画面など
● 59.94fps(NTSC):日本やアメリカのテレビ放送など
● 50fps(PAL):ヨーロッパや中国のテレビ放送など
● 30fps:主に動画ファイルやCGなど
● 24fps:主に映画など
日本のテレビ放送では“NTSC”という方式が採用されており、そのフレームレートは59.94fpsという中途半場な値になっている(このような値のことを“ドロップフレーム”と言う)。テレビ放送がモノクロだった時代はキリのよい値だったのだが、カラーに移行する際にドロップフレームになった(その経緯について興味のある方は、ネットで調べていただきたい)。
また、パソコンの場合、1秒あたりの画面の書き換え回数のことを“リフレッシュ・レート”と呼ぶ。リフレッシュ・レートの単位はHzで、走査方式がプログレッシブの場合はフレームレートと同じ値になるのだが、アナログ・テレビ放送などのインターレースの場合は違う値となる(プログレッシブとインターレースに関しては後述)。リフレッシュ・レートは60Hzが一般的だが、最近流行しているeスポーツなどでは、より滑らかな120Hz以上が使われることも多い。
5:描画方式
最後に紹介する要素が、『描画方式』だ。これは文字どおり、映像をどのように描画するかを定義するもので、“プログレッシブ”と“インターレース”という2種類の方式が主流になっている。プログレッシブは、パラパラまんがと同じく映像を1枚ずつ描画する方式で、インターレースは走査線を間引いて描画する方式。元々はテレビ放送の送信データ量を軽減するために採用された方式であり、フレームレートが高速であれば、人間の目には違和感なく映る。デジタル化した現在のテレビ放送で採用されているのも、インターレースだ。『画角』と『解像度』を表す1080iや720pの末尾のアルファベットは、この『描画方式』のことを表している(プログレッシブが「p」で、インターレースが「i」)。
❸ 映像信号と音声信号
映像信号にはアナログ信号とデジタル信号の2種類がある。アナログ信号は映像を電気信号の強さで表現し、デジタル信号は映像をデータ化(数値化)して表現する。現在主流なのはデジタル信号だが、それぞれ以下のような利点と弱点がある。
● アナログ信号
利点:電気回路で簡単に増幅/分配ができる
弱点:調整に電気回路のノウハウが必要
高画質化する場合、回路が高価になる
高解像度化が難しい
● デジタル信号
利点:高画質
信号はデータのため、圧縮やプロテクトが可能
音声も同時に送受信可能
弱点:信号が規格を満たさない場合、映像が映らない
冒頭で述べたとおり、本誌で取り上げるようなプロの現場では、音と映像を同時に取り扱うことが多い。この点において、映像信号と音声信号を一緒に送受信できるデジタル信号はメリットが大きいと言えるだろう。業務用コンバーターを使用することで、映像信号と音声信号を統合したり、逆に映像信号と音声信号を分離することができる。その際に使用されるのが、以下の用語だ。
● デジタル映像信号に音声信号を統合する
○ エンベデッド(Embedded)
○ マックス(Mux) ※“Multiplex”=多重化の意
○ 重畳(ちょうじょう)
● デジタル映像信号と音声信号を分離する
○ ディエンベデッド(De-embedded)
○ デマックス(Demux)
次号掲載の第二回では、現代の映像機器に欠かせない規格=“HDMI”の概要、実際の現場における機器のセッティング、そのトラブル・シューティングについて解説する。
音響技術者/音響会社におすすめの映像機器 #1
ローランド V-02HD
世界最小サイズのビデオ・スイッチャー
ミキシング・コンソールを操作しながら映像のスイッチングも行いたい…… という音響技術者の間で人気を集めているのが、ローランドのV-02HDだ。昨年の『Inter BEE』で発表されたV-02HDは、世界最小サイズのビデオ・スイッチャー。2系統のHDMI入力をTバーやフット・スイッチで簡単に切り替えることができ、映像入力/出力にはスケーラー(解像度の自動調整機能)が内蔵されているので、接続するビデオ・カメラやパソコンの解像度を意識することなく使用できる。アナログの音声入力/出力も備わっており、クロマ・キーやピクチャー・イン・ピクチャーといった18種類の映像エフェクト機能も搭載。見た目はシンプルだが、ライブ・イベントや催し物などで、最低限の映像演出はこなせてしまう便利機材なのである。何より、横幅160×奥行108×高さ51mm/約600グラムという超コンパクト・サイズは、音響をメインに扱わなければならない技術者/会社にとって大きな魅力だろう。
問い合わせ:ローランド株式会社
Tel:050-3101-2555(お客様相談センター)
https://proav.roland.com/jp/