子どもの頃に住んでいた家には、わずか一畳ほどの大きな窓のあるサンルームのようなスペースがあり、そこが勉強部屋となっていた。勉強机の下に、椅子の背もたれを上にして入れると、椅子の足が円形だったのでハンドルのようで、そこは秘密基地で空飛ぶ自動車で宇宙船だった。子どもの頃の想像力は我ながら凄いと思ってしまう。子どもの偉大なる想像力のひとつがイマジナリ・フレンド。

 イマジナリ・フレンドとは孤独だったり、心に傷を負った子どもが作り出す想像の友だちのことで、本人には現実感を持って見えているが、他の人たちには見えない。だけど本人にとっては大切な友だち。多くは成長や心の傷が癒えることで忘れ去られていく。日本の伝承にある子どもにしか見えないとされる妖怪 “座敷わらし” も、もしかするとそうなのかもしれない。号泣映画『愛が微笑む時』(93)のイマジナリ・フレンドは “人のいい幽霊たち” だったが。

 経営難に陥っている本屋の娘アマンダは父親を亡くしてから、アマンダにしか見えない友だち “イマジナリ” のラジャーだけが心の拠りどころとなっていた。閉店を控えた日に、謎の男ミスター・バンティングが調査と称してやってくる。不審に思ったアマンダの母親リジーは追い返すが、アマンダとラジャーはバンティングとその横に立っていた黒い服の少女に異様な恐怖を覚える……。

 イギリスの詩人・作家A.F.ハロルドの児童文学『ぼくが消えないうちに』(原題『The Imaginary』)を、スタジオジブリの元スタッフが中心となって立ち上げたスタジオポノックがアニメ化したもので、世界150カ国で公開され高い評価を得た『メアリと魔女の花』(17)に続く劇場用長編第2作となる。

 監督は『火垂るの墓』(88)、『もののけ姫』(97)、『千と千尋の神隠し』(01)など多くのスタジオジブリ作品に携わり、短編『ギブリーズ episode 2』(02)で初監督し、スタジオポノック劇場用短編作品集『ちいさな英雄』(18)の『サムライエッグ』の百瀬義行。主人公ラジャー役には声優初挑戦の寺田 心にアマンダ役の鈴木梨央のほか、安藤サクラ、イッセー尾形、山田孝之、仲里依紗、杉咲
花、高畑敦子、そして意外にもアニメ出演が初となる寺尾 聰など若手からベテランまで演技派の名優が揃っている。

 近年のアニメ作品の特徴として細田 守作品や新海 誠作品のような背景、特に空の美しさが挙げられるが、本作の空の美しさは格別だ。空を青系の色だけでなくピンクや黄色などを織り交ぜ、言葉では形容しがたいグラデーションの美しさで魅せてくれる。またボカシたような幻想的な背景も他の作品では見られない特長のひとつだろう。

 その次々と変化していく空想の世界をアマンダとラジャーが冒険するシーンの楽しさはアニメならでは。しかもただ美しいだけ、楽しいだけのファンタジー映画ではなく、忘れ去られていくものたちの悲しさや恐怖が細やかに描かれており、その怖いシーンもちゃんと “怖く” 描かれている。ミスター・バンティングの横に常にいる少女は “黒貞子” と呼びたくなる不気味さで、ラジャーとアマンダに襲いかかる。

 そして『屋根裏のラジャー』には映画マニアやジブリファンなら思わず目が行く “お楽しみ” が隠されている。例えば、アマンダのクラスメイトの豪邸にあるのがジェームズ・ボンドの愛車として知られるシルバーのアストン・マーティンDB5だったり、ラジャーが知り合う古いロボットのイマジナリがJ.J.エイブラムスの映画製作会社バッド・ロボット・プロダクションズのロボットに似ていたり、バンティングがラジャーを飲み込もうとするときの口や歯の表現が映画『ピンク・フロイド ザ・ウォール』(82)のシュールでグロテスクなアニメ・パートを思わせたりと、気付くとニヤニヤしてしまうお遊びが散りばめられている。

 さらにイマジナリの町にある図書館の壁からたくさんの子どもたちの写真が飛び出してくるシーンで、その1枚が金髪(黄色?)のおさげ髪の少女で、書かれている名前が “ドーラ”! もしかして、あのドーラ? 数十枚の写真が現れるので、ほかのキャラクターもいるかもしれない!?

 ワクワクして、笑って、ハラハラして、ゾーっとして、泣いて、見終わって「あーおもしろかった」と言える『屋根裏のラジャー』。そして、きっと多くの人がこう思うだろう。「こんな冒険ファンタジー映画が見たかった」と。

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