香港で設立されたブランド、ICE LABから発売されたふたつのIEM(インイヤーモニター)、「PRISMATICA」と「SPECTRUMICA」を試聴レポート。自社で生産工場を持ち、ひとつひとつのパーツにこだわる職人気質のブランドの実力を詳しく紹介する。
ICE LABは設計から生産まで一貫して香港で行なう、IEMと高級ケーブルのブランド
ICE LABは2012年に香港で設立されたブランドで、以来10年以上にわたってカスタムIEMを制作してきた。CEOであるICE氏自身がエンジニアで、香港にある自社の生産工場ではCNC 5軸ミルを導入し、設計から生産まで一貫した製品づくりを行なっている。設計はもちろんパーツにまでこだわり、細心の注意を払って製造されているという。こんな職人気質のブランドの日本で発売される2つのモデルを聴いてみよう。まずは製品の概要から。
PRISMATICAは、日本で発売される初めてのモデルで、BAドライバー×5の構成。SONIONの超高域用BA2基と、KnowlesのフルレンジBAが2基、Knowlesの超低域用BAが1基という構成。クロスオーバー回路をアナログ処理による3wayネットワークで、TRW社の抵抗とELNA製コンデンサーを採用した、基板を使用しないネットワーク回路となっている。接続ケーブルはAWG(ワイヤーの太さの規格):24.6の5N線形結晶無酸素銅OFCを純銀コートしたもの。端子は4.4mmのバランスとなる。青く輝くトッププレートにはゴールドの幾何学的模様がプリントされており、中央にはICEの文字をパターン化したデザインとなっている。

有線イヤホン
ICE LAB
PRISMATICA
¥155,000(税込)

●PRISMATICAの主な仕様
ドライバー:5BA(Knowles社製超低域用BAドライバー×1、Sonion社製コンポジットタイプ超高域用BA ドライバー×2、フルレンジBAドライバー×2)
周波数再生帯域:12Hz~25kHz
インピーダンス:13.5Ω
感度:106dB
ケーブル:AWG 24.6、5N無酸素銅シルバーコーティング
コネクター:0.78 2Pin
プラグ:4.4mmバランス
続いてはSPECTRUMICA。光がプリズムを通過する際に生じる鮮やかな色の配列である「スペクトル」と、空気伝導と骨伝導を組み合わせた構成から二重屈折特性をもつ「Mica/ミカ」を組み合わせた造語が名称となっている。高域用のSONION製EST(静電)ドライバー、SONION製BAドライバー、低域用セラミックダイナミックドライバー、骨伝導ドライバーによる4種のユニットを組み合わせた計8ドライバー構成となる。優れたドライバーを吟味しただけでなく、ネットワーク回路にはELNA製のオーディオコンデンサー、パナソニック薄膜コンデンサー、金属フィルム抵抗器を使用。内部配線にはOCC銅と金メッキ純銀を組み合わせたものを使用している。こちらも接続ケーブル端子は4.4mmバランスとなる。精密に加工されたアルミニウム削り出しのハウジングには、円形のモチーフと放射状のパターンを組み合わせたデザインのアルミニウム切削によるフェイスプレートが組み合わされている。その緻密な加工の美しさも製品の大きな魅力だ。

有線イヤホン
ICE LAB
SPECTRUMICA
¥376,800(税込)

●SPECTRUMICAの主な仕様
ドライバー:8基(1DD+1BA+4BA+2EST)セラミックダイアフラム搭載ダイナミックドライバー×1、コイル式骨伝導ドライバー×1、Sonion BAドライバー×4、Sonion静電式高域用ドライバー×2
周波数特性:10Hz~40kHz
インピーダンス:7Ω(DRC)
感度:93.5dB@1kHz
ケーブル:OCC銅と金メッキOCC銅を組み合わせたLitz Type 4S構造 特殊なツイスト構造のコアから編み上げられた立体的なシールドネットワーク
コネクター:0.78 2Pin
プラグ:4.4mmバランス
「PRISMATICA」は、高解像度で音が間近に迫る。勢いのある元気なサウンドが楽しめる
まずはPRISMATICAから聴いてみた。プレーヤーはAstell&Kernの「PD10」。ヘッドホンアンプはベンチマークの「HPA4」を使用している。PD10は付属のクレードルを使用してバランス接続し、HPA4とイヤホンは変換アダプターを使用して4.4mmバランス接続した。
小澤征爾/サイトウ・キネン・オーケストラによる「ベルリオーズ/幻想交響曲」の第4楽章を聴くと、まず、音数の多さ、情報量の豊かさに驚かされる。バイオリンの奏でる旋律が、ひとつではなく複数の楽器で演奏されているのがはっきりと分かる。そして、一つ一つの音が間近に迫るような距離の近さを感じる。ホールの中央から後ろ寄りの席で全体を俯瞰するというよりは、最前列でオーケストラの音を浴びるような感覚で聴いている印象に近い。低域もしっかりとローエンドまで伸びていて、低音弦の響きの余韻や打楽器が、力強く叩いたときの空気が震えるような感覚までよく伝わる。なかなかにパワフルな音だ。

それでいて、音色は自然でクセがなく、低域から高域まで音調が変化するようなこともない。このあたりはクロスオーバー回路の出来の良さを感じる。マルチBAの広帯域で、しかもフルレンジのような一体感がある。
SACDで発売された『交響詩 さよなら銀河鉄道999-アンドロメダ終着駅-』から「終曲~戦いの歌~」を聴くと、深く響く男性の勇ましい歌声が力強く鳴る。解像度は高いが、カリカリの硬さや細さを感じない、血の通った男声の力強さと厚みがよく伝わってくる。だから、高解像度な音のイヤホンにありがちな、ある種の冷たさを感じることもなく、生き生きとした声の感触があり、聴き心地も良い。オーケストラによる演奏も力強さと雄大さが出て、クライマックスの高揚感を存分に味わえる。映画を見ている人ならばよく分かる、胸が熱くなってくる感覚がある。
現在大ヒット中でお気に入りの曲でもある『米津玄師/JANE DOE』を聴くと、宇多田ヒカルと米津玄師によるデュエットが眼前に浮かび上がる。声の質感も豊かだし、途中で挟むブレスと吐息がたまらなく色っぽい。米津玄師の声の厚みもしっかりとしたもの。ふたりの声が重なるデュエット部分も分離は良く、どちらもセンター定位ながら混濁なくわずかに距離がある。まるでふたりが身体を寄せ合って歌っているかのようで、これもかなり色っぽい。
そのほか、最新のヒット曲やアニソンなどを聴いてみたが、高解像度でかなりシャープな感触があり、しかもダイレクト感も強く音の近いサウンドなのに、耳に刺さるような感じもないし、ガチャガチャした喧しい雰囲気にならないのは、見事な仕上がりだ。目の前で歌っているようなダイレクト感や熱気たっぷりの実体感のある音が持ち味と言える。
「SPECTRUMICA」は力強い低音をベースに中高域が生き生きと輝く。さらに上質なサウンドが楽しめる
今度は上位モデルのSPECTRUMICA。プレーヤーなどは同じく、PD10+付属クレードルとベンチマークHPA4で、どちらもバランス接続としている。解像感の高さや、しっかりとした厚みのある低音がしっかりと音楽を支え、中高域が生き生きと鳴るライブ感のある鳴り方はPRISMATICAにも通じるものがある。これがICE LABの持ち味なのだろう。そして、そこからさらに質感の豊かさを感じるのがSPECTRUMICAの凄いところ。たとえば、ティンパニの連打は多くの場合「ダララララ・・・」と少しドロドロした感じになりやすいが、SPECTRUMICAは「ダダダダダ」と切れ味よく鳴らしつつも、ドロドロした響きが乗っている感じまで精密に鳴らす。単純に個々の音が高解像度で正確というのではなく、高解像度でしかもライブ感のある音なのだ。このあたりは骨伝導ドライバーが良い仕事をしているようにも感じた。

骨伝導ドライバー自体はいかにも低音が鳴っているという感じはないし、頭蓋骨が震えるというほどのものではないが、低音特有の長い残響をしっかり伝えているように感じる。解像感と響きの豊かさの両立は、これが理由かと思っている。結果として、一音一音が立つ明瞭さと、音の勢いや躍動感のある深みと重みのある低音になっている。これは極めて上等な低音だ。リズム感がよく、爽快でパワフル。EDMのようなグルーヴ感が重要な曲などは、とても気持ちよく楽しめるだろう。
『交響詩 さよなら銀河鉄道999-アンドロメダ終着駅-』の「終曲~戦いの歌~」は、コーラスの人数が分かるような精密な鳴らしわけをするし、1979年公開の映画の劇伴なので、最新の音源と比べるとややナロウレンジというか中域が厚いかまぼこ型のバランスとなっているのもよく分かる。辛口というほどではないが、モニター的な正確さも感じる。また、ダイレクト感のある音が近い感触はこちらも同じなのだが、その上で、自分を包み込むような音の広がりとか音場感にも優れているのも大きな特徴だろう。そのため、音を浴びるように聴くライブ感に加え、臨場感がさらに際立つ。

▲製品パッケージは結構豪華な仕様。2モデルとも、金属製の収納ケースが付属する
『米津玄師/JANE DOE』でも、それぞれの歌い方がよく出てニュアンスも豊か。正確な再現という意味でも高いレベルにあるが、加えて気持ちのこもった歌唱という味わい深さもよく伝わる。モニター的な冷静さと血の通ったホットさ、ライブ感を両立した絶妙なバランスになっている! これを両立させているイヤホンはあまりない。もちろん、骨伝導ドライバーだけでなく、BAやEST、ダイナミックを組み合わせたハイブリッドタイプだが、音調は一貫していてまとまりがよい。リズムの速い曲でももたつかず、ガチャガチャせずに元気よく鳴るのも共通した良さだ。
正確で統一感のあるサウンドが持ち味。それぞれにICE LABの良さを実感できる有線イヤホンだ
PRISMATICAもなかなか出来の良い音だったが、SPECTRUMICAはその良さをきちんと備えながらさらに質感を豊かにし、生き生きとしたライブ感を一層高めていることがよく分かる。まさしく今の自分の好みの音でもあり、現実に購入を検討してしまったほどだ。価格としては倍近い差があるが、ICE LABとしての音には一貫したものがあり、PRISMATICAで充分と感じる人もいると思われる一方で、SPECTRUMICAを聴いてしまったらもう戻れない、と感じる人も少なくないはず。さらに一段上のステージが見えてくるように感じるだろう。

フェイスプレートも特徴的な「PRISMATICA」(左)と「SPECTRUMICA」
イヤホンはメーカーによってさまざまなキャラクターがあり、同じブランドでも価格帯やコンセプトによって音作りに変化をつけることはある。これも面白さのひとつだ。だが、日本に上陸したばかりのブランドだけに、まずはICE LABの良さをズバリ伝えるモデルを出してきたのは、正しい戦略だと思われる。
この2モデルを聴いて、どちらを選んでも満足度は高いと思うが、なによりICE LABというブランドが今後も含めて信頼できる優れたイヤホンブランドだと分かってもらえると思う。

