昨年末に長編映画第二作『屋根裏のラジャー』を発表したスタジオポノック。本作はドルビーシネマでも公開され、その映像の美しさやドルビーアトモスの完成度の高さが注目を集めた。さらに今年5月にはドルビーアトモス音声を収録したUHDブルーレイも登場している。そんなスタジオポノック社内に、4K映像とイマーシブオーディオが楽しめる試写室が完成したという。そしてそこには潮 晴男さんの暗躍があったとか、なかったとか……。ということで、その潮さんと一緒にスタジオポノックにお邪魔し、完成した試写室の概要についてお話をうかがった。対応いただいたのは、株式会社スタジオポノック 制作事業部 事業部長 渡邊宏行さんと、同システム部長 林 雄吾さん。さらに施工を担当した株式会社ジーベックス 営業推進部 相川 敦さんの3名だ。
[4K UHD] 屋根裏のラジャー ¥8,580(税込)VWBS7534
数々のスタジオジブリ作品でアニメーターを務め、『ちいさな英雄 ーカニとタマゴと透明人間ー』の一篇『サムライエッグ』、『Tomorrow’s Leaves』では監督を務めた百瀬義行氏の長編最新作。
主人公は、忘れられると消えてしまう “想像”の少年ラジャー。少女アマンダの想像から生まれた“想像の友だち”=《イマジナリ》である彼はある日突然、消滅の危機に! ラジャーの現実と想像を超えた大冒険と奇跡を描く感動のファンタジー・アドベンチャーだ。
本作は劇場ではドルビーシネマでも公開されており、今回のUHDブルーレイには映像がHDR10、音声はドルビーアトモスで収録されている。
(C)2023 Ponoc
潮 今日はスタジオポノックさんにお邪魔して、先日完成したばかりの試写室を拝見したいと思います。ポノックさんが昨年末に公開した『屋根裏のラジャー』は、ドルビーシネマでも公開されるなど話題を集め、さらに同作のUHDブルーレイはHDR10とドルビーアトモスで収録されるなど、力の入った仕様になっています。
渡邊 弊社は、2015年に設立しました。その前年にスタジオジブリの制作部が解散したこともあり、当時ジブリに在籍していたプロデューサーの西村義明がスタジオジブリの志を継ぎ、子どもたちが真に楽しめるアニメーション映画を作ろうとスタジオを立ち上げ、米林宏昌監督の新作『メアリと魔女の花』を制作したことから始まりました。
その翌年には、新しい表現と技術の挑戦として手掛けた短編のトリロジー『ちいさな英雄ーカニとタマゴと透明人間ー』を制作。国際オリンピック文化遺産財団と共同制作の短編作品『Tomorrow’s Leaves』を発表、そして2023年12月に長編アニメーション映画『屋根裏のラジャー』を発表しています。
潮 そんなポノックさんがドルビーアトモス対応の試写室を社内に作るということで、実は私も事前に相川さんから機材の相談を受けていました。アニメーションスタジオが自前のイマーシブオーディオ再生環境を持つのは、たいへん珍しいと思います。素晴らしいことですね。
渡邊 ありがとうございます。実は半ば強引というか、なし崩し的に(笑)会社に認めてもらったという経緯もあります。
潮 そうだったんですか。確かに、試写室にはスペースも予算も必要ですからね。でも、パッケージディスクや配信でドルビーアトモスが使われているわけだし、エンドユーザーがポノック作品をどんな環境で楽しんでいるのか、自分たちで体験することも大切です。
渡邊 おっしゃる通りだと思います。弊社はアニメーション制作会社ですので、ラッシュと呼ばれる映像確認作業をしなくてはなりません。撮影作業が終わったデータをプロジェクターでスクリーンに投影して、それで問題ないかを判断するプロセスです。もともとこの部屋には、ラッシュ確認用のプロジェクターとスクリーンを設置していました。
相川 しかもプロジェクターは、業務用ではありますが、いわゆる標準品とも違っているんですよね。
渡邊 弊社ではポストプロダクション作業をIMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、IMAGICA EMS)にお願いしています。その試写環境にできるだけ近いものにしたいということで、IMAGICA EMSの技術者にお願いして、プロジェクターをチューニングしてもらっています。
相川 試写室というか、グレーディング環境に合った色合いを再現してもらいたいということで、定期的に調整を行っているそうです。
クリエイター自身が、ドルビーアトモスの魅力を体験できる。スタジオポノックの試写室(1)
渡邊 それに加えて、簡易的でしたが5.1chシステムが設置してありました。ただ、『屋根裏のラジャー』のUHDブルーレイにドルビーアトモス音声を収録するということになり、となると社内にもちゃんとした再生環境が必要だろうと考えたのです。
もちろんオーサリング作業を担当していただいたパナソニック映像のスタジオでもチェックはしていますが、後半はプルーフディスク(量産前の検証盤)でチェックしてくださいという話になるんです。映像はHDR対応モニターで確認しましたが、音はドルビーアトモスでは再生できなかったのです。
潮 プルーフディスクには、ドルビーアトモスで収録されていたのに、ですね。それはもったいない。
渡邊 ドルビーアトモス音声は、劇場用の音源を元に音響演出の笠松広司さんにブルーレイ用に調整してもらいましたが、正直な話、社内ではそれがどう仕上がっているのか確認できていませんでした。
自分たちが作った作品を、自分でチェックできないのは気持ち悪いなと思ったんです。パッケージになったものは、どういう風に見えるのか、聴こえるのかをちゃんと確認したいと思って、試写室にドルビーアトモス再生環境を作りましょうと会社に進言したという感じです。
潮 そうした渡邊さんの提案を受けて、会社としても、まずは今あるものを活用していこうという話になったわけですね。
渡邊 とはいえ、今までの機材はイマーシブオーディオ再生には使えそうになかったので、新たにシステムを組もうと考えました。そこでジーベックスの相川さんに相談してみたんです。
相川 たまたまその前後に、僕からポノックさんに様子うかがいの連絡を差し上げていました。そしたら、相談があるから来てくださいというお話になったんです。その時に、こういうことをやりたいんですという相談をいただき、色々ご提案を差し上げた次第です。
渡邊 試写室にドルビーアトモス再生環境を作ろうと思ったもうひとつの理由として、僕を含めたスタッフで、自宅にドルビーアトモス再生環境を持っている者がいなかったんです。でも、作品を作る以上は、商品としてのブルーレイがどんな風に仕上がっているかをみんなで知るべきだ、楽しむべきだと思ったのです。
また、ドルビーアトモスってどんな感じなんですか? という質問を受けることもあるんですが、なかなか言葉で言い表せないじゃないですか。であれば体験してもらうのが早いんじゃないかと考えました。
潮 素晴らしい! クリエイターはこうあるべきです。
渡邊 といっても、弊社のオフィスは賃貸なので、大きく改装するというわけにはいきませんでした。この部屋も試写室と呼んではいますが、実際には会議室としても使っていて、防音や調音などの対策はできていません。
クリエイター自身が、ドルビーアトモスの魅力を体験できる。スタジオポノックの試写室(2)
潮 ジーベックスさんに相談した時は、渡邊さんとしてはどんなイメージで考えていたんですか?
渡邊 林と相談しながら進めていきましたが、とにかくドルビーアトモスは再生したいと考えました。また本格的な映写室ではないので、そこまで立派にする必要はないだろうという考えもありましたが。
といっても、スピーカーを7.1.4にするか、7.1.2でいいのかといった点については、僕も回答を持っていませんでした。スピーカーの数が少ない方がコストも安くなるだろうから、7.1.2でいいんじゃないのと考えたりしてたんです(笑)。そしたら相川さんから、それではダメです、この部屋の広さだったら7.1.4は必要ですと言われました。
潮 ここは広さが20畳くらいありそうですから、トップスピーカー6本でもいいくらいです。
渡邊 さすがにそこまでは難しかったのですが、なんとか7.1.4には対応させようと。そこに至るまでは、どのAVアンプがお薦めかも含めて、相川さんに協力いただいています。
相川 弊社は主に映画館の施工を手掛けている会社ですので、基本的に家庭用機器は専門外でした。ただ、僕自身はオーディオビジュアルを趣味にしていますし、その知識や弊社とお付き合いのある家庭用機器を発売しているオーディオメーカーとのコネクションは持っていますので、その範囲でお受けすることになりました。
実際に機材の選定を進める上で困ったのは、渡邊さんから候補モデルを事前に試聴したいというご希望があったことでした。業務用機器ならそういったことも可能ですが、家庭用モデルでは貸し出しサービスもありませんし、さらにこの部屋で試したいということでしたので、悩みました。そこで以前から面識のあった潮さんにお願いして、お力添えをいただいたわけです。
潮 普通はありえないことだけど、渡邊さんの意向は相川さんからうかがっていましたし、今後のポノックさんの作品づくりの役に立つならということで、メーカーに打診しました。AVアンプについては、今ならマランツかデノンの製品がいいだろうと思ったわけです。
相川 そういった経緯でディーアンドエムホールディングスを紹介していただき、マランツとデノンのデモ機を借用して、この部屋で試聴会を行うことができました。
渡邊 その時の印象としては、僕にはマランツの方が元気がいいというか、こういう音で鳴らしたいという主張が際立っているように感じられて、好みでした。
相川 マランツは高域まで素直に伸びている感じで、デノンは中低域が安定した太い音で響いてくるといった違いを感じました。渡邊さんにどっちがお好きかを聞いたところ、マランツの再現性ということでしたので、今回は「CINEMA30」を導入いただくことになりました。
潮 ホームシアターの機器は、最終的には自分はどの音が好きかで決めるしかないから、そのアプローチは正解だと思います。
スタジオポノック試写室の主なシステム
●ディスプレイ:ソニー KJ-65ABH
●プロジェクター:JVC DLA-PX1
●スクリーン:スチュワート HD130(120インチ/16:9)
●UHDブルーレイプレーヤー:パナソニック DP-UB45
●ブルーレイレコーダー:パナソニック DMR-BRW1020
●AVアンプ:マランツ CINEMA30
●スピーカーシステム:
ポークオーディオ R500(フロントL/R)、R300(センター)
Cornered Audio Ci4(サラウンド、サラウンドバック)
JBL Stage 280C(トップフロント、トップリア)
●サブウーファー:モニターオーディオ VW8-BK
●スピーカーケーブル:カナレ 4S8G
相川 同時に、スピーカーの選定も行いました。もともとこの部屋で使っていた5.1chパッケージはセットで数万円の製品で、組み合わせていたAVアンプも1080/24pまでしか対応していなかったのです。
林 私は社内システムを担当していますが、この部屋ではリモート会議を行うことも多く、PCの4K信号をモニターに表示する必要もありました。そこでまずAVアンプのファームウェアをバージョンアップして4K/30pに対応したんですが、それでは力不足でした。どうしようかと思っていた時に、渡邊からここの試写室にドルビーアトモス再生環境を作りたいという提案があり、それならミーティングシステムと共用できるようにしようということで話を進めていきました。
潮 なるほど、そういう経緯があったんですね。確かに試写室だけというよりは、ミーティングなどでも使えたほうが会社としても認可しやすいかな。その他のシステムはどうやって決めていったのでしょう?
相川 スピーカーは、最初に渡邊さんからモニターオーディオを聴いてみたいという希望がありました。また僕の方で、潮さんから推薦のあったポークオーディオを店頭で聴いてみてみたら、なかなかよかったので、この2社の製品をお借りしました。
潮 僕はポークオーディオの「R700」を勧めたつもりだったんだけどねぇ。
相川 それはうかがっていましたが、スペース的に入らなかったんですよ(苦笑)。この部屋では通常は65インチモニターで映像を確認していますが、先程お話しした通りプロジェクターで検証することもあります。その場合、スクリーンと壁の間が結構ぎりぎりで、その幅に収まるスピーカーを選ばざるを得ませんでした。
渡邊 どのスピーカーを選ぶかについてはかなり試行錯誤しました。ポークオーディオとモニターオーディオのどちらも音はよかったんですが、最終的には予算の関係でポークオーディオに落ち着いたんです。
潮 ポークオーディオはコストパフォーマンスがひじょうに高いブランドですから、いい選択だったんじゃないかな。
渡邊 初めてポークオーディオの音を聴いた時は、この価格でこれだけの音がでるんだと、かなりびっくりしました。
相川 サウンドスクリーンではないのでセンタースピーカーをどうするかという点も悩ましかったですね。色々な大きさのセンタースピーカーを聴き比べて、その中でL/Rスピーカーとのバランスがよかったのが「R300」だったんです。
これぞチームワークの勝利。実地での試聴を踏まえて、システム選定&設置を実施(1)
潮 『屋根裏のラジャー』のUHDブルーレイを自宅で拝見しましたが、ダイアローグの明瞭度も高いし、きちんと再現しようと思ったらセンタースピーカーも重要になりますね。
相川 サラウンドとサラウンドバックはコーナードオーディオの新製品に面白いモデルがあったので、それをお持ちしたら、意外といい感じで鳴ってくれました。
潮 コーナードオーディオの「Ci4」はInterBEE(国際放送機器展)の会場で聴きましたが、このサイズの割には音の抜けや広がりがよかったですよ。確かにサラウンド用にはぴったりでしょう。
渡邊 先程申し上げた通り、この部屋は会議室としても使いますから、サラウンドやサラウンドバックスピーカーは壁掛け設置がマストでした。ただし、モニターに向かって右側の壁や梁が駆体のコンクリートで、ここにはネジを打つことはできませんでした。
相川 そこで今回、内装工事を行っていただいた日本音響エンジニアリングさんにお願いして、サラウンドとサラウンドバックスピーカーを天井から吊り下げるアングルを作ってもらいました。おかげで壁を加工することなく、4本のスピーカーを設置できています。スピーカー配置も、スタジオの基準に極力近づけてもらえるようにお願いしました。
潮 トップスピーカーは埋め込みタイプですね?
相川 JBLのインシーリングスピーカー「Stage 280C」です。これもいくつかのラインナップを試聴して、選んでいます。天井の石膏ボードはもともと2枚張りだったので、スピーカーを支えるという施工の面でもよかったですね。
潮 キーコンポーネントはすべて試聴して選んだのですね。しかも設置する部屋で確認できたのはラッキーでしたね。
渡邊 そこは相川さんのおかげです。天井スピーカーを4本にしたのも結果的に大成功でしたし、ドルビーアトモスの再生環境としてはいいものができたと思っています。
潮 7.1.4システムとなると、施工時にはケーブルの設置もたいへんだったんじゃありませんか?
相川 ケーブルの選定も結構悩みましたね。最終的にはカナレの4芯ケーブル「4S8G」に決定し、それを天井裏と床下に通線してもらいました。この部屋はOAフロアで、電源ケーブルなどを通せる空間がありましたのでそこを活用しています。
渡邊 今回は、テスト視聴のセッティングからすべてのケーブル選定、配線図の作成、ケーブルの通線までタックシステムの斎木正巳さんにお願いして、作業していただきました。
これぞチームワークの勝利。実地での試聴を踏まえて、システム選定&設置を実施(2)
潮 この部屋でスタッフを集めて上映会は開いたんですか?
渡邊 これから企画しようと思っています。もともと出入り自由な部屋なので、スタッフが見たい作品があったら、勝手に使っていいよという話にはなっています。
潮 いいですね。クリエイターの皆さんもこの部屋で色々な作品を体験することで、絵と音の関連性についての新しいアイデアも出てくるでしょうし、触発されることもあるんじゃないでしょうか。
渡邊 そうあって欲しいと思っています。アニメーション制作会社の場合、絵を描く人が中心なので、音にこだわる人が少ないのも事実ですから。
僕自身も、『屋根裏のラジャー』で初めてドルビーアトモス作品を担当したんですが、実際に関わるまでドルビーアトモスでどんなことができるのか、まったく想像できていなかったんです。
潮 そうでしょうね。ほとんどの監督さんも同じじゃないですか。
渡邊 この部屋が完成して、『屋根裏のラジャー』を含めて色々なドルビーアトモス作品を見てみたのですが、ようやくドルビーアトモスってどんなものなのかがわかった気がします。
というのも、『屋根裏のラジャー』でドルビーアトモスを採用するにあったって、百瀬義行監督を説得しなきゃいけなかったんです。その時監督に、ドルビーアトモスって何? と聞かれて、天井にスピーカーがあって色々な所から音が降ってくるんです、と説明したら、音響演出の笠松広司さんに、その説明はドルビーアトモスの本質じゃないですよと言われたんです。
この部屋で色々な作品を聴いてようやくわかったのは、天井にスピーカーがあることでフロント側の音響にすごく余裕が出るというか、隙間が作りやすくなっているということでした。
音楽、効果、セリフが絡み合ったシーンだと、7.1chや5.1chでもフロントに音が寄っていくので、どうしても前側が情報過多になるんです。でもドルビーアトモスだと、トップスピーカーがあることでこんなに余裕が生まれるんだと感じたんです。結果として、画面の先の奥行きみたいなものを音で表現できるんだ、まさにこれがドルビーアトモスの最大の魅力なんだっていうのが理解できたんです。
潮 スピーカーの数が増えると、演出技法は二乗で広がりますから、7.1chからドルビーアトモスに変わるだけでも、音の表現、作品の表情は相当変わってくると思います。
渡邊 『屋根裏のラジャー』も、最初は劇場も7.1chの予定だったんです。でも、制作を進めていく段階でドルビーアトモスを採用しようという話になりました。劇場用では7.1chと5.1chも作ったんですが、僕の印象ではそのふたつにはそれほど大きな違いはありませんでした。
ところが、7.1chとドルビーアトモスの差は本当に凄くて、まったく別物だっていうのがよくわかりました。だから、これからのアニメーション作品でやるべきは、ドルビーアトモスだと思っています。もう、その沼から抜けられない(笑)。
これぞチームワークの勝利。実地での試聴を踏まえて、システム選定&設置を実施(3)
潮 それこそが日本アニメーションの目指す道だと思います。ところで、『屋根裏のラジャー』のドルビーアトモスは、オープニングからかなり音を動かしていますね。あのあたりの演出や世界観は、百瀬監督と笠松さんで話し合ったんですか?
渡邊 いえ、あそこは基本的には笠松さんにお任せでした。最初のラフミックスの時に百瀬監督のイメージを笠松さんにお伝えして、そこから広げてもらった形です。
直接的な音響の話ではなかったのですが、百瀬監督からはイマジナリの世界が4Kで、人間の世界が2Kというイメージで作品を作りたいという話がありました。つまり、想像の世界の方が解像度が高く、現実の世界の方がぼんやりしているイメージでという話はしていました。
そもそもこの作品は想像の世界が舞台で、イマジナリの世界の音というものにどんな音をつけたらいいのか全然わからなかったですけど、笠松さんが見事に具現化してくれました。
潮 あと、『屋根裏のラジャー』は、映像が全編シネスコサイズですよね。アニメーション作品としては珍しいと思うんですが、どういった狙いがあったのでしょう?
渡邊 監督とプロデューサーが、最初からシネスコでやると決めていました。映像演出的に、このフレームでイマジナリの世界を描きたいと話していたんです。
潮 ジブリ作品もビスタですし、シネスコのアニメって、昔のフィルム作品くらいしか思いつかなかったんです。
渡邊 『屋根裏のラジャー』は子どもが主役の作品だったので、目線(カメラ位置)も低くした方が作品に入り込みやすいと思ったのではないかと思います。加えてイマジナリ・フレンドの話なので、子どもの想像を広げて見せたいという意図もあったと思います。アニメーションとしては、シネスコだと描く範囲が広くなるので、実は作業が増えてたいへんなんです(笑)。
潮 さてスタジオポノックとして、これから次回作も作っていくわけですよね。無事試写室のドルビーアトモス再生環境もできたことだし、今後の作品はドルビーアトモスが標準ということになりますか?
渡邊 何事もなければ、ドルビーアトモスを想定した作品として取り組みたいと思っています。笠松さんとも、『屋根裏のラジャー』が終わった時に、次は最初からドルビーアトモスですね、と話しているんです。
潮 映画は絵と音が50:50です。両方ハイレベルじゃないと映画ではない! ぜひとも、HDRとドルビーアトモスで最高の作品を送り出してください。
渡邊・林 ありがとうございます。ご期待ください。
(まとめ・撮影:泉 哲也、施工時の撮影:スタジオポノック)
クリエイターが作品に込めた思いを正しく再現してくれる。
スタジオポノックの試写室は、合理性と品質を備えた素敵な空間に仕上がっていた
限られた予算で最大限の効果を出す……それがスタジオポノックの試写室に与えられた命題だった。普段は会議室として使いつつ、パッケージソフトの検証にも使える。時には、スタッフが最新の環境で自分たちが手掛けた作品を視聴できるように、という贅沢な狙いである。
完成までの経緯は本文に記した通りだが、以下ではその環境でパッケージソフトを視聴したインプレッションをお届けしたい。その前に重複するかもしれないが、試写室のシステムについて触れておこう。
プロジェクターはJVC「DLA-PX1」という業務用機でIMAGICA EMSのカラリストがチューニングを行なっている。スクリーンはスチュワート「HD130」の120インチ。これは以前からスタジオボノックで使っていたものを移設したそうだ。
この映像システムにドルビーアトモス環境をプラスすることが今回の主たる目的だった。フロントL/Rスピーカーはポークオーディオ「R500」、センターが同「R300」、サラウンド/サラウンドバックはコーナードオーディオの「Ci4」、トップスピーカーにはJBL「Stage280C」という天井埋め込み型が使われている。賃貸物件ということもあってサラウンド/サラウンドバックスピーカーの取り付けには苦労したようだが、このあたりは同様の環境で悩んでいる人には参考になると思う。
視聴は、僕が普段からよくチェックに使っているUHDブルーレイ『グレイテスト・ショーマン』の再生から始めた。
7.1.4のドルビーアトモスサウンドは、マランツのAVアンプ「CINEMA30」のパフォーマンスもあって、中高域まで綺麗に伸びている。オープニングの強烈なLEFも不安定な感じがなく、全体に聴きやすいバランスに仕上がっている。これならプルーフ盤のチェックにも最適だと思った。
続いて5月にリリースされた『屋根裏のラジャー』の視聴に移る。この作品で真っ先に驚いたのは画角だった。アニメーションにしては珍しくシネスコサイズで作られていたからだ。一般的なアニメーションの場合はビスタサイズで仕上げることが多いが、本作は2.35対1のシネスコ画面を巧みに使いこなした絵作りがなされている。これは本作における快挙のひとつと言えるだろう。
色彩はパステル調の仕上げだが、絵は力強く躍動感もある。百瀬監督がこれまでに影響を受けてきたであろう作品へのオマージュが随所に見て取れるのも面白い。
映像は2K素材からのアップコンバートとのこと。しかしながら、本作のHDR化に際して、ハイ・ダイナミックレンジの効果が充分発揮できるように約700カット(総カット数1431カットのうち)の撮影をやり直しているそうだ。つまり単純なアップコンバートではないわけで、その恩恵もあって4K制作かと思うほど精細感に溢れ、細やかな映像が楽しめる。ハイライトからローライトに至るまでのコントラスト感も申し分なかった。
この映像にドルビーアトモス音声が組み合わせられているが、これ見よがしな演出はなく、動きのあるシーンと静かなシーンのメリハリの付け方も見事で、それらの音がスムーズにつながる。またこの作品ではダイアローグも印象に残る。試写室のシステムでも、パンニングによって声質に違和感が生まれないのは、L/C/Rスピーカーを同じブランドで揃えた恩恵もあるが、音響制作に携わるスタッフの高い能力によるものだろう。本作を未見の方はもちろん、劇場で見逃したファンはぜひUHDブルーレイでじっくりと味わってほしい。
スタジオポノックの試写室は、パッケージソフトに込められたクリエイターの思いをきちんと再現してくれる、素敵な空間に仕上がっていた。唯一、『屋根裏のラジャー』のUHDブルーレイを楽しむという点については、スクリーンが16:9サイズなのが残念だ。そこで帰り際に、次回はわが家のシネスコスクリーンで『屋根裏のラジャー』の映像とドルビーアトモスを体験しましょう、とエールを送ってスタジオポノックを後にしたのであった。(潮 晴男)