俳優の田中稔彦と池田彰夫がたった二人で始めた映画制作プロジェクトが、構想から2年を経て、3時間を超える長編『莉の対』(れいのつい)として結実し、いよいよ5月末よりテアトル新宿で公開される。本作は、国内公開よりも先に海外の映画祭で高い評価を得ており(第53回ロッテルダム国際映画祭:『最優秀作品賞』タイガーアワード受賞)今回、待望の凱旋公開を迎えることになる。

 多くの人物が登場し、それぞれの人生が交錯していった先に、やがて迎える結末とは……? 主人公・松下光莉(ひかり)を演じた鈴木タカラにインタビューした。

画像1: 自らの存在の希薄さに悩む女性が起こした行動の果てに待つものとは? 映画『莉の対』で長編初主演を飾った「鈴木タカラ」にインタビュー

――よろしくお願いします。いよいよ国内での公開が迫ってきました。まずは、本作への出演の経緯を教えてください。
 よろしくお願いします。オーディションに参加して、そこで選んでいただきました。ちょうど2年前の今くらい、ゴールデンウィークの頃だったと思います。

――今回のプロジェクトの発起人は、田中さん(監督)と池田さん(監督補)です。お二人に会った時に、どんな印象、あるいは感想を持たれましたか?
 最初の印象は、元気でキラキラしているなぁって。二人とも舞台の役者さんで、ちょうどコロナの時期でしたから一気に仕事(舞台)がなくなってしまった。待っているだけだと仕事ができないからどうするかと考えた時に、そうだ映画を作ろうという発想になったそうです。同じ役者として、受け身にならず行動しているのはすごいなと思ったし、実際にお会いした時もエネルギーに満ち溢れているのを感じました。

――オーディションの雰囲気は?
 よくあるオーディションは、貫録ある風な監督やプロデューサーと数名の若手の方がいて、そして淡々と進められる、みたいな感じなのですが、この組はみんな若くてハキハキしていて、しかも漫画原作などの舞台の役者さんだからかやっぱりキラキラ&爽やかさがすごくて……、違和感があるオーディションだなぁと思いました(笑)。

――オーディションに手応えはあった?
 まったくなかったですね。特にこの役をというオーディションではなく、渡されたシーン(台本)に沿って、その場でいろいろな役を演じてくださいというスタイルでした。ただ、どうしても私は台本を見ながらお芝居をするのが嫌で。セリフを覚えているわけでもないのに台本を見ずにやっていたので、むしろワガママな奴だなという印象を持たれたかも、と思っていました。

――受かったと聞いた時は?
 何の手応えもなかったのに! と驚きつつ、まさかの主演、しかも初めての長編の主演をいただけて嬉しかったです。偶然なんですけど、ちょうどその前年に北海道で短編の主演作を撮っていて、その時に「短編と長編の主役は(重さが)違う」「(長編の主役は)その人で画を持たせられるかが大きく問われる」と聞いていたので、挑戦したいなと思っていたんです。

――演じられた光莉の役作りについて教えてください。
 自分には何もないと思っている女性で、悩みがないことが悩みというキャラクター。オーディションの時も読み合わせの時も、なんとなく自分のイメージする光莉像があって演じていたのですが、その後の衣装合わせで、私の思っていた光莉とは違う衣装が用意されていたんです。

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 そこで監督と話し合いをしたら、監督の中の光莉は、自分には何もないと悩んではいるが、実際の生活は大手企業で働いていて、キャリアウーマンとまではいかなくても同年代と比べて結構いいお給料をもらい、趣味もあって、人生上手くいっているように見えている人物。つまり、外側だけを見ればごく普通の、年齢を気にしたり綺麗でありたいと思っている30代の女性なんですね。私はもっと地味なイメージを持っていたので、そこでようやく私と監督の中の光莉が一致しました。

――そのイメージには、すぐに合わせられましたか?
 すぐにとはいきませんが、イメージが共有できて、クランクイン前に軌道修正ができて良かったです。私にとって今回は、衣装や髪型が役作りの大きなヒントになっていた気がします。

――そんな光莉を含め、登場人物たちは皆、曲者揃いですね。
 そうですね。監督が身近な人たちから聞いた悩みや葛藤を、各キャラクターに落とし込んでいったそうです。それぞれが抱えているものをハッキリさせることで、そういった悩みを持たない光莉が浮かび上がるような構成になっています。また、光莉のように悩みがないことが悩みという方もいますよね。

画像3: 自らの存在の希薄さに悩む女性が起こした行動の果てに待つものとは? 映画『莉の対』で長編初主演を飾った「鈴木タカラ」にインタビュー

――本作は、先に海外で公開されていますが、海外プレスの質問は、(日本のプレスとは違って)より深く考えさせられるような感じでしたか?
 本当にその通りで、びっくりしました。「あなたの思う孤独とはなんですか?」なんて質問が来るんです。おかげで、光莉という役にこだわることなく、この映画はなんだったのか? 自分のこれまでの人生はどうだったのか? いま自分が思う幸せってなんだろう? と、広く、そして深く考えることができたように思います。良かったよと言ってくださったお客さんも、自分の中で反芻できる映画という点を評価してくださっていました。

――田中さんと池田さんは、作品が完成して、満たされた感じなんでしょうか?
 全然満たされてはいないと思います(笑)。常に先を先を見ているし、自分たちの人生・ストーリーのまだ途中なので、ひたすら全力疾走している感じです。また北海道で撮りたいと話していたので、これからも二人で作品を作っていくんじゃないでしょうか。

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――少し話を戻しまして、撮影について教えてください。
 監督たちは冬にクランクインをしていますが、本格的な撮影は夏から始まり、翌年の冬の北海道でクランクアップしました。大抵の現場は、時間や予算の問題で、特に室内シーンなどは季節をまとめたり、夕日も朝日で代用したりとスケジュール組みが優先されますが、今回は監督が役者ということもあって役者ファーストと言いますか、芝居のしやすさ、できる限り嘘をつかないということに忠実な現場でした。この作品は日本の四季を映していますが、夏のシーンは夏に、秋は秋に。きちんと季節に合わせて、そして時系列に沿って撮影が行なわれ、かなりていねいに進められた印象です。

――撮り終えた時の感想はいかがでしたか?
 光莉は自分から何かを仕掛けることはあまりなくて、基本的には相手を受けて、流れに身を任せて成り立っていたのですが、最後の北海道のシーンだけは、どうしてもその流れが想像できなくて。光莉の行動や感情もしっくり来なくてずっと不安でした。しかし実際にその時を迎えると、真斗(田中稔彦)との出会いから今に至るまでのことや、北海道での日々が一気に甦ってきて。どうなるかはわからないけど、私にはこれまでの時間や積み重ねがあるから大丈夫、その場で感じることが全てだと覚悟を決めて挑むことができました。

 クランクアップを迎えた時は、達成感や寂しさより、ここまで頑張ってきた二人(田中さんと池田さん)へのお疲れ様や、よく頑張ったねの気持ちでした。誰目線? って話ですが(笑)。

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――光莉には気づきがあった?
 自覚はないと思いますけど、これまでなかったものが光莉の中に生まれたのではかと私は思っています。成長と言えば、したのかもしれません。

画像6: 自らの存在の希薄さに悩む女性が起こした行動の果てに待つものとは? 映画『莉の対』で長編初主演を飾った「鈴木タカラ」にインタビュー

――今回、長編の主演を経験して、ご自身の中での成長はありましたか?
 光莉というキャラクターを演じたことでは、耳の聞こえない真斗との関係を通して、人生を楽しむ引き出しが増えました。真斗は一言で表すならば「豊かな人」。お金があるから、特別な環境にいるから得られるものではなく、日常の中に喜びや発見や好きを見出している人なんです。光莉が真斗に惹かれる理由もそういった部分だと考えていたので、私自身も、当たり前と思っていることをふと意識する機会が増えました。

 主演という面では、学生や若い子が多い現場だったので、みんなと積極的に関わって、話しかけづらい奴にはならないようにということだけ気をつけていました。日頃は人に対してシャッターを下ろしがちなので、私的には成長です(笑)。

 でも、こだわりが強い監督の元に集まったこだわりの強い人たちなので、年齢や経験に関係なくそれぞれが自分の意見を持って動いていて、私が気にするまでもなくとてもクリエイティブで団結した現場が出来上がっていました。

――作品のタイトルもなかなかにいい得て妙のような感じですが、光莉は対になるものが見つかったのでしょうか?
 難しいですね……。捉え方は人それぞれかもしれないです。

 「莉」は普通「り」と読みますけど、この作品では「れい」と読みます。単体では意味をなさない漢字だそうで、一緒になる文字(漢字)があって初めて意味が生まれる。一人でいる(対になる人・ものがない)光莉は、私には何もないという虚無感をずっと抱えているけど、周囲にいる人たちも、恋人、家族、やりがいのある仕事があったとしてもそれなりに悩んでいる。みんなそれぞれに自分の対になるようなものを見つけよう、見つけたいと思っている物語ですが、果たしてそれが正解なのか? そういったことを考えさせられるタイトルだと思います。

――鈴木さんにとって対になるような人は?
 いないですね。私がいま一人で生きていけるのは、周囲の人たちの助けがあるからこそなんですけど、私発信で人を頼ることはほとんどなくて……。信じるとか、期待するとか、そう思ってしまうことが嫌なんです。まあ、そういう人を見つけられたら、人生のネクストステージに行けるのかなって思ったりもしますけど(笑)。

――もうすぐ公開を迎えます。日本でも、海外の観客のような反応が来そうですか?
 ねっ、どうしましょう(笑)、怖いですよね。海外のお客さんは、つまらないと途中で帰ってしまうと聞いていたんですけど、皆さん最後まで観て下さって。途中、出てっちゃった……と思ってもお手洗いで、戻ってきてくれる。3時間10分の宿命ですね(笑)。そして、明るい話ではないのにところどころで笑いが起こるし、良くない出来事が発生するとブーイングが起こる。日本では考えられないことですが、きちんと作品を観てくれているという反応を見ることができて嬉しかったです。

 日本の上映では、ロッテルダムでグランプリを獲った、しかも自主映画ってどんな作品だろうという目でみなさん観に来て下さると思うんです。だからこそ今は、緊張、恐怖の気持ちが大きいです。いよいよ本当に評価されるというか。舞台挨拶等のイベントもありますし、可能な限り劇場に行くので、是非、思ったままの気持ちを聞かせてほしいなと思います。

画像7: 自らの存在の希薄さに悩む女性が起こした行動の果てに待つものとは? 映画『莉の対』で長編初主演を飾った「鈴木タカラ」にインタビュー

――ところで、鈴木さんが芸能のお仕事を始めるきっかけを教えていただけますか?
 元々は映画が作りたかったので、放送局の就職に強い大学に入って、卒業したらテレビ局に入社して映画を作ろうと思っていました。できるだけホワイトな環境で映画を作りたかったんです(笑)。でも実際に大学に進学して、業界の就職に有利だと言われるサークルの新歓に参加したら、どうにもこうにもうまくやっていける気がしなくて。なぜかそこに自主映画サークルの人がいて、その人と仲良くなり、結果的に自主映画のサークルに入りました。そこで、色々な部を持ち回りでやりつつ、お芝居にも出会いました。

――そもそもなぜ、映画を創りたくなったのでしょう?
 それは私にも永遠の謎なんです。高校生の途中までは保育士になろうと思っていたんですけど、大学受験の時に何かが起きて、突然映画を作りたいと言い出したんです。それで志望校を変えて、そこに入るために浪人もさせてもらって、なのに、無事進学したら役者になると言い出して……。親不孝と回り道のコンボですね。

――卒業後は?
 役者としてやっていくか、就職するかで悩みました。ただ、その頃には映画を作りたいという気持ちはなくなっていて。と言うより、役者となんて絶対一緒に仕事をしたくないと思っていました。お芝居は好きだけど、見たくはなかった。でも映像を作りたい想いはあったので、CMの制作や代理店に就活をして、内定をいただいたのですが、内定者懇親会の時に「役者をやるか迷っていたんです」という話をしたら、「作るか出るかで迷っているなら、先に出る側を頑張った方が良いんじゃない?(役者をやれば?)」と人事の方が言ってくれて。その場で内定を辞退して、すぐに芸能事務所を探して、いまに至るという感じです。

――なかなかに豪快な人生ですね。今後の目標は?
 本当にありがたい話です。今はオーディションでその会社に度々行っています(笑)。目の前のことで言えば、目標は「役者として必要とされ続けること」です。そのために、私も自分を強く持って、毎日をきちんと生きていかないといけないなと思います。また一緒に仕事がしたいと思ってもらえる役者、作品を支えられる役者になりたいです。

 大きな目標は、カンヌで女優賞を獲ること。監督もパルムドールを獲りたいと言っているので何だか気恥ずかしいのですが、まだ日本人が獲ったことのない賞なので、獲りたい。これまでは、何を突拍子もないことを……と自分でも思っていましたが、ロッテルダムに行って、国を跨いで映画の仕事をしている方々と話をする中で、世界の捉え方というか、心構えが変わり、以前より少しだけクリアにこの目標を見ることができるようになりました。

――今日は、ありがとうございました。

映画『莉の対』

5月31日(金)より テアトル新宿にて公開 以後全国順次公開

【舞台挨拶も決定】※全て上映前の登壇
5月31日(金) 19時の回
6月 1日(土) 19時の回
6月 6日(木) 19時の回

【上映スケジュール】
5月31日(金)~ @テアトル新宿(東京)
6月 7日(金)〜 @kinoシネマ新宿(東京)
6月21日(金)〜 @サツゲキ(北海道)
6月28日(金)〜 @シネ・リーブル梅田(大阪)

<キャスト>
鈴木タカラ、大山真絵子、森山祥伍、池田彰夫、勝又啓太、田野真悠、菅野はな、内田竜次、築山万有美 / 田中稔彦

<スタッフ>
監督・脚本:田中稔彦
監督補:池田彰夫
協力:写真文化首都「写真の町」東川町、占冠村
特別協賛:東川振興公社株式会社
配給・制作プロダクション:株式会社No Saint,&Bloom
2024|日本|DCP|カラー|5.1ch|ビスタ|190分|
(C)No Saint,&Bloom Co.,Ltd.

鈴木タカラ プロフィール
1991年9月23日生まれ
愛知県出身
趣味:スキューバダイビング、スパイスカレー作り、キャンプ、乗馬、言葉
特技:ポールダンス、子供と仲良くなること
https://www.instagram.com/takara_suzuki/
https://note.com/takara_suzuki/

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