人としてのタブーのなかでも、もっとも忌み嫌われるひとつが “人肉喰い”だろう。アンデス山中での飛行機落下事故のように、生きるためにやむにやまれず……という悲しい事件はあった。しかし、『ボーンズ アンド オール』に登場する人々は違う。

 本作は冒頭からショッキングなシーンで始まる。主人公で18歳の少女マレンは友達とふざけてテーブルの下に潜り込んでいたが、いきなり友達の指に噛み付いて食べようとしてしまう。その場から逃げ出したマレンは旅に出る。実はマレンは幼少期にベビーシッターの顔に食いついて殺してしまったことがあり、その後も衝動的に人肉を欲しがるマレンを手に負えなくなり、父親は失踪してしまったのだ。

『ボーンズ アンド オール』【初回仕様】ブルーレイ&DVDセット(2枚組/ポストカード付)
¥5,280(税込)

画像: amzn.to
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●2022年 アメリカ●本編:約131分(映像特典約9分)●片面2層●1080p MPEG 4 AVC●ビスタ/16:9●音声:ドルビーアトモス(英語)
※映像特典内容:作品の魅力、監督が描く世界、リーとの出会い、マレンとの出会い、二人が見つけた愛
●発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント●販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント

Bones and All © 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. Package Design © 2023 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. and Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

 本作が面白いのが、マレンは生き返った死人に噛まれたわけでも、凶暴になるウィルスに感染したわけでも、山小屋で甦った悪霊に取り憑かれたわけでもなく、ただ無性に人肉が食べたくなる以外は普通の人間であること。そういう意味では『ゾンビ』(1978)で知られるホラー映画の巨匠ジョージ・A・ロメロの奇妙な吸血鬼映画『マーティン/呪われた吸血少年』(1977)に似ている。

 このマーティンも血が飲みたくなる以外は普通の少年なのだが、血液欲しさで殺人を繰り返し、そのせいで住処を転々とする人生を送ることになる。『ボーンズ アンド オール』も残酷なロード・ムービーである。

 さて本作の特徴のひとつが、普段はマレンが旅先で出会う人々とのやり取りを描く自分探しのロード・ムービーなのに、“人肉喰い” の残酷シーンが何の前触れもなく急に始まることだろう。

 マレンは父親が残した手がかりから、彼女が幼い頃に出て行った母親を探すことにする。自分は何者なのかを知りたいのだ。その旅の中で、自分と同じ嗜好を持つ人たちがいることを知る。初めて出会ったサリーという “同胞” の老人は胡散臭さ大爆発の人物で、目覚めたマレンがドアを開けると白ブリーフのサリーが老婦人を血まみれで食べている。凄惨なシーンだが、どこかコミカルでもある。思わずドン引きするマレンだが、一緒になって喰らいつく(結局、喰うんかい!)。この映画は血まみれのホラー映画である。

画像1: 人間にとっての最大のタブーを扱った、残酷なロード・ムービーにして、悲しい運命を持つ二人の青春ラブストーリー『ボーンズ アンド オール』【フィジカル万歳12】

 マレンが次に出会った仲間が同じ嗜好を持つ美少年リー。同じくらいの年齢ということもあり、親密になっていく。だがリーはマレンと違って “人肉喰い” を生きていくための手段として考えていて、カーニバルで知り合った男性を色仕掛けでおびき出すと喉を切って殺し、食べ始める。マレンも食べるが、この男性には妻子がいることがわかりさいなむ。しかし、リーは細かいことは気にしない。ワカチコ、ワカチコ。

 そしてさらに2人の同胞の男性にも出会ってしまい「旅に出て2〜3日でこんなに同胞と出会うなんて」と、マレンも観ている側も驚いてしまう。リーの言動や他の2人とのやり取りを見ているうちに、マレンは彼らと自分では考えが違うと思い始める……。

 本作の監督は青春ラブストーリーの傑作『君の名前で僕を呼んで』(2017)のルカ・グァダニーノで、リーを演じるのは同じく『君の名前で〜』の主人公エリオを演じたティモシー・シャラメ。『君の名前で〜』では男性同士の恋愛を瑞々しいタッチで見せたが、本作も “人肉喰い” という奇妙な絆で結ばれた男女の恋愛模様を見せる。マレンは “人肉喰い” であったばかりに両親に捨てられたが、リーにはさらに壮絶な過去があったことが後に語られる。この映画は悲しい運命を持つ二人の青春ラブストーリーである。

画像2: 人間にとっての最大のタブーを扱った、残酷なロード・ムービーにして、悲しい運命を持つ二人の青春ラブストーリー『ボーンズ アンド オール』【フィジカル万歳12】

 祖母を探し出したマレンは母の行方を尋ねるが、母と祖母の間にもいろいろとあったようで、母は十年以上も前に家を出ていて、今の状況はわからないという。なんとか居場所を聞き出したマレンは、ついに母親に会うが……。

 『君の名で〜』や『ミラノ、愛に生きる』(2009)など上質な恋愛人間ドラマを撮ってきたグァダニーノ監督がファンを驚かせたのが、ダリオ・アルジェント監督の名作ホラー『サスペリア』(1977)のリメイク(2018)を撮ったことだろう。だがこのリメイク版を観てグァダニーノのファンもオリジナルの『サスペリア』のファンもさらに驚いた。

 オリジナルはド派手な極彩色で見せる残酷シーンが売りのホラーだったが、グァダニーノのリメイクは、舞台は同じ1977年の設定でありながら米ソの冷戦真っ只中のベルリンで、全編がくすんだグレーのような映像、そして静かに邪悪な存在が侵食するような作りで、オリジナル版99分に対しリメイクは152分と濃密なドラマが展開し、オリジナル版ともそれまでのグァダニーノ作品とも違う作品となっていた。

 そんな『サスペリア』オリジナル版の主演ジェシカ・ハーパーは本作でもマレンの祖母役で出演し、ファンを喜ばせた。本作『ボーンズ アンド オール』は『僕の名前で〜』と『サスペリア』双方の雰囲気を持ち合わせ、ヴェネツィア国際映画祭の監督賞である銀熊賞を、マレンを演じたテイラー・ラッセルも新人俳優賞のマルチェロ・マストロヤンニ賞をとるほど高い評価を受けている。この映画はうまく生きて生けない人々の人間ドラマである。

画像: 本作はブルーレイとDVDの2枚組パッケージ。ブルーレイにはドルビーアトモス音声も収録されている

本作はブルーレイとDVDの2枚組パッケージ。ブルーレイにはドルビーアトモス音声も収録されている

 そしてこの後、ある人物が現れて物語はさらなる悲劇へと進んでいく。本作は2016年に発表されたカミール・デアンジェリスの同名小説が原作で、映画のマレンは18歳だが原作では16歳、マレンが探しに行くのは母親ではなく父親で、映画と原作ではまったく異なる結末を迎える。

 タイトルの『Bones and All』とは「骨まで全部」という意味で、つまり骨まで全部食べてしまうということ。“人肉喰い” は一部では亡くなった人の魂を受け継ぐという意味で、儀式的に死者の肉を食べる地域があるが、実は医学的に大きなリスクを伴うともいわれている。人肉にはプリオンという熱や放射線でも分解できないたんぱく質が含まれていて、継続的に摂取していると脳がスポンジ化し、最悪の場合は死に至るクーリー病を発症する可能性があるというのだ。なので、よい子は絶対にマネしないようにしていただきたい。この映画はグルメ映画ではない。

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