題して、“純粋社会派深刻喜劇”。
子供を作りたいのか作りたくないのか、作れないのか作らないのか。浮気は隠しきれるものなのか。実子の配偶者に好意を抱いてはいけないのか。コロナによって自宅待機の時間が増えたとはいえ、それによってセックスの回数まで増えていくものなのか――。
とある老夫婦と息子夫婦の二世帯住宅の家庭で起こる、きわめてセンシティブかつ身につまされる事象の数々に焦点を当てた映画『夜明けの夫婦』が、7月22日(金)から東京・新宿ピカデリー、ポレポレ東中野、下北沢トリウッドほかで公開される。
ある程度の歳月を生きてきた者にとっては、深くうなずいたり、ついクスッと噴出さずにはいられない問題が続出する、ゆえに親しみがどんどん湧いてくる2時間余り。監督と脚本を手がけた山内ケンジ氏と、プロデューサーの野上信子氏に話をうかがった。
――この映画『夜明けの夫婦』は、ほとんど監督のご自宅(実家)で撮影なさったとうかがいました。
山内ケンジ 家族が出てくるシーンは全部、自宅で撮りました。外のシーンも割と近辺で撮ることが多かったですね。
――音質も、声や物音が空気中に解き放たれていく感じというのでしょうか、とても生々しかったです。
野上信子 セリフだけをただ切り取るんじゃなくて、状況と一緒にセリフを録りたいという強い思いが録音部にあり、本作ではピンマイクは一切使わず、竿(マイクブーム)で録音を行ないました。その効果が出ていると思います。ただ、録音は基本的にひとり(北原慶昭氏)でしたから、手が足りない時は私たち制作部が手伝いました。
――そして内容は、セックスまわりの問題を、あくまでサラッと届けてくれる印象です。
山内 毎年演劇をやっているんですけど、僕の演劇には夫婦の話とか、愛人とかセックスにまつわる話題っていうのがひじょうに多いんです。演劇の流れで映画に取り組んでいることもあって、今回の題材は、そのうちの1つみたいな感じですね。
野上 私は出来あがった作品に関してはゲスでもなんでもいいと思っているんですが、現場で俳優やスタッフが嫌な思いをなるべくしないようにしようという努力はしています。デリケートなシーンはありますが、本人たちが嫌な思いをしないようにとは気をつけました。
――終盤で「夜明けのうた」(1964年に岸洋子の歌唱でヒット。劇中ではシャンソン歌手の宮内良が歌う)がとても効果的に使われています。この曲を選んだ理由を教えていただけますか。
山内 最初は別の仮タイトルをつけていましたが、台本を三分の一ぐらい書いた時に、ふと『夜明けの夫婦』という題名が浮かんできたんです。そこから、「夜明けのうた」を劇の最後に入れたいなということで進めていきました。その当時(2020年)は、コロナが1年ぐらいで終わると思っていましたから――今も終わってないですけど――コロナが終わりかけの近未来を想定して、夫婦の一応のハッピーエンドという形でこの台本を書きました。ハッピーエンドなのかというと微妙ですけど、まあ、「セックスできました」という終わりにしようと思っていたので、『夜明けの夫婦』というタイトルも悪くないかなと感じていました。
――コロナ禍の時期に撮影を始めるのは大変だったのではないでしょうか?
山内 今、公開されている映画を見ると、意外とみんな(コロナ禍の中で)撮っていたんですよね(笑)。『夜明けの夫婦』まで、僕の(監督作品)は相当(期間が)あいているんです。前の作品が2016年(『At the terrace テラスにて』)だからもっと早く撮りたかったんですけど、なかなかうまくいかない時期が続いた。だから(新作の撮影を)もう1日でも早く始めないと、そう毎日思っているうちに、コロナになっちゃった。いろいろキャストが固まってきたのが、たまたまその時期(2020年)だったんです。固まってきたから、もう撮らなきゃという気持ちですね。台本を書き始めた当初はコロナの要素はなかったけれど、何枚か書いていくうちにコロナがどんどんひどくなって長引きそうだとわかってきた。これはコロナ(の要素)を入れないわけにいかないだろうなって思って、最初のページに戻って足していった感じです。
――泉拓磨さん扮する康介と、筒井のどかさん扮する役名「若い女」が、喫茶店で向かいあって、5分ほどシリアスに語り合うシーンも出てきます。その間カメラはずっと固定されていて、観客は登場人物と同じ時の流れを感じながら見てゆくことになります。
野上 お店を借りて撮影したのですが、その向かいが工事中で、お昼休みの1時間で収録を済まさなければいけない状況でした。工事の話は事前に全然知らなかったので、当日はもう、本当にシビアでしたね。
山内 長回しは前の映画(『At the terrace テラスにて』)や『友だちのパパが好き』でもしていますし。
野上 あの二人(泉拓磨と筒井のどか)は若いし舞台経験もありませんが、それ以外の人はみな舞台経験が豊富なので、長回しは別に恐るるに足らずなんですよ。
――台本が先だったのでしょうか? キャストの人選が先だったのでしょうか?
山内 キャストを先に決めてから台本を書いています。さら役の鄭亜美さんはもともと舞台女優さんで、以前から知っていたんですけど、今回の映画では初めに彼女を(メインに)書きたいというのがありました。彼女は本当にキャラクター的に義理の両親を「お義父様、お義母様」と呼ぶ感じの人なんですよ。敬語ばっかり使う人で、はじめは昭和のお嫁さんという想定もありました。でも途中で思い直して、やっぱり現代の話で行こうと。彼女を在日(韓国人)のお嫁さんということにした方が、異常なていねいさ、本音を隠しているところ、康介の浮気に対して自分の気持ちを閉じ込めているところに説得力が出ると思って、国籍のことを入れるようにしました。
――康介の父親が彼女に好意を寄せるところも、なんともいえないリアリティです。親子なのですから、息子も父親もどこかで好みが似ているのだと思いますし。
山内 『山の音』という作品があります(川端康成・原作、成瀬巳喜男・監督。1954年)。息子は妻に冷たくて家にあまり帰ってこなくて、義理のお父さん(山村聰)とお嫁さん(原節子)が淡く惹かれ合う。その印象も、台本を書いていくうちのどこかにありましたね。でも(『夜明けの夫婦』)は現代の物語だし、義理の父は山村聰じゃなくて岩谷健司だから、淡く惹かれ合うんじゃなくて実際に行動に出てしまう(笑)。
――さらと同僚のジアンは、ふたりとも日本語がしゃべれるのに、特定のシーンではあえて2人だけで韓国語で会話する。そこも強く印象に残りました。
山内 さらとジアンがしゃべっていて、そこにジアンの恋人が出てくる。ジアンが「子供は作らない。彼が子供みたいなものだから」というシーンがあります。そこが着地点という感じではありますね。喫茶店の長回しのシーンでも、「若い女」が「あなたに子供がいれば諦められたのに」みたいなことを言います。
――「若い女」が康介にプレゼントをするあたりから、イリュージョンの世界も広がっていきます。登場人物の脳内を映像化したような、ハッとさせられるシーンも出てきます。
山内 描写がシュールになっていく――というのは、前半までしか書いていないところでクランクインしちゃったからなんです。「若い女」が、康介にプレゼントを渡して、康介がそのままカバンの中にそれを入れて家に持って帰ってしまう。本当は捨てるつもりだったのに、今、外にゴミ箱はあまりないですし、捨てられなくなっちゃった。ここはすごくポイントとなる場面で、プレゼントを持ち帰ったことによって、それまでのリアリティがずれ始める。持って帰らなければ何も起きてないんですから。そこから非現実的なほうに話を持っていった感じです。
――康介が残業している時、同僚の女性社員の樋口(坂倉奈津子)が、すごく強く康介に当たってくるのも印象的でした。
山内 たぶん樋口は、康介のことを好きだった。もしかして一回ぐらい寝てるかも。でも康介が振り向いてくれないからほかの男に走り、お腹が大きくなる。絶えず、子供についての話題を忘れずに加えている感じですね。
――石川彰子さんを、康介の母親役にあてこんだ理由を教えていただけますか?
山内 はじめは年上の人を考えていたのですが、ふさわしい役者が見つからなかった。石川さんは実際、さらと年齢があまり変わらない若さだけど年齢不詳な感じはあるし、「石川さんで行けるかも」と思いまして、そう考えたら筆が進みました。笠智衆も40代で義理のお父さん役をしていますから。
野上 彼女は撮影した後に1人子供を産んでいるんですよ。
山内 どのシーンも「子供」に関連づけていきたい、そう考えながらこの映画を作りました。
映画『夜明けの夫婦』
7月22日(金)新宿ピカデリー、ポレポレ東中野、下北沢トリウッド ほか全国順次公開
<キャスト>
鄭亜美 泉拓磨 石川彰子 岩谷健司 筒井のどか 金谷真由美 坂倉奈津子 李そじん / 吹越満 (特別出演) 宮内良
<スタッフ>
脚本・監督:山内ケンジ エグゼクティブ・プロデューサー:河村光庸 プロデューサー:野上信子 撮影:渡部友一郎 録音・整音:北原慶昭、杉田知之 効果:ERIKA 衣装:増井芳江 ヘアメイク:石井里緒菜、たなかあきら キャスティング:山内雅子 編集:渡部友一郎、河野斉彦 照明・美術:野上信子 イラスト提供:コーロキキョーコ 宣伝コピー:細川美和子 宣伝デザイン:細谷麻美 制作:オーバースリープ 配給:スターサンズ 配給協力:ギグリーボックス 製作:『夜明けの夫婦』製作委員会
2021 年/日本/135分/16:9/カラー/5.1ch
(C)「夜明けの夫婦」製作委員会