§9 私的音楽史観
私の連載記事ではオーディオやヘッドホンについて語ってきましたが、題材としているオーディオの商品はもちろん「音」を聴くことが主な目的です。しかし、その対象になる音楽の聴き方は昔からずっと同じかというとそうではなくて、私が現役の技術者として関わってきた時代だけでも大きく変化してきたと思います。
音楽の楽しみ方は時代ごとの人々の生活様式や技術環境の進化とともにスタイルが変遷するものです。また、音楽を創作する人は常に新しい独自な表現を探していますし、聴衆も特に若い音楽愛好家は新しい音楽体験を欲しています。そこで、音楽産業という観点でも、音楽のスタイルへの需要と供給の関係で見ることで、そこにあった必然的な変化が理解できます。
それぞれの音楽のスタイルに歴史的な背景や流れを理解することで、オーディオやヘッドホンについて、現在や未来の新しい音質や商品のあり方への見方が変わると私は考えているのです。
というわけで、今回はそんな私の過去の音楽体験なども交えつつ、超私的で偏見に満ちた音楽進化の歴史と未来予測、というテーマでまとめてみました。
音楽の授業で学んだいわゆる「音楽史」というものを再び思い起こすと、こんな図表が思い浮かびます。
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この図表に準じて、箇条書きで時代ごとのトピックを書き出してみました。また参考音源を、自分のお気に入り録音で紹介します。
中世教会音楽:ざっくり4〜14世紀
最初はキリスト教典礼などの読経や唱和から始まり、いつしか旋律が付くことでグレゴリア聖歌のようなモノフォニー音楽になります。
参考音源;グレゴリオ聖歌「怒りの日」
……古いミサのための音楽ですが、この憂いに満ちた旋律は後世の楽曲でも多く引用されています。
グレゴリオ聖歌: 怒りの日[ナクソス・クラシック・キュレーション #切ない]
www.youtube.comルネッサンス音楽:15〜16世紀
引き続き、宗教音楽が主流ですが、3度6度のハーモニーや対位法を用いたポリフォニー音楽が発展します。
参考音源;モンテヴェルディ「Pur ti miro」(L´arpeggiata)
……歌劇「ポッペアの戴冠」から「ポッペアとネローネの愛の二重唱」。旋律の絡みと移ろう和声がセクシー。
Monteverdi - Pur ti miro - L´arpeggiata
www.youtube.comバロック音楽;17世紀
あくまで王侯貴族のための音楽ですが、宗教目的から外れた作品としての声楽曲や器楽曲が発展した時代です。バッハ、ヘンデルなどが活躍し、自由で劇的な感情表現も出てきました。
参考音源;バッハ「2台のヴァイオリンのための協奏曲BWV 1043」(Perlman / Zukeran / Barenboim)……「フーガの技法」など、職人芸のバッハによる厳密な対位法を用いながらも、なんてロマンチック。
Bach BWV.1043 Double Violin Concerto in D Minor - Itzhak Perlman & Pinchas Zukerman
www.youtube.comウィーン古典派音楽(狭義のClassic音楽):18世紀
市民革命で封建制から近代民主主義へと移行し、音楽家はかならずしも王侯貴族の召し抱えでなく、音楽で生計を立てることも可能になりました。作曲して楽譜を販売したり、演奏会を開催したり、市民に音楽を教えたり、といった活動が生業のフリー音楽家が出てきました。モーツアルト、ベートーベンなどの名前が上げられます。
参考音源;モーツアルト「ピアノ協奏曲23番 K488」(Piano/ E. Heidsieck)
……悲喜こもごもの音楽表現として完成形!そして、どこまでも自由なハイドシェクのピアノ、大好きです。
Mozart: Piano Concerto No. 23, Heidsieck & Vandernoot (1960) モーツァルト ピアノ協奏曲第23番 ハイドシェック
www.youtube.comロマン派音楽:19世紀
楽曲の形式がより自由になり、感情表現、表題音楽、大規模で長大な管弦楽、国民楽派など、多様な作品が生まれます。ベルリオーズ、ブラームス、ワーグナー、マーラーなどなど、名前を挙げたらきりがありません。
参考音源;マーラー「交響曲第1番」(B. Walter / New York PO)
……巨大なスケールのマーラー交響曲。ワルター78歳のこの名演は7年後の再録音よりも力が漲ってます。
Mahler - Symphony No.1 ''Titan'' NEW MASTERING (Century’s rec.: Bruno Walter, New York Philharmonic)
www.youtube.com近現代音楽;20世紀
激しい感情表現が抑制された印象派であったり、抽象的な音楽や政治的なイデオロギーの表現まで、ポピュラリティから離脱気味の感もある時代です。ドビュッシー、ラベル、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィッチ、バルトーク、シェーンベルクなどが上げられます。
参考音源; バルトーク「弦打楽器とチェレスタのための音楽」(F. Reiner / Chicago SO)
……無調進行の中に、絶対音楽的な作曲技法や劇的な民族性の表出までが詰め込まれた、清冽な音楽。
Bartók: Music for Strings, Percussion and Celesta, Reiner & CSO (1958) 弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽 ライナー
www.youtube.com音楽の授業で教わる歴史は、だいたいこの辺までだったと思いますが、私的にはこの後の20世紀以降の音楽進化がとても重要に思えています。
まずこれも持論ですが、そもそもの音楽のルーツは、「聖」=聖なる音楽、「俗」=世俗の音楽、「踊」=ダンス音楽の3つだと思います。
聖なる音楽とは、前述のような読経に始まる宗教儀式のためのもので、その後も楽譜の発明とともに貴族のための格調高い趣味として受け継がれていました。
世俗の音楽とは、民謡や労働歌のような大衆に根付いた歌で、主に口伝で継承されていました。
舞曲は、これも世俗な音楽の一形態ですが、娯楽としてのダンスや、集団でのリズム反復で呪術的陶酔を得るためのものもあります。
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3つのルーツによる音楽は、社会階層、国境で隔離されながらそれぞれに楽しまれていました。前述の音楽年表は主に聖なる音楽の分野で体系的に進化したものをまとめた内容だと思いますが、20世紀以降の音楽ではこの「俗」と「踊」の分野がとても重要になってきたと私は思うのです。
さらに音楽様式の進化を推進する上で大事な役割を果たしたもののひとつは「楽器」の進化軸です。楽器は初期の音楽では、人の声であったり、手足を打ち鳴らすことから始まり、やがて打楽器、吹奏楽器、弦楽器、鍵盤楽器といった、より高度な仕組みのものが開発されていきます。
そして、もうひとつの大事な進化軸は、「オーディオ」の進化だと思います。
オーディオの出現による音楽進化に関わったものとして大きいのは、アンプ、マイク、スピーカーで、これらによって演奏者の拡声が可能になり、弦楽器や鍵盤楽器をベースに電気増幅した演奏も増えていきます。こうして、それまでは、仮に同時に1000人の聴衆を楽しませる演奏会場には昔は100人のオーケストラが必要だったのが、たった4人のバンドでも1000人を楽しませることが可能になったのです。
さらに、ラジオの登場で1000人どころか国中の聴衆を楽しませることが可能になり、音楽が家庭に入ってきたり、レコードと蓄音機によってひとつの音楽演奏が国を超え世界中に届けられるようになったのです。
このようにして、音楽産業が変わり、音楽家の楽曲制作のモチベーションが変わったのです。
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そして、20世紀のこの音楽産業の変化に加え、大陸間での人の移動や物流変化も受けて、ついには3つのルーツの音楽を仕切っていた壁である社会階級、国境、文化背景の境目が崩壊し、だれもが多様な音楽を楽しめるようになりました。
この壁の崩壊は、音楽ジャンルのクロスミックスによる多数の新しい音楽ジャンルをも生みだしました。例えばアフリカ系の人たちの音楽スタイルにキリスト教的な聖歌が加わって、ブルース、ゴスペルやニグロスピリチュアルのジャンルが誕生しました。そこに、よりリズムの効いたR&Bが生まれ、そこからカントリーミュージックなどのスタイルとの融合で白人主体のロックロールが派生しましたが、ブラックミュージックはよりファンクなスタイルやヒップホップなどのダンス要素の強い音楽へと変遷していきます。
そういった新ジャンルが生まれる時には前述のように、楽曲の演奏を支える楽器の進化や、録音技術と家庭での音楽再生機器の進化、そしてそれらを受けた音楽産業の需要と供給の関係変化があったのです。そして現代はというと、その進化はさらに加速していっていると思うのです。
大きなキーとなったのは、「デジタル」です。音源メディアとしてのCDで高音質な複写が可能になり、また音楽のデータ配信が可能になりました。また楽器としても、シンセサイザーによる演奏音源の加工が自由になり、DTMによって楽曲制作と演奏の限界が大きく変わりました。
さらに、個人が好きな音楽をメディアで所有する文化に変化があり、通信インフラの向上によってオンデマンドでいつでも好きな音楽を聴取可能になったのです。私のような昔の人間は「音楽をアルバムで所有する」ことの意味を改めて問われる時代になりました。
音楽は更に、映画、オーディオビジュアルといった「映像」コンテンツとの融合や、空間と時間を超える臨場感の体験が可能な「立体音響」も出てきています。
またアーチストが制作した音楽の発信方法でいうと、過去のように大手メディア業者によらずともソーシャルメディアで個人発信もできるようになり、聞き手が同時に作り手にもなりえる「インタラクティブ」な音楽の流通スタイルに変化してきています。
このようにして、21世紀には音楽が大きく進化しましたが、裏にある推進軸は、音楽の楽器、オーディオとの共調進化だったのだと思います。つまり、オーディオは「音楽トレンドをフォローするもの」ではなく、「音楽とともに進化するもの」だと、私は考えています。
オーディオの技術進化が音楽スタイルの進化を促した一例として、低音のトレンドを挙げたいと思います。
従来の音楽でベースパートとは主に、音楽の拍頭を刻んでリズムを支え、ハーモニーのルート音を支える形、つまり伴奏や裏方として存在していました。しかし、21世紀ではロックを中心としたポピュラー音楽で、ベース楽器とリズムなど構成したリフと呼ばれるパターンの繰り返しが楽曲をリードし、また楽曲の魅力の最重要なものともいえるくらいになってきたのです。
たとえば、ディープ・パープルの「Smoke on the water」、マイケル・ジャクソンの「BAD」など思い浮かべていただければ、メインヴォーカルが始まる前に、リフだけで楽曲のグルーブがほぼ作られているのが分かると思います。
こうして音楽においてベースの重要度は増してきて、ある意味主役ともいえるほどになってきたのだと思います。
参考音源;Smoke on the Water (Deep Purple)
Smoke on the Water (2024 Remaster)
www.youtube.com参考音源;Bad (Michael Jackson)
Bad (2012 Remaster)
www.youtube.comこのようなベース中心の音楽トレンドが起きる背景には、実はオーディオと楽器の進化が大きく関与していました。
「楽器」の進化、シンセサイザーやDTMの使用で、それまでのアコースティックなベース楽器では難しかった極低音の演奏が容易になりました。また、「オーディオ」としては、従来のテープ録音やヴァイナル録音での低音記録の物理限界が、デジタル記録によっての極低音まで録音可能になり、更にスーパーウーファーや密閉形ヘッドホンの普及で再生も可能になったのです。
このように、音楽における低音トレンドの環境が整ったことで、楽曲の制作においても作曲家が低い音域のベースラインを使い始めたのです。
1980年代で、すでに従来のアコースティックベースよりも1オクターブ低い「Sub Bass」が楽曲で使われ始め、今では標準的なものになっています。さらに近年のEDMなどでは2オクターブ低い「WobbleBass」も使われ始めています。30Hz近辺に入るこのようなサウンドは、聴感以上に体感に訴える音楽要素で、ライブ演奏でこの体験をした人には家庭でも再現したい欲求が出てくるので、今度はオーディオもそれに答えた技術進化が必要になるわけです。
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こうして見ていくと、音楽のスタイルは時代を経るほどに加速度的に変化してきているのが分かりますが、興味深いのはどの変化も従来のスタイルの全盛期に出現した時には否定的な見方をされていたことです。
ここで、私は音楽史を振り返って思うことがあります。
「バロック音楽」について前述しましたが、「バロック」という言葉は実はポルトガル語の「バロコ(barroco)」=「歪んだ真珠」に由来していて、丸くない、訳あり品の真珠のことを指しているのです。規格外の不良品であるがゆえに安価に購入できるしカジュアルに楽しめる、そんな肯定的なニュアンスもあります。
「バロック音楽」は17世紀の音楽シーンで、従来の宗教音楽の縛りが強かった「ルネサンス音楽」よりも、もっと自由で劇的で異端な音楽表現への違和感によって、まさにこの規格外品に例えられたのではないでしょうか。新しい文化というものはその登場時点では異端なものなので、既得権益者の分類では常に「サブカルチャー」という見方をされるのだとも思います。
現代に生きる我々も、実は新しい音楽ジャンルや新しい文化が生まれる場面に遭遇しています。例えば、「サブカル」と呼ばれるようなジャンルは、今ではまさにメインストリームになりつつあって、そのトレンドの中で生まれている新しい創造的な作品群には注目していかないといけないと思います。
もうひとつ音楽史的な進化を振り返った時に、オーディオの進化は不可逆的なもので、周波数帯域やSN比のようなスペックや、インターフェイスの自由度といった要素は大きく過去の品質を凌駕しています。
そういった技術の進化を持って、古い録音をリマスターして最新フォーマットに乗せる出版も出てきています。
幸いなことに、ステレオ初期からの作品の多くはマルチトラックのアナログ音源が残っていて、そこからのハイサンプルリング、リミックス、リマスターすると音質は目覚ましくよくできます。
以下の例は、ユニバーサルから発売されているビートルズ「アビイ・ロード」の空間オーディオ(ドルビーアトモス)リミックスですが、音質の改善と立体音響配置による分離の良さや演出の楽しさも加わり、それはビートルズの音楽世界に新しい魅力を加えてくれていると思います。
ここで一つ浮かぶのは、「ではこのような高音質新録音が出たら、旧録音に価値がなくなるのか?」という疑問ではないでしょうか。
しかし、私はそんなことはまったくないと思うのです。私にとって旧録音のオリジナルの音は、自分の当時の感動を呼びおこすものです。たとえ、それがスクラッチノイズに埋もれていても、再生帯域が狭かったとしても、それは当時聴いて胸を熱くしたものです。
またオリジナルの音というものは、アーティスト自身がその当時の音楽トレンドやオーディオ性能の枠の中で、最善と思われる音質として作り上げたものです。オーディオにはその時代ごとの音があるので、それはひとつの真実として価値を失うことは無いのです。オリジナル録音の「時代の音」も、最新再編集の「現代の音」も、どちらも別の作品としてその多様性を楽しむことができるのだと思います。
オーディオは、今後とも音楽の楽しみ方の多様な進化に対応しつつ、逆に新しい音楽のスタイル創生にも貢献していくと思います。さらにAIクリエーションを含めて楽曲制作や、よりイマーシブでインタラクティブな映像体験との共存の中で、どんな風に進化していくのか、私はとても楽しみでなりません。
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