愛知県長久手市のジブリパークにある「ジブリの大倉庫」にて、7月8日(水)より2つの新企画がスタートした。ひとつは、スタジオジブリがジブリパークのために初めて制作したオリジナル短編アニメーション映画『魔女の谷の夜』の上映。もうひとつは、宮﨑駿監督が約3年をかけて描き下ろした31点の立体絵箱を鑑賞できる「パノラマボックス展」の公開だ。開幕前日の7月7日に行なわれた内覧会では、宮崎吾朗監督と山下明彦監督による記者会見も開催された。

映画を作ることこそが、ジブリにとっての“アトラクション”
「映像展示室オリヲン座」にて上映が開始された『魔女の谷の夜』は約14分間の短編アニメーションで、舞台はジブリパークの人気エリア「魔女の谷」。閉園後の「魔女の谷」で起きる不思議な出来事に、パークで働くスタッフの“新人くん” が巻き込まれていくというストーリーだ。
本作で原案と共同監督を務めた宮崎吾朗監督は、制作の経緯について「ジブリパークには、いわゆるテーマパークにあるようなアトラクションがない。でもスタジオジブリが関わっているパークなのだから、映画がジブリパークにとっての “アトラクション” だと考えた」と語る。「短編作品を作ったというよりも、アトラクションを作ったという感覚がある」という言葉の通り、スクリーン狭しとキャラクターたちが動き回る躍動感たっぷりの映像に仕上がっている。
深夜0時になると、魔女の家、グーチョキパン屋、ハッター帽子店、オキノ邸など「魔女の谷」にある建物たちからニョキっと足が生えて動き出すという奇想天外なアイデアを形にした本作。なかでも吾朗監督が「どうしても動かしたかった」というのが、「魔女の谷」の目玉として鎮座する「ハウルの城」だ。「ハウルの城は映画の中ではよく動くけれど、パークではずっと座ったまま。たまには動かないと健康に悪いと思った」と、本作を制作したきっかけを明かしてくれた。

ユーモアを交えながら質問に答える宮崎吾朗監督

『魔女の谷の夜』に登場するジブリパークのスタッフ “新人くん”
ロケ地がすぐそこにある映画体験。躍動するアニメーションと音響
共同で監督を務めた山下明彦監督は、スタジオジブリ作品で数々の重要な作画を担ってきたベテランアニメーター。山下監督は、別の企画が行き詰まっていた際に吾朗監督から本作のスケッチを見せられ、「ひと目見て『面白い!』と思って、すぐに絵が浮かんだ。こんなにすぐに絵が浮かぶことは滅多にない」と、当時のインスピレーションの強さを振り返った。
映像的な見どころとして特筆すべきは、擬人化された建物たちのユニークな動きだ。ハッター帽子店は「おばあちゃん」、猫の事務所は「やんちゃな小犬」といったキャラクターづけがなされており、言葉ではなく動きだけで建物の感情が表現されている。山下監督ならではのアニメーションの快楽が存分に味わえるはずだ。
さらに注目したいのが、声と音楽の演出。主人公の “新人くん” にはSixTONESのジェシー、先輩の“キクエさん” にはアイナ・ジ・エンドが起用され、ともに声優初挑戦ながら好演を見せている。山下監督も「ジェシーさんは三枚目的なキャラクターを見事に演じ、アイナさんの可愛らしい声もキャラクターにとても合っていた」と太鼓判を押す。武部聡志による音楽が、魔法に包まれた夜のパークの臨場感をさらに引き立てている。
「映画を見るのが先か、現地(魔女の谷)を見るのが先か。ロケ地がすぐそこにあって、どちらからでも楽しめるのが一番の魅力」と山下監督が語るように、映像作品と現実の空間がリンクする稀有な体験は、ジブリパークならではの醍醐味と言えるだろう。劇中には『君たちはどう生きるか』のアオサギなど、ジブリ作品のキャラクターもこっそり隠れているとのことで、何度も足を運びたくなる仕掛けも随所に散りばめられている。

『魔女の谷の夜』の制作が楽しかったことを語る山下明彦監督

『魔女の谷の夜』はジブリパーク内の「魔女の谷」が舞台となっている
オーディオビジュアル的な見どころも多い『魔女の谷の夜』
内覧会では『魔女の谷の夜』の試写も行なわれたが、新人くんや「魔女の谷」の建物たちが動き回る様子を生き生きと演出するサウンドデザインには特に驚かされた。
オリヲン座のスピーカーシステムは、エレクトロボイス製のユニットをオリジナルエンクロージャーに収めた特注仕様。フロントL/C/Rスピーカーは、15インチウーファー2基、12インチミッドレンジ、コンプレッションドライバー+ホーンの3ウェイ4スピーカー。下部には18インチ・ダブルウーファーが4台取り付けられている。両側面にはサラウンドスピーカーが5基ずつ、背面にはサラウンドバックスピーカーが4基取り付けられているが、これらも同じくエレクトロボイス製で15インチウーファーを備えた同軸ユニットとなっている。
詳しくは、ジブリパーク開園時の2022年にお届けした潮 晴男さんによるリポート( https://online.stereosound.co.jp/_ct/17581265 )をご覧いただきたいが、アール・デコ調の趣味性の高い内装と同時代的なオーディオビジュアルのクォリティが同居するオリヲン座ならではの映画体験が得られることは間違いない。

内装だけでなく、クォリティにも徹底的にこだわった映像展示室オリヲン座。スクリーンサイズは約360インチで170席のシートを備える

マルチプレーンカメラの原理を体感する「パノラマボックス展」
もうひとつの目玉企画が、大倉庫の企画展示室で開催される「パノラマボックス展」である。宮﨑 駿監督が2022年の夏から2025年末まで、約3年半の月日を費やして自ら大真面目に作り上げた31点の「パノラマボックス」が並ぶ。
パノラマボックスとは、箱の中に描かれた絵をのぞきこむと、奥行きのある風景が広がって見える仕掛け絵のこと。キャラクターや背景画を別々に描き、紙を切り抜いて何層にも分けて配置する手法は、セルアニメーションにおける「マルチプレーンカメラ」の技法そのものだ。三次元の空間を平面の重なりによって表現する宮﨑駿監督の空間演出の妙を、アナログな紙工作を通して直感的に理解することができる、オーディオビジュアル的な観点から見てもひじょうに興味深い展示と言えるだろう。
展示空間は、『君たちはどう生きるか』に登場する「時の回廊」をモチーフにしており、ずらりと並んだ扉の窓を覗き込むスタイル。『風の谷のナウシカ』から『君たちはどう生きるか』まで、宮﨑駿監督自身の「時の回廊」を巡るような構成になっている。

風の谷のナウシカ/「ワァーごめん」

魔女の宅急便/「オーイあぶないよ」
大人は「31回しゃがんで」宮﨑駿の頭の中をのぞき込んでほしい
本展示の監修を務めた宮崎吾朗監督は、「宮﨑 駿が『平面の絵を重ねることで立体の空間を作っている』ことがよくわかる展示。なぜ彼の絵が面白いのか、箱をのぞき込んでいるとわかってくる」とその意義を語る。
鑑賞にあたっての大切なポイントは「のぞき込む視点」だという。窓の高さは、小さな子供や車椅子の方の目線に合わせて低めに設定されている。吾朗監督は「大人の方も、上から見下ろして見るのではなく、中腰になって子どもと同じような目線で見てほしい。そうすると目の前に空間が広がってくるはず」と語り、「展示は31点あるので、頑張って31回中腰になってのぞいてほしい」と続けた。上下左右に視線を振ることで見え方が変わり、まるでそのシーンに入り込んだような感覚を味わえるということだ。
作品の中には、原作映画には登場しないキャラクターが紛れ込んでいるものもあるという。吾朗監督によれば「(宮﨑 駿は)映画の世界をそのまま再現しようとはしていない。いまの自分が描いていて面白いか、あるいは子どもが見て喜ぶか。それを基準に描いていると思う。最近はますますタガが外れていて、自由に表現を楽しんでいる。死ぬまで絵を描き続けてほしい」とのこと。巨匠の衰えぬ創作意欲と遊び心が、小さな箱の中に凝縮されているのだ。
映画館(オリヲン座)で新作短編映画の映像と音響を浴び、展示室でアニメーションの視覚的魔法の源流に触れる。ジブリパークの新たな展開は、オーディオビジュアルを愛する者にとって、きわめて刺激的なエンタテインメント体験を提供してくれそうだ。

もののけ姫/「群狼」

君たちはどう生きるか/「インコ帝国」
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