キングレコードでは現在、「キング伊福部まつり」を開催している。『ゴジラ』第一作が今年で公開70周年を迎えたこと、『宇宙大戦争』『海底軍艦』といった数々の日本特撮映画の音楽を手掛けた故・伊福部昭さんが、今年生誕110周年を迎えることを記念し、伊福部作品の盛り上げや様々な特典付きキャンペーンを展開していくものだ。

 そのひとつとして11月6日に、1983年に東京・日比谷公会堂で開催された伝説のコンサートを収録した『「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤』が、SACD/CDハイブリッド盤とハイレゾファイル(96kHz/24ビット。他に44.1kHz/16ビットやAAC-320kbpsもあり)で発売された。このタイトルは特撮ファンの間では名盤として知られており、当時発売されたレコードは今でも人気が高い。

 そんな名録音を収めた、SACDやハイレゾファイルはどれほどのクォリティを実現しているのか? 去る11月24日に東京・秋葉原のオリオスペック イベントスペースでその試聴会が開催された。定員15名の予定だったが、応募者多数のため急遽第二部が追加され、編集部も第二部に参加してきた。

画像: オリオスペックの佐藤さん(左)とキングレコードの中山さん(右)から、イベントの趣旨が説明された

オリオスペックの佐藤さん(左)とキングレコードの中山さん(右)から、イベントの趣旨が説明された

 今回の試聴会は、オリオスペックの佐藤智将さんとキングレコードの中山良輝さんが企画したそうで、まずはおふたりから概要の説明があった。

中山 弊社では「SOUND FUJI」というアーカイブ作品に特化した音楽サイトを運営しています。これまでは、主にインタビューやコラムを掲載していましたが、当時の方のお話を聞きながら、さらに音源も聴いてもらう機会を作りたいと思っていました。

 今回、『「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤』がSACDとハイレゾファイルで発売になったことから、過去のソフトも含めて聴き比べができるんじゃないかと考えて、イベントに挑戦させていただきました。

佐藤 この音源って、色々な楽しみ方があると思うんです。今回はその中で、音楽とオーディオという切り口で楽しんでいただきたいと思っています。さらに当時の関係者の皆さんのトークも交えながら進めていきます。

画像: オリオスペックのイベントスペースには、国産モデルを中心にした再生システムがセットされていた

オリオスペックのイベントスペースには、国産モデルを中心にした再生システムがセットされていた

 その前に、今回協力いただいたオーディオメーカーをご紹介します。伊福部さんといえば日本特撮映画の巨匠ですし、SACDはキングレコードから、配信はmoraからということで、これらはすべて日本のブランドです。ということで、今回の再生機器はほぼ100%国産メーカーから選んでいます。

 レコードプレーヤーはテクニクスの「SL-1200G」で、その出力をソウルノートのフォノイコライザー「E-1」を通して、プリメインアンプの「A-3」に送っています。スピーカーはTAD「EVOLUTION 2」という、こちらも評価の高いモデルを選びました。

 ハイレゾファイル再生には、弊社のオーディオ用PC「CANARINO FILS 9」を使います。ファンレスなのでひじょうに静かなモデルで、電源はCPU用とその他の部分用にデュアルで搭載しています。

 再生ソフトも国産アプリから「TuneBrowser」を選びました。TuneBrowserのパラメータは、複数の設定個所をデフォルト値から変更し、チューニングを施しています。これはもちろん「再生音の向上を狙って」の判断です。

画像: レコードプレーヤーはテクニクス製、フォノイコライザーやプリメインアンプ、SACD/CDプレーヤーはソウルノート製が選ばれている。オーディオPCはオリオスペックのハイエンドモデルで、スピーカーにはTDAブランドをチョイス

レコードプレーヤーはテクニクス製、フォノイコライザーやプリメインアンプ、SACD/CDプレーヤーはソウルノート製が選ばれている。オーディオPCはオリオスペックのハイエンドモデルで、スピーカーにはTDAブランドをチョイス

 PCのUSB出力は、ソウルノートの「B-3」に入力しました。B-3はUSB-ZERO LINKブリッジです。B-3のZERO LINK出力ポートからSACD/CDプレーヤー「S-3 ver.2」のZERO LINK入力ポートに専用ケーブルで結線しました。ZERO LINKの接続を行うことによって、S-3 ver.2のデジタル信号入力時のクォリティをアップしようという狙いです。

 D/A変換自体はS-3 ver2で行っており、SACDやCDの再生にもS-3 ver2を使いますので、SACDとデジタルファイルも同じ機械を通るという、比較試聴にはもってこいのシステムです。

 という説明に続いて、当時の担当ディレクターの藤田純二さん、今回SACDのリマスターを担当したキング関口台スタジオエンジニアの辻 裕行さん、キングレコードディレクターの松下久昭さん、さらに1983年に解散されたコンサートにスタッフとして参加していた映画音楽評論家の西脇博光さんが登場。当時このようなコンサートが実現できた経緯と、SACDとハイレゾファイル制作の詳細が紹介された。

藤田 当時、『ウルトラマン』などのレコードを作る時に手伝ってもらっていた竹内(博)さんや西脇さんから、何年にもわたって伊福部先生のレコードを作りましょう、コンサートをやりましょう、と囁かれていました。

 たまたま五反田・ゆうぽうとで伊福部先生の演奏会をやった時に、ここらでファンの要望に応える潮時が来たかなという感じがありまして、実現の方向に動き始めたのが1983年の2月頃でした。

 そこから西脇さんたちが何回も伊福部先生のお宅にうかがって、「この曲を入れてください」などとお願いした結果、先生も重い腰を上げてくれたという経緯があります。結果としてたいへんいい曲にまとめてくださり、東京交響楽団と指揮者の汐澤安彦さんも先生に推薦いただいて、日比谷公会堂を満杯にするほどの熱気あふれるコンサートが実現できたわけです。

画像: 当日のゲストの皆さん。写真右から藤田純二さん、西脇博光さん、辻 裕行さん、松下久昭さん

当日のゲストの皆さん。写真右から藤田純二さん、西脇博光さん、辻 裕行さん、松下久昭さん

 ここで佐藤さんが来場者に、「皆さんの中で実際にコンサートにいかれた方はいらっしゃいますか?」と質問をすると、なんと2名の手が上がった。

 「私は当時、北海道からコンサートのために青函連絡船を乗り継いで、夜行列車で東京にやってきました(笑)。音楽と映像の一体感があって、そこに感動しました。あと、コンサート後に伊福部先生のサインをもらおうと列に並んでいたんですが、僕のふたり前で終了になってしまったんです。悔しかったですね」

 「コンサートには感動しました。僕は東京在住だったのですが、こんなに混雑した日比谷公会堂は見たことがなかったですね。また芹沢教授(平田昭彦さん)の解説がよかったです」

 と、当時の思い出が披露されると、自然と会場から拍手が起こった。松下さんも、「当時私は高校生で福岡に住んでいたのですが、映画音楽だけをまとめたコンサートがあるなんてびっくりして、すぐにレコードを買いに行きました」と感慨深げに語っていた。

藤田 当時はキングレコードもオーケストラの収録をよく行っていて、最新のデジタルレコーダーだった三菱「X-80」を買ったんです。これが企画にぴったりだということで、X-80を使うことを前提に、ミキサーも高浪初郎さんという、このレコーダーに一番慣れている方にお願いしました。この頃は、デジタル録音がセールスポイントになっていたんですね。

 マイクは、ノイマンのU-87fをメインに30本近くセットしました。さらに、その場でミックスダウンして2チャンネルで出力し、テープレコーダーに送り込む2チャンネル同録というやり方を使っています。

 この演奏は打楽器が多いんですが、相当でかい音で叩くのでバランスをまとめるのがたいへんだったと思います。オーバーレベルになると音が途切れちゃったりするから、そこは高浪さんの腕の見せ所でした。

松下 このレコードは2枚組で、当時としてもすごく贅沢な仕様で、絶対音がいいに違いないと感じさせてくれました。

藤田 そこについては、最初は1枚で発売する予定でした。でもこの演奏で、レコードの片面に30分収録するのはきついよねと。外周はいいとしても、内周に行くと線速度が落ちますから、低音を絞らないといけない。レコードでは隣の音溝と接したら駄目ですから、ある程度のゆとりが必要です。だったら2枚組にして片面15分前後で収めようと決まりました。

画像: 西脇さんが当時の思い出の品を持ってきてくれた。左は1983年のコンサートのパンフレットで、右がスタッフTシャツ

西脇さんが当時の思い出の品を持ってきてくれた。左は1983年のコンサートのパンフレットで、右がスタッフTシャツ

 レコードが2枚組で発売された裏に、音質に対する細かい配慮がなされていたことが明かされ、ファンの皆さんも改めて作り手の思いの深さに感心したところで、佐藤さんから今回のSACDのマスターはレコードとどう違うのかについての質問が出た。

松下 レコードではデジタル録音を売りにしていましたが、現場では同時にアナログテープレコーダーも回していたんです。SACDにするならアナログテープを使おうということで、今回改めてチャレンジしました。

 アナログのマスターテープを聴いた時は、これだけの編成を2トラックで収録していること自体が凄いなというのが第一印象でした。SACDはできるだけマスターテープに近い状態にしたいという思いはありました。もちろんマスタリングに際してはエフェクターなどを通すので、多少なりとも調整というか、ブラッシュアップをすることになります。ですので、最終的には松下さんに音を聴いてもらって、相談しながら仕上げていきました。

 僕自身はレコードの音を聴いたことがなかったので、レコードは意識はしませんでした。逆に収録での制約はレコードより少ないので、違うアプローチで進めています。おそらく、X-80とアナログ録音でも音に違いがあったと思いますので、そこにはこだわりませんでした。

松下 辻は弊社のトップ・マスタリングエンジニアですので、SACDは彼の感性に合わせたものを作る方が面白いだろうという発想で進めました。

画像: アナログテープの再生用には、キング関口台スタジオのスチューダ「A820」を使っている

アナログテープの再生用には、キング関口台スタジオのスチューダ「A820」を使っている

 マスタリング作業では、アナログテープをスチューダ「A820」で再生しました。テープがドルビーAでエンコードされていたので、ドルビーの「Model363」でデコードして、アバロンデザインの「AD2077」というイコライザーを経由して、マセレックの「MLA-3」アナログ3バンドコンプレッサーに入力しています。

 コンプレッサーを使ったのは、先程お話したようにパーカッションの音が多いため、ピークを抑えなくてはいけなかったからです。どちらかというと高域の方だけ深くかけるように調整しました。

 その後、EMMラボのA/Dコンバーター「ADC8MK4」を使って、最終的には「SADiE」というDAWにDSD2.8MHzを録音しています。SADiEではDSDと一緒に44.1kHz/24ビットのPCMももれなく作成されますので、CDレイヤーにはこの音源を16ビットに変換して収録しました。

 ハイレゾについては、最初DSDで配信されると思っていたんです。でも後からPCMで配信すると聞いて、DSD2.8MHzを元にPyramixを使って96kHz/24ビットのデータを作りました。

佐藤 ということは、今回のSACDのSACDレイヤーとCDレイヤー、96kHz/24ビットのハイレゾファイルは同じマスターで、マスタリング作業も1回で行っているということですね。フォーマットの違いで音に違いがあるのか、これは比較試聴が楽しみです。

 ところで、『「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤』をSACDとハイレゾで出し直そうという狙いは何だったのでしょう?

松下 SACDは、現在のデジタルパッケージで実現できる一番いい音で出したいと考えて選びました。もうひとつ、ハイブリッドディスクが選べることもポイントです。SACDプレーヤーをお持ちでない方にもCDとして聴いてもらえるから、ユーザーの幅が広がると考えました。

画像: 「キング伊福部まつり」第一弾として発売された『ゴジラ』『キングコング対ゴジラ』のアナログレコードも並んでいた

「キング伊福部まつり」第一弾として発売された『ゴジラ』『キングコング対ゴジラ』のアナログレコードも並んでいた

 ディスク制作の解説が一段落したところで、試聴がスタートした。中山さんから、レコードと旧譜のCD(X-80のデータをマスターに使用)、新譜のSACD(CDレイヤー)、ハイレゾファイル、SACD(SACDレイヤー)という5種類の音源を聴き比べましょうという話があると参加者の表情が一変、真剣な面持ちで居住まいを正していた。

 試聴曲は、「SF交響ファンタジー第1番」の冒頭約2分を再生。それぞれのメディアでの再生が終わると来場者から拍手が起こり、佐藤さん、中山さんもほっとした様子だった。

 実際にどのソースの音も高品位で、レコードは朗々とした雰囲気と力のある低域が魅力的だし、ハイレゾファイルはキレのよさとスピード感が持ち味だ。SACDレイヤーはステージの奥行、オーケストラの配置まで明瞭に再現され、コンサートホールの空気まで感じさせてくれた。

 続いて来場者にどのソースが一番好みだったかのアンケートを行い、SACDで「SF交響ファンタジー第3番」を通して再生することになった(奇しくも第一部の参加者と同じ結果になったそうだ)。

画像: SACDで「SF交響ファンタジー第3番」が再生されると、会場から拍手が

SACDで「SF交響ファンタジー第3番」が再生されると、会場から拍手が

 「SF交響ファンタジー第3番」がフルコーラス再生されると、再び会場から大きな拍手が起こり、来場者もみんな満足そうな表情を浮かべていた。最後にゲストの皆さんが感想を話してくれた。

藤田 何度聴いても、凄い作品だと思います。どんなメディアでも楽しめるというのは、本当に素晴らしいことです。

 マスタリング作業をしている時は“音”を聴いているんですが、今日は“音楽”を聴いたなと思いました。ちょっと冷や汗ものでしたが(笑)、勉強になりました。

西脇 今日の音を聴いて、当時を思い出していました。ありがとうございました。

松下 伊福部先生の音楽の素晴らしさに、中毒になってしまいました(笑)。キングレコードでは昔から伊福部先生の作品をリリースしてきており、今回も「キング伊福部まつり」と題して、様々な試みを展開しています。

 第一弾は『ゴジラ』『キングコング対ゴジラ』のオリジナル・サウンドトラックのレコードで、『キングコング対ゴジラ』は初のステレオ盤です。また今回は、初めてCDでも発売しました。

 もう一枚が今日お聴きいただいた、『「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤』です。今日はこのコンサートを実現された方々にお会いできて私自身も光栄でしたし、SACDをこれだけの皆さんにお聴きいただき、拍手までいただいたというのは、制作者として感無量でした。伊福部先生もお喜びじゃないかと思います。

 「キング伊福部まつり」は来年の 5月31日、先生の111回目の誕生日まで続けることにしております。10年ぶりの伊福部シリーズの新録音や、映像作品の企画を考えているところですので、楽しみにしてください。今日は本当にありがとうございました。

 イベント終了後も、来場者の多くが展示されたディスクや再生機器を観察したり、特別販売されていたSACDやレコードを買い求めたりといった調子で、さらにはSACDや持参したレコードに藤田さんと西脇さんのサインをお願いする行列もできるなど、会場は賑わい続けていた。(取材・文:泉 哲也)

画像: イベント終了後には、藤田さんや西脇さんのサインを求める列が

イベント終了後には、藤田さんや西脇さんのサインを求める列が

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