オーディオファンにも、そうでない人にも、ヘッドホンについてもっとよく知ってもらいたいという思いからスタートした本連載も、無事第10回を迎えることができました。そこで今回と次回では、ヘッドホンのキーデバイスである「ドライバー」について詳しく解説します。ひとことでドライバーと言っても、形状や仕組みには様々な種類があり、それを知っておくことは、製品選びの一助にもなるはずです。ぜひお楽しみください。(Stereo Sound ONLINE編集部)

§10 ヘッドホンのドライバー(前編)

 ヘッドホンのもっとも重要な機能は何かというと、電気信号を音に変換するトランスデューサーとしての働きですが、このスピーカーユニットに相当する部品をヘッドホンでは「ドライバー」と呼んでいます。

 ヘッドホン用のドライバーといえば今は大半がダイナミック形のものですが、ダイナミック形の中にもいくつもの方式があり、ダイナミック形以外にも色々な駆動原理があります。それぞれに特徴があるとともに、時代ごとの素材技術や用途の変化に応じて開発されてきた歴史があるのです。

 ヘッドホンに用いられるドライバーの技術について、各種タイプの動作原理や、それらが生まれた背景まで、私なりの理解で本稿にてご紹介したいと思います。

 最初に、スピーカーユニットとヘッドホン用のドライバーについて比較してみたいと思います。

 そもそもヘッドホンの初期のものではスピーカーユニットを転用するケースが多かったですし、どちらも電気信号を音に変換する機能には違いがありません。しかし、現在ではそのスペックには大きな差があります。

 近年では、それぞれの使い方の中で最高の音質を実現すべく進化しており、例えば同じダイナミック形でもスピーカー専用、ヘッドホン専用で仕様がそれぞれに最適化されているのです。

 ドライバーは、ヘッドホンの形態に合わせて小型化するとともに、フィルターの通気度調整による音響設定が可能な仕様へと変化してきているのが分かります。

画像: §10 ヘッドホンのドライバー(前編)

●マグネチック形
 ドライバーの歴史でもっとも古いものは何かというと、最初の電話機で使用されたマグネチック形のものになると思います。今でもマグネチックイヤホンなどに使われているドライバーのタイプです。

画像: ソニー 「ME-83」(マグネチックイヤホン、生産終了)。および、マグネチック形ドライバーの構造

ソニー 「ME-83」(マグネチックイヤホン、生産終了)。および、マグネチック形ドライバーの構造

 マグネチック形の動作原理を簡単に紹介します。

 振動板にはアーマチュア(可動鉄片)が一体化していて、これはマグネットに常に吸引された状態になっています。磁極に巻かれたコイルに流れる電流に応じて、このアーマチュアの磁気吸引力が増減することで、振動板が動く仕組みとなっています。

 ダイナミック形の場合は空芯で巻いたコイルを柔らかい振動板上に接着するのですが、マグネチック形の場合は固定された鉄心に巻き付けることができ、振動板の構造も単純なので、作りやすくまた堅牢な構造といえます。

 マグネチック形ドライバーの歴史を紐解くと、最初のものはベル(Alexander Graham Bell)の発明した電話機(1876)となります。受話器、送話器ともドライバーはマグネチック形でした。

 1877年ベルが起業したベル電話会社で電話機を独占的に販売しました。

画像: ベルの電話器、および電話 100 周年記念切手(13セント)のデザイン

ベルの電話器、および電話 100 周年記念切手(13セント)のデザイン

●バランスド・アーマチュア形
 ドライバーの歴史で次に登場した方式としては、バランスド・アーマチュア形(以下『BA』)だと思います。現在では、補聴器やイヤーモニターのイヤホン用に多く使用されています。

画像: Knowles社BAドライバーの例、およびBA形ドライバーの構造

Knowles社BAドライバーの例、およびBA形ドライバーの構造

 まず、BA形の動作原理について説明します。

 図のアーマチュア(可動鉄片)は上下の固定磁石のギャップ中間に位置しており、その周囲にコイルが巻かれています。コイルに流れる電流に応じてアーマチュア先端がN極、あるいはS極に励磁されると、アーマチュアには上下の固定磁石のN極、S極に貼り付こうとする吸引力が発生します。しかし、同時にアーマチュアは硬い金属バネなので、中央に戻ろうとする復元力もあります。この吸引力と復元力をバランスさせることによって、本来は硬い金属片であるアーマチュアがフニャフニャのひじょうに柔らかい状態になり、高感度で動くことができるのです。これが「バランスド・アーマチュア」の名前の由来です。

 BA形はマグネチック形の一形態ともいえますが、高感度である点と、プッシュプルの上下対称性のある動作になる点で、より優れた再生音質が得られることから、マグネチック形とは分けて説明されることが多いです。

 現在では、小型であることを特徴としてカナル式イヤホンや補聴器で主に使用されていますが、意外なことに最初のBAドライバーは、なんとヘッドホン用に搭載された55mmと大型のものでした。ボルドウィン(Nathaniel Baldwin)によって発明出願されたこの世界初の頭載型受話器は、1910年にはType-C型として商品化されました。

画像: 「Baldwin Type-C型ヘッドホン」(1910)。写真は、投野さんの私物とのこと

「Baldwin Type-C型ヘッドホン」(1910)。写真は、投野さんの私物とのこと

画像: Baldwin Type-C用 BAドライバーの構造

Baldwin Type-C用 BAドライバーの構造

 ちなみに、この当時のマグネットとしてはまだ鉄系の鋼材を磁化して使用していました。セラミック系などの強力な磁石の進化は、フェライト磁石発明の1930年以降になります。

●ダイナミック形
 現代のヘッドホンで、もっとも一般的なドライバーはダイナミック形です。

 ダイナミック形は、別名ムービング・コイル形とも呼ばれ、磁気ギャップ中に置かれたコイルに電流が流れるとフレミングの左手の法則に従って駆動力が発生し、そのコイル振動が直結した振動板を揺する構造となっています。

 コイルの内側に磁石のある内磁形と、コイルの外側に磁石のある外磁形の2種類があります。

画像: フレミング左手の法則、および内磁形、外磁形ダイナミックドライバーの構造

フレミング左手の法則、および内磁形、外磁形ダイナミックドライバーの構造

 歴史的には、ダイナミック形はヘッドホン用でなく、スピーカー用として1925年に開発されたものが最初です。GE社(General Electric)のケロッグ(Edward W. Kellogg)とライス(Chester W. Rice)の二人の技術者によって開発されました。ケロッグはGE先端技術研究所の初代所長であり、1934年には世界初の静電型スピーカーも発明していますから、20世紀のスピーカー技術発展には欠かせない技術者だったと思います。

 当時まだ、フェライトなどの強磁性永久磁石は実用化されていなかったため、フィールド磁極用に電磁石を用いていた点と、コーン紙の中心を蝶ダンパーで支える構造で中心保持を行っていた点など、興味深い構造です。

画像: Edward W. Kellogg(右)とChester W. Rice(左)および、彼らの発明したダイナミックスピーカーの構造 pmamagazine.org

Edward W. Kellogg(右)とChester W. Rice(左)および、彼らの発明したダイナミックスピーカーの構造

pmamagazine.org

 ダイナミック形ドライバーのヘッドホンへの応用はというと、Beyer社の「DT48」(1937)が最初だといわれています。

画像: Beyerdynamic社「DT-48」 (1937) blog-en.beyerdynamic.com

Beyerdynamic社「DT-48」 (1937)

blog-en.beyerdynamic.com

 Beyer社の「DT」という型名は「Dynamic Telephone」の略ということで、当時まだヘッドホンは音楽鑑賞用というよりも通信用受話器としての位置づけの方が強かったことがうかがえます。

 音楽の記録再生メディアとしての円盤形レコードはというと、当時すでに1887年にベルリナー(Emil Berliner)の発明したグラモフォンがありましたが、この円盤式レコードが一般家庭にまで広く普及するには、1925年の機械式録音から電気式録音への移行や、1940年代のポリ塩化ビニル樹脂を使ったディスクの実用化を待たなくてはならなかったのです。

●平面磁気形
 「Planar Magnetic」「Isodynamic」「Orthodynamic」など、多くの別名を持つ方式ですが、ダイナミック形の一形態です。

 一般のダイナミック形がリング状の磁気回路とボイスコイルで振動板を駆動するのに対して、平面磁気形では平面配置のマグネットと向い合せで平面振動板を配置し、この振動板上に導体を形成して駆動するのが大きな特徴です。

 駆動力の発生するコイルが振動板全体に配置されているために、振動板の中の分割振動共振が起きにくく、広帯域再生に向いているという考え方です。

 以下に、平面磁気形ドライバーの構造図と、最初にヘッドホンに平面磁気形ドライバーを採用したWharfedale社製の「ID1型」(1972)をご紹介します。

画像: 平面磁気形ドライバーの構造、およびWharfedale社製の「ID1」(1972) www.head-fi.org

平面磁気形ドライバーの構造、およびWharfedale社製の「ID1」(1972)

www.head-fi.org

●ハイルエアモーション形
 ハイルドライバー、AMT(エア・モーション・トランスデューサー)とも呼ばれるこのドライバーもダイナミック形の一種で、アメリカのハイル科学研究所のオスカー・ハイル博士によって開発され、「ESS ハイルエア・モーション・トランスフォーマー(AMT)ツイーター」として、スピーカーシステムに搭載されました。

画像: ESSの「amt1」(1973年頃) essspeakers.store

ESSの「amt1」(1973年頃)

essspeakers.store

 構造的には振動板がひじょうにユニークで、柔軟なアコーディオンプリーツ状になっています。プリーツには通電路が埋め込まれており、信号電流が流れると向い合ったプリーツ間に吸引反発力が生じ、その間の圧力変動によって音波を形成します。

 いくつかの実施パターンがありますが、レイアウトの一例を示すと下記のようなものになります。

 ヘッドホンでの実施例としては、oBravoの「Signature エアモーション」をご紹介します。

画像: ハイルエアモーション形の構造図、およびoBravo社「Signature エアモーション」 ascii.jp

ハイルエアモーション形の構造図、およびoBravo社「Signature エアモーション」

ascii.jp

 ハイルエアモーション形は、ドライバーの体積が小さくても大きな空気の移動量を作れる点で、変換効率が高いのが大きな特徴です。

※後編に続く

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