東映が世界に誇る特撮ヒーローである『仮面ライダー』や『スーパー戦隊』のVFXなどのポストプロダクション作業を行なっているのが東映デジタルラボ。近年は特撮作品以外のドラマや映画でもVFXの使用は必須となっており、関わる作品は多岐に渡ってきている。
そこで今回は、同社の最新の業務内容について、東映デジタルラボ取締役ポスプロ事業部長の長谷川光司さん、テレビ作品に関わっているポスプロ事業部次長 兼 エディターグループLグループ長の緩鹿(ゆるか)秀隆さん、映画作品のコーディネートを行なっているポスプロ事業部コーディネート室長の泉 有紀さんにお話をうかがった。
編集部注:東映東京撮影所では、一般見学は受け付けていません
――東映には長い歴史を持つ東映ラボ・テックという総合ポスプロがあるが、東映デジタルラボはどういった位置関係にあり、どのような業務を行なっているのだろうか。
長谷川 東映デジタルラボの親会社となる東映ラボ・テックは1959年に東映グループに入り、映画や番組のフィルム現像や仕上げに関わってきた会社です。その後1987年に東映化学工業赤坂ビデオセンター(TOVIC)を設立してビデオ編集作業を東京都港区赤坂に集約、現在に至る総合ポストプロダクションとしての姿を確立しました。
映像のデジタル化が進む中で、2010年東映は邦画大手の中ではもっとも早く、東映東京撮影所(大泉地区)で作品の入口から出口までのデジタル化とワークフローの一元化を達成するため東映デジタルセンターをオープン、東映との共同運営会社として東映ラボ・テックのデジタル部門スタッフと赤坂ビデオセンターのスタッフが移転して東映デジタルラボ株式会社が設立されました。
東映はオフラインと音響関係を担当、東映デジタルラボはオンライン、カラーグレーディング、二次使用等を担当し、作業とコストを分割することで常に満足いただける技術の提供に邁進できています。
緩鹿 弊社のテレビ番組に於けるポスプロ作業の最も特徴的な部分は年間4クールに及ぶ特撮作品にありますが、近年は特撮作品以外のドラマ作業も多くなっていて、撮影後のポスプロ作業、内容としてはオンライン編集からMA、そして納品、作品により配信までをやっています。配信データは勿論ですが、テレビシリーズ『相棒』を始めテレビ朝日様へは全ての作品でメディアを介さずにオンライン納品を実施しています。納品もオンライン、リモートという時代ですね。
『相棒』といった刑事ドラマのCGなど一部のVFXも弊社で行なっています。大掛かりなVFXは専門のチームがいますが、受注している東映作品でVFXにデジタルラボが関わらない作品は1本もないですね。
――日進月歩で進化するデジタル技術だが、東映デジタルラボはいち早くHDR(ハイ・ダイナミックレンジ)仕上げに取り組んだり、水谷豊監督第2作で、日本映画初のドルビーシネマ作品『轢き逃げ 最高で最悪な日』(2019)に携わるなど、アグレッシブな活動も特徴だ。
泉 『轢き逃げ〜』は以前からドルビーシネマに興味を持たれていた水谷監督の意向で始まりました。日本映画初のドルビーシネマということと、弊社にドルビービジョンの製作設備があったということも水谷監督にとって後押しになったと思います。
長谷川 水谷監督の意向もそうですし、製作側や担当の方の意向をお聞きして、ドルビーシネマの作品としての方向性をまとめるところから始まりました。SDRの雰囲気を残すのか、まったく違うHDR作品として仕上げるのか、話をまとめてコンセンサスをどうとっていくのか、コーディネーターの泉と担当カラリストは相当注意を払っていました。
泉 モニターによるチェックまでは日本で行なったのですが、ドルビーシネマの仕上げをする環境が日本にはまだなかったので、ロサンゼルスのドルビーに撮影監督の会田正裕さんと僕、カラリストの3人で出かけ、グレーディングなどの作業を行いました。
ドルビービジョンのスペックにどこまで落とし込んでいくかが課題でした。ドルビーシネマのスペックを最大限に使うということではなく、水谷監督が伝えたい狙いはどこにあるのか、どう見せたいのか、そういった意向をお聞きしながらスペックを最大限に活かせるように進めました。
実際のところ、HDRを強調しすぎると目が疲れてしまったり、加減によっては映像にも影響してしまうので、その判断がいちばん難しかったと思います。でも、完成した映画を水谷監督に見ていただいたら、「素晴らしい!」というお言葉をいただけたのは嬉しかったですね。
作業を終えて、技術的なたいへんさよりも、HDRやドルビーシネマという新しい技術として、「こういう使い方ができます、こういう表現ができます」といったメリットをクライアントにお伝えして、その中のどれをチョイスするかといった選択肢を示すことがいちばんの苦労だったかもしれません。
長谷川 調布の東映ラボ・テックが現在アーカイブ事業(フィルムスキャン、レストア、保存)を展開している関係で、以前から旧作のHDRカラコレ作業を社内フローの一環としてデジタルラボで実施してきました。そういった経験値があったのは大きかったと思います。
――世の中には技術が劇的に進化する瞬間がある。それは社会的な大きな事態が起きたときで、その事態をなんとか乗り越えようと技術者が奮闘し、新たな技術が生まれる。映像の世界も同じだという。
長谷川 新型コロナウィルスの影響でロケ撮影が困難さを増し、撮影からポストまでヴァーチャルなロケーションを実現する技術が進化したと思います。打合せを含み、東映東京撮影所にすべてが集約されているメリットが発揮されています。
技術の進化という意味では似たようなことは10年前にもありました。2011年の東日本大震災はたいへん不幸な出来事でしたが、そこを機にデジタル化が加速したとも感じています。
2011年3月11日には、我々は同年4月公開の劇場版『レッツゴー仮面ライダー』の初号試写をやっていました。その頃はフィルム上映の映画館用とDCP上映の映画館用の、フィルムとデジタルのダブルスタンダードで同じ作品の試写を2回行なっていました。試写中に地震が来て、巨大なプロジェクターが大きく動いてしまったのを呆然と眺めたことが、震災で次々に起きた悲劇的な出来事と共に今でも鮮明に記憶に残っています。
泉 震災と、ちょうどフィルムからデジタルに切り替わろうとしているタイミングが重なったのだと思いますが、あの後からDCP化が一気に進んだのは確かですね。
長谷川 我々がたいへんなのはそれらの変化についていかなければならないということです。すぐにカバーできるものと、それなりの設備を要するものとがあって、私のスキルの問題でしょうが、始めてみて「これはお金がかかるぞ」なんてわかることもあります(苦笑)。
――4K8Kといった映像の高画質化、パッケージメディアから配信へのプラットフォームの変化など、ポスプロの役割は大きくなるばかり。そこから起こる問題や対応も多々あるという。
長谷川 最近は劇場やテレビの他に配信もあり、再生デバイスもモニターやスマホ、タブレットなど方式も画面サイズも様々に存在することがデフォルトです。
緩鹿 以前は『仮面ライダー』や『スーパー戦隊』は放送用途だけだったんですが、今では劇場版、宣伝用の配信動画、ファンクラブ用の配信動画、ブルーレイの特典映像などがあるので、VFXを含め効率よく分担して作っていくしかありません。
現在特撮作品は4Kでの撮影が多いのですが、これからは6K撮影も増えていくでしょうし、そうなるとデータ量も増えるので、いくら設備を増やしても追いつかなくなっていくと思います。これを乗り切るスキルも現在のポストプロダクションの必須ノウハウだと感じています。
一方、編集作業では4Kだからたいへんということはありません。たいへんなのは合成などがあるVFX作業ですね。使っているPCのスペックにもよりますが、トライアンドエラーを多く繰り返すと、時間を取られてしまいます。
僕はテープ編集の時代から平成『仮面ライダー』に関わってきているのですが、HDに切り替わるときも同じように大騒ぎしていました。フォーマットが変わるときはいろんな問題が起きるんですが、テレビ番組は放送日が決まっているので、スタッフみんなで苦労しながら放送に間にあうよう作業しました。
泉 映画に於いてはポスプロ作業の期間は作品によって違います。早ければ2〜3か月で完成するときもありますし、CG合成などが多い映画の場合は1年以上関わるときもあります。
また映画の撮影データでは、徐々に8K撮影の作品も増えていますので、完成までの期間のデータ保全等、知恵を出し尽くさなければならない案件も増えてきています。
緩鹿 『仮面ライダー』や『戦隊』の場合、撮り終えてオフライン編集が終わったところからが僕たちの仕事になります。毎週1話、1ヵ月で4話の放送ですが、製作現場としてはひとつのチームが2話同時に撮っています。その2話分の作業を2週間で行ないます。
東映ではフィルム時代のようにオフライン編集したものを試写して、OKが出たところでCG制作とポスプロ作業に入ります。1話でだいたい20〜30カット、2話同時進行なので40〜60カットのCG合成があるんですが、時期によっては100カットくらいになる時があります。
CG制作チームで処理できなかったところも弊社でやるので、スタッフは日々ひたすら合成しています(苦笑)。しかもその作業がどんどん増えてきているのが実情です。
長谷川 確かにポスプロの作業は増えてきていると思います。でも私自身はいいことだと思っているんです。というのも、それだけ我々が頼りにされている証拠ですから。これら作業量の増加や、細かいご対応が増えてきていることもあり、ここ数年弊社ではバックヤードの強化をしてきました。
バックヤードのライン数を増やすことで、若手スタッフのOJT強化につながっていくとともにオンラインルームでの作業時間減少にもつながっています。
緩鹿 弊社は『仮面ライダーアギト』の頃から、社内でも外部のCG合成に見劣りしないものを作ってきました。もちろん、なんでもできる……とまではいきませんが、特撮番組以外でも応用が利くようになっています。お客さんからも、それが東映デジタルラボのいいところだとおっしゃっていただけるのですが、我々としてはその特徴と精度をより高めていきたいですね。
長谷川 幸いなことにどの編集室も一年を通じてフルでご利用いただいています。そのなかでもみんなにはバックヤードの有効利用を推進するとともに、継続的に効率化のプロセスを見出すことで作業時間の短縮を指導しています。
――東映は東京大泉撮影所と京都撮影所という、日本で唯一2ヵ所に撮影所を持つ映画製作会社で、現在放送されているドラマだけでも大泉では『仮面ライダーリバイス』『機界戦隊ゼンカイジャー』『相棒Season20』、京都では『科捜研の女』など多くの人気ドラマを世に送り出してきた。実は京都制作のドラマでも、ポスプロ作業は大泉で行われていることがあるという。
長谷川 京都撮影所とここ(大泉)は専用回線でつながっています。ですので、京都の作品については、オフライン編集と音の仕上げ、最終試写は京都で実施していただき、データのやり取りを通じて、オンライン編集と納品をこちらでやっています。テレビ朝日様への納品もオンラインですので、一度もメディアを介さずに完結する、距離感の無いフローを構築できています。
泉 京都の劇場作品でもそういったケースはあります。京都で撮影した映像を送ってもらって、こちらで仕上げてから、また送り返してというのを一年中やっています。僕が京都に行くのは初動と、途中で監督やカメラマンと打ち合わせをする時くらいになりました。
緩鹿 公開や放送はずいぶん先なのにいろんな事情で前倒しに仕上げなくてはいけない作品もあったりします。テレビ番組は時間が限られてはいるのですが、ワンクールなら3ヵ月で12〜13本を作ればいいという算段は簡単につくわけです。
ところが他社製作の配信用作品だとひと月で13本仕上げてくれと言われることもあるのです。毎週1話ずつ配信するので、1話ごとに納品すればいいと思っていたら、実際は全13話をまとめて納品するということが直前まで製作会社から伝わっていなかったということもありました(笑)。結果、頑張るんですけど。
――多くの劇場用映画やドラマのポスプロ作業を担っている東映デジタルラボだが、新しい技術や機器をいち早く導入することでも知られている。
長谷川 レッド・ワンというデジタルシネマカメラがあって、映画では早くから使われていたんですが、日本の連続ドラマで最初に使ったのは2009年放送の『侍戦隊シンケンジャー』だと思います。平成『仮面ライダー』は最初の『クウガ』(2000年)からビデオ撮影だったのですが、『戦隊』はずっと16mmフィルム撮影だったのを、最新のデジタルシネマカメラに移行したんです。
緩鹿 『戦隊』シリーズは『仮面ライダー』がビデオ撮影になっても、ずっとフィルムにこだわっていました。というのも『戦隊』は巨大ロボットのバトルがあるので、カットによって可変速などのフィルムならではの撮り方が求められていたからなんです。
長谷川 それが一挙にレッド・ワンに変更と決定し、当時スタッフからはデジタル現像等々「これで1年間毎週できるのか」と言われ大騒ぎになったのですが(笑)、そこで苦労したおかげでアレルギーのようなものは一切なくなり、スキルも上がり、以降の様々な作品で弊社の強みとして活かすことが出来ました。
緩鹿 テレビで初めてデジタルの24p仕上げを採用したのも特撮シリーズでした。今では24pは当たり前ですが、以前は撮影から仕上げまで24pで通すことはどこもやっていなかったと思います。30pのハイビジョン・カメラでも24pのようにはできるので、実は『仮面ライダー』も1年だけ30pでやった年があったんです。でも横パンニングなどの一部映像がスムーズではなかったので、24pに戻したこともあります。
――デジタル化が進む映像業界でポスプロの役割はさらに大きくなっていくだろう。常に一歩先、二歩先を見据えて進化してきた東映デジタルラボ。今後の展望はどのようにみているのだろう。
長谷川 そこが難しいところなんです。東映グループと東映東京撮影所の作品の出口として、また新しい視聴スタイルへの対応の中で、制作方法の変化に柔軟に対応する、そのためには常に新しい技術をクリアーしていかなければいけないと思っています。
現在は、今の時代を踏まえて、リモートでオンライン編集やグレーディングを行なうことにも取り組んでいます。ヴァーチャルの世界にも片隅で関わらせていただいています。そんななか追求し続けている効率化がすべてなのかという課題も出てきています。また作品的に、映画やドラマシリーズ、配信コンテンツなど長尺のものが多いので、膨大なデータをどう処理していくのか、実はこれがいちばんの課題だったりもします。
しかし我々の姿勢としては、これからも「それはできません」を言わない、そんな体制を作っていくのが目標です。そのためにはスタッフ一同、三歩先くらいは常時見つめていたいんです。今後も新しい技術やワークフロー構築に積極的に取り組んでいきます。
※次回に続く