ハーマンインターナショナルは、去る9月8日に、東京・恵比寿のBLUE NOTE PLACEで「Sound Summit 2026 by Harman」を開催、JBLのフラッグシップとなる「Summit EVEREST」が遂に日本でお披露目された。

画像: 当日は、Summitシリーズのフラッグシップスピーカーとなる「Summit EVEREST」を、マークレビンソンのモノーラルパワーアンプ「No 631」でドライブした

当日は、Summitシリーズのフラッグシップスピーカーとなる「Summit EVEREST」を、マークレビンソンのモノーラルパワーアンプ「No 631」でドライブした

 冒頭、今回のイベントのために来日した、ハーマンインターナショナル ラグジュアリーオーディオ事業部 バイスプレジデント 兼 ゼネラルマネージャーのDavid Tovissi氏から挨拶が行われた。

 「こんなに色々な業界の方々が一堂に集まるのはアメリカでも見たことがありません。80年にわたるJBLの歴史の中で、プロジェクトシリーズは5モデルございました。開発においては、その時その時でJBLが持てる最高の技術を用いて設計を進めました。コストの制約を受けることなく、最高のモデルを作り上げてきたのです。

 今回は1機種のスピーカーに絞るのではなく、5機種のスピーカーを作り上げました。ここ日本において、Summitシリーズのフラッグシップスピーカーを発表できることは、この上ない喜びだと思っております」(David氏)

画像: ハーマンインターナショナル ラグジュアリーオーディオ事業部 バイスプレジデント 兼 ゼネラルマネージャー David Tovissi氏

ハーマンインターナショナル ラグジュアリーオーディオ事業部 バイスプレジデント 兼 ゼネラルマネージャー David Tovissi氏

 続いて、そんなJBLの歩みとフラッグシップスピーカーの歴史について、ハーマンインターナショナル プロダクトマーケティング部 サウンドエバンジェリストの藤田裕人氏から解説が行われた。

 JBLの創業者であるジェームズ・バロー・ランシング氏は、1927年にランシング・マニュファクチャリング社を設立した。その後、1941年にアルテックとの合併に伴って誕生したアルテック・ランシングの技術副社長に就任し、プロ業界に数々の業績を残すことになる。

 1946年にはLansing Sound Inc.を創立、これが現在のJBLの原点になるそうだ。この時彼は、プロ機器の性能を持った美しい家庭用スピーカーを作りたいという夢を抱いていたとかで、アルテック・ランシングのスタッフも彼を快く送り出したと言われている。

 その後、彼のイニシャルである「JBL」がブランド名として使われるようになり、高性能ユニットを化粧箱に収めた家具調スピーカーを市場に投入される。だがその後の業績悪化等もあり、1949年にランシング氏は命を絶ってしまう。

画像: ハーマンインターナショナル プロダクトマーケティング部 サウンドエバンジェリスト 藤田裕人氏

ハーマンインターナショナル プロダクトマーケティング部 サウンドエバンジェリスト 藤田裕人氏

 「残されたJBLのスタッフたちは、スピーカー作りのための各部門の専門家を雇ってチームで製品を作るという体制を整え、これがJBLプロジェクトスピーカーの立ち上げという形になるわけです」(藤田氏)

 プロジェクトスピーカーの第1弾が、1954年に登場した「D30085 Hartsfield」だ。当時JBLのアイコンになっていた15インチウーファーに、開発されたばかりのアルニコマグネットによる4インチのコンプレッションドライバーを使ったコーナー型スピーカーとしてデビュー、JBLの名を世界中に知らしめたそうだ。

 その後ステレオの時代に入り、「D44000 Paragon」が開発された。ステレオ再生のために湾曲した優雅なフロントパネルを持った、家具のようなステレオ一体型モデルとして世界中で高い評価を受け、多くの派生モデルも誕生している。本機は、その後30年に渡ってJBLのフラッグシップの座を占めることになった。

画像: 会場の廊下にある本棚には、JBLの過去の名機のスチールも飾られていた。写真は「D44000 Paragon」

会場の廊下にある本棚には、JBLの過去の名機のスチールも飾られていた。写真は「D44000 Paragon」

 1960年代になると、LE(リニア・エフェシェンシー)シリーズ・スピーカーユニット群を開発。それを搭載したトップモデルが組子格子グリルが特長の「D50S8R Olympus」で、ジャズ喫茶などで使われたことによって、ジャズならJBLという認識を多くの音楽ファンにもたらしたそうだ。

 70年代に入ると本格的にスタジオ・業務用スピーカーに参入し、「4300」シリーズが誕生する。そのひとつ「4343」はプロの業界だけではなく、多くのオーディオマニアにも支持された。さらに15インチウーファーを2基、12インチミッドレンジと4インチコンプレッションドライバー、高域用ホーンを持った「4350」「4355」がスタジオモニターのフラッグシップとして登場している。

 「1980年代に入ると、JBLは新しいフラッグシップを作るプロジェクトを立ち上げます。世界最高のスピーカーを作り出すということで誕生したのが、1985年の『DD55000 EVEREST』でした。余談ですが、この年に私どもハーマンインターナショナルジャパンがJBLの取り扱いを開始しました。JBL 80年の歴史の中の約半分を担ってきたと思うと、ちょっと感慨深いところもあるんです」と藤田さんは話していた。

画像: 1989年に発売された「K2 S9500」

1989年に発売された「K2 S9500」

 1989年には、「K2 S9500」が登場する。当時開発されたネオジムマグネットを使ったコンプレッションドライバーをアクリル削り出しのホーンの中心にマウントし、その上下を同じくネオジムマグネット搭載の14インチウーファー2基で挟み込む、シンメトリカル(仮想同軸)スタイルのスピーカーだった。このモデルも大きな注目を集め、現在でも愛用者は多い。またシングルウーファーの「K2 S7500」、12インチバージョンの「K2 S5000」「K2 S5500」といったバリエーションモデルも登場している。

 1990年代にはK2 S9500をスタジオモニターにアレンジした「M9500」が登場。1996年にはJBL 50周年モデルとして「4312 MK II」スタジオモニターが、さらに1999年には「TiK」シリーズも登場している。TiKシリーズは優美な曲線を描いたサイドパネルを備えたスピーカーで、この辺りのキャビネットの構想も、後のプロジェクトモデルに影響を与えているそうだ。

 2000年代に入ると、ミレニアムプロジェクトとして「K2 S9800」が誕生した。K2 S9800は、特殊な磁気構造を採用したアルニコマグネットを採用した15インチウーファーと、3インチベリリウム振動板コンプレッションドライバーを組み合わせたモデルで、以降も「K2 S5800」「K2 S4800」などのモデルに技術的な恩恵を与えるなど、大きな役割を果たしている。

画像: 会場2Fの本棚には様々なJBL関連書籍なども展示された

会場2Fの本棚には様々なJBL関連書籍なども展示された

 「JBL 60周年の2006年には、新たなフラッグシップスピーカー『EVEREST DD66000』が誕生しました。この時には、15インチウーファーやリアパネルを持たないキャビネット構造も取り入れられました。HartsfieldやParagonに始まる歴史的なフラッグシップスピーカーの要素を取り込んでデザインされたのが、EVREEST DD66000ということになります。さらに、このキャビネット構造を取り入れたシングルウーファー版が、2009年に登場した『K2 S9900』です」(藤田さん)

 そして2025年、新たなプロジェクトとして「Summit」シリーズが登場する。そこでは、各カテゴリーにおける最上級モデルをSummitシリーズとして位置づけるという形に統一された。

 具体的にはブックシェルフ型のフラッグシップ「Summit AMA」、25cmウーファー搭載の「Summit PUMORI」、そして30cmウーファー搭載の「Summit MAKALU」というラインナップで、今年6月には15インチウーファーを備えた「Summit K2」も発表されている。

画像: 左から「Summit AMA」「Summit PUMORI」「Summit MAKALU」で、右奥が「Summit K2」

左から「Summit AMA」「Summit PUMORI」「Summit MAKALU」で、右奥が「Summit K2」

 「そして今日、15インチウーファーを2基搭載したSummit EVERESTが登場します。皆様のお目にかかるのはこれが初めてとなります」という藤田さんの合図でSummit EVERESTがアンベールされ、ステージ上にその勇姿を現した。

 なお会場となった恵比寿のBLUE NOTE PLACEは、明治時代のレンガ造りの工場をイメージして1994年に造られた建物に入っているとかで、重厚感のある落ち着いた空間になっている。まさにSummit EVERESTの佇まいにぴったりの舞台だったと言えるだろう。(取材・文・撮影:泉 哲也)

画像: 会場となった、東京・恵比寿のBLUE NOTE PLACE

会場となった、東京・恵比寿のBLUE NOTE PLACE

画像: ステージ上は2Fまで吹き抜けになっており、たっぷりのエアボリュウムを備えた空間だった

ステージ上は2Fまで吹き抜けになっており、たっぷりのエアボリュウムを備えた空間だった

(後編に続く)

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