「ハイゲインでありながら黒が締まる」HDR時代の新発想スクリーン
ビーズにこだわるキクチだから実現した、新発想スクリーン開発の舞台裏
機材の性能、使用環境など、現在のプロジェクターシーンを見据えつつ、リビングユースにジャストフィットするスクリーンとして開発されたキクチのソルベティグラス。これまでの常識を越える新世代のビーズスクリーンで、熱心な大画面ファンはもとより、高感度のプロジェクターユーザーを中心に、その画質のよさが高い評価を得ている。ここではソルベティグラスの企画、開発担当者の上野健一さんと加嶋幸平さんのお二人にお話をうかがった。
キクチ ソルベティグラス
¥294,800(16:9、100インチ電動巻き上げ式)税込
「電動巻き上げ式」「手動巻き上げ式」「パネル式」「床置き式」の4パターンに対応。最大サイズは、巻き上げ式およびパネル式で150インチとなる(16:9アスペクトの場合)
株式会社 キクチ科学研究所
ビジュアルソリューション本部 営業部 企画営業課/民生営業課 課長代理
上野健一さん
製造技術本部 技術部 技術課 主任
加嶋幸平さん
取材はキクチ科学研究所の本社で実施した。右はリポートを担当した藤原陽祐さん
──昨年末に発売されたソルベティグラスですが、たいへんな人気ですね。
上野さん ありがとうございます。おかげさまで発売以降、継続的に多くの注文をいただき、お客様にお待ちいただいている状況です。
──家庭用スクリーンとしてはマットタイプが主流ですが、明るくて、照明の影響も受けにくいビーズタイプもなかなか魅力的です。
上野さん 長年ビーズスクリーンを開発し大切にしてきた弊社にとっては、ビーズスクリーンの存在感が薄れてしまう、使用環境に合わせたスクリーンの選択肢がなくなってしまう事への懸念もあり、現代のホームシアターシーンの中で、何か新しい提案ができないかと何年も前から試行錯誤を続けてきました。そんな中、昨年初夏に「150PROGアドバンス」というビーズスクリーンの製造終了により、後継となる新たなスクリーンをリリースする必要性がありました。今回のソルベティグラスは、従来のビーズ然とした映像だけではなく、ホワイトマットのよい部分を取り入れることで、扱いやすい生地に仕上げて欲しいという漠然とした依頼を開発、技術チームに投げかけました。
加嶋さん 「旧来のビーズスクリーンと同様に、白側のピークを確保しつつ黒も締めて欲しい、さらにビーズ特有のジラついた表情を抑えて視野角も広げて欲しい、今までのビーズスクリーンのイメージを覆す新しいビーズスクリーン」という、無理難題な開発目標でしたので、そう簡単には実現できず相当苦労しました。
──つまり「ビーズでありながら、ビーズらしくないスクリーン」ということですよね。それは厳しい。
加嶋さん 本当に(笑)。スクリーンの設計では物理特性が重要ですが、人間の目で見た感覚や心地よさはさらに重要です。いまの映像再生でキイとなるHDR(ハイ・ダイナミックレンジ)映像の表示に関しては、もともと直視型テレビでの表示を前提に開発されています。そのHDR映像をスクリーンでどう描くべきなのか、そもそもの考え方から開発していく必要があったんです。有機ELのような直視型テレビの場合は、表示パネル自体が発光する状態、つまり「光源色」を見ますが、スクリーンではプロジェクターからの光を反射させた「物体色」を見ることになります。光の見え方としては、それぞれが異なるわけで、スクリーンでのHDR再生をいかに描くべきか、その落としどころを少しずつ模索しました。
マットスクリーンの構造と特性
マットスクリーンは、プロジェクターからの光を拡散反射させる特性を備えているため「拡散型」とも呼ばれ、ナチュラルな映像表現が持ち味と言われている。いっぽうスクリーン周辺の明かりの影響を受けやすく、完全暗室の状態で、しかも幕面周辺も暗めにするなどの使いこなしが必要になる。ソルベティグラスのベース生地である「ホワイトマット」は、このマットスクリーンの代表的製品だ
ビーズスクリーンの構造と特性
「ソルベティグラス」は一般的にビーズスクリーンとカテゴライズされている。この幕面は、プロジェクターからの光が入ってきた方向と同じ向きに戻るような特性を持ち、「回帰型」とも呼ばれている。スクリーンの設計によっては、ゲイン(光の反射特性)を高めることもでき、HDR(ハイ・ダイナミックレンジ)映像との相性にも優れた映像が実現できるポテンシャルが備わる
──そもそもビーズでマットスクリーンのような特性は出せるのですか。
加嶋さん ビーズスクリーンは、マット素材の表面にひじょうに細かなガラス粒を塗布する構造なのですが、そのガラス粒のサイズ(粒径)や調合はもちろん、ベース生地自体の色味、感度などを何度も試作・研究した結果、マットスクリーン並の特性に仕上げることも可能でした。実は今回もマットスクリーンにかなり近づけた特性の幕面も試作したのですが、実際の見え方もビーズでありながら、マットスクリーンに似てきます。ただし、開発目標が「未だかつてないビーズスクリーン」でしたので、それを合格とは出来ませんでした。
──マットスクリーンのなめらかさと、ビーズの力強さを両立するのは簡単じゃない、と。
上野さん もちろん、その難しさは重々承知していますが、今回の開発では妥協はせず、本当に満足できるような絵が出るまで、開発スタッフには無理をいいました。
加嶋さん 以前、特注品ですが、「ローゲインだけど、明るく見える」というオーダーをいただき、そんな特性を備えたスクリーンを造ったことがありました。今回はその逆、つまり「ハイゲインだけど、眩しくない」スクリーンを考えたわけです。
──一回経験したスクリーンの逆の特性を狙ったわけですね。
加嶋さん はい、弊社にはいろいろなノウハウを持つエンジニアがいますので、ソルベティグラスの開発ではその経験を活かすことで、この無理難題を可能に出来ました。
上野さん 何十回と試作を重ねて、その都度、画質の検証をしてきたわけですが、後にソルベティグラスと名付けられた幕面の試作品を見た瞬間、すぐに「これは凄い!」と感じました。輝度、発色ともにエネルギーがあって、しかも黒が締まる。自社製品ながら、感動しました。
ホワイトマット(左)とソルベティグラス(右)のA4サイズの生地サンプルを並べてみた。幕面の色調が異なるのがわかる
そのアップ。ホワイトマット(左)に、ガラスビーズが含まれた特殊塗料を全体4回も吹き付けて仕上げたられたのがソルベティグラス(右)だ。強い照明をあてるとビーズが反射し、キラキラ光るのが確認できる
──今回はホワイトマットアドバンス(WA)をベース生地に使っていますが、そこに吹きつけ塗装をして仕上げているようですね。
加嶋さん 今回、初めてお話しますが、実は仕上げまでに、吹きつけ塗装を4回行なっています。吹いて、乾かして、という作業を1本1本ていねいに4回繰り返して、完成品になるわけです。
──4回ですか。それはすごい。2回、あるいは3回ではダメですか。
加嶋さん ピークゲイン1.45±5%、半値角40度というスペックを確保しつつ、黒が締まり、ピークを出して、しかも色づきのないグラデーションを実現するとなると、やはり4回は必要という結論になりました。
──吹きつけ塗装を4回も行なっているということは、レギュラー製品としての展開するソルベティグラスにとってはコスト的には相当厳しいですね。
上野さん 確かに工程上、従来の製造コストを大幅に上回る手間暇がかかっています。そのため高価格帯プレミアムスクリーンとして販売するのも一案でしたが、今回は映像にとことんこだわるマニア層だけに向けるのではなく、既存のビーズスクリーンユーザーや、ホームシアター入門の方にも幅広くお使いいただきたいとの思いが強くありました。ひじょうによい出来映えだからこそ、多くの方に訴求したい。その意味でも価格を抑えて販売することにこだわりました。
──今日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
「未だかつてないビーズスクリーン」として一世を風靡し、発売から半年余り経過したいまも、品薄の状態が続いているソルベティグラス。ビーズの特性上、ダウンライトなどの間接照明を残した環境でも、明るく、色鮮やかな映像を楽しむことができるが、完全暗室では、その持ち味はいっそう際立ち、本来の表現力が体験できる。
使い勝手のよさと、本質的なクォリティの高さを両立させた家庭用スクリーンの決定版。まさにベストバイ企画でナンバーワンを獲得にするに相応しい内容だろう。休日返上で幕面を仕上げているという生産現場の忙しさは、もうしばらくの間、続きそうだ。
藤原陽祐さん