人がまったくの無防備になるとき、それは眠っているとき。そう、夢を見ているときだ。夢とは実に奇妙なもので、どんなおかしなことが起きてもリアルに感じてしまう。とはいえ夢の中でどんな恐ろしいことが起きても、しょせんそれは夢。現実に起こることはない。だが夢の中で襲ってくる殺人鬼の凶行が現実の身にも起きるとしたら……。

 そんな逃げようのない恐怖を描いたのがウェス・クレイヴン監督・脚本の『エルム街の悪夢』(84)。1980年代に起こったホラー映画ブームを『13日の金曜日』(80)や『死霊のはらわた』(81)と共に牽引した1本だ。夢の世界で暴れまわる鉄の爪を付けた殺人鬼フレディ・クルーガーは、『悪魔のいけにえ』(74)のレザー・フェイス、『ハロウィン』(76)のブギーマン(マイケル)、『13日の金曜日』のジェイソンと並ぶホラー界の大スターとなった。

 フレディはほかの無口な3人と違って小粋で辛らつなジョークを言うし、赤と緑のボーダーのセーターにハット姿でちょっとオシャレな殺人鬼だったりする。そして、この『エルム街の悪夢』がなかったら、あの『ロード・オブ・ザ・リング』もなかった……。

画像1: 『エルム街の悪夢』がなかったら、『ロード・オブ・ザ・リング』はなかったかもしれない? 1984年に登場した名作ホラーを、UHDブルーレイで改めて凝視【フィジカル万歳26】

【初回限定生産】エルム街の悪夢 <4K ULTRA HD&ブルーレイセット>(2枚組/豪華封入特典付) ¥8,580(税込)

●1984年製作●2枚組●4K ULTRA HD 片面2層●本編:約91分(アンカット版)+映像特典●ビスタサイズ/16×9●音声:ドルビーアトモス(英語)、DTS-HD MA 2.0ch(英語)、ドルビーデジタル 1.0ch(日本語)●映像特典:ビハインド・ストーリー、もうひとつのエンディング、フォーカス・ポイント、ホラー映画の伝説、メイキング、「エルム街の悪夢」の起源

 女子高生のティナはネグリジェ姿のまま、暗く薄汚れて天井から水が滴る通路をさまよっていた。どこからか不気味な男の笑い声が聞こえ、一匹の羊が駆けてくる。逃げるといつの間にか大きな地下のボイラー室に迷い込んでいる。動物のような鳴き声が聞こえ、燃え盛るボイラーの前に立ちすくむティナ。すると後ろから男に襲われ、その瞬間夢から覚めた。ところがティナのネグリジェは4本のナイフで裂かれたように破れていた……。

 『エルム街の悪夢』はそんな夢のシーンから始まる。本作の優れているところは、現実の世界と夢の世界を違和感なくつなげて見せながら、突如として不条理な瞬間をぶち込む点で、視聴者をいつしか悪夢の世界に引きずり込む。ティナが学校で親友のナンシーに夢のことを話すと「それは私が見た夢に出てきた男と同じよ!」と、指にナイフを付けた男について話しだし、さらにナンシーの恋人グレンもその男の悪夢を見ていたことがわかる。

 その夜、ティナはくだんの男に追い回される夢を見るのだが、このシーンもどこからが夢なのかわからない。そして横で寝ていた恋人のロッドが叫び声で眼を覚ますと、ティナの胸がいきなり切り裂かれる……。

 『ジョーズ』(74)や『エイリアン』(78)がそうだったように、よく出来たホラー映画は怪物の姿を見せずに観客を怖がらせるが、『エルム街の悪夢』の殺人鬼フレディもなかなか姿を見せない。ティナの夢に現れても薄暗かったり、逆光だったりする。そして夢で襲われたティナは現実の世界でも胸を切り裂かれるのだが、そこではフレディの姿は見えず、ティナは見えない何者かに振り回され、血まみれになりながら天井へと引きずられていく。

 『サイコ』(60)の影響なのか、主人公と思われていたティナが早々に殺され、ここから真の主人公であるナンシーの物語へと移っていく。ナンシーの父親は警官で忙しくナンシーのことは母親に任せきりで、そのせいか母親はアルコール依存症でナンシーの話に聞く耳を持たない。実は本作の隠れたテーマが我が子に関心を持たない親たちで、ティナの母親はシングル・マザーで、男を連れ込んではティナを邪魔者扱いする。

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 ティナの死とロッドの逮捕で心労の重なったナンシーは、授業中に居眠りをしてしまう……と、例のごとく自然に夢の世界に入っていく。教科書を読んでいた生徒の声が段々と遅くなっていき、血まみれで死体袋に入っているティナが突然話しかけてくる。詳しくは書かないが、このシーンのイメージも実に素晴らしい。余談だが、教科書を読む生徒を演じているのは『ブレードランナー』(82)や『スプラッシュ』(84)で知られるダリル・ハンナの弟らしい。

 今回の『エルム街の悪夢』はUHDブルーレイでの発売となる。1984年の低予算映画ゆえ近年の4K作品ほど超美麗の高画質とまではいかないものの、発色が素晴らしくいい。それがよくわかるのが、序盤とラストに登場するグレンの愛車キャディラックの赤。ラストのある出来事によってファンからは『Freddy’s Cadillac』と呼ばれ、ミニカー化されたりと人気になっているアイコンだ。

 序盤の登校シーンも、実に凝った撮影をしている。もやがかかった住宅の庭で3人の白いワンピースを着た少女たちがスローモーションで不気味な「フレディの数え歌」を歌いながら縄跳びをしている。カメラが右の道路に移動するともやは晴れて、映像も普通の速度となる。そこへグレンの赤いキャディラックが走ってきて、ナンシーたちが降りるとカメラが左側を向き、学校の前にいることをワンカットで見せる。ここでの、もやからのクリアーな映像へ変化がよくわかるのだ。

 今回の4K化によって、もしかしたら公開当時よりも高画質となったかもしれない『エルム街の悪夢』だが、高画質すぎてトンデモないことが起こってしまった。ロッドの首吊りはもちろん自殺ではなく、フレディによって殺されたのだが、ここで大きなミスが発覚する! 寝ているロッドのシーツがねじれてロープのように首に巻きついて殺されるシーンで、巻きつくシーツの先端からシーツを動かすための針金がはっきりと見えてしまっている、オー・マイ・ガッ! 4Kの高画質ゆえ、判別できてしまったのだぁ……(笑)。

画像: 封入特典として28ページのフォトブック、A3ポスター、封筒入りのアートカード・セット(6枚)も付属

封入特典として28ページのフォトブック、A3ポスター、封筒入りのアートカード・セット(6枚)も付属

 『エルム街の悪夢』は、何度も繰り返すが低予算映画で、人気スターに出演してもらえなかったのだが、出資者からは知名度のある俳優の出演要請があり、ナンシーの父に『燃えよドラゴン』(74)のジョン・サクソン、『ナッシュヴィル』(75)でアカデミー賞にもノミネートされたロニー・ブレイクリーといった実力派が出演することとなった。さらに今では誰もが知る大物スターが出演していた。グレンを演じたのは20歳のジョニー・デップで、『エルム街の悪夢』がデビュー作だったのだ。

 特典映像のメイキングを見ると、クレイヴン監督はほかの候補者を考えていたらしいが、娘や女性陣がデップを「セクシーでカッコいい」と推しまくり、グレン役に決まったという。デップは人気俳優となった後も『エルム街の悪夢』には恩義を感じているようで、シリーズ第6作『エルム街の悪夢 ザ・ファイナル・ナイトメア』(91)にカメオ出演している。

 グレンはベッドに引きずり込まれ、ベッドから大量の血が噴き出し、天井いっぱいに広がっていく。ナンシーの殺害シーンで使った大掛かりな回転する部屋のセットがもったいなかったのか、模様替えしてグレンの部屋として再登場している。メイキングによると上下逆さまになった部屋のベッドから800リットル(音声解説でクレイヴン監督は300リットルと言っているが)の血糊をぶちまけたという。よく見ると血が噴き出す最後のほうは斜め、つまり天井ではなく壁に向かって噴き出している。これはあまりに勢いよく血を噴出させたため、セットが反動で動いてしまったせいとか。

 ところでこの天井に血が波打つシーン、どこかで見たことがないだろうか。そう、『シャイニング』(80)のエレベーターから血が流れ出すシーンのオマージュで、クレイヴン監督も撮影のジャック・ヘイトキンもやりたくて仕方なったのだとか(笑)。ただし『シャイニング』で吹き出す血糊は7.5トンと、約10倍だったが……。

 『エルム街の悪夢』はこれまでもDVD、ブルーレイとリリースされてきたが、メイキング(49分54秒)やシリーズの歴史をたどる『エルム街の起源』(15分33秒)、別テイクなどが見られる『フォーカス・ポイント』(18分13秒)、ホラー映画に与えた影響などを語る『ホラー映画の伝説』(21分52秒)、音声解説(2種)や別エンディング(3種)と、充実の特典映像を収録。

画像3: 『エルム街の悪夢』がなかったら、『ロード・オブ・ザ・リング』はなかったかもしれない? 1984年に登場した名作ホラーを、UHDブルーレイで改めて凝視【フィジカル万歳26】

 UHDブルーレイでは劇場公開版に加え、ファン必見のアンカット版が収録されている。実はクレイヴン監督が決定版として編集したバージョンは、アメリカ映画協会の審査で2ヵ所のカットを命じられていたという。

 殺害シーンの最後にティナが天井から血まみれのベッドに落ちてくるのだが、落ちた瞬間に部屋中に血が飛び散る部分と、グレンの殺害シーンで天井へ向かって吹き出す血のカットを短くするよう要請されたのだ。ふたつ合わせても9秒程度のシーンであるが、インパクトの大きい映像なのでファンにはたまらないはずだ。

 『エルム街の悪夢』は180万ドル(現在のレートで約2億8000万円、以下同)の製作費で、全世界5700万ドル(86億7300万円)の興収をあげる大ヒットとなり、『エルム街の悪夢2 フレディの逆襲』(85)、『エルム街の悪夢3 惨劇の館』(87)、『エルム街の悪夢4 ザ・ドリーム・チャイルド』(88)、『エルム街の悪夢 ザ・ファイナルナイトメア』、『エルム街の悪夢 ザ・リアルナイトメア』(94)の6本の続編、番外編『フレディVSジェイソン』(03)、リメイク版『エルム街の悪夢』(10)、そしてフレディ(ロバート・イングランド)がホストを務めるオムニバスTVシリーズ『フレディの悪夢』(88)が作られ、ほかにゲーム化やコミック化もされるなど現在まで人気が続くヒット・シリーズとなっている。

 製作したニュー・ライン・シネマはホラーなど低予算映画専門のインディーズレーベルだったが、『エルム街の悪夢』シリーズのヒットによってメジャーと肩を並べるほどの成功を収め、ついには超大作『ロード・オブ・ザ・リング』三部作(01〜03)も手がける大手の映画製作会社へと成長、業界でニュー・ライン・シネマは「フレディが建てた家」と呼ばれたとか(笑)。『エルム街の悪夢』がなかったら、『ロード・オブ・ザ・リング』はなかったかもしれないのだ。

 ウェス・クレイヴン監督は “悪夢は精神が作ったホラー映画” と言っている。人が生きている限り避けて通れない睡眠と夢。そのふたつを恐怖に変えてしまった『エルム街の悪夢』だが、貴方の夢にもフレディが現れるかもしれない。そのときに備えてフレディの倒し方を知るためにも『エルム街の悪夢』をご覧になったほうがいいかもしれない。 ”1、2、フレディがやってくる… 3、4、ドアに鍵をかけて…”

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