イギリスのアコースティックエナジーが発売した「AE140th Anniversary Edition」(以下AE1 40AE)は、往年の人気モデル「AE1」の現代版だが、たんなる復刻ではない。初代機を手がけたフィル・ジョーンズの基本設計を尊重しつつ、現代のリスナーが求める音を目指して同社の設計チームが再構築した新しいスピーカーなのだ。
外観と基本サイズは「AE1 Classic」など過去の製品群とほぼ共通だが、ドライバーユニットやクロスオーバーネットワークを大幅に見直すなど、現在の設計チームを主導するマット・スパンドル氏の設計手法は大胆かつ緻密だ。名機のリニューアルはハードルが高いのが常だが、その難題にどう挑戦し、どんな成果を上げたのか、興味は尽きない。
スピーカーシステム:アコースティックエナジー
AE1 40th Anniversary Edition ¥385,000(ペア、税込)

●型式:2ウェイ2スピーカー、バスレフ型
●使用ユニット:29mmドーム型ツイーター、125mmセラミック/アロイコーン型ウーファー
●再生周波数帯域:50Hz〜45kHz(+/-6dB)
●出力音圧レベル(感度):87dB/2.83v/m
●定格許容入力:150W
●クロスオーバー周波数:2.8kHz
●インピーダンス:6Ω
●寸法/質量:W180×H295×D240mm/7kg
オリジナルのAE1は9cmウーファーと2.5cmのツイーターで2ウェイを構成していたが、AE1 40AEはドライバーユニットの口径をそれぞれ12.5cmと2.9cmに拡大している。それでも特にウーファーはハイファイスピーカーとしてミニマムなもので、横幅18cm、高さ29.5cmというエンクロージャーのサイズもオリジナルと変わらない。
口径の拡大は、適切に設計すれば帯域の拡大だけでなく能率の向上や歪みの低減につながるので、今回の音質チューニングの核心となる部分だ。磁性流体を用いて冷却効果を高めるツイーターの技術はオリジナルから受け継いでいる。
ウーファーの振動板は旋盤成形技術を駆使した形状に特徴があり、表裏両面にアノダイズ処理を施したセラミック層を形成。剛性を高めつつ、共振対策を徹底している。磁気回路には新たにアルミ製のショートリングを追加し、さらなる歪みの低減を狙った。
クロスオーバーネットワークはプレミアムモデルとしてシリーズに導入された「AE1 Signature」の設計ノウハウを採り入れて回路部品のグレードを上げ、低次フィルターの長所を引き出す方向で音を追い込んでいる。
独自開発の低共振合成材を新たに導入したエンクロージャーの外装はハイグロスブラックとウォールナット天然木の2種類。今回は後者を試聴したが、ブラック仕上げの艶やかな光沢にも特別な魅力がある。10層に及ぶ入念な塗装工程が生む光沢には深みがあり、バッフル面エッジ部分のなめらかな加工にも目を奪われる。フィニッシュの美しさはオリジナルを上回るのではないだろうか。

約40年前に登場したオリジナルのAE1の音はいまも良く憶えている。ひとことで言えば、小ぶりな外観に似合わず実在感があり、インパクトが強い音だった。アビーロード・スタジオに導入されるなど、コンパクトモニターとして一時代を画したのもうなずけるし、他の小型スピーカーでは得られない浸透力の強い音が音楽ファンを虜にしたのも良くわかる。
一方、AE1 40AEの音は少し印象が異なる。最初に聴いた時のインパクトの強さよりも、いろいろな音源を聴き進めていくなかで、音楽的な説得力の強さに気付く。そんな音に生まれ変わっているのだ。
最初に結論を言ってしまうが、AE1 40AEはオリジナルの良さを受け継ぎながらも、表現の振幅を広げる方向で確実な進化を遂げている。浸透力や力強い実在感は健在だが、それを前面に出すことはない。鋭いアタックから柔らかいハーモニーまで、音色を描き分ける幅が広がり、バランスの良さを獲得しているのだ。ドライバーユニットやクロスオーバーネットワークの設計に最新の知見を投入したことによる進化をそこに聴き取ることができるし、ストリーミングを含む多様なソースを手に入れた現代のリスナーの耳を意識していることも明らかだ。
CDで聴いたニッキ・パロットは、アコースティックギターとサックスの鮮度が高く、余分な音が介在せずにダイレクトに音が届く爽快さ満点。一方、ヴォーカルはどの音域にも硬さがなく、肉声感とボディ感の豊かさをじっくり味わえる。ベースは一音一音に芯があり、弾むような躍動感が健在だ。反応の良さと心地良さはなかなか両立しにくいものだが、このスピーカーはその2つの要素を同時に満たす数少ない例外だと思う。

小型スピーカーには荷が重いかと懸念しながら大編成のオーケストラもあえて聴いてみた。弦と管の各セクションが同時に複雑な旋律とリズムを奏でるバルトーク「管弦楽のための協奏曲」を聴いたのだが、AE1 40AEはこの曲の複雑なレイヤー構造を意外なほど鮮明に描き出し、音数が多いフレーズでも混濁や飽和を感じさせない。リズムの音型を粒立ちよく再現し、低音楽器の動きがもたつくこともない。そのトランジェントの良さが、この余裕につながっているのだろう。
グランカッサやコントラバスの最低音域はさすがに限界が見えるが、アタックが明瞭なのでベースラインが埋もれることはなく、動きは俊敏だ。一歩引いて全体のバランスを確認しても、明るさや華やかさが支配的になることはなく、むしろ重心の低さを実感することができた。これもオリジナルからの明瞭な進化の一例だ。
ハイレゾを中心にファイル音源を再生すると、反応の良い低音や立体的な空間描写など、小型スピーカーならではの長所が浮かび上がってくる。「市民のためのファンファーレ」は打楽器と金管楽器に余分な音がまとわりつかないので、澄んだ余韻が広がり、音場は左右だけでなく前後に大きく広がる。
ドミニク・フィス=エメ「Birds」はベースが広がりすぎず、タイトで芯がある。オリジナルのAE1も質感の高いベースを引き出すスピーカーだったが、その長所を忠実に受け継いでいる。ヴォーカルはにじみがなくフォーカスも鮮明。ベースがかぶらないので、ブレスの生々しさも格別だ。バスレフポートを前面に配置しているため、後方の壁との距離が近いセッティングでも低音の質感を引き出しやすいメリットも大きい。
名機の系譜に連なる素性の良さを受け継ぎつつ、現代のハイファイ再生に照準を合わせて音を追い込む。伝統と革新を絶妙にブレンドして調和を目指す手法が確実な成果を上げている。



