ヴァルテレ MG1 PKG MK2 ¥2,200,000(税抜)
トーンアーム部(Super Groove PTA)
● 型式:スタティックバランス型
● スピンドル/ピボット間:222.5mm
ターンテーブル部(MG1 MK2)
● 駆動方式:ベルトドライブ
● 回転数:33・1/3、45rpm
● プラッター自重:3kg
● 寸法/重量:本体・W468×H155×D385mm/14kg、電源部(Tempo)・W128×H58×D220mm/1.3kg
● 備考:写真の価格・仕上げはメタリック・ブラック(MB)、別価格でクリア(CL)仕上げ(¥2,000,000・税抜)あり。ターンテーブルマット「Techno Mat」付属。別売でフル・ダストカバー(¥350,000・税抜)、ライト・ダストカバー(¥180,000・税抜)あり
● 問合せ先:(株)タクトシュトック ☎ 03(5848)2239
● 発売:2022年
試聴記ステレオサウンド 226号掲載
MG1PKG MK2を所有することはトラジ・モグハダムとともにアナログ再生の道を歩むこと。数多の調整の先に桃源郷が待っている
ヴァルテレを所有するということは、主宰者であるトラジ・モグハダムの思想に共感し、彼とともにアナログの道を歩む決意表明に他ならない。生半可な気持ちで、このプレーヤーに手を出すべきではない。とにかく、どこを触っても、音が変る。そんなことは、アナログプレーヤーでは常識なのだが、調整できる箇所が多いことを「面白い!」と感じる人でないと、このプレーヤーとは付き合えない。貴方のオーディオへの適性を確かめる、リトマス試験紙のような存在でもあるのだ。
ヴァルテレを興した男、ヴァルテレに魅入られた男
ヴァルテレを主宰するトラジ・モグハダムは、英ロクサンの創業者のひとりとして知られ、ユニークきわまりないアナログプレーヤー「ザクシーズ」を引っ提げて、オーディオ界にデビューしたのは1985年のことだ。CD登場(82年10月)の3年後である。日本のオーディオ界でこの製品に逸早く注目した人が、亡くなったオーディオ評論家の朝沼予史宏さんで、88年末にはザクシーズを入手して使い始めていた。朝沼さんはステレオサウンド No.90/1989年春号の記事『アナログプレーヤー3機種の新しい個性を聴く』の試聴後の座談会で「このプレーヤーをつくった人は、CD時代のアナログプレーヤーはどうあるべきかということを、相当意識していますよ。とにかく、いまのCDに足りないものが見事に出てくる」と、ザクシーズの本質を捉えた発言をしている。この記事はCD登場後7年目のもので、CDプレーヤーはいまだ成長期にあり、アナログプレーヤーは群雄割拠の時代、そこに彗星のごとく登場したのがザクシーズだった。
Touraj Moghaddam
ロクサンの創立者の一人であり、ザクシーズ、TMSなどを開発したことで知られるトラジ・モグハダム氏。独立後の2006年に自身の会社である「TMシステムズ」を興し、2011年に「ヴァルテレ」に社名を変更。アナログプレーヤーの開発に軸足を置きつつ、フォノカートリッジ、フォノイコライザーをはじめとしたアナログ関連機器の設計なども手掛け、現在は自社の音楽レーベル「ヴァルテレ・レコーズ」も主宰する。
その後のロクサンの躍進には目覚ましいものがあり、エレクトロニクス機器からスピーカーまでを網羅する総合オーディオメーカーへと登りつめる。しかし、トラジ・モグハダムはなにを思ったか、ロクサンを離れ、2006年に自身のブランド「TMシステムズ」を設立。2011年にはブランド名を「ヴァルテレ」として今日に至っている。
ここにひとり、トラジ・モグハダムとその作品に魅入られた男がいる。ヴァルテレの輸入元タクトシュトックの代表・庵吾朗だ。CD世代の庵さんは、20代半ばでアナログに開眼、20代後半にザクシーズを聴く機会があり、抜けがよくて鮮やかなサウンドに衝撃を受け「これこそ自分が求めていた音」と確信して購入を決意した。庵さんとトラジの邂逅、長い旅路のスタートだった。
その後、何社かのオーディオ輸入代理店に勤務するが、たまたま前職が、ロクサンの輸入元だったこともあり、イベントでのデモンストレーションや、ユーザー宅でのセッティングを経験しながら、トラジの思想や製品そのものについて理解を深め、改めて「トラジのプレーヤーが大好き」なことを確信した。独立して輸入代理店を興そうと決心したとき、最初にアプローチしたのがヴァルテレだ。個人的にトラジ・プレーヤーの大ファンであること、ロクサンの輸入販売業務を経験していること、ぜひヴァルテレの輸入元になりたいことなど「トラジにラブレターを書きました」という。トラジからはさっそく返事がきて、まったく実績のない新会社にもかかわらず、迷うことなくディストリビューターに任命してくれた。
わたしは輸入製品のベストバイ選定にあたっては、輸入元とメーカーとの絆、輸入元の信頼度をとても重視している。理由はどうあれ、海外メーカーと輸入元が決裂したとき、いちばん迷惑を被るのはユーザーなので、そこまで配慮して慎重に選ぶべきだと思うからだ。庵さんとトラジの関係なら、ヴァルテレのユーザーは安心していられる。
MG1 PKG 2021年発売
ヴァルテレの日本上陸第一弾モデルはMG1 PKG MK2の前身モデルである、MG1 PKG。ロクサンのザクシーズの生みの親として知られる、トラジ・モグハダムが手掛けるアナログプレーヤーとして2021年に輸入が開始されると、瞬く間に注目を集め、いきなり同年のステレオグランプリを受賞し、ベストバイコンポーネントで1位を獲得した。MK2と異なるのは、主にトーンアームと電源部であり、ターンテーブル部の構造などはオリジナル機の時点で完成していたと言える。なお、ヴァルテレのアナログプレーヤーは、ザ・ビートルズの近年の復刻作に携わるプロデューサーのジャイルズ・マーティン氏やカッティング(マスタリング)・エンジニアのマイルズ・ショーウェル氏が愛用していることも話題のひとつだ。
ヴァルテレでしか聴けない、圧倒的なクォリティの音。だから挑戦しがいがある
ヴァルテレはどうしてベストバイか。わたしの答えはシンプルだ。ヴァルテレの音はヴァルテレでしか聴くことができず、そのクォリティは圧倒的で、多少調整に手がかかろうが、挑戦しがいがあるからだ。幸いなことに、日本に輸入されるヴァルテレ製品は、工場出荷時に基本的な調整は済んでいるので、カートリッジを装着すれば、そのまま聴くこともできる。しかしたとえば、トーンアームのパイプ部分に装着されているステンレスの円筒形部品—―有効質量&針圧調整リングと呼ばれている—―これの第一義的用途は、低域共振周波数のコントロールで、カートリッジ重量やコンプライアンスの関係で、適正な共振周波数の範囲外になった場合、ウェイトリングの位置を変えるだけで修正できる。プリセットされた標準位置ではなく、試しにウェイトリングを前後に動かして(もちろん針圧調整をしなおして)、音を聴いてみると面白いだろう。また、このウェイトリングは針圧の微調整にも使えて便利だ。
本機のトーンアームは、ワンポイントサポートに近い構造のトライポイント軸受けを採用しているので、ラテラルバランスが狂っているとカートリッジが左右に傾いてしまう。この調整は、カウンターウェイトに組み込まれた「アジマス調整ネジ」を回すことによって行なうが、これはまだ簡単なほう。インサイドフォースキャンセラーの調整はちょっと厄介だ。一般的なトーンアームのように、針圧に対応したキャンセル値が示されているわけではない。メーカー推奨の標準値はあるが、使用するカートリッジや針圧に合わせた最適値にするには、耳で聴いて決めるしかない(測定して決めることもできるが、測定用レコードや測定器が必要)。
トーンアームは従来のSG1 TA mk2 STに代わって、Super Groove PTAを新たに搭載する。ユニピボット以上に正確な音溝のトレースが可能であるという、独自の「TPA-ULS(トライピボット連結超低摩擦ベアリング)」を採用したことで、接点のスケーティング(滑り)が排除され、低摩擦化を実現。アームパイプに付いているステンレス製リングは、共振周波数の調整などに用いるもの。
ひっそりと静かな音場と、生命力に満ち溢れる音。MG1PKGはMK2化でよりニュートラルに
しかし、これらの困難を乗り越えると、そこには桃源郷が待っている。
ヴァルテレの魅力は、音場がひっそりと静かで、聴感上のS/Nが圧倒的によく、音に躍動感があり、生命力に満ち溢れていることだ。回転するターンテーブルを見ていると、あくまでも滑らかに、粛々と回っていて、その印象は淑やかな音にも共通している。超精密加工された細身のスピンドル(ロクサン時代からトラジが提唱する、スピンドル長と直径の黄金比11対1を継承)をリン青銅製ハウジングで受け、タングステンカーバイドのボールをベアリングとして用いた軸受け部、レコード演奏中にはセンターキャップを外し、スピンドル経由の微振動を遮断する独自の使用法で、高いS/Nを確保していることが、トラジ・プレーヤーの特徴として挙げられる。これに加え、MK2化にあたり、電源部が変更されたことも、S/N向上、ひいては音質向上に寄与している。旧タイプの電源と新電源を比較試聴した経験があるが、その音質変化には驚いた。電源を替えるだけで、旧タイプがまったく「ベツモノの音」に変身。よりニュートラル傾向の音になるのだ。
もちろん、静かなだけがヴァルテレの取り柄ではない。ダイナミクスの表現に長け、積極的に訴えかけてくる、音楽が楽しめる音で、ヴァイオリンの柔らかな響きの中に感じ取れる、毅然たる表情がたまらない。なんとも、美味しい音、それがヴァルテレだ。
MK2化にともない、モータードライブもSG1 MD mk3からTempoへと変更。これにより、低ノイズ、低歪み、スムーズなプラッターの回転を実現しているという。制御回路は、ヴァルテレの最上位アナログプレーヤーRG1用に開発されたモータードライブのものがベースになっている。
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本記事は『ステレオサウンド No.231』
特集「ベストバイコンポーネント注目の製品 選ばれるその理由」より転載